272.「崑崙宮と西王母②」
【辰守 晴人】
「歓迎光臨! ご予約のお客様アルカ!?」
新都のセイラムタワーから鴉城へトンボ帰りした俺は、そこからさらにもう一度新都へトンボ帰りしていた。
それも、以前訪れたことのある高級中華料理屋の“崑崙宮”に。
「予約はしてないけど入れてくれるかな。バンブルビー・セブンブリッジだよ」
「ほぁ!? 黒蜂アルカ!? アイヤー! エライ事ダヨ!!」
魔法の水晶玉の向こうで、何やらバタバタと慌ただしい音が響いた後、思い出したように巨大な門が開いた。
「じゃあ、入ろうか」
「は、はい……了解です」
いつものようにすました顔でそう言ったバンブルビーは、思わず見惚れるほど綺麗だった。何がって……私服がである。
いつもはカチッとした色気のない制服を着てるけど、今は日の明るいうちから新都を歩くために私服着用なのだ。
フィット感のある黒いニットのセーターに、グレーのケープジャケットのセットアップ……上品なタイツを纏った美しい脚は、派手過ぎない編み上げのピンヒールに収まっている。
控えめに言って、めちゃくちゃ綺麗である。実際、ここへ来るまですれ違った人達は軒並みバンブルビーに視線を吸い寄せられていた。
そのせいで、その隣を歩く俺は何だか妙に誇らしい気持ちになっちゃったりした。
『皆さん、俺はなんとこの美女の補佐官なんですよ』と、謎のカミングアウトをしたい気持ちが込み上げちゃったりしたわけなのだ。すんごいアホらしいけどな。
「……どうかしたかな。俺、何か変?」
「え、いえいえ! 変だなんてそんな、私服すごい似合ってるなぁと……つい見惚れてました」
「……そう? 急ごしらえでブラッシュに仕立ててもらったやつだけどね。俺、私服って殆ど持ってないから」
「ブラッシュのお手製でしたか。アパレル業界でブイブイ言わせてるだけあってオシャレなデザインですね。ケープジャケットって実際に見たのは初めてかも」
「コレは俺が頼んだんだよ。ほら、うん百年も隻腕だったからさ。ケープとかで多少なりとも腕が隠れてないと、不意に鏡とかガラスに写った時に自分で自分にびっくりしちゃって」
確かに、言われてみればバンブルビーが普段身に付けている制服も、本来左腕がある方は片側だけマントで隠れたりしている事が多かったように思う。あの片方だけのマント……ちょっとかっこいいんだよな。
「あの片方だけのマント……名前とかってあるんですか」
「ペリースだよ」
「!!……ペリース……いったいどれだけの人が、あのカッコイイ片側マントの名前を知らないまま死んでいくのか……」
「はいはい。帰ったら辰守君の制服にもペリース付けるように言っとくから、さっさと行くよ」
クスクス笑うバンブルビーに続いて、俺は門の内側へ歩き出した。
(やっぱ、腕が戻ってからちょっとテンション高くなったよな……なんつーか、前より綺麗に笑うようになったって言うか……)
「──わー! お久しぶりネ〜ヘイフォン! 元気してたアルカ!?」
「久しぶりフーロン。見ての通り元気だよ。そっちも元気そうでよかった」
「ンン!?……しばらく見ナイ間に何か角が取れたアル? 妙に違和感が凄いヨ……で、隣にいるのは、この前来た眷属さんアルネ! 2人とも寒いから早く中に入るアル!」
相変わらずフーロンは1人で騒がしい。違和感が凄いのは、角が取れたからとかじゃなくて腕が付いたからじゃなかろうか……。
店内に入ると、厨房から香ばしい香りと共に忙しない作業の音が漏れ聞こえてきた。
お客さんはまだ入っていないようで、厨房の様子も考えるとまだ開店前なのだろうと勝手に推理する。
「急に押しかけてごめんね。この時間って忙しいんじゃない?」
「無問題アル! 忙しいのはファミィだけネ! それにヘイフォン来てくれたんだカラ、たとえ満員御礼でも席アケル当然ヨ!」
「嬉しいこと言ってくれるね」
1番奥の席に通されて、流れのままに席に座った。店の規模も豪華さも、三龍軒とは比べ物にならないハイクオリティである。
「あの、お二人はどういった関係なんですか?」
「ああ、まだ言ってなかったね。簡単に言うと、同じ師を仰ぐ姉妹弟子って感じかな。」
「……姉妹弟子、ですか」
「この後俺たちが向かう崑崙宮にキーシャオって魔女が居てね、その人が俺とかフーロンの師匠なんだ」
「ああそういう……だからこのお店の名前も崑崙宮なんですか」
「そうアルヨ〜ワタシ達は師匠が山で左団扇する為に、ココでこき使われテル……言わば出稼ぎ組ヨ!……って、ヘイフォン、師匠のとこに行くアルカ!?」
「うん。ちょっと気が向いてね。ここへはお土産に持っていくお酒を調達しに来たの」
──という事らしいのだ。
城へ帰ってこの話を聞いた時は、バンブルビーの手を煩わせずとも、補佐官の俺が酒を取りに行くと提案したのだが、猛烈に反対されてしまった。
さっきは理由もよく分からなかったけど、このフーロンが姉妹弟子と言うなら納得だ。きっと久しぶりに顔を見たかったんだろうな。
「酒ならいくらデモ持ってくいいケド、師匠は酒やらないアルヨ? もう忘れタカ?」
「ちゃんと覚えてるよ。いいから一番上等な老酒持ってきて」
バンブルビーがそう言うと、フーロンは不思議そうな顔でバックヤードに消えていった。
「……で、この後どうしようか」
「え、お酒貰ったら城に帰るんじゃないんですか?」
「うん……帰るよ。いや、でも昼までまだ時間あるけど」
バンブルビーは垂らした髪をくるくる指で巻きながらそう言った。どういう事だ、何が言いたいんだバンブルビーは……もしかして、補佐官としての何かを試されているのか!?
(……だとすれば慎重に答えねぇと……バンブルビーにはがっかりされたくない!!)
「──俺の家、行きますか?」
「辰守君の家……」
そう、頭をフル回転させて出した結論は俺の家だ。
バンブルビーはフーロンに挨拶しにわざわざここまで出向いた……めちゃくちゃ礼儀に律義って事だ。
つまり、バンブルビーはまだ満足していないのだ。もっと挨拶したいってことだ……セイラムタワーの皆に。
(……名推理すぎる。天才か俺)
「……辰守君の、家」
バンブルビーは、テーブルに目を落として呟くようにそう繰り返した。何だか、様子がおかしい?
「……えっと、いきなり家はどうかと思うんだけど……なんて言うか、順序を飛ばし過ぎてないかな……」
──なんという事だ。俺とした事が……馬鹿みたいなミスをやらかしてしまった……。
フーロンと違ってセイラムタワーの皆はバンブルビーにとっては知人レベル……姉妹弟子みたいな気安い関係じゃない。そんな奴らがいる所にいきなりの訪問……あるわけがなかった!
「……すみませんバンブルビー、おっしゃる通りです。まずは、一緒にショッピングモールに行きましょう」
「……ショッピングね。うん……行こうか」
バンブルビーのOKが出た。思った通りだった。
つまり、バンブルビーはセイラムタワーに行く前にお土産を用意したかったのだ!!
「……ヘイフォン〜! 一番良イ老酒が倉庫の奥の奥で眠テルアルヨ〜掘り出すのに時間かかりそうだケド、ココで待っとくアルカ?」
「それならまた後で取りに来るよ。ショッピングでもして時間を潰してくるから」
「あ〜ハイハイ。デートアルネ……」
「うん。まあね」
「好きなダケ楽しんでくるヨロシ。ほれ行っタ行っタ〜」
露骨にテンションが下がったフーロンが、追い払うように俺とバンブルビーを店の外へ追いやったが、今はそんな事どうだっていい。
ショッピングモールで如何にして無駄なくお土産になりそうな物が買えるコースを案内出来るか……その事で頭がいっぱいなのだ。
「……辰守君、タクシー来たよ」
「え、すみません。考え事をしていました」
「別に謝ることないよ……けど、何をそんなに真剣に考えてたの?」
「無論、どうやって攻略するか……です」
「攻略……」
タクシーに乗り込みながら、バンブルビーは考え込むように俯いた。ボーッとしていたせいで、きちんと補佐できるか不安にさせてしまっているのかもしれない。
だが、新都は俺のホームだ……こういう時くらいしか日頃の恩を返せる機会はないんだし、気合いを入れて挑まねば!
「バンブルビー、俺がしっかりリードしますから、何も心配せずに任せてください」
「……じゃあ、任せようかな」
タクシーの窓から流れていく街並みを眺めながら、バンブルビーがそう言った──