271.「崑崙宮と西王母①」
【辰守 晴人】
「──はぁ!? 新年の挨拶に中国まで行くわけ!? バカなの!?」
「年明け早々ひどい言われようだ!」
「今のご時世スマホがあるんだからスマホでいいじゃないの。なんだってわざわざアンタがそんな所まで……」
「仕方ないだろ。鴉に入ったからにはそれなりに仕事もちゃんとしなきゃなんないんだよ。それがなくてもバンブルビーには世話になってるし、補佐官として同行するのは当たり前だ」
「……あっそ。好きにすれば」
「何機嫌悪くなってんだよお前……あ、そうか。ごめんな、年明け早々寂しい思いをさせちまって」
「は、はぁ!? べべ、別に寂しくなんかないわよ!! バッカじゃないの!?」
「ぶべらったッ!?」
──年明け早々、龍奈にブラジリアンキックをかまされているのは、先日バンブルビーに頼み事をされたのが原因である。
なんでも、中国の崑崙という所に昔馴染みの知り合いが居るらしく、そこへ新年の挨拶に行くから着いてきて欲しいとの事だった。
出発は今日の昼頃で、もうあと数時間もすれば発たなければならない。新年の挨拶にセイラムタワーにやってきたけど、すぐに鴉城にトンボ帰りだ。
「えーせっかくラインハレトと一緒に邪悪なる初売りとか行きたかったのになぁ〜残念だなぁ〜!」
テーブルでお節をつまんでいたラムがそう言った。見ると、やけに黒豆の減りが早い。もっとまんべんなく食えよ。
「俺も行きたかったけど仕方ないだろ。出来るだけ早く帰ってくるから、そしたら皆で出かけようぜ」
「ほんと!? えへへ、約束だからねぇ?」
「任せとけ。邪悪かどうかは分かんねーけど初売りには連れてってやるから」
「わぁーいやったぁ!!」
ラムが嬉しそうにバンザイすると、箸でつまんでいた黒豆が飛んで行った。今年もそそっかしい奴だ。
「おいシェリー、このイー・ルー様も何か美味しいものが食べたいぞ……んぐもぐ……これ、お節とかいうのは味が濃すぎて口に合わん」
飛んで来た黒豆をキャッチして口に放り込んだルーがそう言った。ルーの好みは洋食系だと最近判明してきたので、確かにお節は合わなかったんだろう。
ぶっちゃけ俺もそこまで好きではないからな。なんなら中華のオードブルセットとか食いたいわ。
「じゃあ、初売り行った後はそのままご飯ですね。ルーが気に入りそうなお店探しときます」
「よしよし、楽しみにしてるぞ。ああ、けど中華はもういいからな……龍臣のやつそれしか作んねぇから」
「中華屋のオヤジなんだから仕方ないでしょ。文句あんなら自分で作んなさい」
不満を零すルーに、龍奈が呆れ顔でそう言った。部屋は違うとはいえ同じマンションに住んでいるし、俺がいない間に喧嘩とかしないかとヒヤヒヤしていたが、そこまで相性は悪くなさそうだ。
飯の面倒も店長が買ってでてくれてるし。
「言われなくてもこのイー・ルー様の今年の目標は自炊出来るようになることなんだよ! 分かったかリュー・ナー! コノヤロウ!」
「はいはいそうなのね……って、なんか今、私の名前のインスピレーションおかしくなかった!?」
「イントネーションな」
「ど、どっちでもいいわよ!」
「ぶっ、がはっ!?」
龍奈のワン・ツーを華麗に顔面で受けとめた。鼻が顔の中にめり込んだんじゃないかって威力だ。
よろよろと後ずさると、背後にあったソファーの腰掛けにつっかかって、バランスを崩した俺はソファーに頭から倒れ込んだ。
「ハレ、ソファーの座り方間違ってるよ? 頭じゃなくてお尻を下にしなきゃ」
大画面でテレビを鑑賞していたフーが、俺の顔面に回復魔法をかけながら微笑んだ。俺ん家のリビングに女神がいる。神様ありがとう。
「……ったく、危うく顔面がウユニ塩湖みたく平らになるところだったぜ……で、これ何見てるんだ?」
「ハレも気になる!? なんと『メイドさんは見ちゃった!』のシーズン1だよ! 私シーズン21の途中からしか見た事なかったから最初から見れて嬉しいの! さぶすくって最高だね!」
「ああそういうことか。前の家ではサブスク入ってなかったからな。てか、シーズン多すぎじゃない? どんだけ見ちゃってんだよメイドさん」
「主人公のメイドさんは敏腕スパイなんだよ! 最初に仕えていたご主人様が刑務所に入ってて、保釈金を稼いだりするために色んな企業や組織にメイドとして潜入して弱みを握っていくの! すぅっごく面白いんだから!」
目をキラキラ輝かせながら語るフーが可愛すぎて、内容が半分くらいしか頭に入ってこなかったが、まぁだいたいは分かった。フーは女神ってことだな。
「そうか。お楽しみのとこ悪いんだけど、そろそろ行くぞ。城に帰ってお出かけの用意をせにゃならんからな」
「はーい! なんと一時停止できるから大丈夫でーす!」
フーは特にごねたりせずに、リモコンを操作してテレビを消した。とっても偉い子である。
俺とフーは改めてセイラムタワーの皆に挨拶して部屋を出た──
──エレベーターを降りてエントランスに向かうと、正面からこっちに向かって女と子供が歩いて来ているのが見えた。
(……誰だ? なんでオートロック抜けてきてんだよ)
「──あら、もしかして辰守 晴人さんですか」
黒髪の女が俺に気づいて、声を掛けてきた。歳の頃は俺たちと同じか、落ち着いた雰囲気の分少し歳上に見える。
「ええ、そうですけど……あの、失礼ですがどちら様ですか?」
「申し遅れました。私、こちらの寅邸 幽様のメイドをしています、姉狐と申します」
姉狐と名乗った女は、そう言って隣の男の子に目線を落とした。まだ小さい、小学生くらいの男の子だ。
(……それにしても、虎邸って──)
「もしかして、父の知り合い……ですか?」
「はい。実は私共、訳あってお家から放逐されている身でして、知り合いのつてを頼り晴人さんのお父様にご助力懇願致しましたところ、ここに一時的に住まわせていただくことになりまして」
「ああ、そういうことですか……」
「ハレ、知ってる人なの?」
「いや、親父の知り合い……ってとこかな」
「へー! メイドさんいるなんて虎邸さんはお金持ちなんだね!」
「あらあら、“辰守”さんもそうでしょう? 同じ四財閥ですものね」
フーが不思議そうな顔で俺を見上げるから、仕方なく説明することにする。進んで話したいことでもないんだけど……。
「四財閥ってのは、簡単に言うと超金持ちの4つの家の事だ。虎邸、鳳、亀蛇、そんで辰守……特別仲がいいって事もないけど、財閥同士無関係って訳でもないんだよ」
「なるほど、それでこの2人が来たんだね! なんか四天王みたいでカッコイイ!」
「ふふ、とってもユーモラスなお方ですね。これからお世話になりますので、以後よしなに」
「どうもご丁寧に、歓迎しますよ。セイラムタワーにようこそ」
「あらあらまあまあ、とっても素敵なお名前ですねぇ……それではまた」
姉狐は一礼すると、虎邸少年を連れてエレベーターへ向かった。途中、少年が振り返ってぺこりと頭を下げたのを見て、俺もお辞儀を返した。
「私、本物のメイドさん初めて見た! メイドさんは見ちゃった ならぬ、“メイドさんを見ちゃった”だ!!」
「はは、ホントだな。案外さっきのメイドさんもスパイだったりして……」
「……大変だっ! 私たちに近づいて、セイラムタワー崩壊のミッションを遂行しようとしてるんだね!」
「ああ、きっとそうに違いない! 警戒を緩めるなよフー!……なんてな。ははは」
「えへへ、そんなわけないよねー!」
フーと二人、くだらない冗談を言い合いながらセイラムタワーを後にした。
どこの世界にスパイのメイドさんなんて居るってんだ……んなもん決まってる。テレビの中だ──




