268.「年越しと目標②」
【マゼンタ・スコパ】
──真っ白な城へ帰ると、転移部屋でローズが待ち構えていた。いや、待ち構えていたと言っても、魔法で作り出した椅子に腰かけて、うたた寝してたんだけど。
「お迎えしてくれるなんて嬉しいわ〜感動して涙が出そう〜」
耳元でそう言うと、ローズは身体をビクッと震わせて意識を覚醒させた。目を覚ますなり私をジッと睨んでくる。
「……脅かさないでよ。心臓に悪いわ」
「ごめんごめん、可愛い顔して寝てたからついね」
「ウィスタリアの件は?」
「上手くまとまったわよ。魔女狩りの方にも協力は取り付けたし……まぁ、条件もあったけど……」
「条件?」
「とにかく、これでエミリア救出の目処が立ったんだから、もういいでしょ?」
「ええ、そうね。早速教えてあげましょう」
──エミリア生存の話が出てすぐ、私はカルタにその事を伝えようとした。日に日にやつれていくあの子を見るのは、昔の自分を見ているようで辛いものがあった。
ろくすっぽご飯も食べれなくなったあの子も、そもそもの原因であるエミリアの生存を知れば、回復のきっかけになると思ったのだ。
けど、まだ確証もない状態で、ましてや救出の目処も立たない段階で伝えるのは避けた方がいいと、ローズに引き止められた。
だから私は大急ぎで役員会議を設けて、救出部隊の候補を検討し、名前の挙がったウィスタリアを説得に向かった。一日がかりの仕事になったけど、ギリギリ日付が変わる前に間に合った。
カルタには、辛い気持ちのまま年を越させずにすみそうだ。
──コン、コン、コン……
「カルタ、私よ。大切な話があるんだけど、入ってもいい?」
ノックした扉の向こうから、返事は返ってこなかった。もしかしたら眠っているのかもしれない……いや、それはないか。あの子はずっと不眠症で、夜中だろうと返事を返さないことはなかった。
ローズと顔を見合せて、ドアノブに手を掛ける。鍵は掛かっておらず、呆気なく開いた扉の奥にカルタの姿は無かった。
「……一足遅かったみたいね」
ローズがベッド脇のサイドテーブルに置いてあった紙を手に取って、そう言った。
受け取って見ると、そこには達筆な文字で書置きがしてあった。
『お礼も言わずに出ていってごめんなさい。やらなきゃいけないことが出来たのでここを出ます。お世話になりました』
「……これ、復讐……かしら」
「いえ、きっと違うわね。感情に任せて動くタイプならもっと早くにそうしているもの。きっと何か、導を見つけたんだと思うわ」
ローズは手紙を懐に仕舞うと、さっさと部屋を出て行った。
「ちょっと、探したりしないわけ?」
「私たちがあの子くらいの時、誰かに探して欲しかった?」
「……まぁ、それもそうね」
* * *
【鳳 カルタ】
──ピピッ……。
こじんまりとしたチェストの上に置いてあった電子時計が、控えめな音で24時を告げた。激動の1年が終わり、新たな年を迎えた合図だった。
「……えっと、久しぶりに会ったせいで、なに話していいか分かんないまま年越しちゃったね……お母さん」
「…………どうして……ここに来たの……」
──知らないうちに病院から自宅療養に移っていたお母さんの住所は、エミリアの残した日記に書いてあった。新都の端にある、単身用マンションの一室だった。
4年ぶりに訪ねたお母さんは部屋にはあげてくれたものの、相変わらず私の方を見ずに、ベランダの方に向けられた椅子に座って外の景色を眺めていた。
8階からの眺めはそれなりにいいんだろうけど、あいにく今日は一日……朔月は夜に溶けて見えやしない。
たぶん私もそれと同じ……確かにそこにあるけれど、お母さんの目には映してもらえない。一言目の会話から破綻しているのは、そのせいだ。
「私ね、好きな人が出来たの……女の子だよ。その子がね、自分のお父さんと喧嘩しちゃって……もうずっと会ってないって言うの。私、仲直りを薦めたの……親子で仲悪いのって、なんか悲しいじゃん」
ベランダから入る街明かりがぼんやりと照らす部屋……目を離すと薄暗い部屋に同化してしまいそうなお母さんの背中に、一方的に話をする。
「そしたらその子がね、私にもお母さんと仲良くして欲しいって……私──」
「──その子は……」
思いがけずにお母さんが反応して、言葉がつんのめった。何を言おうとしたのか……私はお母さんの言葉の続きを待った。
「……その子は、できたの……仲直り……」
一人言みたいな、呟くような声だった。
「……ううん。出来なかったよ」
手に持った日記を、私はギュッと抱き抱えた。涙が出そうになったら、弱音が零れそうになったら、こうしてエミリアの強さを分けてもらう。
ずっと苦しいし、色んなものから逃げ出したいし、色んなものを投げ出したい……それでも、このままじゃずっとエミリアに「ありがとう」って思えない。
私のために手を尽くしてくれていたエミリアの想いを、無為には出来ない。だから、弱音なんてもう吐いてられない。
「──お母さん。私、お母さんを探してくるよ。もう一人の、まだ会ったことないお母さんを」
椅子に座っているお母さんの肩が、少し揺れた。何か考え込んでいるみたいだけど、何の返事も無かった。
「私ね、お母さんは時間を止めたい人だって思ってた……けど、違ったんだね……私分かっちゃったの。お母さんは時間を戻したかったんでしょ」
お母さんの肩が、ほんの少し……けれども確かに震えた。
「……あなたに、私の何が分かるの……」
「分かるよ。お母さんの子供だもん……私、お母さんの子供なんだよ」
お母さんは、自分を抱き締めるみたいに震える肩を手で押さえ込んだ。俯くと、ただでさえ消えてしまいそうなシルエットが余計に小さくなる。
「大切な人が居なくなるのって……本当に辛いことだと思う。きっと経験した人にしか……ううん、本人にしか分かんないよね。だから、私がお母さんの大切な人を見つけて、連れて来てあげる。私に時間は戻せないけど、進めることは出来るから」
「…………そんなの無理よ……あの人は、私を捨てて消えたの……もうどこにも居ないの……」
「……大丈夫だよ。お母さんの大切な人は生きてるから……きっと私が連れてくるよ。だから、そうしたら──」
『私の事を、見て欲しいな』
最後の言葉は、抱きしめた日記に込めた。その言葉だけは、絶対に『無理』だって否定して欲しくなかったから。
* * *
──冷たい風に乗って、灰雪がはらはらと舞い落ちる。手袋ですくい取ると、ほんの少し手のひらを撫でてするりと逃げて行った。
纏まりづらいエミリアの灰銀の猫毛を思い出して、何だか愛おしい気持ちが湧き上がってくる。
「……さて、ガラにもないくよくよタイムはもう終わりだかんね〜! サクッとお母さん連れて帰って、ストファイでムテキングのリベンジマッチだ〜!!」
建物の屋上伝いの家路。その途中……新都の夜景が一望できる高層マンションの屋上から私は叫んだ。憂鬱な気持ちは去年に追いやって、もう今からは立ち止まらずに前に進むと心に決める。
私の新年の目標は、お母さんの元にお母さんを連れて行くことだ。
高層マンションの屋上でビュンビュン風に吹かれながら、私は日記のページをめくった。魔女協会で無理に調べたであろう資料の切れ端が貼り付けてあるページで手が止まる。
「……いやぁそれにしても、私のママん……鴉だったんか〜」
ep.1キャラクター紹介更新いたしました。




