267.「年越しと目標①」
【熱川 カノン】
──母屋の応接室。ローテブルを囲んで、ソファに4人の魔女と2人の眷属が腰掛けている。
元 魔女協会のお母様とVCUの私、現役の魔女協会のマゼンタさんに、元 魔女狩りのオルカさん。
そして、お母様の眷属であるお父様と、オルカさんの眷属であるテン……本来、一堂に会する筈のない異色のメンバーだった。
──エミリアが生きている……という情報は、魔女協会も傭兵から聴いて既に把握していたらしかった。
想定外の事態にどう対処するか、魔女協会の役員を伴った緊急の話し合いの場が設けられ、結果的には非公式な救出部隊が編成される事になったらしい。
「……で、私に白羽の矢が立ったってわけよ」
お母様は呆れたようにそう言って、マゼンタさんを睨めつけた。マゼンタさんは『勘弁してよ』と両手を上げて肩をすくめた。
「あの、やはり私のせい、ですの?」
「まぁ、半分はそうね。貴女が余計なちゃちゃを入れなきゃ、ウチの傭兵がエミリアを捕縛出来てたかもしれないわけだし……こっちも表立って魔女狩りに手を出す訳にはいかないから、フリーのウィスタリアに任せちゃいましょうってことね」
「では、もう半分はなんですの?」
「……単純に、ウィスタリアが強いからよ。鴉幹部の実力は伊達じゃないものね、お姉様?」
「よしなさいよ気持ち悪い。いつの話してんだか」
マゼンタさんとお母様は、思っていたよりも仲が良かった。
お母様は魔女協会の設けた倫理規定で禁忌とされている“血分け”を行い、お父様を眷属にした。
それによって魔女協会を追放処分になったと聞いていたから、もっと険悪な雰囲気なのかと思っていたのに。二人の様子はまるで、それこそ姉妹のように見えた。
「……俺たちの事は、どうするんだ」
「あら、彼氏君。それ自分で聴いちゃうんだ。結論から言うと今はノータッチ……それどころじゃないからね」
「ラッキーだけど、なんかムカつく」
「いいことだろ。とりあえず」
ムッとしたオルカさんを、テンが嗜める。素敵なお兄様ですわね。
「……けど、救出部隊ってようは魔女狩りに乗り込むって事だよね。それってかなり危ないんじゃないの? 僕、藤乃さんには危ないことして欲しくないんだけど……」
「まぁ、優しい旦那様ね。羨ましい〜」
「茶化してんじゃないわよマゼンタ……深夜、言っとくけど別に危ない事とかないから変に心配しないで。アタシよりも、カノンやテンくん達のことを見てあげて」
「うん。そうだね……けど、本当に気をつけてね」
「し、しつこいわよ。ほんと心配性なんだからっ……」
本気で心配するお父様に、本気で照れるお母様の図。熱川家ではよく見る光景ですけれど、何だか今は少し、憧れみたいな感情が湧き上がってくる。
「で、救出部隊を派遣するにしても肝心の拠点が分からないの。だから、情報があるなら素直に教えて欲しいんだけど?」
マゼンタさんはテンに向かってそう言った。少し威圧する様な態度が気になったけれど、元とはいえ魔女と魔女狩りなのだから仕方がない……むしろ、それを鑑みるとマゼンタさんは抑えてくれている方だ。
「……条件がある」
「この件が片付いたら見逃せって?」
「当然それもあるが、もうひとつ」
「言ってご覧なさいな」
「魔女狩りが独自に製造している薬がある。それを確保して、量産できるか試してみてほしい」
「……薬?」
応接室に集まった殆どが、マゼンタさんと同じようなリアクションになった。
「知ってるだろうが、魔女狩りの人形には戦闘能力を上げるために外装骨格ってもんが仕込まれてる。薬はその副作用を抑えるためのもので、無くなるとかなり困るんだ」
「……あの薬、無くなるとそんな困るんだ」
深刻な表情のテンと、とぼけたような態度のオルカさん。2人の温度差に若干戸惑いつつ、新たに明らかになった過酷な境遇に胸が痛かった。
「なるほどね。その薬欲しさに従ってる奴も少なからずいるんでしょうね……いいわ。出来るだけ薬は回収して貴方に回してあげるし、解析と量産も試みる。それがあれば説得に応じて投降する奴らも少しは居るかもしれないしね」
「ありがとう……俺に出来ることなら何だって協力させてもらう」
「じゃ、契約成立ね」
マゼンタさんはそう言って、テンと握手を交わして帰っていった。
ひとまずこれで今後の大きな指針が出来た。私たちの当面の目標は、エミリアの救出とオルカさんの薬の確保だ。
──お母様が見送りから帰ってくると、ちょうど廊下の柱時計が24時の合図を告げた。
「あ、これ年明けちゃったわね」
「え、今日って元旦なの!?」
「……うわ、まじだぞオルカ。すっかり忘れてた」
「慌ただしい年越しもあったものですわね……ともあれ皆様、新年明けまして……いえ……んん?……えっと、この場合は──」
「いいでしょ別に。お葬式はしたけど生きてたんだから、喪中はギリギリ回避よ。素直に新年を祝いましょ」
私の考えを見通したお母様が、スパッと結論を出してくれた。そういう事なら、遠慮なく──
「……こほん、それでは皆様……新年明けましておめでとうございますですの。今年もよろしくお願い致しますわ」
「はい。新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくね……あなた達2人は、今年からよろしくね。もうここは自分の家だと思ってくれていいわ」
私に続き、お父様とお母様が挨拶を済ませると、自動的に残ったテンとオルカさんの方へ視線が集まった。
「やば、こんな綺麗なとこに住めるなんて……あ、こちらこそあけおめことよろです」
「こらオルカ、これからお世話になるのにそんなテキトーな挨拶があるか! きちんとしろ!」
「……きちんとって……そんなこと言って、お兄こそちゃんとできんの? お兄の口から新年の挨拶とか聞いた事ないけど」
「な、なんだと……じゃあよく聞いとけ。こほん、ええっと、新年明けまして……おめでたいでごぜぇやす……ん? おめでとうでございます……?」
「ほーらやっぱ何か違うじゃん! お兄の知ったかぶりー!」
「まてまて、まずは様子見ってことだよ!……こら、腕を噛むなバカ!……この──」
「ぎにゃー! どこ噛んでんのよバカお兄!」
なぜか新年の挨拶で兄妹の噛み付き合いが勃発してしまった。けれど、テンもオルカさんも本気じゃないだろうし、ここはそっと見守っておきましょう。
「あれだ、ええっと……おめでたい、おめでた……明けましておめでたでした、でございます?」
「明けましておめでとうございます……ですの」
あたふたするテンは可愛らしくって、ずっと見ていたかったけれど、何だかお父様が怪訝な顔をされていたので助け舟を出すことにした。
やっぱりお父様は、お母様と違ってテンのことはよく思っていないのかもしれない。
「──おめでた……」
ボソッと、低い声の呟きがやけに部屋に通った。声の主は、お父様だった。
「……そうだ、“おめでた”だ……こいつよくも僕の可愛いカノンを傷ものにぃいいい!!!!」
お父様が壁に掛けてあった模造刀を持って、やおらテンに斬りかかった。突然の蛮行だったけれど、テンはオルカさんを引き剥がして、それをしっかり白刃取りにした。
「急に何するんですかお父さん!?」
「誰がお前のお義父さんだァァァ!!?」
すっかり忘れていた。お父様を説得するために、お腹にテンの子供を宿していると嘘をついてそのままにしていたことを。
お父様は気絶した拍子にその事は忘れていたらしかったけれど、たった今“おめでた”というワードで思い出してしまったらしい。
「ちょっと深夜、年明け早々やめなさいよ!」
「だって藤乃さん! カノンがこの男に……くぅ、ちゃんと責任とれるんだろうねぇ!?」
「ひ、責任って、なんの事ですか……」
「カノンのお腹の子供の事に決まってるでしょうがぁ!!」
ガツン、と……模造刀が天の頭に直撃した。白刃取りしていた手の力が急に抜けてしまったみたいに、不自然なすり抜けだった。
ゆっくりと、テンの首が私の方へ向いた。その瞳は驚愕に染まっていて、私はついイタズラ心が芽生えてしまった。
「……名前、どうしますの?」
自分のお腹にそっと手を当てて、少し恥じらうようにそう言った。我ながら中々の演技力だった気がする。その甲斐あって、テンのリアクションは満足のいくものだった。
「ぇぇえええええ!? さっきのキスでもう!?」
テン……思っていた以上に純心でしたのね──
ep.1のキャラクター紹介ですが、少しづつ更新しています。更新した際はこのように本編後書きなりでお知らせいたします。




