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264.「父親と娘泥棒」


【熱川 カノン】


──心臓が張り裂けそうに痛くて、熱い。


 苦しくて閉じていた目をゆっくり開けると、溢れ出る魔力が身体の周りで引切り無しにバチバチと弾けて目がチカチカした……。


「……はぁ、はぁ、戻って……戻って

、戻れッ……」


 荒い息を整えながら、念じるように何度も呟いた。かろうじて魔法の制御は出来ていて、額から突き出した角と腰から生えた尻尾が、少しずつ身体の中に収まってゆく。


「……なんなの、それ……」


 少し離れたところでテンを庇うようにしてうずくまっていた女の子が、怯えた様子で私を見た。


「……一時的に、魔獣化する魔法です」


「そんな、めちゃくちゃな……」


 そう、そんなめちゃくちゃが私の魔法……お母様から受け継いだ“魔獣の威光(デモンズマジェスティ)”。


 一定時間、魔獣化による圧倒的な強さを思いのままに出来る反面、少しでも制御を間違えると魔獣化から戻れなくなるリスクがある。


 お母様も私もこの魔法が暴走した結果、歯が魔獣化から戻らずにギザギザのままなのだ。

 10年前に暴走してからもう使わないと決めていたけれど、どうやら今回は上手くいったみたい……副作用で伸びた髪はそのままだけど、角と尻尾は綺麗さっぱり無くなった。


「……ふぅ、改めてですが、熱川 カノンですわ。あなた達を助けに来ましたの」


「た、助けにって……あんたヴィヴィアン・ハーツの部下でしょ!? 何で私たちを……」


「話は後ですの。あの男、きっとすぐに戻ってきますわ」


 鉤爪の男はかなり腕の立つ人物のようだったけれど、魔獣化した私とは地力が違いすぎた。鉤爪を素手でへし折ってしたたかに蹴り飛ばすと、数百メートル吹き飛んとんでいったきりになった。


 死んではいないでしょうけれど、それなりにダメージは与えたはず……かと言って安心は出来ない。蹴りこんだ時妙な感覚があった。きっと何かしらの小細工で威力を殺されたような気がする。


 だから、目の前の2人を連れ出すのは今しかない。時間が経てば経つほど脱出は困難になる。


「……っあんたをどうやって信じろってのよ、ウチら敵同士なんだよ!」


「信じる信じない以前に他に道がありまして? 2人ともわたくしが担いでお運びしますので、心配ならその間喉元にナイフを突きつけるなり好きになさってください」

 

「……なんで、そこまでして……」


「あなたのお兄様を愛しているからです」


 不承不承、といった風ではあったけれど、妹さん……オルカさんは納得してくれたようで、おずおずと私の背におぶさった。



* * *




【安藤 オルカ】


12月25日


「──ねぇ、お兄。熱川 カノンって誰なの?」


 居心地のいいカビ臭さがふわりと漂うアジト……私の包帯を取り替えていたお兄は、手をピタリと止めて目を丸くした。


「……聞いてたのか」


「うん。別に、言いたくなかったらいいけど」


「……前にさ、そのぬいぐるみを取りにゲーセン行った日あっただろ」


 私は膝の上にお行儀よく収まっているシャチのぬいぐるみに目を落とした。家から出られない私に代わって、お兄が取ってきてくれた子だ。


「その時ゲーセンで知り合った女の子と仲良くなって、一緒に飯食いに行ったりしてたんだよ」


「……信じらんない。お兄ナンパしたわけ?」


「な、ナンパなんてしてねぇよ。向こうから連絡先聞いてきたから……まあ、結局俺も満更でもなかったから会ってたんだけど……」


 まさか、トウヘンボクのお兄に浮いた話があるなんて……しかも私の知らない間に。なんか悔しい……。


「まぁ、その子がカノンで……今回の作戦のターゲットの一人だったんだよ」


「そいつのこと……好き、だったの?」


「まさか、そんな訳……いや、そうだな。かなり……」


 ぐるぐると新しい包帯を私の手首に回しながらお兄は見たことも無いような悲しい目でそう言った。わぁ、ほんとに好きだったんだ。


「……私、魔女協会セラフの魔女は嫌い。ウチらの事助けてくれなかったし、みんな悪い奴らなんでしょ」


「……ああ、そうだな」


──けど、お兄が好きなった人なら、いいよ。


 あの日、私はその一言を静かに飲み込んだんだ。




* * *




──甘い香りがする。安っぽいお菓子みたいな匂いじゃなくて、初めて感じる、何だか高級そうな香り。風に揺れる長い髪からふわふわと漂うその匂いに、ついぼうっとして手元が狂った。

 地面を蹴った反動で、熱川 カノンの首筋に添えていたナイフがほんの少し肌に触れてしまった……直ぐに首に赤い線が走って、血が滲んだ。


「……ッごめ──」


 熱川 カノンは気にする様子もなく、黙って私とお兄を抱えて走り続けた。


(……ほんと、何してんのよ……コイツも、私も……)


「……少し、足を早めますの」


 ナイフを霧散させて両腕を肩に置くと、熱川 カノンはそう言ってスピードを上げた。一瞬でよく分からなかったけど、ほんの少しだけ口角が上がっていた気がした。


 しばらくすると、見覚えのある景色が目に入ってきた。つい最近訪れたばかりの場所……ここは──


「……ここ、温泉街じゃん……何でこんなとこ」


わたくしの実家がございます。ひとまずお二人は我が家で匿いますの。それが一番安全ですから」


「我が家でって、それあんた以外にも誰かいるんじゃないの……?」


「ええ。ですから今から交渉致します」


「……もう、好きにすればいいわよ」


 計画的なんだか無計画なんだか分からない奴だけど、どっちにしても本気で私達の事を助けようとしている事には変わりない……と思う。現状は最悪、ダメで元々なんだし、考えてもなるようにしかならない……なんて、お兄ならきっとそう言うんじゃないだろうか。


「……え、着いたの? ここ?」


「ええ、すぐに治療致しますからもう少しの辛抱ですわ」


 熱川 カノンの実家はめちゃくちゃ大きかった。バカだから難しい言葉は出てこないけど、超立派なお屋敷って感じ……ほんとにこれ全部家なの?


「──カノン? あなた、いったいどうしたんですか!?」


 背中におぶさったまま、大きな家に度肝を抜かれていると玄関から声が聞こえた。

 声の主は、薄紫の髪に左眼の眼帯、口元から覗くギザギザの歯。熱川 カノン……にそっくりな女の人だった。


「……お母様、お願い致します。この方達をここで匿ってください」


「な、急に何言い出すのよ……じゃなかった、何を仰ってますの!? ていうかそれテンく……じゃなかった……ああもうっ、その二人はどうしたんですの!?」


「どうしたの藤乃さん。もしかしてほんとに……って、カノン!? というかその子達、酷い怪我じゃないか!!」


 熱川 カノンの母親に続いて、今度は若い男が出てきた。背が高くて線の細い、モデルみたいな人……話の流れ的に多分この人は──


「お父様!」


……らしい。お兄とはまた別の方向性のイケメンだ。私は結構タイプかも……って、そんなこと考えてる場合じゃないし。


「取り敢えず早く中へ入って、今ちょうどお医者さんがいらしてるから!」


「ちょ、深夜!? 勝手に話進めてんじゃないわよ!! さっきの話聴いてなかったの!?」


「……さっきのって、どっちの?」


「ああもう……カノン!」


「……は、はい」


 熱川 カノンの母親がピシャリと怒鳴るように名前を呼んだ。何か口調が荒いし、多分怒ってるよねこれ。


「その二人、魔女狩りでしょ」


「……な! なぜそれを……いえ、はい。その通りですの」


「分かってるの? そいつらを匿うって事は、色んなものを敵に回すって事になるのよ」


「……」


魔女協会セラフはもちろんレイヴンだって黙ってないわ。そいつらを始末しに魔女狩りだって出てくるかもね……そいつら全部をカノン、あんたに相手できるの?」


 熱川 カノンは俯いて、黙り込んだ。きっと今言われた事を考えてる。考えてくれてるんだ……私達なんかのために。


「……オルカさん?」


 私は熱川 カノンの背中から降りた。エミリアに撃たれた傷は癒えていないけど、血は止まってるし、何とか立ててる。


「……ごめんね。これ以上は厄介になれないよ……なんて、散々滅茶苦茶やっといて言うセリフでもないんだけどね……けど、お礼は言わせて。ありがとう……助けようとしてくれて」


「……お礼なんて、まだわたくしはあなた達を助けれてはいませんの。ちゃんと助けさせて下さい!」


「ダメだよ。あんたのお母さんの言う通り、ウチらを助けたりしたらそれこそ滅茶苦茶になっちゃうよ……こんな私達を助けようとしてくれただけで充分だよ」


 エミリアもそうだった。あいつも、死ぬ間際になっても私達の事を気にかけてた。

 どういう訳かエキドナに復活させられたみたいだけど……あいつにも悪いことしたな。


 悪い魔女って、私だったんじゃん──


 呆然と立ち尽くす熱川 カノンの腕から、お兄を抱き上げて背中に背負った。お腹の傷が凄く痛いけど、もういい。はやくここを立ち去らないと……これ以上迷惑はかけられない。かけたくない。


「──たとえ、世界中を敵に回したとしても! 熱川 カノンはあなた達を護りますの!!」


 お兄を背負って何歩か歩いた所で、熱川カノンが叫んだ。


「……熱川カノン……あんた、何言ってんの」


「言葉通りの意味ですの……お母様、お父様、カノンは決めましたの。熱川の名にかけて、この二人はわたくしが護りますわ。例え、誰を敵に回そうとも」


 熱川カノンの姿は、さっきまで母親に怯えていた奴と同じとは思えなかった。私だって震えるほど怖いあの母親を、真っ直ぐに見据えている。


「……そこまで言うなら、それなりの理由があるのよね。納得のいく理由を聞かせなさい」


 熱川カノンは、私の方……いや、お兄の方に振り返って言った。


「彼を愛しているからですの」


 数日前の、お兄の寂しそうな目が頭をよぎった。そっか。こんないい相手がいたんなら、あんな目にもなるよね。


「……はぁ、血は争えないのね。いいわ、中へ入りなさい」


「お母様……ありがとうございます!」


 熱川カノンの母親は、根負けしたのか呆れたように、けどなんだか……少し嬉しそうにそう言った。


 ただ、まだ納得していない人がいた。


「ちょっと待ったァ!!!!」


「お、お父様?」


「びっ……くりしたぁ、なによ深夜!」


 熱川カノンの父親だ。物凄い剣幕でこっちを睨んでいる。


「……カノン……そいつか、その男が僕の可愛いカノンをたぶらかしたのかァ!!」


「お、落ち着いてくださいお父様! 今はそんな事を言っている場合では……」


「そんなこと!? 僕の可愛いカノンに悪い虫が着いてるのにそんなことだって!? ああああだから僕はデートなんて行かせたくなかったんだああああ!!」


「ちょとやめなさいよ深夜……あんた、魔女狩りに襲撃されたって聞いた時より取り乱してんじゃない……どうかしてるんじゃないの?」


「どうかしてるのは藤乃さんのほうだよ!! 僕らのカノンが男連れで帰ってきたんだよ!? しかも匿うって、ひとつ屋根の下ってことだよ!? 何か間違いが起きるかもしれないし、僕は絶対反対だからね!!」


 さっきまで穏やかそうだった人が、物凄い取り乱していた。人ってここまで取り乱せるものなのかってくらいに。


「お母様、お父様を何とかしてくださいまし!」


「な、甘えてんじゃないわよ! 自分で蒔いた種なんだからそれくらい自分で説得なさい! こうなった深夜はほんっと頑固なんだから……めんどくさいったらないわ」


「ノーモア婚前交渉!! ノーモア娘泥棒!!」


「ほらまた訳わかんないこと言い出したわよ……」


 熱川カノンは頭を抱えてうずくまった。父親のあんな姿を見たくないのか、それとも何か説得する方法を考えているのか……ていうか、めちゃくちゃお腹痛いんですけど。


「お父様!!」


 何か意を決したように、熱川カノンは立ち上がって父親の元へ歩み寄った。さて、なんて言い出すんだろう……。


わたくし、お腹に彼の子供がいますの!!」


 私はこの日、初めて見た。


 人が立ったまま失神する姿を──



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