248.「ヒカリとスピリチュアル」
【馬場 櫻子】
鴉の拠点は島である……というのは既に知っていた事だけど、だからといって広大な海のどの辺りに浮かんでいるのかはさっぱり分からなった。
鴉城は島の中でも1番標高が高い所に立っていて、100メートル離れた所には地下監獄への入口があったりする。
わたしが把握していないだけかもしれないけれど、それ以外にはこれといって建物や施設は見当たらない。ただ鬱蒼とした林があるばかりだ。
雪と落ち葉がミルフィーユみたいに重なった地面を踏みしめて、わたしとヒカリちゃんはバンブルビーさんの後に続いた。
「──ちょっと話でもしてみない?」
唐突に部屋に現れたバンブルビーさんはそう言った。それも、わたしにではなく……ヒカリちゃんに。
ヒカリちゃんは少しだけ考えて「櫻子と一緒なら」と答えた。バンブルビーさんは二つ返事でそれを快諾して、わたし達に案内したい所があるからと、城の外……この林へといざなったのだ。
「──寒い中連れ回してごめんね。ついたよ」
バンブルビーさんはそう言って、大きな黒い岩の前で立ち止まった。4~5メートルくらいある岩の周りは、そこだけ降り積った雪を押し上げて草や花が生い茂っていた。
「……バンブルビーさん、ここは?」
「俺の大切な場所。大事な話をする時はここって決めてるんだ」
「……で、大事な話ってのは何なんだ?」
「なんていうか、説明するのが難しいんだけど……ヒカリちゃんと仲良くなりたくてね。そのためにはまずは俺の事を知ってもらわないとでしょ?」
「……あの、アンタには感謝してる。櫻子の事で世話になったみたいだし、まずはそれの礼を言わせてもらう。けどよ、その……なんだ、悪いんだけどアタシにはコイツって決めた相手がだな──」
「え? ああ、違う違う。全然ナンパとかじゃないから。本当に純粋に仲良くなりたいっていうか……いや、純粋かどうかはよく分からないけど……」
「だ、大丈夫ですかバンブルビーさん……なんだか、その、やっぱりまだ安静にしていたほうがいいんじゃ……」
ヒカリを前に支離滅裂な事を言い始めたバンブルビーさんを見ていると、段々と不安になってきた。平気そうにしてるけど、きっと怪我のせいでおかしくなっちゃってるのかもしれない。
「はぁ、ごめんね……俺昔からこういうの得意じゃないんだよ。もう担当直入に言っちゃうけど、さっきバブルガムの所でデイドリームって奴に予言を貰ったんだよ。夕張ヒカリちゃんと仲良くなりなさいってね」
「予言って……アタシはそういうスピリタスなもんはあんま信じねぇ主義なんだか」
「ヒカリちゃん、スピリチュアルね」
「デイドリームは魔女なんだよ。胡散臭く感じるかもしれないけど、ほんとに予言の魔法を使えるの……というか、そもそも俺たち皆スピリチュアルな存在でしょ?」
わたしはヒカリちゃんと顔を見合せた。きっとお互いに「そりゃそうだ」って顔になってる。
「百歩譲って予言がガチだったとして、アンタとアタシが仲良くなってどうなるってんだ?」
「具体的な事は何も。ただ……俺にとってはハッピーな展開になるみたいだけど。まあ、今がこの有様だからね」
バンブルビーさんは肩を竦めて微笑んだ。隻腕すら失った彼女に、いったい何をすればハッピーにできるというのだろうか。それも初対面の相手が……。
けど、そんな眉唾みたいな話を信じてバンブルビーさんはわたし達をここへ連れてきたのだ。
あんなに困った様な顔をして、部屋の扉をくぐったのだ。
「……ヒカリちゃん、バンブルビーさんに協力してあげられないかな。何も出来ないわたしがこんなこと言うの、どうかなって思うんだけど……出来ることがあるならしてあげてほしいの」
「できる事……アタシに腕でも生やせってか?」
「それは……ごめん……」
「いや、別に謝るこたねぇけどよ」
そうだよね。ヒカリちゃんだって訳も分からないまま頼りにされて、きっと凄いプレッシャーのはずだ。藁にもすがる思いでやってきたバンブルビーさんに、何をしてあげればいいのかも分からないだろうし、その上わたしにまで頼まれても……ただ困らせただけだ。わたしのバカ……。
「夕張さん、別にあんまり気負わないでいいからね? デイドリーム、あいつの予言ってふわっとした事しか言わないし、こっちもふわっと対応してればいいから」
考え込むように顔を伏せていたヒカリちゃんに、バンブルビーさんがそう言った。ヒカリちゃんは、つま先で地面の落ち葉をトントン潰して、顔を上げた。
「櫻子みたいにアタシの事も呼び捨てでいい。アタシもそうする……バンブルビー」
ヒカリちゃんはそう言ってバンブルビーさんを正面から抱き締めた。突然の出来事に思わずギョッとしたけど、あれは握手が出来ないバンブルビーさんの事を思っての抱擁だと少ししてから気づいた。
「……なんだか、新しい妹が出来たみたいで嬉しいな。よろしくねヒカリ」
「アタシは鴉には入んねーからな」
「アハハ、そりゃそうだよ。こんなヤバいとこ入っちゃダメダメ」
「……え? え?」
わ、わたしもう入っちゃってるんですけど……?
「で、腕生やしたらあとはどうすりゃいいんだ?」
「……ん? 腕生やしたらってどういう──」
ヒカリちゃんがバンブルビーさんの抱擁を解いて身体を離した。わたしはあまりの違和感の無さに、一瞬何が起こったのか気が付かなかった。
先に気がついたのは、異常が起きた本人……バンブルビーさんだった。
「…………え、なんで……腕……」
そう言ってバンブルビーさんは不思議そうに自分の両手をまじまじと見つめた。手のひらに何か変なものでも付いてるかと思ったけど、そうじゃない。
そうじゃないでしょ櫻子……バンブルビーさんに腕が生えてるじゃない!?
「ぇええええええええええ〜ッ!?」
わたしは驚きのあまり二度見、三度見してから、バンブルビーさんの手を触った。本物の手だった……少し冷たいけど、血の通った本物の腕だった。
「……これは、どういう……ヒカリの仕業、なんだよね?」
「……まあ、アタシの魔法ってやつだな……」
いや、だからスピリチュアルだってばっ!!




