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246.「取調室と予言の魔女」


【辰守 晴人】


 セイラムタワーから(レイヴン)城に帰ってきた俺は、バンブルビーが大怪我をした事をフーから聞いて知った。


 アビスとスノウはラミー様から事の概要を聞き出して、今は現地へと3人で調査に向かったらしい。


 イースとスカーレットは2人とも自室に引っ込んでいる。怪我こそ治療したものの、心身ともにジューダスから受けたダメージはやはり大きかったようで、そのうえバンブルビーの件で大きなショックを受けたのだ。


 魔女狩りの襲撃から帰って直ぐに自室で昼寝をしていたバブルガムは、(レイヴン)の情報を横流しした疑惑でラテとヘザーがブラッシュを伴って尋問している最中だ。


 櫻子は、何故かブラッシュに監禁されていたという夕張先輩と自室で話し込んでいる。明日には亡くなった友人のお通夜があるらしく、そういう複雑な事情もあるんだろう。


 そういうわけで、(レイヴン)城はいつになく静かだった。元々広い城に10人余りしか居なかったけど、一人一人が賑やかだったせいで、こんなにも寂しく感じることは無かった。


 今は絢爛な城が、皮肉にも静寂を一層引き立てているようにすら感じられた。


「──バンブルビー、起きないね」


「……ああ、そうだな」


 俺とフーは、バンブルビーの部屋でベッドに横たわる彼女を見守っていた。

 俺は彼女の補佐官だし、そうじゃなくても恩人がこんな目に遭っているのに放っては置けなかった。

 

 フーもバンブルビーの事が心配で堪らないといった様子で、いつもの太陽のような笑顔はどこか遠くへ引っ込んでしまっている。


 ベッドで眠るバンブルビーは目に見える傷こそ完治しているものの、やはり顔色は優れないし、長くて綺麗だった灰銀の髪も、焼き切れて不揃いになっていた。


 龍奈も店長も無事に救出出来たっていうのに、どうしてバンブルビーが……ぶつけようのない感情が、胸の辺りで暴れていた。


「……バンブルビーがさ、俺たちには出来るだけ元の生活を送れるようにって、色々と考えてくれてたみたいなんだ」


「……そっか。バンブルビー、優しい人だよね。もし私にお姉ちゃんがいたら、きっとバンブルビーみたいな人だったのかな」


「俺もフーと同じ事考えたことあるぜ。こんな姉ちゃんが居たら最高だなって……ほんとに、いい人なんだよな」


 喉の奥が苦しくて、気を抜くと涙が零れそうだった。フーのやつはもうぽろぽろ泣いてたけど、俺は必死に堪えた。


「──なんか、俺が死んだみたいな話になってない?」


 俺とフーの目の前、ベッドに横たわるバンブルビーから声が聞こえた。目を瞑ったままだから、一瞬幻聴かと耳を疑った。


「バンブルビー!」


 俺とフーはベッドに身を乗り出して、彼女の顔を覗き込んだ。薄らと開いた瞳は、しっかりと俺達の姿を捉えていた。


「……心配かけちゃったみたいだね。ちょっと、身体を起こすの手伝ってくれるかな」


 いつものように微笑むバンブルビー。俺はゆっくりとバンブルビーの身体を起こした。フーは心配そうにそれを見守っている。


「いやぁ、まさか無事に生きてるとはね。我ながら悪運の強さには驚くよ」


 無事に、という部分に俺は胸が痛くなった。バンブルビーは元々隻腕だったのに、残っていた右腕も失ってしまったのだ。正直、無事だなんて思えない……。


「2人ともそんな顔しなくていいよ。気を使うなって言っても難しいだろうけど、ホントに死ぬかと思ってたから腕1本で済んで良かったって感じだしね」


 バンブルビーは気丈に笑って見せたが、そんなの本心じゃないってすぐに分かった。当然だ。腕が無くなって平気な奴なんているわけない。こんな時でも、バンブルビーは俺達の“姉”たらんと振舞っているのだ。


「……俺、バンブルビーの補佐官ですから。俺が、バンブルビーの右腕になります」


 俺はそう言って、彼女の頬を伝う涙を拭った。バンブルビーは自分が泣いていた事に今気づいたのか、一瞬驚いた顔をした。


「……あれ、俺なんで……はは、ごめんね。目にゴミでも入っちゃったみたい……」


「バンブルビー、今はここには誰も来ませんから……無理しないで下さい。お願いですから、辛いのに平気なフリなんてしないで下さい」


 そう言うと、バンブルビーはしばらく目を伏せたあと、唇をギュッ結んで俺の方に身体を倒した。俺はバンブルビーを抱き止めて、背中をゆっくりと擦った。震える肩、段々と嗚咽混じりに声が漏れ出た。もう腕が無いことへの不安や悲しみを、鼻声で叫ぶように俺の胸に吐き出した。


 しばらくして、落ち着きを取り戻したバンブルビーは、ゆっくりと俺の胸から身体を離した。目の周りは泣き腫らして真っ赤になっている。


「……ありがとう。もう落ち着いたから……」


 バンブルビーは伏し目がちにそう言った。きっと普段誰かに弱みとか見せない人だから、今のような状況が照れくさいのだろう。目の周りだけじゃなくて頬っぺも耳も真っ赤だ。


「何か、飲み物とか持ってきましょうか?」


「それとも、ご飯食べる? お腹すいてない?」


「ありがとう2人とも。けど今は大丈夫だよ。それより、皆は今何してるのか教えて欲しいな」


 俺とフーは、現在 (レイヴン)で起こっている状況を出来るだけ細かく伝えた。そうすると、バンブルビーは話を聞くうちに段々といつもの調子を取り戻していった。


「……色々と複雑みたいだけど、こんな所で寝てても仕方ないしちょっと皆の所を回ろうか」


「バンブルビー、さすがに今は安静にしていた方がいいですよ。さっきまで死にかけてたんですから」

 

「怪我自体はもう治ってるから問題ないよ。けど、心配してくれてありがとうね。辰守君」


 真っ直ぐ俺の顔を見て微笑むバンブルビーはとても綺麗で、引き留めようとしていたのについ口ごもってしまった。


「俺はバブルガム達の所に行くから、フーと辰守君は手分けしてイースと櫻子達の様子を見てきてくれないかな? 俺の事は心配ないって伝えてあげてほしいんだけど」


「……分かりました。じゃあ俺はイースとスカーレットの所に行ってきますね」


「じゃあ私は櫻子のとこだね!」




* * *




【バンブルビー・セブンブリッジ】


 城の1階にある角部屋……様々な拷問器具が所狭しと並べられたこの部屋は、“取調室”として使われている。

 俺は今まさにその部屋を訪れているわけだが、実際に今も、3人の魔女が1人の魔女を拷問していた。


 いや、拷問なんて言い方は少し語弊があるかもしれないが、まあされてる本人はたいそう苦しそうだからあながち間違いでもないのか。


「む、むはははははははっ!!!……や、やめっ、やめろっ! くすぐった…やめ……あんっ……ちょ、変なとこ触んなテメー!!」


 魔力で編んだ頑丈な拘束具の上……暴れるバブルガムをラテとヘザーが押さえつけて、ブラッシュが無防備になった体をいやらしい手つきでまさぐっていた。


「……これは何をしてるのかな」


 俺に気づいた面々は、驚いたような顔をして拷問を一時停止した。


「心配かけてごめんね。このとおり元気になったよ」


「むはぁ、ば、バンブルビー、おめー、腕は!?」


 バブルガムが必死に呼吸を整えながらそう言った。もしかして今初めて知ったのかこいつ。


「バンブルビー、まだ安静にしてないとダメよ!!」


「いいのいいの。その話はさっき終わったから。それよりも何でこんな騒ぎに?」


 俺が部屋の椅子に腰掛けると、ラテとヘザーは顔を見合せて、なにか諦めたように話し始めた。


「バブルガムが(ここ)の情報を漏洩したんだけど、それの詳細を中々吐かないのよ。ブラッシュに尋問させようとても魔力始動して抵抗するし」


「だから魔力始動に集中できなるなる様に、3人でバブルガムをソフトに拷問していたという訳さ」


「なるほどね。バブルガム、俺が来たからには素直に白状した方がいいと思うけど……どうかな?」


 バブルガムは少し考え込んでから、おもむろに拘束用のベッドから起き上がると、乱れた身だしなみを整えながらぽつりと呟いた。


「……むふぅ、ベルに売った……利子と相殺で……」


「ベルってあのベル?……胡散臭い便利屋だか何でも屋だかの」


「むはぁ、よく知ってんなー流石バンブルビー……にゃっ!!?」


 服を整え終わったバブルガムが、何故かそのまま部屋を出ようとしたから後頭部にかかと落としをお見舞した。逃げられるわけないだろうがこのバカめ。


「このバカは牢屋にぶち込んどいてね。期間はまたアビスが帰ってきたら決めるでしょ」


 俺がそう言うと、地面にうつ伏せに倒れたバブルガムが「そんなー!」と叫んだ。自業自得だよ。


「じゃあ、これで一件落着ね。私、疲れちゃったからそろそろ部屋に戻ってシャワーでも……」


「次はお前だよブラッシュ」


 バブルガムよろしく、今度はブラッシュがそそくさと部屋を出ようとしたから呼び止めた。


「……なにかしら?」


「櫻子の友達を監禁してたんだってね。どういう事か説明して」


「……ああ、そのこと。2日前、城に侵入者の痕跡があったから、魔法で洗い出して捕まえたのよ。尋問しようとしたけどさっきのバブルガムみたいに魔力始動されちゃって……分かるでしょ? ここ最近私も忙しかったから、取り敢えず鎖で縛ってクローゼットに閉じ込めてたの」


「尋問も何も、櫻子に会いに来たってずっと言ってたんだろ」


「ええ、けど魔法で聞き出した訳じゃないから信じられないわよ。それに、私が見つけた痕跡は3日前のものだったし……」


「……3日前? デタラメばっかり言わないで。それが本当なら侵入者はもう1人いて、しかも城の中にずっと潜伏してる可能性があるってことになるんだよ?」


 防衛班であるブラッシュの主な役割は、侵入者の検知と尋問。2日前に城を魔法で洗った時には櫻子の友達しか検知出来なかった。だとすれば、3日前に侵入した輩はその時既に雨のかからない室内に居た事になる。

 雨の感知は地面に染み込んだ後もしばらく続く筈だから、城から知らない奴が1歩でも踏み出せばブラッシュが気づくだろう。

 それがなかったということは、はなから侵入者は居なかったか、それともまだこの城に潜伏しているかのどちらかになるわけだ……けど、そんな奴居るわけ──


「──わざわざイカれた魔女共の住処に3日も好き好んで居座るバカはいない……が、果たして天才ならどうだろうか」


 部屋の片隅……シャレで置いていたアイアンメイデンの中から声が聞こえた。部屋にいた全員の視線が、その一角に釘付けになる。

 視線を浴びたアイアンメイデンは、背筋が震えるような鈍い音を立ててゆっくりと開いた。


「……ご機嫌(きげん)(うるわ)しゅう諸君。なんと ななんと なななんと、大人気占い師系アイドルであるこの吾輩(わがはい)が、あらゆるスケジュールをなぎ倒してここに降臨したのだよ」


 アイアンメイデンからにょろりと出てきた女は、ぱちぱちと両手を打ち鳴らして拍手を促した。当然誰も拍手なんてしない。


 ラテもヘザーもブラッシュも、皆唖然とした顔で固まってしまっている。知らない奴が急にアイアンメイデンから出てきたんだから無理もない話である。


 そう、知らない奴ならな。残念ながら俺はこいつを知っている。俺だけじゃない、地面に転がっているバブルガムだって知っているはずだ。

 なんたってこいつはかつて、俺達の“姉妹”だった女なのだ。


 かつて“予言の魔女”と謳われたこいつの名は──


「……デイドリーム・フリーセル」


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