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245.「波乱と監禁」


【ラテ・ユーコン】


──第1の波乱は、私がブラッシュ達と一緒に城へ帰ってすぐにやってきた。


「どこへ行ってたのブラッシュ。ちょっとイースを尋問してほしいんだけど」


 城へ帰るなり、転移部屋で待ち構えていたアビスがそう言った。

 イースとスカーレットがジューダス・メモリーと接触したことはアビスに秘密にする……バンブルビー達と別れる前にそう口裏を合わせたけど、様子を見るに既に何かしら不審に思われているみたいだった。


「あら、もう仕事は終わったのに随分と殺気立ってるのね。確かに今ひとつ歯切れの悪い終わり方だったけど」


 ブラッシュが言う歯切れの悪い終わり方……というのは、魔女狩りの施設が壊滅したことだ。

 そもそも私たちはそのために襲撃に向かったのだから、壊滅するのは当たり前なんだけど、過程がおかしかったのだ。


 いつも通りなら施設を蹂躙して情報収集とかした後、アビスが全部魔法で吹き飛ばして終了……なんだけど、今回は最終工程に入る前に施設が勝手に崩壊して海に沈んでしまったのだ。


 バンブルビーが言っていた“きな臭さ”は的中したのである。


「……イースとスカーレット、制服がズタズタになるほど大怪我したみたいなんだけど、私が治す前にもう傷は塞がってるし、誰にやられたか聞いても2人とも覚えてないとか言うんだよね」


「なるほど、そういうことだったのね。いいわ。イースに聞いてみましょうか」


 イースが全てを白状するということは、ジューダスの件どころか、私とブラッシュが辰守君に協力したこと……つまり、魔女狩りの異端審問官と人形(ドール)を逃がすのに協力した事がバレてしまう。


 そうなれば、アビスの逆鱗に触れることはまず間違いない。たぶん、拳骨とかじゃ済まない筈だ。最悪、追放処分なんて事も有り得るかもしれない……それを分かっているのに、私はブラッシュがアビスと一緒に去っていくのを、ただ見送ることしか出来なかった。


「──アビス、大変だ!! バンブルビーが!!」


 あの時、突然ヘザーが現れなければ、本当にどうなっていたか分からなかったのだ。これが第1の波乱……ラミーに連れられて帰ってきたバンブルビーが、取り返しのつかない大怪我をしていたこと。


 そして第2の波乱はそれと殆ど同時にやってきた。

 かつてアビスと共にこの(レイヴン)を作った魔女……不殺卿 ヴィヴィアン・ハーツがこの城に現れたのだ。


「久しいのうアイビス。どうやら素直に再開を喜ぶような状況ではなさそうじゃが」


 ヘザーに連れられて私たちがバンブルビーの元へ向かうと、ヴィヴィアン・ハーツが既にバンブルビーの容態を確認していた。あまりに自然に居るもんだから、大怪我したバンブルビーよりもそっちにびっくりしてしまった。


「ヴィヴィアン、何でここに……バンブルビーの様子は?」


「生きてはおるが、腕はもうダメじゃな。そなたの魔法でもこれは治せまい」


 アビスは急にヴィヴィアンが現れたのに、そこまで動じなかった。すぐに横たわるバンブルビーの元へ歩み寄って、回復魔法をかけ始めた。


 私も恐る恐るバンブルビーの容態を確認したけど、本当に酷い状態だった。全身ボロボロで、それはアビスの魔法ですぐに治るんだけど……腕は、肩から先が焼き切れたように無くなっていた。


 元々左腕が無くて隻腕だったのに、残っていた右腕までこんな事になるなんて……ショックのあまり、私は気づけば涙を流していた。


 すぐに気がついたヘザーが、何も言わずに手を握ってくれたけど、ヘザーも手が震えていた。あのバンブルビーが、皆のまとめ役だった彼女がこんな事になるなんて、信じ難い光景だった。


「ラミー、何があったの?」


 回復魔法をかけ終わったアビスが、傍で控えていたラミーにそう言った。


「私と黒鉄(くろがね)は施設で戦闘を察知してトカゲ共の元へ向かったのだが、すると化け物じみた強さの人形(ドール)に2人が半殺しにされていてな、生け捕りにするつもりだったのかご丁寧に回復魔法で治療をしている所だった。当然私達はそいつを殺そうと挑んだが、転移魔法でフランス辺りまで飛ばされてな……何とか倒しはしたが、バンブルビーはこの有様だ」


 こんな状況で、ラミーの頭の回転には正直戦慄した。彼女はブラッシュと共に現れたアビスを見て、瞬時に状況を察したのだ。だから、こんな嘘をついた。


「なるほど、つい先日ヘリックスから魔女狩りの動きがおかしいって聞いたばかりだったけど、まさかここまでとはね……バンブルビーがこうなるんじゃ、イースとスカーレットじゃ勝ち目がないか」


 アビスはまんまとラミーに言いくるめられた。傷が塞がって尚目を覚まさないバンブルビーを見下ろしながら、少し考え込んで顔を上げた。


「うん。ヴィヴィアンは何しに来たの?」

 

「うむ。実は此方(こなた)の部下が行方不明での、どうも拉致された櫻子を助けにここへ向かったらしいんじゃが……心当たりはないかの?」


「さてね。私は知らないし、そもそもおいそれと来れるような場所じゃないでしょ。元メンバーが軽率に場所を教えたりしなきゃ……ね」


 アビスが鋭い殺気を放ってそう言った。自分に向けられたものでもないのに、呼吸が苦しくなるほどのプレッシャーを感じる。


「殺せもせぬのに殺気を飛ばすのはやめよ。不快じゃ。それに此方(こなた)は情報を売ったりせん。元メンバーではなく現メンバーを疑うんじゃな」


「ああ、ごめん。バブルガムね」


 ヴィヴィアン・ハーツはアビスに一切物怖じしなかった。バンブルビー以外ではそんな人初めて見たかもしれない。そして、防衛班としてバブルガムには後で話を聞かなければならない。


「しかし困ったのう。確実にここに居ると踏んでいたのじゃが、アイビスが知らぬなら誰に聞けばよいのかの?」


 言いながら、ヴィヴィアン・ハーツは突然ブラッシュの顔を手で鷲づかんだ。


「ヒカリをどこへやった。隠し立てするならばこのまま顔の皮を剥ぐぞ」


「あらあら……後学のために聞きたいのだけど、なぜ分かったのかしら?」


「……タバコの匂いじゃ」


 これが第3の波乱だった──



* * *




【馬場 櫻子】



──ヒカリちゃんはブラッシュさんの部屋で監禁されていた。


 社長とアビスさん2人に首根っこを掴まれたブラッシュさんは、悪びれる様子もなく自室まで私たちを案内した。


 扉を開けると、ベッドの上には猿ぐつわを噛まされたうえに鎖でぐるぐる巻きにされたヒカリちゃんが、涙目で寝転がっていた。


 わたしと社長の顔を見るなり、何やら唸りながらもがき始めたヒカリちゃんは、凄く可哀想な様相だった。


「──この、クソエロ女!! よくも騙しやがったなぁ!! アタシにあんなことをしやがって……!!」


 拘束を解くなり、ヒカリちゃんはブラッシュさんに飛び掛ろうとしたけど、それを社長がタコ足で引き止める。いったい何をされたのよヒカリちゃん……。


「言い訳をしておくと、私は防衛班として島に不法侵入したこの子を捕まえて取り調べしてたのよ。中々口を割らなかったから、身体に聞くしかないでしょう?」


「櫻子を連れ戻しに来たってずっと言ってただろうがボケ!! 2日も監禁しやがって、張り倒すぞこの痴漢やろう!!」


「うちの痴漢やろうがごめんね。10数年前にも外でやらかして、その時は魔女協会(セラフ)にもハイドにもこっぴどく怒られたから、もう外で悪さしちゃダメってキツく言い聞かせてたんだけど……取り敢えず殴っとくね」


 アビスさんがブラッシュさんの頬を叩いた。これがまた凄まじい威力で、ブラッシュさんは叩かれた反動で壁に頭を打ち付けて、壁に亀裂が走った。


「……ふふ、“外”じゃなくて“中”でも怒られるなんて……けど美人に叩かれるのも悪くないわね」


 ブラッシュさんは口と額から血をダラダラ垂らしながらそう言った。たぶん一生反省とかしないんだろうな、この人。


「さて、ではヒカリも見つけた事じゃし、何かバンブルビーも怪我しとるし……此方(こなた)もう帰ろうかの」


「ヴィヴィアン、それ……お酒だよね。お土産じゃないの?」


「確かにこれは酒とアテに持ってきたクアトロトロトロチーズバーガーのトマトましましラージセットじゃが……バンブルビーと呑むつもりじゃったし……」


「ヴィヴィアン、それ……お酒だよね。お土産じゃないの?」


「ああもう、分かったから同じ事を言うな怖いのう!! ほれ、持っていけ!!」


「わーい」


「……アビス様、そのような得体の知れないジャンクなものを食べるのは……」


「スノウ、うるさい」


 社長からお土産をゲットしたアビスさんは、スノウさんを叱りつけてさっさと部屋を出て行ってしまった。スノウさんもそれに続いたけど、一瞬振り返って社長のことを睨みつけた。そんなにハンバーガー渡したの気に入らなかったんだ……ていうか、社長とか放置して行くんだ……。



「よぉ、無事だったかよ……櫻子」


「……うん。でももうこっちのセリフだよ。ヒカリちゃん」


 わたしはヒカリちゃんに抱きついた。わたしよりも背が低くて、けど凄く頼りになって安心する。安心して改めて、ずっと不安でたまらなかったんだと再認識した。


「……何かあったのか?」


 ヒカリちゃんはわたしの背中に手を回して、ぽんぽんと優しく撫でてくれた。正直色んなことがあり過ぎて、自分でもどれを打ち明ければいいのか分からない。

 エミリアちゃんの事、(レイヴン)に入った事、復讐に協力してくれたバンブルビーさんが、たった今大怪我をおってしまった事……時間を追うごとに不安は積み重なる一方で、そのくせ1つも解消しない。


 一連の問題の原因というか、根本的な不安の元は分かっている。深く考えるのが怖くて、1人では向き合えなかった問題だ。


「……ヒカリちゃん。わたし、わたしね……音泉合宿の時から……記憶が無いの」


 ぽんぽんと背中に感じていた手が、止まった──


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