244.「寄り道と失踪」
【馬場 櫻子】
「──あ、あの……わたし、少し寄り道してから帰ってもいいですか?」
魔女狩りの施設から離脱して、ハレ君のタワーマンションに集まったのも束の間……ハレ君と龍奈ちゃん達は話があるとのことで、わたしとフーちゃん、それにブラッシュさんとラテさんは一足先に鴉のお城へ帰ることとなっていた。
……なっていたのだけど、わたしには今のうちに済ませておきたい事があった。
「寄り道って、何か用事でもあるの?」
ラテさんが不思議そうに首を傾けた。
「はい。家に帰って必要なものを取りに行ったり、あと、友達に物騒な電話を入れたまま放置しちゃってるのでその説明とか……スマホ壊れてて使えないので」
本当は、エミリアちゃんの件がわたしの中で消化できるまでVCUの皆とは会わないつもりだった。
けど、結局わたしはあの平田って人を殺せなかった。
自分の記憶に何が起きているのか、突然襲い来る頭痛と白昼夢……正直なところ、もう一人で抱え込むのは限界に近かった。
だからわたしは──
* * *
「──おはようございます……えっと、取り込み中……でしたか?」
わたしはVCUの事務所に訪れた。やることは色々とあったけど、まずはヒカリちゃんに会いたかったからだ。
連絡手段がない今、ヒカリちゃんにたどり着こうとすると事務所に行くのが1番確実だし、もしかしたらカノンちゃんとかカルタちゃんにも会えるかもって期待も少しあった。
実際、事務所にはカノンちゃんがいた。そして、想定外の人も。
「……あなたは、確かカノンのお友達の……馬場 櫻子さん?」
「……櫻子、あなたどうしてここに……」
「えっと、こんにちわカノンちゃん。それと、カノンちゃんの……お母さん」
事務所にはカノンちゃんだけでなく、お母さんも居た。わたし達が合宿で訪れた温泉を経営している女将さんで、カノンちゃんと瓜二つの綺麗な人だ。確か名前は、熱川 藤乃さん。
歳を取らないせいで、カノンちゃんと並んでも親子には全く見えない。完全に双子の姉妹という感じだから、“お母さん”という言葉を使うのが少し躊躇われた。
「んん、なんじゃ櫻子。そなた、もう此方が恋しくなったのか?」
「……どちら様……ですか?」
カノンちゃんのお母さんの向かいに腰掛けていた女の人がわたしに話しかけてきた。やけに馴れ馴れしいし、社長みたいな話し方だけど、誰だこの人。
「冷たいやつじゃのう……会社を辞めたからと言ってものの1日2日で此方を忘れるとは、まじ卍なんじゃが」
黒と白のツートンカラーの髪、血溜まりみたいな真っ赤な瞳、雪のような肌、それに変な喋り方……ここまでは完全にヴィヴィアン社長と一致してるんだけど、決定的に違う箇所がある。
この人は幼女じゃない。
わたしよりも少し歳上くらいに見えるし、それに凄い体つきだ。出るとこ出てるっていうか……ボンキュッボンって言うか──
「櫻子、混乱するのも分かりますけれど、こちらはヴィヴィアン社長ですの。詳しい話は割愛しますが、端的に言うと元の姿に戻りましたの」
「も、元の姿?……え、社長なんですか!? ええぇ!?」
「おお、こういうリアクションを期待しておったのじゃ! どいつもこいつも今ひとつの反応というか……なんなら若干引かれてるのが正直悲しかったわ」
「お前が気にしてないだけで、普段からお前の言動にも行動にも周りはドン引きしてんだよ」
「なんじゃと!?」
八熊さんとのやり取りを見て、本当にこの女の人がヴィヴィアンさんなんだと確信した。
「馬場 櫻子、今日は何の用だ?」
始まる前から脱線の予感があったけれど、八熊さんが事前に軌道修正してくれた。
「今日は、ヒカリちゃんに会いに来たんですけど……遅刻、ですか?」
事務所にヒカリちゃんの姿はなかった。何となくだけど、カノンちゃんのお母さんが居たりとか、私が部屋に入った瞬間の空気とかで、嫌な予感はしていたのだ。
「夕張 ヒカリとは一昨日の昼以降音信不通だ。馬場 櫻子、お前の元にも居ないのだとしたら良くない方向に話が進むことになる」
ヒカリちゃんが行方不明──
聞くところによると、一昨日事務所に居たヒカリちゃんが急に飛び出して行ったっきり戻って来なかったらしい。
丸1日経っても連絡が取れない事を不審に思って、今日はカノンちゃんにお母さんも付き添って来たのだとか。
「……心当たりがあります。わたし、一昨日の昼にヒカリちゃんに電話したんです」
「それは、なんの電話ですの?」
「それが……その、起きたら突然 鴉のバブルガムさんが家を訪ねてきて、連れ去られそうになったから怖くなってヒカリちゃんに電話したの。けど、電話が繋がってすぐに、スマホを壊されちゃって……」
「……血相を変えて事務所を飛び出した訳が分かりましたの」
カノンちゃんが小さくため息をついてそう言った。
「なれば、ヒカリのやつは櫻子とバビーを追って姿を消したということか。じゃがヒカリは城にも姿を見せなかったのであろう?」
「はい。そもそも、ヒカリちゃんお城への行き方とか知らないと思いますし」
「監視ガラスさえちゃんと仕事をしていればな。まあ、タラレバの話をしても仕方ないが」
「仕方なかろう。急に全力疾走で動き出したらカラスにも追えんこともある……まあ、その時猫と喧嘩しとったんじゃがな。ヒカリにつけていたカラス」
ヴィヴィアン社長が言いながら紙パックのトマトジュースを啜った。監視ガラスとかよく分からないけど、きっとわたしが知らないのは空白の記憶のせいなんだろう。カノンちゃんとかは動じていないみたいだし……。
「……アンタねぇ、そんな事でほんとにカノンを任せていいわけ!?」
「そう声を荒らげるなウィスタリア。櫻子の元に居ないと分かった以上、此方にも考えはある。馴染みの情報屋に今から探させようではないか」
「そんな奴いるなら昨日の時点でさっさとやり始めなさいよ!! どんだけ脳天気なのよアンタは!!」
「……お、お母さま……?」
お淑やかなカノンちゃんのお母さんが、声を荒らげて社長を叱責しているのを見て、カノンちゃんが少し引いていた。なんならわたしもびっくりしている。
けど、なんというか妙に怒り方が様になっているというか、板についているというか……寧ろお淑やかな状態よりも自然に見えた。
「おいバンビ。電話」
ヴィヴィアンさんがそう言って背中から黒羽根を伸ばした。羽というか、黒いタコの足みたいなのを。
八熊さんは懐から出したスマホでどこかに発信して、それをそのままタコ足に引き渡した。
「──ベルよ。此方じゃ。実は人探しをして欲しいんじゃが、部下の夕張 ヒカリが一昨日から行方知れずでの…………ふむ、そうか……」
ソファに腰掛けて電話する社長は、見た目が幼女じゃなくなったこともあり何だか貫禄のようなものが漂っていた。
「……うむ。では此方はクアトロトロトロチーズバーガーのセットで。トマト増し増しでドリンクはトマトジュースじゃぞ。ではな」
スマホを八熊さんに放り投げたヴィヴィアンさんはひと仕事終えたと言わんばかりに私たちに得意げな顔を見せた。
「……アンタ、今デリバリー頼んでたの?」
「睨むなウィスタリア。情報屋……もとい何でも屋がこちらまで出向くと言うから、ついでに使いを頼んだだけじゃ。もしかしてそなたも食べたかったのか?」
「いらないわよ!!」
* * *
何でも屋だか情報屋だかの人が来てからは、話はトントン拍子に進んだ。なにせ、その人自信がヒカリちゃん失踪に関わっていたからだ。
「そうそう! ちょうど一昨日ヒカリちゃんがウチの所に依頼に来てなー、鴉の本拠地への行き方が知りたいって言うから教えてあげたんよ!」
「おお、そうであったか。ならばこれで解決じゃな。それにしても何度食べてもこのバーガー……魔性じゃな」
「いやいや、何も解決してないわよ!! ほんとに城に行ったなら櫻子さんと会ってる筈でしょ!? ちょっと聞いてんの!?……バーガー食べるのやめろ!!」
カノンちゃんのお母さんが、社長へのツッコミを全て請け負ってるくれるというのも話がスムーズに進む大きな要因だった。
ただ、その度にカノンちゃんがお母さんを見る目に影が射していくのだけど……。
「ウチはヒカリちゃんに拠点への行き方を教えただけで、その先はなんも噛んでませんからねー」
「……だいたいアンタ、ベルとか言ったかしら?」
「今はスーパーキャリアウーマン鈴国 鈴で通してるんですわウィスタリアの姐さん」
「どっちでもいいけど、そもそもなんで鴉の拠点への行き方をアンタなんかが知ってんのよ! 死にたくなかったら素直に答えなさい!」
「そんな怖い顔せんといて下さいよ〜ウチはただ、お得意様から情報もらっただけですよ? その方、依頼料の支払いが滞ってるもんで、定期的に情報とかで利子を相殺してもらってるんです。もちろんお客様の情報はおいそれとは漏らせませんけどね?」
「ふむ。バビーじゃな」
「ええ。あのバカね」
「想像は自由ですからね〜否定はしません〜」
どうやら、話を聞く限りこの鈴国という人の言ったことは信憑性が高い。ヒカリちゃんは連れ去られたわたしを助けるために、この人から情報を仕入れてお城へ向かったのだ。
「とにかく、ウチが渡した情報を使って鴉に向かったんやったら、当日の夜中には到着してると思うねんけどなー」
「ではやはり、ヒカリは鴉に?」
「それはハッキリとは〜」
「ったく、胡散臭いやつね……こほん、帰りますわよカノン。今日のところはお暇しましょう。そのバカがヒカリさんを連れ戻すまで出社は認めませんから」
「……お母様、ですが」
「カノン」
「……はい。承知いたしましたの」
カノンちゃんはお母さんに連れられて、事務所を出て行ってしまった。去り際にわたしの方を見て微かに微笑んでくれたけど、凄くしんどそうだった。
疑っていた訳じゃないけれど、やっぱり本当にエミリアちゃんは──
「ほな、ウチもそろそろ失礼をば〜またなんかあったら言うて下さいね〜ヴィヴィアンの姐さん〜」
カノンちゃんたちの後を追うように、鈴国さんも事務所をそそくさと後にした。今思い出したけど、鈴国さんってわたしが記憶を無くしてた間に会っていたという人だ。
わたしが鴉に入った日の夜、ハレくんがわたしに聞かせてくれたのだ。
バブルガムさんと何でも屋を訪ねた時に、わたしとヒカリちゃんに出くわしたのだと……その何でも屋の名前が、確か鈴国さんだった。
ヒカリちゃんがあの人と知り合いだと言うのも、そういう繋がりなんだろう。
「さて、櫻子よ。そなたこれから城へ帰るのであろう?」
「はい、家に荷物とか取りに行ってから帰ろうと思ってましたけど、それどころじゃなさそうなので」
「ならば此方も共に行こうぞ。ヒカリを連れ帰らねば社員のストライキが止まらぬからな」
「……社長はもう鴉を脱退したんですよね……そんなほいほい帰れるものなんですか?」
「別に構わんじゃろ。歓迎されようがされまいが瑣末なことじゃ。そもそも最近顔出したばかりじゃし。こっそりと」
「……はあ、そうなんですか」
「ふむ、バビーはもうお腹いっぱいじゃが、久方ぶりにバンブルビーの奴と酒でも呑みたいのう……クク」
社長は昔を懐かしむように笑った。普段から不敵な笑みを浮かべているけど、この人こんな顔でも笑えるんだ。
1時間後、お土産のお酒を沢山抱えたヴィヴィアン社長とわたしはお城へ辿り着いた。
そこで真っ先に目にしたのは、右腕を失ったバンブルビーさんの姿だった──




