243.「仁義とツンデレ」
【辰守 晴人】
拠点であるセイラムタワーまで俺たちを送り届けたラテは、ブラッシュと櫻子とフーを連れてさっさと城へ帰還した。
俺もなるべく早く城へは帰らないといけないのだが、その前に事情を説明する時間が必要だった。お互いに──
「晴人、お前知ってたんだな。俺たちのことを……それに、眷属になって今や鴉の一員、か」
「……っス、まぁちょっと色々あって」
施設から脱出するまでの間、店長は俺から事情を聞き出そうとはしなかった。けど、当然気になっていない訳ではないのだ。
俺だって店長とはきちんと話をしたかったし、この機会を逃がすことは出来なかった。
だから、今はこの場には俺と龍奈と店長、3人だけで集まっていた。
ちなみにラムとルーには、汗を流しに風呂に行ってもらっている。
「バイトの帰りにフーがチンピラに絡まれたのを助けたんです。そのまま流れで引き取る事になって、龍奈も色々世話を焼いてくれて……」
「で、その後になって、フーちゃんが施設から脱走したイレヴンだって分かったの」
龍奈が俺の話に割って入った。俺だって完璧に全容を把握出来ているわけじゃないからかなり助かる。
「龍奈は、フーちゃんの事をお父さんに隠してた。安藤とか平田とかござるとか、皆の事騙してたの……それは、本当にごめんなさい。ハレも、ずっと騙しててごめんね」
「龍奈……」と、俺と店長が同時に名前を呼んだ。こんな状況でも、おっさんとハモるのはなんだか嬉しくない。
「お父さん、この際だから隠してる事全部言うけど……龍奈ね、全部知ってるの。お父さんが龍奈を生き返らせるために、魔女狩りに入ったこと」
「……お前、なんでそれを」
その件については、正直俺も不思議に思っていた。龍奈は自分が既に死んでいて、魔法によって生き返った事を自覚していた。
他の異端審問官と人形とは状況が異質だった。
「この身体で生き返ってからしばらく後にね、一人の魔女に会ったの。そいつはこの身体の本当の持ち主と顔見知りだったらしくて、龍奈が魔女狩りの人形だって知ったら龍奈の事を消そうとしたわ」
「なんだと!? そんなこと、いったいいつだ!? 大丈夫だったのか!?」
店長が龍奈の肩を掴んで怒鳴るようにそう言った。こんなに狼狽えている姿を見たのは初めてだった。
「ちょっと、落ち着いてよ……見ての通りなんともないんだから。とにかく、その時にそいつに記憶を探られて、本当の事を全部思い出しちゃったのよ。自分が死んだ事とか、ほんとはこんなに背が低くない事とかね」
スーパーキャリアウーマン鈴国の事務所で見た顔写真が頭をよぎった。鈴国曰く、本当の龍奈の写真が……。
思えば、こいつがフーに貸し与えていた明らかにサイズが大きい学校の制服とか私服は、生前の龍奈が着ていたものだったんだと今になって思い至った。
「……龍奈。全部知ってて、どうして俺に何も言わなかったんだ」
「全部知ってたからよ。お父さん、龍奈とお母さんのこと大好きだったじゃない……龍奈だってお父さんの立場になったら、きっと同じことをしたと思う」
店長は何を言うでもなく、龍奈の話を聞いて黙り込んでしまった。基本的に仏頂面な人だけど、今はいつもに増して顔が怖い。
とりあえず話を戻そう。なんか気まづいから。
「えーと、俺の方は、龍奈に匿って貰ってる間にフーと温泉旅行に行くことになって、そしたらそこであの平田ってやつにばったりでくわして……」
「お父さん達にバレちゃったってわけ」
「さっきからなんで全部言うんだよ。別にいいけどさ」
「アンタは話がくどくどなっがいのよ! もっと簡潔に言いなさい簡潔に!」
「へいへい悪かったな! とにかく俺は、お前と店長がやばい組織に入ってて、危険かも知れないと思ったからこうやって助けに来たんだよ!!」
殆どの話を割愛したが、とりあえず今の状況に至る理由はざっくりそんなもんだ。どうだ、さすがにこれだけじゃよく分からんだろうが!
「……そうか。迷惑かけたな……すまなかったハレ。そして、娘と俺を助けてくれてありがとう」
しかし、仏頂面の店長はそう言って俺に深く頭を下げた。
「……ちょ、やめてくださいよ店長!! 頭上げてください!!」
「いや、頭くらい下げさせてくれ。無関係のお前を巻き込んだ上に、危険な目に合わせて命まで救って貰ったんだ。これくらいしねぇと仁義が通らねぇ」
「……仁義って」
「そうよ、ヤクザじゃあるまいし!」
「……いや、なんだ……この際だから言うが、実は俺は元ヤクザだ」
店長が急に謎のカミングアウトをした。
「衝撃の事実!!……でもないか。なんかさもありなんって感じっスね」
「お父さん、背中の昇り龍は新婚旅行で厄除けに入れたやつだって言ってたわよね、じゃあもしかしてアレ嘘だったの!?」
「……それは騙されずに気づけお前も」
どこの世界に新婚旅行で背中に昇り龍を入れる新郎がいるんだよ。
「ちなみお前のお母さん……瀧子さんはウチと敵対してた組の、組長の娘さんだったんだ」
「衝撃の事実パートIIかよ」
「お、お母さんの羽衣天女も新婚旅行の時に厄除けで入れたって言ってたじゃない!!」
「だから気づけよお前も!!」
どこの世界に新婚旅行で背中に羽衣天女を以下略──
「とにかくだ、俺はきっちり筋を通す男だ。龍奈のことは瀧子さんに必ず幸せにすると約束した。そのためなら俺はなんだってする」
「……お父さん」
「……店長」
しんみりする話だが、どうしてもヤクザカミングアウトのせいで、そう言えば夏場でも店長絶対長袖だったよなぁとか、そんな事ばかり考えてしまう。
後でちょっとだけ背中の昇り龍見せてくれないかな……。
「ということでだなハレ。お前、助けた以上は責任をとって龍奈をもらってくれ」
「お父さん!?」
「店長!?」
ヤクザカミングアウトよりも訳の分からない話をぶっ込んできたおっさんに、俺と龍奈は2人揃って驚愕した。
「父親として、娘の幸せを考えたら結婚はさせてやりたいとずっと思っていた。だが俺たちはカタギじゃねぇし、それも叶わねぇ事だと諦めてたんだが……どうやらハレも既にカタギじゃねぇみてぇだし、龍奈もお前に惚れてるし、ここは一つ男の甲斐性をげふっ!!?」
龍奈の正拳突きが店長の鳩尾にクリーンヒットした。
「ばばばば、バカ言ってんじゃないわよ!! 勝手に変な話進めないでよね!? ち、違うからねハレ! お父さんが言ってるのは龍奈の意志とはまったく全然関係なくてっ、いや、嘘とかそんなんじゃないんだけど……ちょ、何よその顔はぁ!!」
俺は考えた。龍奈が俺の事を好きだなんて、そんな事があるわけない。
……と、つい最近までの俺なら軽く受け流していただろう。しかし、ついさっき、魔女狩りの施設で俺はラムと櫻子に言われたのだ。
俺は鈍感で、天然ジゴロだと……。
思い返せば、確かに龍奈には度々殴られたり蹴られたりしたけど、それもだいたいフーとえっちな方向にトラブってた時ばかりだった気がする。
そもそも、フーを匿うのに全面的に協力してくれたりとか、そういうのが諸々……俺の事を好きだったからってこと、なのでは?
「……龍奈、お前……俺の事好きなのか?」
「……ばっ!!……ちょ、何言って……そ、そんなわけ……」
「……龍奈さん?」
「……ああもあう、そんなわけあるわよ!! 龍奈はアンタの事が好きなの!! 入学してすぐ、子猫いじめてたバカをボコボコにしてたの見た時から、アンタの事好きだったの!! このバカ!!」
──全然気が付かなかった。
まさか、龍奈が……あの龍奈が、俺の事を好きだっただと? しかも子猫助けた時からって、その時は俺龍奈と話したこともないはずなんだけど。もしかして一目惚れってこと?
「お、お前なぁ……す、好きならもっと分かりやすい態度とれよな。なんなら嫌われてるのかと思ってたぞ、俺は……」
「はぁ!? 好きでもない奴を自分の家の中華屋のバイトに誘うわけないでしょ!? 家だって貸さないし、お弁当だって持っていかないわよ!! むしろ、なんで気づかないのよこの鈍感男!! 察し悪太郎!!」
「……な、言われてみれば確かにそうだ……!!」
バイトの件も家の件も、単純に人手が足りてないとか家賃収入が欲しいとかそんなもんだと解釈していたが、そういう事だったのか……我ながら察し悪太郎にも程があるだろ俺……。
「で、どうだハレ。龍奈のこともらってやってくれるか。多少気が強いとこはあるが、昔も今も器量良しだし、家事は完璧、炊事洗濯なんでもござれだげふっ!!」
龍奈の後ろ蹴りが店長の鳩尾にクリーンヒットした。
「た、頼むからお父さんは黙ってて!」
龍奈は顔を真っ赤にして、俺の方をちらちら覗き見ている。そんな龍奈を見て、俺は大変なことに気づいてしまった。
こいつ、ツンデレってやつじゃない?
普段ツンツンしてる奴が、好きな相手にたまにデレる……それがツンデレ。
龍奈のことはカルシウムが不足してるバイオレンスな女である一方、しかし面倒見はよかったりするから、そこらへん神様もバランスとってくれたのかなー? みたいな感じに思っていた。
だが、ものは言いよう、もしくは見よう……。
こいつが俺の事好きなんだったら、今までの行為もツン(正直ツンでは済まない部分も多分にあるが)とデレに収まっちまうのではないか!?
なんてこった、まさか龍奈がツンデレキャラだったなんて……しかしアレだな、そう思ってこれまでの日々を思い返すと……こいつ、かなり可愛いぞ。
「……あの、別に返事とか欲しくて言ったわけじゃないからっ! お父さんの言ってることも無視でいいし、ただ、いつか言おうと思ってたのが今になったってだけの話よ!! わかった!?」
「……つまり、俺はどうすれば?」
「どうすれば!? 龍奈が勇気出して告白したんだから何とか言いなさいよ!!」
「返事は欲しくないって今言ってただろうが!!」
「嘘よ!! やっぱり欲しいわよ返事!! ていうか龍奈だってフーちゃんみたいにウェディングフォト撮りたいし、温泉旅行だって連れて行って欲しかったし……アンタと結婚して……お嫁さんにしてほしかったわよ……ばかぁ!」
「ちょ、デレるか泣くかどっちかにしろよ……」
「デレてないわよぉ……うぇぇぇぇ!!!」
泣きながら抱きついてきた龍奈の背中に、恐る恐る手を回す。すぐ側に仁王立ちの元ヤクザの親父がいる中、ものすごい勇気だと思う。
けど、今の俺よりも勇気を出したのは龍奈の方だ。俺も素直な気持ちを伝えないと、勇気を出して。
「……知ってると思うけど、俺今五人と婚約してるんだが」
「……ひっぐ、知ってるわよ……ついでに龍奈のことも、そこに入れなさいよ……ばか」
「……そんなこと出来るか」
龍奈が鼻をすすりながら、俺の背中に回した手をギュッと握った。
「……ま、真に受けてんじゃないわよ、冗談に決まってるでしょ……」
龍奈の手が、俺の背中からスルスルと離れていく。俺も龍奈の背中から手を解いて、お互いに向き合った。
「お前こそ、勘違いしてんじゃねえよ。ついでとかそんな半端な気持ちじゃ無理だって言ってんだ」
「…………ふへぇ?」
目を真っ赤にした龍奈が、鼻声混じりに間抜けな声をあげた。
「……取り敢えず、お付き合いからよろしくお願いします……ってことだよ」
俺は龍奈に手を差し出した。龍奈はその手をしばらく見つめたあと、ゆっくりと小さな手を伸ばして、掴んだ。柔らかくて、暖かい手だった。
「……は、はい……お願い、します……」




