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242.「蜂と傲慢」


【ライラック】


 今から約500年前。後に(レイヴン)のロードとなり、四大魔女に名を連ねることになったレイチェル・ポーカーに(ラミー)は敗北した。


 (ライラック)はその時に生まれた人格だから、切り替えのトリガーだった前髪が切り揃えられた今、主導権は常にラミーの方にある。最近はバンブルビーとラミーの間で交わされた契約により、日中はラミーが主人格になっている。


 だから、まだ日が昇っている時間に私が出てきてしまったということは、異常事態が起きたのだということ。

 例えば、ラミーの意識が途絶えるような状況に陥ったとか──


「……え、ば、バンブルビー? ど、どど、どうなってるの……?」


「……ライラック!? そうか、ラミーが意識を失ったから……」


 意識が覚醒すると、私はバンブルビーに片腕で抱き上げられていた。周囲の景色は見覚えがなくて、なんだか大きなドームにいるみたいだった。


「魔女狩りを追いかけてたらここに飛ばされてね。どうやら嵌められたみたい……アレ、どう思う?」


「……な、なんなの……あれ……」


 簡潔に大まかな事情は把握出来たけど、バンブルビーが警戒する視線の先……触手の怪物が不気味に蠢いていた。


 よく見ると、触手の出元は女の子で、さらにその子に男の人が抱きついていた。

 話の流れ的にきっとあの二人が魔女狩りなんだろうけど、明らかに様子がおかしい。

 

 触手は女の子から出ているから、きっとあれが外装骨格っていうやつか、あるいはあの子の魔法なのだろうけれど、それでも、まるで自分を取り込もうとするようなあの動きは、暴走以外の言葉が思い浮かばない。


 数秒して、魔女狩りの2人が口付けを交わした。それを皮切りに、触手は2人をあっという間に覆い尽くして、大きな肉団子みたいになってしまった。


「ば、バンブルビー……わ、わたし、嫌な予感が……するの……」


「大丈夫だよ。って言ってあげいところなんだけど……俺もぶっちゃけ嫌な予感がしてる。それもかなり、ね!」


 先手必勝……と言わんばかりに、私を下ろしたバンブルビーが、魔法で錬成した黒い鋼の弾頭を怪物団子目掛けて蹴り飛ばした。


 一級の身体強化のパワーで射出されたそれは、当たれば大抵の相手が即死するくらいの威力がある。

 剣を持たない彼女の、唯一にして最強の 中、遠距離攻撃……“蜂の一刺し(スティンガー)


 音速を超える速さの針は、標的を容易く貫いた。衝撃によって風穴が一瞬で膨張して、怪物は惨たらしい音を響かせて爆散した。


 飛び散る肉片を見て、ゾッとしたのと同時に私は安心した。ただならない雰囲気だったけど、ああなってはもう全てが杞憂だ。


「……!!?」


 気づいたのはバンブルビーと殆ど同時だったと思う。

 殺気とかじゃなくて、物凄い嫌悪感みたいなものを感じて私たちは2人同時に天井を見上げた。


 天井に等間隔で設置された照明、その間に人の形をした何かが居て……それが、私たちの方を見ていた。


「……ライラック、逃げろ!!」


 バンブルビーが叫んで、私を突き飛ばした。その瞬間、バンブルビーがいた場所が吹き飛んだ。私は、動揺のあまり受け身も取れずに地面に転がって、顔を上げると、さっきまで私たちがいた場所にソレはたっていた。


 黒い天使。


 灰色の肌に真っ白な髪。甲冑のような甲殻を身体に纏い、背中からは黒い翼が生えている。頭上には天使の光輪をどす黒くしたようなものが浮かんでいて、溢れる魔力が身体の周辺でバチバチと電気のように(ほとばし)っていた。


 直感的に、この化け物はさっきの肉団子から産まれたものだと悟った。バンブルビーのスティンガーは、嫌な予感を食い止めるのに、1歩間に合わなかったのだと。


「──ライラック、ぼさっとするなッ!!」


 声の方に顔を向けると、バンブルビーが再びスティンガーを放とうと飛び上がったところだった。

 どうやら私を突き飛ばした後直ぐに自分も回避していたらしい。


 蹴り放たれたスティンガーは、恐ろしい速度で黒い天使へと向かった。バンブルビーと天使の距離はおよそ数十メートル……この距離のスティンガーは狙いが外れていない限りはまず避けれない。


──はずだったのに、黒い天使にスティンガーは当たらなかった。まるですり抜けたかのようにバンブルビーの元へ跳躍した天使は、一瞬で手元に剣を作り出し、バンブルビーへ振り下ろした。


 バンブルビーはスティンガーを蹴りこんだ後でまだ足が地面に触れても居なかった。振り下ろされた凶刃は、無防備な彼女を真っ二つにする勢いだったけれど、バンブルビーが身体を無理やり捻って右の裏拳で刃を弾いた。


 鋼鉄と鋼鉄がぶつかる音。その音が私に届く前に軌道が逸れた刃がバンブルビーのすぐ側を通り抜けて地面にめり込んだ。2人の動作は完全に音を置き去りにしている。


 その後も体制を整えたバンブルビーと黒い天使の苛烈なせめぎ合いは続いた。目で追う事すら困難な、超高速の戦い。周囲に伝わる衝撃波や激しい戦闘音を頼りに、ゼロコンマ数秒遅れて2人のやり取りを追いかける。


 実力は拮抗していた。魔女狩り……異端審問官とその人形ドールの成れの果て相手に、あのバンブルビー・セブンブリッジが互角の戦いを強いられていた。


 一体全体何が起こっているのか、何一つ把握出来ないままだけど、とにかく私は彼女に言われた通りこの場から離れようとした。

 ゼロに近い可能性だけど、建物の外へ出れば上空からここが何処なのか特定できるかもしれないし、もし近くにアビス達がいれば加勢を頼める。


 何より、あの怪物が気まぐれに私を狙い始めたら、1秒とかからずに殺されてしまう。死ぬのはもちろん嫌だ。けど、そんなことより私が死んだらハルまで道ずれになってしまうかもしれない……それだけは、何としても阻止しなければいけなかった。


 私はバンブルビーと天使の方に身体を向けたまま、風魔法を身体に纏って猛スピードで退いた。壁際までたどり着くまでアレから目を逸らしてはいけない。ほんの少しでも視界からアレを外すことが、とてつもない恐怖に感じた。


 100メートルほど距離を開けた時、天使の意識が私の方へ傾いたのを悪寒で感じた。死神と目が合ってしまったような、絶望的な恐怖が身体の芯から湧き上がってくる。


 けど、私が恐怖で身体を竦めるよりも先にバンブルビーが地面を踏みしめた。踏みしめた地点から私の目の前までの地面が、道を引いたように黒く染まる。地属性の魔法でコンクリートがバンブルビーの支配下になった。

 天使の意識が私に逸れてから1秒にも満たない時間で、バンブルビーは私を守ろうと守勢に出たのだ。同じ生き物だとは思えない判断能力と魔法の練度──


 広大な灰色の地面に架けられた黒い鋼の道。その黒い道が目にも止まらぬ速度で隆起して、私とバンブルビーの間に幾重にも壁が生み出されようとしていた。


 せり上がった壁で視界が完全に遮られる前に、天使が見覚えのあるフォームをとっていたのを私はしっかり捉えていた。


 あれは、バンブルビーの“蜂の一刺し(スティンガー)”だった。


 壁が出来上がるのと同時に、ものすごい音が響いて私の眼前に何かが迫った。顔の数センチ手前で止まったそれは、黒い剣の切っ先だった。


 驚いて風魔法の制御が乱れる。思わずその場から飛び退くように上昇した私は、何が起こったのかを理解した。


 私を守るためにバンブルビーが出した何重もの黒鉄の壁は、天使が蹴り飛ばした剣で全てが貫かれていた。私の目の前、最後の一枚でようやく食い止めたのだと。


 そして、これから起こることも理解した。

 天使が再びさっきと同じフォームをとっていて、飛び上がった私にはもう、今のようにあの攻撃から逃れる術は無いのだということを。


「──させねぇよ!!」


 バンブルビーが天使に向かって蹴りを放った。天使は完全に私を狙っていて、それが唯一の隙を生み出したのだ。


──天使が翼をはためかせて、方向を変えた。


 フェイントだったのだ。最初に私を狙い始めたのは本気だったのかもしれないけど、これは明らかにバンブルビーを殺すための罠だった。だって、私に向かって蹴り飛ばすはずの()()が何にも無かった……。


 黒鉄の壁を、何枚も突き破る程の威力の蹴りが、バンブルビーに直撃した。


 まるでスティンガーの弾頭のように蹴り飛ばされたバンブルビーは、広大なドームを囲む壁を容易く壊し抜けて、消えてしまった。


「……あ、ああ……」


 私は恐怖で身体が竦んで、気が付けば地面にへたり込んでいた。風魔法も解けて、呼吸すらまともにままならない。


 瞬間移動のような速度で私の目の前まで移動した天使は、無感情に右手を振り上げた。手には黒い剣が生成されて、それは猛然と私の顔に迫った。


「──おい、痛ぇなクソヤロウ」


 天使が頭を蹴り飛ばされる寸前、バンブルビーがそう言ったのを私は確かに聞いた。


 首から上が吹き飛んだ天使は、振りあげていた右手をだらんとさげて、その場に跪くように絶命した。


「……ば、ばば、バンブルビー!? だだ、大丈夫なの!?」


「……身体強化全開で、身体も石化魔法で硬質化してなかったら胴体真っ二つだったよ…」


 バンブルビーは脇腹を右手で抑えて、口元に大量の血を付けていた。大丈夫だって明言しない辺り、やっぱり見た目通り凄い重症なんだと思う。


「くそ……それにしても何なのこいつ、魔獣化……ではさすがにこんな事にはならないよね?」


「……わ、私にも分からないの……けど、魔獣化では、な、ないと思うの……角とか、生えてなかったし……」


「……あぁ、それもそうだね……けど、何か頭の上に輪っかみたいなのが──」


 バンブルビーがそう言った時だった。


 首のない天使の頭上に……否、首の上に……黒い光輪が現れた。


 黒い光輪は、閉じ込めていた光を解き放つように真っ白に変わって……私の意識はそこで途絶えた──






* * *





【ラミー】



 目が覚めると、そこは広大な草原だった。どうやら私は草原に仰向けに倒れていて、しかも体中あちこちがボロボロだった。


 ライラックの記憶を遡ると、大まかな状況は理解出来た。あの化け物、今際(いまわ)(きわ)に自爆したのだ。そしてそれに巻き込まれてライラックは意識を失った……。


「……ふむ、面白いことになっているようだな」


 私は傍に落ちていたモノを拾い上げて、辺りを散策した。


 遮るものが何も無い広い空は、地平線が茜色に染まりつつある。数分程して、一面に生い茂る草が一箇所だけ途切れているのを見つけた。


「酷い様だな。バンブルビー・セブンブリッジ」


 眼下には、死んでいるのかと見紛うほどに傷ついた黒鉄(くろがね)の魔女の姿があった。


 服は殆ど焼き切れて、露出した肌も血と(すす)まみれ。極めつけに──


「……一応拾ってきてやったが、右手(これ)はもうくっきそうにないな」


 私は目覚めた時に傍らにあった右腕を、横たわるバンブルビーに放り投げた。肘から先は持ってきてやったが、どうやら本体のほうは肩から先が無かった。これはもうどうにもならないだろう。


「…………ら、みー……いきて、た、だね……」


「ああ。おかげさまでな。このとおり五体満足だ」


「……はは、なら……よかっ……た……」


 バンブルビーはヒューヒューと息を漏らしながらそう言った。こんなになってもまだ生きているのだから、呆れた頑丈さだ。


 私は右手に持っていた魔剣“イグラー”をバンブルビーの首筋に向けた。


 私の命を縛る刻印が刻まれた右手はもうちぎれているが、こいつが生きている限り私が誰かの所有物だという事実は消えない。そんなこと、この私の傲慢(プライド)が許さない。


「……なぜ私を(かば)った」


 聞かなくても分かりきっていた。私とあの忌々しい駄犬……辰守 晴人は繋がっている。

 私が死ねばあやつも死に、そうなればフーや酒カス達が悲しむから……。


 だから爆発の瞬間、こいつは自分ではなく(ライラック)の方に壁を作ったのだ。


 業腹だが、あの駄犬のおかげで急死に一生を得たというわけだ。


「……おまえ、を……死なせる、わけ、ない……だろ」


 目を開く力もないバンブルビーは、首筋に魔剣を突き立てられていることも知らずに答えた。きっと話すのも酷い苦痛が伴う筈なのに、律儀なやつだ。


「ああ、私が死ねば眷属が死んでしまうからな。とんだ拾い物だった。あの駄犬は」


「……は、はは、ちがうよ……ラミー」


「……何が違うというのだ。それ以外にお前が私を庇う道理などないだろうが」


「……ばか……おまえは、おれ、の……いもうと、だろ……」




 思わず言葉を失った。

 団員は家族、姉妹のように思えというのは(レイヴン)の方針だ。


 実際に(レイヴン)の奴らが互いをどう思っているかは知らんが、少なくともバンブルビー・セブンブリッジはそのルールに準じていた。


 こいつはろくでなしだらけの鴉で、常に指標となる姉たらんと有り続けていたのだ。わたしはライラックの意識を通じてその事をよく知っていた。


 だが、まさか私の事までそんな風に思っていたとは、ほとほと愚かな奴だ。呆れてモノも言えないとはこのことだ。


 私にとってお前など、いつか殺してやろうと思っていた相手に過ぎないというのに。


「……まったく、どうかしているとしか思えんな。お前も……私も」


 私はイグラーを霧散させた。


 そして、バンブルビーだき抱えて、夕暮れに染まる空へ飛び上がった──





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