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240.「鴉と魔女狩り⑪」


【バンブルビー・セブンブリッジ】


 辰守君達と別れた俺達は、侵入時にバブルガムが開けた海面スレスレの横穴から海上フロアの1番上を目指していた。


「……バブルガム、このままイース達と上に向かってボスと落ち合って。なんなら先に帰っててもいい」


「むはぁ、聞いたかおめーら。あのネズミはバンブルビーが始末してくれるってさー」


 施設の外に出た拍子に、海上をボートで逃げる魔女狩りを数キロ先に確認した。バブルガムも見逃してはいなかったらしい。


 殺すだけならここからでも訳ないけど、ジューダスの事もあるし念の為に捕まえて一度尋問したい。おあつらえ向きに今ならブラッシュが上で潜伏してるし。


「……あと、ジューダスの事はアビスにはまだ黙っててね。()()()()()()()


 そう言うと、バブルガム達は納得したような表情を浮かべて外壁を駆け上がっていった。


「やれやれ、もう狩りにも飽いてきたのだがな」


「文句言わないの。悪いけど付き合ってもらうよ。俺跳べるけど飛べないから」


「……時に黒鉄くろがね。お前泳げるのか?」


「……たとえ泳げなくても、途中で海に落としたりしたら真っ先に右手ここに魔力を込めるのは確かだね」


「プププ、怖い顔をするな……冗談だ」


 ラミーが風魔法で身体を浮かせた。俺の身体の周りにも気流が生まれて、身体がふわりと浮き上がる。スカーレットの重力魔法ほどの快適さはないけれど、空中に魔力で足場を作って跳んで行くよりもはるかに疲れない。


 ラミーが指揮棒のように魔剣イグラーを振るうと、浮いていた身体が一気に上空へ向けて加速した。あっという間に施設の最上階を追い越して、さらに上へ……1キロほど上昇すると、そこでピタリと止まった。


「どうやらあそこに向かってるみたいだね」


「そのようだな。先に行ってお出迎えでもしてやろうか」


「ふふ、紅茶でも淹れる?」


 ボートの進行方向数キロ先には、かなり小さな島があった。付近には大量の船が座礁していて、あれは恐らく魔獣災害の時に魔獣に蹴散らされた軍艦とかの成れの果てだろう。


 一目散に向かっている事から察するに、きっと緊急時に使う転移魔法式なんかが船か島に隠してあるのかもしれない。ラミーの言う通り上陸される前に先回りして、さっさと捕まえるとしよう。


 相手はただの魔女狩り二人。なんのことはない。


 その筈だった──



 

* * *




【平田 正樹】




──止める暇も無かった。


 本土に繋がる魔法式が隠された軍艦に辿り着くと、レイヴンの魔女が二人、悠々と待ち構えていた。


 辰守 晴人が引き連れていた奴らとは違って、明確な敵意を即座に察したこころは、殆ど出会い頭に外装骨格を展開……異変はその瞬間に起きた。


 外装骨格がこころの身体を突き破って出て来るのと同時に、転移魔法が発動したのだ。本人を含めたその場の全員が、呆気にとられてそのまま転移の光に呑み込まれた。


 次の瞬間、映画の場面が切り替わったように風景が一転した。潮風の香りは失せて、陰湿な埃の匂いがする。

 巨大な空間……地面はコンクリートで、高い天井からライトの照明が頼りなく空間を照らしている。ドームか何なのか、とにかく室内である事は確かだが、今はそんな事気にしている場合ではない。


「──くそ、どうなってんだ……こころ、大丈夫か!?」


「……う、うぅぅぅ……だー、りん……」


 こころの状態は一目見て異常だと分かった。外装骨格を展開した時は、内蔵されている魔法式が発動して数秒間身体が再生される仕様だ。


 だがこころは今なお身体から這い出る触手と再生がせめぎ合っているような状態だった。まるで外装骨格がこころを取り込もうとしているのに、必死に抗っているような──

 

「……に、げて……」


 そのセリフが耳に入った刹那……うずくまるこころの肩に触れていた俺の手が、触手にからめとられた。

 物凄い力で締め付けられて、鈍い音が身体の芯に響く。


「……っくそ!!」


 無理やり引き抜いた腕は、骨が折れて肉が裂けていた。何が起こってるんだ……こころに何をしやがったんだステークスのクソ野郎は……!?


「──うねうねと気味の悪い……不快だ虫ケラめ」


 腕の傷とこころに気を取られていると、レイヴンの魔女が魔法でこころを攻撃した。

 文字通り空気を裂く鋭い風切り音と共に、突風が刃の束になってこころを吹き飛ばした。

 

 切り裂かれた触手と血がバラバラと飛び散り、こころは数十メートル先でごろごろと転がって止まった。


「……こころ!!」


 俺は腕を庇いながらこころの元へ走った。走ろうとした。けど突然がくりと体制が崩れて、地面に倒れ込んだ。何かに躓いたのかと足元を見ると、左の足首から先がなかった。


「……まだ殺しちゃダメだよラミー。加減して」


「加減してるからまだ生きているんだろうが。そもそもここはどこだ? ブラッシュが居ないのに生け捕る必要があるのか?」


「いいから。とにかくまだ殺さないで……なんだか様子がおかしい」

 

 背後から近づいてくる声……前方には横たわってピクリとも動かないこころ。めちゃくちゃだ……どうすりゃいい……どうすればこころを助けられるんだ──


「……やれやれ、面倒だが取り敢えず眠らせて──」


──パァッン……!!


 謎の破裂音……白髪の女の声が急に途切れた。


 少し遅れて、遠くに何かがぶつかった音がした。振り返ると、驚愕の表情を浮かべた隻腕の魔女と、その視線の先……地面に倒れた白髪の女の姿があった。


「……だぁりん……に、げて……さい……」


 今度は前方からこころの声。見ると、まるで蜘蛛の脚のように生えた巨大な触手に、こころがおまけのようにぶらりと宙吊りになっていた。

 虚ろな表情で、目から口から鼻から……あちこちから血が垂れていた。


 今にも気を失いそうなこころとは対照的に、外装骨格の触手はまるで獲物を探すように忙しくなく動いて、そして隻腕の女に狙いを定めた。


──パァッン!!!!


 再び空気が破裂したような音と共に、隻腕の女が立っていた辺りのコンクリートが吹き飛んだ。目で追うことが不可能な速さの攻撃だったが、蜘蛛の脚の内の1本が、素早く伸縮して女を襲ったのだということはなんとか理解出来た。


「……ラミー! 生きてるか!?」


 隻腕の女は攻撃を躱していた。気がつけばさっきまでと全く違う場所にいて、白髪の女に声を掛けているが、白髪はピクリとも反応しなかった。


「死ね……ッ!!」


 隻腕の女の判断は早かった。さっきまでの会話から直ぐに俺達を殺すつもりはなかったんだろうが、明確な殺意が空間を支配した。


 女が右脚を地面に踏み下ろすと、コンクリートが砕けて飛び散った……いや、コンクリートではない。黒く変色した塊だ。女はそれをサッカーのボールを蹴るように、空中で蹴り飛ばした。


 まるで大砲の弾の様に射出されたそれは、さっきよりも遥かに大きなソニックブームを起こしてこころを襲った。

 まるで爆ぜた様にこころの前方の触腕二つが消し飛んだ。こころ本体は無事だが、次はもう──


「……あ、ああああああああぁぁぁ!!!!!!」


 耳をつんざくような絶叫。次の瞬間、こころの身体から爆発する様に触手が広がって隻腕の女を襲った。広大な空間に広がり続ける触手から女はスルスルと逃れて、倒れていた白髪を拾って遠くへと移動した。


 触手は俺の方にも伸びてきているが、まるで俺を避けるように、傷付けないように抗っているようだった。


「……こころ、こころ……こころ……待ってろ、いま、行くからな……」


 折れた腕と切り落とされた足で、俺はこころの方へ這い進んだ。俺が進むと、それに合わせて触手が道を空けた。


 こころの元へたどり着くと、俺はぶら下がったこころに縋り付くようにして、身体を起こした。片足でバランスを取りながら、こころを抱きしめた。


「……だー、りん?」


 朦朧とするこころは、それでも俺の背中に手を回そうと腕を動かした。足元には、制御を失いつつある触手が集まり始めている。


 俺は覚悟を決めて、こころへ話しかけた。朦朧とするこころにも届くように、めいっぱい抱きしめて、耳元で声を発した。


「……こころ、ずっとお前に言わなきゃいけない事があったんだ」

 

 今度こそ伝えなければいけない。あの日言えなかった事を、気持ちを……望んだ形ではなかったけれど、それでも、今ならまだ間に合うのだ。


 だから、20年前のやり直しをしよう──




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