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232.「鴉と魔女狩り③」


【平田 正樹】


「──あら、ダーリンったらまたカレーですか? ほんとにお好きなんですねー」


「……おい、何のつもりだ」


 桐崎と偽りの交際関係を結んだ翌日。食堂でカレーを食っていたら、桐崎が現れた。こいつの柔らかいアルトの声はよく通る。近くにいた奴らの視線が、一斉にこちらに集まった。


「なんのつもりって、(わたくし)達恋仲なのですから、お昼を共にするのは当然ですよ! ダーリン!」


「昼メシの事じゃねぇ。そのダーリンって呼び方の話だ」


 桐崎は俺の隣に腰掛けると、顔を耳元に近づけて囁くように話した。


「何言ってるんですか。(わたくし)達の目的は周囲に交際関係を広める事ですよ? 誰が聞いても一発で分かる良い呼び方じゃないですか」


「……目的のために全振りし過ぎだろ。目立ってかなわんからその呼び方だけは勘弁してくれ」


「まあ、そこまでおっしゃるなら別に構いませんけど、そうなるとこちらのポスターを倍ほど印刷しなくてはなりませんね……」


 桐崎はカバンから紙の束を取り出してテーブルに置いた。選挙ポスターよろしく、桐崎のキメ顔のバストアップ写真が印刷されたその紙には『祝! 桐崎 こころ 平田正樹様と交際しました♡』などと印字されている。


 これをどうするつもりだこの女……まさか大学内に貼って回るのか? どういう地獄?


「……待て桐崎。わかった……100万歩譲ってダーリン呼びは容認するから、このポスターは焼却してくれ。マジで」


「あら、やはりダーリンの名前を載せたのはダメでしたか……ま、仕方ありませんね」


「思いとどまってくれたようで何よりだ」


「しかしです、その他人行儀な呼び方は如何なものかと思います! (わたくし)がダーリンと呼んでいるんですから、ダーリンにもハニーと呼んでいただかないと困ります」


「呼ぶわけねぇだろ」


 こいつめ、感性が古風だったり欧風だったり忙しいんだよ。


「そんなご無体な、(わたくし)が一方的にダーリンにぞっこんみたいになってしまうではないですか!」


「お前がダーリンって呼ぶのやめたらいいんじゃねぇのか?」


「ではやはりこちらのポスターをば……」


「く、わかったからやめろ! 名前で呼ぶから、それで充分だろ……こころ」


「……まあ、そこまでおっしゃるならそれでよしとしますか」


 桐崎は……こころは、自前のポスターの束をカバンにしまって微笑んだ。相変わらず目にハイライトが足りてない。


「あ、それでダーリン! 今日は空いていますか? 呑み会に誘われたので、早速ダーリンを連れて(わたくし)達の交際を知らしめたいのですけれど……」


「……まさか、この関係って大学以外でも適用なのか? まあ、別にいいけど今週は無理だ」


「あら、何かご予定が?」


「……ああ、まあな」


 まだ父と母が亡くなってから2週間……葬儀とか諸々は終わったけど、まだ公共料金の名義変更とか遺産相続の手続きやら、やる事はたくさん残ってる。


 2人は兄弟も親戚も居なかったから、手伝ってくれる人なんていない。全部一人でしないといけないのだ。


「……なにやら歯切れが悪いですね。もしかして他所の女に気持ちが浮ついているんですか!?」


「普通に浮気って言えよ」


「してるんですか!?」


「してねぇよ!!」


 手続き関連のことを考えるだけで気が滅入っちまいそうになるけど……良いんだか悪いんだか、こいつと居るとそんな暇さえなくなっちまうんだよな──




* * *




【辰守春人】



 ラムの話によるとこの施設は海上フロア5階、海中フロア15階の計20階構造。俺たちはラムとブラッシュのナビゲートの元、今は海中フロアの3階に居た。目的地は龍奈達が今居る地下13階……というか海面下13階。なんせよ、まだ10フロアは下へ降りないといけないのだ。


「……気を付けて、近くにバブルガムが居るわ。しばらく前からそのフロアをさまよっているから、道に迷ってるのか金目のものでも探してるのかしらね」


 ブラッシュからの通信……バブルガムの事だから確かにどっちの可能性も否めない。なんなら両方だ。


「ラム、正確な位置は分かるか?」


「ふむ、確かにかなり近いが下へのルートまでギリギリ壁一枚挟んでいる。遭遇はせんだろう」


 ラムの千里眼の精度はこれまでの実績で証明済み。そのラムが言うのだから間違いないはず。


「よし、だったら早いとこ、このフロアも抜けちまおう」


 後ろに続くフーや櫻子達にそう言った直後だった。


 けたたましい爆発音と共に、紫色の光が一瞬目を覆った。思わず身が強ばる。謎の発光が消えたのを感じて皆の状態を確認したが、幸い何事もなさそうだ。


「……っくそ、なんだ今の!?」


「すごい音だったね! 皆大丈夫!?」


「ちぃ、ビビらせやがってどこのどいつだコノヤロー!!」


「……今の光、雷?」


 俺を含め、それぞれ狼狽している様子だが、俺の脳裏には櫻子と全く同じ考えがよぎっていた。さっきの紫色の閃光……つい最近見た覚えがある。


 嫌な予感の直後……再び爆音と衝撃、そして漏れ出る閃光。


「──あわわ、まずいよラインハレト! 紫雷の魔女がフロアの壁を手当たり次第にふっ飛ばしてるよ!?」


「……くそ、やっぱりバブルガムだよな」


 案の定、今の光はバブルガムの青魔法だ。何を考えてるのか、あいつはフロアを破壊しているらしい。


 外海と接する部分を壊しでもしたら、一気に施設が浸水するって分かってないのか!?

 ラムの口調が元に戻るくらいヤバいことなんだぞ!!


「……たぶんだけど、道に迷ったバブルガムがキレて壁を破壊してるんだと思う。巻き込まれる前に行こう」


「だ、ダメだよラインハレト。今ので僕達が通ろうとしてたルートと繋がっちゃった! このまま進むと鉢合わせちゃう!!」


 非常にまずい事になった。よりにもよってバブルガムとは……。以前から見つけたら龍奈を殺すと言ってるあいつのことだ、本気で頼み込んでも見逃してくれる可能性は良くて半々……そんなリスクは犯せない。どうするべきだ──


「──アタシがいく」


「……ルー?」


 声を上げたのはルーだった。


「セイラムはこの前 紫雷とやり合ったんだろ。顔を隠しても魔法で正体が割れちまう。消去法でアタシしかいないだろ」


 ルーの言う通りだ。イースやスカーレットならいざ知らず、バブルガムの相手を出来るのはルーだけなのだ。セイラムを出すとバブルガムに俺が来ている事がバレる可能性が高い。


「本当にいいんですか? バブルガムはかなり強いですよ……」


「おいシェリー、お前と言えどもこのイー・ルーを侮ることは許さねぇぞ。心配するなら紫雷の方だ」


 聞いた話では、ルーの魔法は身体強化が一級。それに攻撃した相手を一時的に強制服従させる魔法の二種類。スペックは(レイヴン)の魔女と比べても遜色ない……むしろ、初見殺しとも言える魔法がある分かなりのアドバンテージを握っている。


 だが、バブルガムだってあのスカーレットをして『アビスを除いた戦闘班ではバンブルビーかバブルガムが一番強い』と言わしめた魔女だ。それこそ侮ることはできない……。


「……ルー。心配することが侮辱になるかもしれないのは承知の上で頼みます。どうか、絶対に生きて俺の元へ帰ってきて下さい。無理はしないで、命を第一に」


「……ったく、心配性な恋人(シェリー)だな。ちゃんと帰ってくるから安心して待ってろ」


 ルーはそう言って俺の頬を撫でた。柔らかくて暖かい手のひらの感触……思わずドキッとしてしまう。


「ルー、バブルガムにあんまり酷いことしちゃダメだよ! バブルガムもハレの恋人なんだからね!」


 フーがにこやかにそう言った……瞬間、俺の頬に触れていた手がピクリと震えた。


「……興味深い話だな。シェリーを眷属にしたのはフーじゃなかったのか?」


「……え、いや、そうですけど……実は他に(レイヴン)の魔女とも交際を……4人ほど……ちょ、いたたたたた!?!?」


 柔らかくて暖かい手で頬を思いっきりつねられた。ほっぺが引きちぎれるかと思うほど本気で……。


「ふん。この話はまた後でだ。さっさと行け! バカヤロウシェリーコノヤロウ!」


 急に機嫌が悪くなったルーは、そう言って先に進んで行ってしまった。まあ心当たりは当然ある。


「いてて……ルーの奴、5股野郎が引き受け人なの、相当嫌だったんだな。ラム、別のルートを探してくれるか? ルーがバブルガムの気を引いてくれている内に下へ行こう」


「……うん。それはもうやってるけど……ていうか、イー・ルーが怒ってる原因、違うと思うよ」


「……? 俺の交際関係にドン引きてるんじゃないなら、何が気に食わなかったって言うんだよ」


「……はぁ、ハレ君。そんなだから天然ジゴロなんだよ」


 ずっと浮かない顔をしていた櫻子が、さらにジトッとした目で俺を見据える。


「なんだよ櫻子まで……」


「ラインハレト、シェリーって恋人って意味だよ」


「……え?」


 恋人って……恋人? つまりなにか、今までルーはずっと俺のことを恋人だと言っていたのか?


「あのねぇ、500年もいた監獄から連れ出してくれて、胃袋も掴まれたんじゃあ誰でも好きにもなっちゃうよ……ほんとに気づいてなかったの?」


「……全然」


「なんて邪悪な鈍感男だい……」


 なんてこった。そう言われるとなんか俺と話す時だけ口調が柔らかい気がしてたのだ。やけにボディタッチも多かったけど、てっきり外国のアットホームな距離感だと思ってた。


「……ちなみに僕も君のこと好きだよ。言わなきゃ100年経っても気づいて貰えないだろうから言うけど……」


「────え」


「やったねハレ! モテ期だね! 恋人7人だー!」


「……はぁ、天然ジゴロ……」


 にこやかなフー。そして呆れた顔のラムと櫻子は、硬直する俺をよそにさっさと走り出してしまった。

 

 呆然としていると、耳元からブラッシュの声が聞こえた。


「──ふふ、羨ましいわね。8Pなんてもう数百年してないわ。是非今度、()()報告を詳しく聞かせ……」


「……お断りします」


 ブラッシュのセクハラを跳ね除けて、俺も皆の後に続いて走り出した。大事な事なのは確かだけど、今は考えるのはよそう。俺達は龍奈と店長を助け出しに来たのだから……。



……けどやっぱり気になるな────


 

 


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