230.「鴉と魔女狩り①」【注意挿絵あり】
【平田 正樹】
俺がまだ3つの時に両親は蒸発した。詳しい話は知らないが、痴情のもつれだか生活の困窮だか、なんにせよ俺は孤児院の前に捨てられていたらしい。
6つの時、俺を引き取りたいという里親が現れた。それなりに裕福な家で、しかし子供には恵まれなかった家。本当の両親のことなんて何一つ覚えちゃいなかった俺にとって、平田家こそが本当の家族なんだと受け入れるのは自然な成り行きだった。
養父は料理が好きで、よく凝った料理を教えてくれた。それを振る舞うと養母は心底嬉しそうに食べてくれたし、俺も嬉しかった。
養母の趣味は園芸で家庭菜園から盆栽まで幅広く、自宅の庭には小さなビオトープなんかもあったりして、一緒に泥まみれになるのは日常茶飯事──
何一つ不自由のない生活。暖かい両親、恵まれた環境……スタートダッシュでつまづいた人生を取り戻して余りある幸福だった。
大学二回生に進級してすぐのころ。両親が死んだ。
その日養母の具合が優れないからと、養父と共に病院へ向かう途中、トラックが両親の車に突っ込んだ。両親を含め、死傷者9人を出した大事故だった。トラックの運転手は心筋梗塞だったらしい。
不幸は脈絡もなく訪れる。
誰に恨みを買った訳でもなく、両親はただ無為に、巻き添えに命を落とした。
桐崎 こころに声を掛けられたのは、その2週間後だだった。
染み付いたルーティンが惰性で誘った大学。惰性で頼んだ学食。喉を通る訳もなく、ただそれをぼうっと見つめていると、女が目の前に腰掛けた。
「──あなた、浮かない顔をしていますね。けれど、幸運というのは脈絡もなく訪れるものです」
俺は何を言うでもなく目の前に座った女を見た。そんなつもりはなかったけど、ともすれば睨みつけていたかもしれない。
女は続けた。
「ふふ、私みたいな絶世の美少女に突然声をかけられて戸惑っているんですね。分かりますとも」
女は自信満々といった感じで、実際かなり目を引く容姿をしていた。特に、吸い込まれそうな黒い瞳は一際俺の目を引いた。神様はこいつの目にハイライトを入れ忘れたのだろうか……と。
「……」
「ふふ、よっぽど緊張しているようですね。ですが驚くのはこれからです! なんと、あなたを私の彼氏にしてあげましょう!」
あらん限りのドヤ顔でそう言い放った女に、少し間を置いて俺は答えた。
「……どっか行けブス」
ぶん殴られた。それもグーで──
* * *
【辰守 春人】
放棄された海洋掘削施設……なんとなくイメージはしていたが、実際目の当たりにすると想像の5倍はスケールがでかかった。
「……ここが、魔女狩りの……」
360度、見渡す限りを広大な海に囲まれ、まるで世界に存在する足場がここだけになってしまのかとさえ思ってしまう。
そして、巨大でありつつも限られたこの“足場”は、既に所々から火の手が上がっていた。
おそらく移動手段となるめぼしい物や、目に付いた施設の重要そうな場所なんかを手当たり次第に攻撃したんだろう。初っ端から渾沌という感じだ……。
「アビス達が突入してからまだ15分も経ってないけどこの有様よ。私はアビスたちが戻って来るまでここで待機命令が出てるから、それよりも早く戻ってきてね」
昨日立てた作戦通りラテがそう言った。この惨状を犯した……というか、未だ犯しつつある戦闘班達が任務を完遂する前に、俺達は龍奈と店長を奪還しなければならない。スピード勝負……面食らっている場合では無いのだ。
「──じゃあまずは私の出番ね。貯水タンクは……多分あれね」
ブラッシュがごうごうと燃え盛る施設のなか、30mほど先にあった巨大なタンクを見据えた。
そして一足飛びにタンクまで跳躍すると、タンクの上部を魔剣で切り飛ばした。
「……ブラッシュって防衛班なんですよね?」
「防衛班だからって弱い訳じゃないわよ。ましてや元 七罪源の魔女なんだから。名言してないけど、多分身体強化の魔法は一級クラスよ」
どこか誇らしげに語るラテ。それにしてもそうか……サポーター的な役割の魔女が防衛班に回っていると思っていたけど、別に戦えない訳じゃないのか。よく考えりゃ、戦えないと防衛出来ないもんな。
「……ふふ、2人でこっそり私の話? いやらしいわね」
ほんの今まで貯水タンクの上に居たはずのブラッシュが、いつの間にか俺とラテの背後にいた。このいつの間にか移動している感じ……確かに一級クラスだな。
「別にエロい話じゃないですよ。もう済んだんですか?」
「ええ、いい話と悪い話、どっちから聴きたい?」
「いい話から聞きたーい!!」
フー元気に手を挙げた。こんな時にも通常運転のフーを見てると、幾分か心が穏やかになる。
「ふふ、じゃあいい話から……龍奈ちゃんはこの施設に居るわ。今はちょうど1番下から1つ上のフロアね」
「ほんとですか!? よかった……」
ブラッシュの青魔法は水を意のままに操る魔法だ。それに加えて天性の魔力感知能力を持つ彼女は、自分の魔力を流した水に触れたものを全て把握する事ができるらしい。
その範囲と精度は凄まじく、上空に発生させた水を雨のようにばら蒔いて、それに触れた者が人間なのか魔女なのか……それどころか魔力の波長を捉えてどんな魔法を使うのかすらある程度分かるんだとか。
今回は貯水タンクの水からスプリンクラーを通して、施設全体に感知魔法を広げた。海に囲まれたこの施設なら、スプリンクラーは全階層に設置されている筈だと昨日の時点で目星をつけていたのだ。
そして、いとも容易く龍奈の所在が判明した。
「この施設、魔女の反応が多数あるけど炎の魔法と身体強化の魔法を使えるのは一人だけ。しかもどうやら人間と交戦してるみたいだから、ほぼ間違いないわね」
「……人間と交戦って、あいつはあいつで脱出しようとしてるってことか」
あくまでも予想だが、鴉襲撃を察した龍奈がこの混乱に乗じて逃げるつもりなんだろう。でなきゃアビス達に殺されるからな。
「で、悪い話ってのは何なんだブラッシュてめーコノヤロー!!」
ずっと俺の隣にくっついていたルーが怒鳴った。既に半曲刀型の魔剣を肩に担いで、やる気は満々といった感じである。
「悪い話っていうのは、アビスと同等の魔力反応があるってことね。感じたことの無い魔法と、身体強化の魔法……こっちは特級」
「と、特級……って、それ、大丈夫なの? アビスさんくらい強い魔女が敵にいるってこと……だよね?」
転移してからずっと困り眉の櫻子が、不安げな声でそう言った。しかしそれも無理のない話だ──
「アビスと同等って、四大魔女レベルがここにいるってこと!? そんなのありえるの!?」
「クックック、ちなみに我も四大魔女だ!!」
少し離れたところでずっとブツブツセリフの練習をしていたラムが、水を得た魚のように話に割って入ってきた。というかお前は“元”だろ。
「……もしかすると、四大魔女レベルというか本当に四大魔女かもしれません。ジューダス・メモリーが魔女狩りに在籍している可能性があると聞いたことがあります」
「おいおい、裂断卿まで居るとか聞いてないぞシェリー!」
「僕も聞いてないよラインハレト!!」
「お、俺だって想定外ですよ! けど、だったら尚更助けに行かないと!! 鴉と魔女狩り、両方の四大魔女を龍奈だけで躱しきれるわけがありません!!」
「うん、早く助けに行こう!! 私もがんばる!!」
アビス一人にでえビビり散らかしていた俺だが、ここまで来て、龍奈がいると分かって引き下がることなんて出来ない。断じてそんな真似はしない。フーも同じ気持ちだ。
「まあ、警戒対象が一人二人増えるってだけの事だものね。じゃあ手筈通りセイラム……お願いね?」
「ハーッハッハー! 我に任せるがいい!! 全てを見通す千里眼ッ!!」
ラムの瞳が地面を見据えて水色に光った。千里眼は障害物を無視して何キロ先をも見据える魔眼……これで施設の構造を全て把握できる。
「……ふむ、まるで迷路の様な構造……だが、この程度の規模を把握するくらい、魔法式を組む事に比べたら児戯にも等しい」
「つまり……いけるんだな、ラム!」
「無論だ。我が邪悪なる盟友よ。我の導きに従うがいい……クク」
ブラッシュの感知魔法が作戦の可否を問う役割なら、ラムの眼は奪還作戦の要……俺達はこれからラムのナビゲートに従って施設に侵入するのだ。
施設内にいる者全ての場所が分かるブラッシュと、施設の構造が分かるラム……2人の情報をリアルタイムで共有しながら奪還作戦は行われる。ちなみに情報共有の手段だが──
「そ、それにしてもコレ……凄いね。魔力を込めると会話できるなんて……」
「だよな。なんとそれ、中華料理を食いに行ったから出来たんだぜ」
「……ごめん、ちょっとよく分からない」
俺達の耳に付けられたピアス……型の魔道具。高級中華“崑崙宮”の、門とテーブルに設置されていた魔法の水晶をヒントに、ラムが一日で作り上げた代物だ。
櫻子の話を聞くに、魔女狩りの連中は妨害電波くらい平気で流してくるらしいので、普通の無線は当てにならない。しかし、コレならそんな憂いもないだろう。
「よし皆の者、我に続け……邪悪なる進軍だッ!!」
ルートを確認し終わったラムがそう言った。
「よし、行こう!!」
「待っててね龍奈!」
「……大丈夫、大丈夫……やれるわ、櫻子……」
「ハッ、久々に一暴れしてやるぜコノヤロウ」
「私はギリギリまでここでラテと待機してるから、気をつけてね。ふふ」
「……ちょ、こんな時に触らないでよブラッシュ……もう……」
各々が覚悟を決めた。そんな中、俺にはまだ懸念があった。いや、きっと俺だけじゃない……皆口にしていないだけで、分かっている筈だ。
アビスと同等の魔女、ジューダスかもしれない奴に気をつけなければいけないのは、既に察知している俺達よりも、既に施設を襲撃している戦闘班達なのだと。
もし、龍奈を奪還している途中でイースが、スカーレットが、バブルガムが、ライラックが、危険な目に合ったとしたら……その時俺はどうしたらいいのか……。
いくら最悪を想定すれど、楽観的になろうと、しかし運命は変わらない。昨日皆に言ったとおり『なるようにしかならない』のだ。
もう、俺たちは進み始めてしまったのだから──
【奪還作戦 参加メンバー】




