229.「襲撃と脱出」
【辰守 晴人】
鴉城で与えられた私室。そこで待機していた俺は手持ち無沙汰と不安を紛らわすように、昨日の出来事について聞いてみることにした。
「昨日の出来事なんですけど、アビスの部屋に行ったらアビスとマリアとバンブルビーが3人で演劇? みたいなことしてたんですよね。あれってなんなんですか?」
「ふふ、アビスの部屋を除くなんて豪胆ね。どうして私も誘ってくれなかったの?」
「別にエロい目的で行った訳ではありませんからね」
「あらそう、それは残念……貴方が見たそれ、アビスの趣味みたいなものよ。演劇みたいというか、ほとんど演劇ね」
フーの髪を悩ましい手つきで結いながら、ブラッシュが答えた。イースは昨日のあれをアビスの“病気”だと言っていたけど、ブラッシュは“趣味”だと言う。
病的に演劇が好きってことか?
「私も詳しくは知らないけれど、鴉が崩壊する以前の過去を演じているらしいわ。スノウは変身魔法で何役もこなすって話よ。凄いわよね」
「過去を演じる? 何か変わった趣味ですね……あ、そういえば──」
たしか、意識不明のマリアの見舞いに行った時、あいつの部屋に薄い本の様なものが無数にあった筈だ。そしてその表紙には、日付けと名前が淡白に書かれてあった。
あれはおそらく、アビスの趣味に付き合うための“台本”みたいなものだったのではなかろうか。たしか俺が見た本には“レイチェル・ポーカー”と書かれていたハズだが……マリアがその役を演じてたってことか……。
「……というか、マリアのやつ変身魔法とか使えるんですか」
「ええ、アビスの系譜でしょうね。変身魔法……とっても素敵だと思わない? 1人で色んな味が楽しめちゃうなんて……ふふ」
ブラッシュはだらしなく口元を緩めて笑った。エロいこと考えるなとはもはや言うまいが、絶対フーによだれとか垂らすなよな。
「私も変身魔法羨ましいなー! プリティーチェリーのマジカル素敵ステッキがなくても変身できるってことだよね!! 最高だよー!!」
「……日朝も履修してたか。さすがテレビ好きだな」
あまり詳しくはないが、テレビでよくグッズ販売のCMが流れているから“プリティーチェリー”はなんとなく知っている。
フーがもし、あのショッキングピンクのフリフリ衣装を身にまとったりしたら……きっと可愛すぎて大変なことになるだろうな。
「変身魔法、確かにザ・魔法って感じでいいよね。スノウさんは誰に変身してたの?」
「……誰って、えーと、眼帯をつけた薄紫の髪の魔女だったな。確か……ウィスタリアって呼ばれてた」
櫻子に言われて昨日の記憶を思い返す。扉の隙間から覗いただけだから、顔はちらりとしか見えなかった。けど、どっかで見たことある気がするんだよな……。
「え、ウィスタリアってカノンちゃんのお母さんじゃない?」
意外にも心当たりがあったらしい櫻子。だが、カノンちゃんのお母さんとか言われても俺はさっぱりである。
「あの、ほら! 伊里江温泉の女将さんだよハレくん!」
「……あ! そうだ、その人だ! 髪型とか服装とか全然違うから気づかなかったぜ……」
よくよく考えてみれば、ウィスタリアという名前も前に一度イースから聞いた覚えがある。鴉の元幹部で、確かフルネームはウィスタリア・クレイジーエイト。
当時は幹部がどうとか言われても今ひとつピンとこなかったけど、今なら分かる。あの女将さん恐ろしく強かったんだな。バンブルビー級とか……。
「──盛り上がってるところ悪いんだけど、準備が出来たからさっさと行きましょ。ヘザーに見つかったら大変……」
いつの間にか部屋の入り口に立っていたラテがそう言った。どうやら無事送り届けて来たらしい……万夫不当の魔女が集う戦闘班を、魔女狩りの拠点へと。
つまり、次は俺達の番ってことだ。
「……皆、準備は?」
部屋に集まった魔女達は、こくりと頷いた。それを見たラテは、小さくため息をついて両手を広げた。
「じゃあ皆、私の身体に触って離れないでね。まずは“セイラムタワー”に跳んでお友達と合流するわよ」
俺達は各々ラテの手のひらを握ったり、肩を掴んだりして転移に備えた。ラテの転移魔法は体に触れている相手を一緒に跳ばせる。
いよいよだ。今日、いまから、俺達は龍奈を取り返しに行くのだ。気合いを入れろ辰守 晴人……!!
……それにしても、やっぱりセイラムタワーはダサすぎるな──
* * *
【轟 龍奈】
──ドガァァアアアン……ッ!!
厳重にロックされた鉄扉を蹴り破ると、壁の側面に張り付いていた平田が私を睨んだ。
「なによ! 扉開けてあげたのになんか文句あるっての!?」
「……お前の辞書に計画って文字はねぇのか? こんな無茶苦茶な脱走の仕方があるか!」
「はぁ!? あんたスプーンで毎日こつこつ壁に穴でも開けたかったわけ!? 気づいてないかもだから教えてあげるけど、もう時間がないの!!」
「……気づいてはいるわバカたれ」
そう、気づかないはずがない。さっきから耳がキンキンするような大音量で、異常事態発生を知らせる警報が鳴り響いてるんだから。
この牢屋から無理やり出たら、遅かれ早かれこういう事態になるって事は分かってた。だから、私だってちゃんと計画を立ててから脱走するつもりだったのに、もう警報はなり始めてしまった。
「とにかく、ぐだぐだ言っても仕方ないわよ。たぶん……ていうか、これ絶対 鴉の襲撃でしょ!? こんなとこに居たらそれこそ死んじゃうわよ!!」
「……はぁ、くそ。確かにな……お前の言ってる通り時間がないのは確かだ。治療棟は3つ上のフロア……鴉の奴らが上からそこまで降りてくる前にこころと合流しなきゃならん」
「……アンタ、フロアの構造理解してるの?」
「一度行ったことがある場所はな。迷路じみた作りだが、そのおかげで脱出ルートも1つじゃない。上手くすれば鴉の奴らとはち合わせずにここを出れる」
「ふん、マタギに船ってね! でかしたわ平田、雑魚は龍奈が蹴散らすから、アンタは道を教えなさい!!」
「了解した……あと、“マタギ”じゃなくて“渡り”な。山で狩りしてるやつに船だしてどうすんだよ。マタギも困るわ」
「ああもう、いちいち細っかいのよ!! さっさと行くわよ!!」
「ちょ、分かったからいちいちドアを吹き飛ばすのやめろ!! それは普通に開くんだよ!!」
平田が何か怒鳴ってるけど、全然頭に入ってこない。
バカハレは今 鴉に身を寄せている。この警報が鴉の襲撃なら……もしかして一緒に来てるの?
あいつが迎えに来てくれるって信じる気持ちと同じくらい、正直、もう二度と会えない覚悟もしてた……それなのに、ほんの少し可能性があるってだけなのに、息が詰まるくらいに、閉じ込めていた思いが胸の奥からせり上がってくる。
会いたい。
もう一度でいいから、ハレに会いたい──




