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227.「言い分と寝起き」


【辰守 晴人】


──2人の言い分はこうだった。


「酷いよハレ! 龍奈のこと、2人で助けようねって約束したのに……なんで私を置いていこうとするの!?」


「……わ、わたしがレイヴンに入ったのは……エミリアちゃんの、友達の仇を討つためで……だから、その、わたしもハレ君について行かせて! お願い!!」


 今朝方アビスに防衛班入りと明日の作戦への不参加を言い渡された櫻子は、どうやら俺になんとか作戦に参加出来ないか相談するつもりだったらしい。


 俺を探すうちにフーと合流した櫻子はフーのリンクを使って俺たちの所在を突き止めて、この密会を20階建てのタワマンの屋上の外壁に張り付いて聞いていたのだ。他人(ひと)のことを言えた義理じゃないが、物凄い執念である。


 俺だって別にいたずらにフーを除け者にした訳ではなかった。フーに作戦のことを話さなかったのは、もちろん安全面を考慮したうえでの決断だった。ハッキリとした理由はまだ分からないが、魔女狩りの奴らに狙われているフーをわざわざヤツらの本拠地に連れて行くリスクは避けたいと思ったのだ。


 温泉街での出来事……もうあの時のように、フーを危険に晒したくはなかった。何も出来ずにみすみすフーを奪われたあの無力感を、絶望を、俺はできるだけ遠ざけたかった。


 けれど、それは俺の手前勝手なわがままだったと、眉間に皺を寄せて怒るフーの顔を見て分かった。あの無力感も絶望も、俺だけが感じていたわけではなかったのだと……。


 だからこれは、俺たち2人で乗り越えなければいけない壁だ。龍菜は俺とフー、2人で迎えに行く。そうして、フーの作戦への参加が決まった。


 そして櫻子はというと──


「櫻子、仇討ちって言うけど殺した相手を殺す覚悟はあるの?」


 バンブルビーのその一言に、櫻子は意外にも即答した。


「あります」と。


 バンブルビーはその答えを聞いて、少し考え込むように前髪を指でくるくると弄んだ。


「──辰守君、櫻子も連れて行ってあげようか」バンブルビーが指に巻きつけていた髪をしゅるりと解き放ってそう言った。


 正直、俺としてはバンブルビーには反対して欲しかった。俺やフーと同じく、魔女狩りの施設に潜入したいのは櫻子も同じだ。


 けれど、櫻子の本懐は誰かを助け出すことではなく殺すことなのだ。


 友人である彼女の手助けをしたい気持ちよりも、人殺しの手助けをする罪悪感の方が勝っていた。

 だが、櫻子の覚悟や選択にとやかく言う資格は俺には無い。俺でなくとも、誰にだって無いだろう。


 櫻子本人にしか分からない苦悩や葛藤があって、そのうえで決断したことなのだから。


「……分かりました。じゃあ、フーと櫻子を加えた編成でもう一度作戦を練り直して共有しましょう。出来ることは全部やってもなるようにしかなりませんが、なるようにはなります」


 俺はバンブルビー達と話し合い、明日の作戦にフーと櫻子を組み込んだ。フーは俺と常に一緒に行動し、櫻子は道中の構成員から手当り次第にVCU襲撃犯の情報を絞り出す……もしそれで仇となる相手が施設にいなければフーと同じく俺と行動を共にすることとなった。

 無論、仇が施設内にいると判明すれば櫻子はそこで別行動となるのだが……。


「それでは、明日は皆さんよろしくお願いします。くれぐれも命を大事に、無茶せずに全員またここに集まりましょう」




* * *




 作戦会議と、その後に行われたルーとラムの出所祝いプチパーティー。それを終えた後、秘密作戦のメンバーはそれぞれ時間をズラしてレイヴン城に帰還することとなった。


 ルーとラムは、新居というか……新拠点であるマンションにそのまま残り、バンブルビーが一番最初に城へと帰った。


 続いてブラッシュとラテが2人でマンションを後にしたのだが、去り際にブラッシュが「せっかくだから何処かでコーヒーでも飲んでいかない?」とラテに耳打ちしていたので、本当に城へ直帰したのかは定かではない。

 

 そして現在午後4時30分頃。残った俺とフーと櫻子は、3人で転移魔法式が設置されている喫茶店 ヴェッターハーンから、レイヴン城の転移部屋に転移したところだった。


「──ふぅ、この魔法苦手だなぁ」転移がおわるなり、櫻子が不安げな顔でそう言った。


「ま、すぐ慣れるさ。最初は怖いかもだけど、大抵の事は人間順応するように出来てるもんだ」


「うん。そうかもね。今日も、イー・ルーさんとセイラムさん、最初は怖くて危ない人かと思ったけど……ヒカリちゃんとかと最近接してたおかげか結構仲良くなれた気がするし」


「わかるわかる。俺も初めて2人と会った時は櫻子と同じ気持ちになったけど、先にレイヴンの面々と絡んでたからな。慣れってほんとに大事だわ……まあ、ラムは皆と比べてもあさっての方向に若干異質だが」


「チュウニビョウ?……ってやつだよね! 楽しそうだから私もやってみようかな! どうかなハレ!?」


「……うむ、あれはやってみようとしてやるもんでもないと思うが……いやしかし、ありと言えばありかもしれない……」


 屈託なく笑うフーを見ながら、セイラムっぽく振る舞う姿を想像してみる。

 このフーが、何をしても可愛いフーが厨二病をこじらせた場合……「封印されし我が右眼がー!!」とかなんとかいうのか。うん……やっぱり可愛いじゃねぇか。


「……ハレくん、神妙な顔で何考えてるのよもう」


「え、フーの可愛さの可能性って無限大なんだなって……」


「そんな真顔で言われても……ハレくんこそフーちゃんへの愛が無限大だよ」


「えへへ、私もハレのことだぁい好きだよー!!」


 呆れ顔の櫻子にくっついてるフーが無邪気に笑った。可愛いが過ぎる。


 櫻子とフーと他愛もない話をしながら自室に辿り着くと、部屋には酒瓶を片手にベッドで爆睡しているイースと、魔法で本を本棚に直しているラミー様の姿があった。


「あ、ただいま戻りました。ラミー様」


「ちっ、戻ったか……まったく、一日の終わりに駄犬の面を拝むとは」


「……ええっと、ラミー様はこれからおやすみで?」


「誰の許しを得てこの私に質問をしているのだこの駄犬が!」


「……あ痛ぁッ!!」


 ソファの隅に転がっていたワインのコルクが俺の額に直撃した。イースのヤツめ、こういう事になるから投擲出来るようなものを部屋に散らかすなと言ってるのに……。


 いや、だがまあ今のは俺も悪かったな。分かりきったことをわざわざ聞く必要なんてなかったのだ。


 窓の外を見ると、西日が水平線の彼方へ沈もうとしている。『一日の終わり』だなんて言っているし、そろそろライラックと“交代”の時間だってくらい、聞かなくても分かったはずだ。唐突にラミー様を目の当たりにしてテンパっちまったな。


「おい駄犬、私は眠るがそこのアル中を叩き起して飯を作らせておけ」


「わ、わん……」


 ヒリヒリするおでこを押さえながら返事をすると、ラミー様はソファに腰掛けたまま目を瞑った。ようやくライラックに交代するらしい。もうあと、ほんの数分おくれて部屋に入ってこればよかった。


「……は、ハレくん大丈夫? 頭に穴空いたりしてない?」


「私が回復魔法かけようか?」


 櫻子とフーが心配そうにしているけど、飛んできたのはコルクだし、イースに殴られたりすることを思えばどうってことない。


「大丈夫だ。それよりもラミー様の言う通りイースを起こしてやらないと。1週間の飯当番をサボったらまた牢屋に逆戻りだからな」


「そっか、じゃあ私が起こすね!」


「ばっ、待てフー! ストップ!! ストップ!!」


 フーがなんの迷いもなくベッドに近づいて行ったので慌てて引き止めた。間一髪だ。


「いいかフー? イースの寝相の悪さと寝起きの機嫌の悪さは素人には危険だ。ここは俺に任せてくれ」


「うーん、なんかよく分からないけど分かった!」


「……ハレくん、色々苦労したんだね」


 俺はしっかり魔力始動してから慎重にイースに近づいた。ワインのボトルを片手に持ったイースは仰向けで眠っている。注意しなければいけないのは、ベッドの端からはみ出してダラりと地面まで垂れ下がっている尻尾だ。


 大抵この尻尾に酷い目に合わされるからな……常にこいつに気を払っておかねばなるまい。


「……イース、起きてください。イース」


「……うぅん、わらしの……酒がぁ……しずんれいくぅ……むにゃむにゃ……」


 恐る恐る肩を揺らして声を掛けたが、胸がゆさゆさと揺れて寝言を漏らしただけだった。それにしてもほんとにデカイよな、(レイヴン)で1番デカいんじゃないのか……。


「い、イース? はやく起きて夕飯の支度を始めないと、バンブルビーにドヤされますよ!」


「……んん、バンブルビー……? はれとぉ……?」


「そうですイース! 俺ですよ! もう日が暮れましたから起きて下さい!」


 薄らと目を開けたイースに、今がチャンスと声をかけ続ける。途端に垂れ下がっていた尻尾が物凄い勢いで俺に巻き付こうと動き出したが、注意していたので何とか躱すことが出来た。ホラーかよ。


「…………んあ? 晴人かぁ?……くそ、いつの間にか寝ちまってたのか……」


「おはようございます。今日も随分と飲んだみたいですね」


「……そうでもねぇよ」


 まだ脳みそが完全に起きていないのか、イースはとろんとした顔でそう言って、俺の方に寝返りをうった。

 だが、まだ起き上がる様子はなく、尻尾を股の間に通して足で挟み込んで落ち着いてしまった。セルフクッションだ。


「……ん」


 どうやってベッドから出てきてもらおうかと考えていると、イースが横向きに寝転んだまま、右手に持っていたワインボトルを俺の方に伸ばした。回収しろという事なのかと思い、それを受け取る。嬉しいプレゼントだな。まったく。


「……ん」


「……え、なんですか?」


 ワインボトルを回収したのに、イースはまだ右手を俺の方に伸ばしている。どういうことだ? 手のひらをマッサージしろってこと?


「……んー!」


 困惑していると、イースが少しいじけたような顔をしながら左手も俺の方へ伸ばした。


……これはもしかして、ハグをもとめている……のでは?


 イースに限ってそんな訳がない。そう思ったけど、万が一、億が一にももしそうだったとしたら、可愛すぎる。ので、俺は勇気を出してイースの手の中へ身体を預けた。

 ベッドで寝転がるイースに合わせて、地面に跪くような体制である。


 すると、柔和な顔つきになったイースが、俺の頭に腕を回して抱き寄せた。後頭部にイースのおでこがこつんと当たる。


「……えっと、イース?」


 なんと、ヘッドロックした後に頭突きをかまされた……わけではない。ただ普通に、まるで恋人同士がじゃれ合うような、和やかなスキンシップだった。


 イースの腕がゆっくりとほどかれて、顔を上げると彼女と目が合った。まだ重たそうなまぶたの奥で、美しいブルーの瞳が俺を見つめている。


「……ん」


 イースが少しだけ上体を動かして、俺にキスをした。優しく触れるだけのフレンチなやつだ。もしかすると、イースと初めてまともなキスをしたかもしれない。なんだって今日のイースはこんなに可愛らしいんだ……!


「……えっと、その……めちゃくちゃ嬉しいんですけど、なんか照れますね……あはは」


「……いいだろ別に、2人っきりなんだし……」


………………………………。


………………………………。


………………………………!


「……イース。あの、後ろにフーと櫻子がいます……」


「……ッバっ!!? ちょ、ちがっ!! なんで地下牢じゃねぇんだよ!! ぶっ殺すぞてめぇ!!」


「うわ、なんで俺に怒るんですか!?」


 イースはギョッとした顔でベッドから飛び起きると、俺の頭に拳骨をお見舞いして逃げるように部屋を出て行ってしまった。

 どうやら酔いと寝起きが相まって、ここが地下牢で、俺と2人きりだと勘違いしていたらしい。


 そして、牢屋で2人きりならあんな感じになるのかよ……という事実に、不覚にもときめいてしまった俺がいる。


「……えっと、今のがプロの起こし方……なんだ? わ、わたしなんかには真似できそうにないや……」


「ハレ、チューして起こすのは分かったけど、イースどっか行っちゃたよ?」


「……な、なな、なんか、起きたら早速、事件なの?」


「うん。色々と誤解があるな。とりあえず、今回のは参考にしないでくれ。あと、おはようございますライラック」


 イースがどこに飛び出して行ったのか分からないけど、はやく追いかけないとな。ヤケ酒でもして2度寝したら本格的に晩飯が危うくなっちまう。




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