226.「協力と盗み聞き」
【轟 龍奈】
「──ふん、こんな所でまで会うなんて……袖振り合ったが100年目ってやつからしらね」
「……それを言うなら、袖振り合うも多生の縁だろ……なんか混ざってんだよ」
迷路のような巨大施設の最下層。懲罰房と呼ばれる部屋に、私は収監されていた。
そしてつい今しがた、ちょうど向かいの房に見知った奴がぶち込まれたところだった。
「随分余裕ぶってるみたいだが、もしかしてそっちの部屋には風呂とテレビでもついてるのか? 轟 龍奈」
「んなわけないでしょ。ていうか、相変わらずいちいち細かいのよ……平田」
平田 正樹……フーちゃん捕獲作戦で知り合ったこいつは、たしかヴィヴィアン・ハーツが率いる組織の壊滅を任されていたはず……なんだけど、ここに居るってことは、案の定失敗したみたいね。
「そっちは1人か? 親父さん……轟 龍臣はどうした?」
「お父さんならまだ治療棟よ。温泉街での傷が深くて……って、アンタこそあのプッツン女はどうなのよ」
「……あいつも治療棟だよ。俺の判断ミスでな」
固く閉ざされた鉄扉の向こうから聞こえる声は、酷く憔悴しているように感じた。幸い相方の霧崎こころは命を取り留めているらしいけど、それでも今の状況を考えると無理もない話ね。
「……ま、命あっての物種よ。そういえば、安藤兄妹とござる達は今頃どうしてるのかしらねー」
「……あいつらも俺と同じ作戦に参加してたんだよ。作戦失敗の責任は俺がとったから、懲罰房は免れてるはずだがな」
「ちょっと何よそれ、そんな話龍奈聞いてないんだけど!?」
「言ってねぇからな……つーか、ちょっと静かにしてくれないか!? 今は静かに今後の事を考えたいんだよ!!」
「はぁ!? 急にキレてんじゃないわよ! だいたい今後も何も、まずはここを抜け出すことが先決でしょ!!」
私がそう言うと、鉄扉の向こう側からの声がしばらく途絶えた。
「……お前、脱走する気なのか?」
「当たり前でしょ。こんなとこに入れられた以上、どうせもう先は長くないわよ。さっさとお父さん連れてどっか他所へ行くわ」
「簡単に言いやがって、そんな事が出来るわけないだろ」
「ふん、出来るかどうか決めるのはアンタじゃなくて龍奈なのよ! ていうか、アンタも協力なさい! ここで会ったが多生の縁ってやつなんだから」
「…………ちっ、勝手なこと言いやがって。混ざってるし」
ここ数年の魔女狩りは人員不足を謳う傍らで、実際のところは人員削減……規模縮小に努めている。魔獣災害の事件を起こしてから政府の後ろ盾を失い、多額の資金援助を得られなくなったからとか、鴉に発見された際の情報漏洩のリスクを減らすためとか……とにかく、もはや組織が巨大であるメリットが無くなったのだ。
現状では、上層部の人間以外……つまり、末端の構成員は勿論のこと、異端審問官とその人形である私たちでさえ、使い捨ての駒以上の価値は無い。
無茶苦茶な命令を出して、上手く行けばよし。失敗すれば実験材料にするなり売り飛ばすなりして処分する。それが分かっていたから、フーちゃん捕獲作戦の時だって皆が真剣だったのだ。
まぁ、ゲーセンに言ってる奴もいた気がするけど。
とにかく、懲罰房に入れられた時点で私も平田も言うなれば出荷待ちの家畜と同じ状況……。大人しくしてる理由を探す方が難しいってのよ。
「……で、どうすんのよ。男ならバシッと決めなさいよね! バシッと!」
私は鉄扉の向こう側に向かってそう言った。異端審問官なんてやってるよしみだし、返事はもう分かりきっている。
「……言っとくが、協力するのはこころがいる治療棟までだからな。そこから先、怪我人を引き連れて脱走する気はない」
「ふん、龍奈だってバカップルと一緒に脱走なんてごめんよ。治療棟まで、足引っ張らないでよね!」
お父さんもハレもいないけど、とりあえずは平田が臨時の相棒になった。
バカハレが迎えに来るまで、私は絶対に生き延びてみせる──
* * *
12月27日金曜日
【辰守 晴人】
時計の針がちょうど正午にさしかかろうかという頃……セイラムタワーもとい、俺所有のタワーマンションの屋上テラスで、最終ミーティングが行われようとしていた。
作戦に参加するメンバーが一堂に会するのは、今回が初めてのことである。
「──ちょっと、なんかめちゃくちゃ怖そうな人達がいるんですけど……」
そう言ってバンブルビーの背後に身を寄せているのは、今回の作戦で重要ポジションを担うラテ・ユーコンである。
どうやら初対面のラムとルーに警戒しているらしい。まぁ、2人ともお世辞にも取っ付きやすそうには見えない見た目と目付きをしているから、仕方ないと言えば仕方ない。
「皆さん。今日は集まって頂きありがとうございます。初対面の人もいるので、まずは簡単な自己紹介からしようと思います」
俺はまず、バンブルビーの方に目配せをした。
「黒鉄の魔女 バンブルビー・セブンブリッジだよ。まぁ、俺のことは皆知ってるよね。今回の作戦、俺は表立っては何も出来ないからそのつもりで」
バンブルビーがそう言うと、後ろに控えていたラテがおずおずと顔を出した。
「……ら、ラテ・ユーコンよ。転移魔法で皆を送り迎えするわ。よ、よろしくお願いします」
ラムとルーに警戒しているのとは別に、緊張しやすいタイプなのか、それとも人見知りなのか、なんにせよラテの自己紹介はたどたどしかった。
そんなラテの様子を見てか、傍にいたブラッシュがラテの頭を優しく撫でた。ラテは嫌そう2割 恥ずかしそう6割 嬉しそう2割くらいの表情をうかべながら何か抗議して、俯いてしまった。
何だろう、なぜか見ていて複雑な気分になってしまう。
「色欲の魔女 ブラッシュ・ファンタドミノよ。ふふ……久しぶりねルー。それにセイラムも……相変わらず2人とも可愛いわ。この後空いてるかしら?」
見境とか節操とかいうものを知らないのであろうブラッシュがそう言うと、既に機嫌の悪そうだったルーから殺気が漏れた。
「憤怒の魔女 イー・ルーだ。晴人以外の指図は受けねぇぞバカヤロウコノヤロウ……そんで、ブラッシュ、てめぇはお望み通り後でたっぷり相手してやるから待っとけコノヤロウてめぇクソ野郎」
客観的に見て、螺旋監獄から出所してまだ1日も経っていないのにこの殺意はどうかとも思うが、ブラッシュの顔を見た時点で斬り掛かるのを我慢出来ているあたり……俺個人としては評価したい。
「──そして!! 我こそが悪名高き邪悪なる魔眼の魔女……セイラム・スキームだッ!!」
一方、ラムのやつは通常運転だ。通常どおりこじらせ散らかしている。
「……憤怒の魔女に魔眼の魔女って……この2人を螺旋監獄から出所させたの!? バンブルビー、いったい何考えてるのよぅ!!」
「心配しなくてもちゃんと手網は握ってるよ。辰守君がね……だから、今憂慮すべきはこの2人じゃなくて明日へ向けての作戦だよ。もしアビスにバレたら……ね」
「……うぅぅ、分かったわよぅ。どうぞ作戦を話してちょうだい……」
ラテは大きなため息をついてそう言った。ラテがこんな風に気を落とすのも無理もない話だ。
むしろ、どこ吹く風のブラッシュや、何故かノリノリのラムが異常なのだ。危機感が家出しているとしか思えない。
「では、まず今回の作戦の目的から改めて説明します。今作戦の目的は、魔女狩りの施設に潜入し、1人の魔女……人形と、その眷属を救出することです。決行は明日……鴉の襲撃に紛れて行います。作戦遂行にあたっての大前提ですが、鴉にバレないように立ち回らなければなりません」
「ちなみに俺以外で襲撃に参加するメンバーは6人だよ。そのうちの1人、ラミーは俺が言い含めておくから気にしなくてもいい……まあ、あいつのことだから既に把握してるかもしれないけどね。だから実際のところ辰守君達が明日ばったり出くわさないように気をつけるのは、イース、スカーレット、バブルガム、スノウ……そして当然1番気をつけなくちゃいけないアビスだ」
俺は明日の作戦で、アビスに出くわしてしまった場面を想像してみた。想像しただけで、目眩がしそうな恐怖である。
なにせアビスは『つい』で人を殺そうとする激ヤバ女なのだ……手合わせのことを思い出すと未だに背中に汗が浮かんでくる。
「しかしだ恋人、気をつけるも何も同じ施設にカチ込む以上、あの野郎共と会わないなんて不可能じゃないのか?」
「それについては俺に考えがあるから説明するね。今回襲撃する施設は、放棄された海洋掘削施設をベースに作られている……つまり海のど真ん中、海上の出入口から進入して、下へ下へと進んでいく構造ってわけだね。厄介なことに海の中にある訳だから、帰る時もきちんと出入口を通らないといけない」
今回の作戦、いくつかある大きな悩みの種のうちの一つがまさにそれだった。一般的にある陸上施設ならば、好きなところから出入りができる。
鴉の魔女は一人一人がミサイル爆撃クラスの破壊力をもった魔法を使えるから、出入口なんて自分で作ればいいのだ。
しかし、今回はそうはいかない。海中にある施設内でそんな無茶苦茶をしようものなら、あっという間に施設は海水に沈んでしまうだろう。
そのため、行きも帰りも海上に設置されている出入口を通ることになる訳で、そうなると鴉の襲撃よりも先んじて俺たちが施設に進入した際、魔女狩りと上階から降りてくる鴉、2つの勢力に挟まれる可能性が高くなってしまうのだ。
本来ならば、鴉が施設を襲撃するよりも一足先に施設に侵入し、隠密に龍奈と店長を助け出すのが1番の理想だ。
だがそれが叶わない今、俺たちが施設に侵入するタイミングは必然的に鴉が襲撃した直後になる。遅すぎると龍奈達が他の魔女狩りと一緒くたに海の藻屑と沈めかねられない。
だから鴉が襲撃を行っている最中に、俺たちは後を追う様な形で侵入する。
そして、龍奈と店長の所在を把握出来た場合、その状況によっては後を追うどころか追い越すことも視野に入れなければならない。
全ては当日にならなければ分からない事だけど、想定出来うる限りの事態にそなえて、俺とバンブルビーは作戦を立てた。
「俺を含めた鴉の戦闘班が襲撃を開始したら、辰守君チームはまずブラッシュの感知魔法とセイラムの千里眼を使って目標の位置を特定する。この時点で目標がいなければ即時撤退、作戦は終了……これがプランAね。で、もし目標の存在を確認できた場合はプランB……ブラッシュの遠隔ナビゲートに従って目標の元へ向かう。俺たち鴉は2人1組で分散して下へ下へと侵攻するはずだから、目標への道中でどうしても鉢合わせになる場合は、セイラムとイー・ルー2人が食い止めて辰守君がその隙に目標を奪取する。もちろん俺とラミーと鉢合わせた場合は素通りさせてあげるから心配しないでね」
「……おいこら、鴉の襲撃メンバーは全員で7人だろーがこらバンブルビーテメー。ニコイチんなったら1人余るやつが居るんじゃねぇのかこらテメー」
寒風の中、テラスのソファに腰掛けて優雅にゼリーを食べていたルーがそう言った。ちゃんと話は聞いてくれているらしい。
……ていうか、たしかに言われてみれば1人余るんだな。
「ソロになるのはバブルガムだね。アイツは基本的に単独行動だから。ちなみにイースとスカーレット……そしてアビスとスノウが残りのペアだよ」
なるほど、バブルガムが1人行動だったか。言われてみれば俺を温泉街で拉致した時も1人で魔女狩りと戦っていたらしいしな。
しかし、アビスとマリアのペアは──
「クックック、ちなみにアイビス・オールドメイドのペアと当たった場合……この我とイー・ルーでは5分ともつまい!!」
「なんでドヤ顔なんだよ……え、ていうかラムでもアビスの足止めは無理なのか?」
「ふ…………無理に決まってるだろあんなやつ!! ハッキリ言って正真正銘の化け物だよアイツは!! 僕は絶対アイビス・オールドメイドとは戦わないからね!! 絶対!!」
「……アタシも自在卿とはやり合うつもりはないからな。いくら恋人の頼みでもだ」
1度はアビスを追い詰めたという元四大魔女のラムに、勝ち気なルーまでこんな事を言うなんて。しかし、さもあらん……俺だって1度軽く手合わせしただけだけど底の見えない恐怖を味わった。アビスには……あの女には、勝てるビジョンなんて1ミリも湧いてこない。
「──もしアビスと鉢合わせを避けて通れない場合……それがプランC。当然撤退だね。これはもうどうしようもない」
バンブルビーが俺の方を見てそう言った。事前に話し合っていた事ではあるけど、やっぱりまだ完全には呑み込めていない。
バンブルビーの言うことはもっともだし、理解できる。けど、明日もしそんな状況になった場合……俺は龍奈を諦めることが出来るのか? 俺は──
「……なんにせよ、俺たちは明日魔女狩りの施設に侵入します。ブラッシュの指示に従って目標を確保し、出来る限り交戦を控えて脱出。簡単なことでないのは充分わかっています……命の保障も、できません。けど、どうか皆んなの力を俺に貸してください!!」
俺はテラスに集まった魔女達に頭を下げた。魔女狩りの構成員を助けるだなんて、鴉を裏切る行為だ。そんな事に協力してくれるバンブルビー……そして、脅す形で協力させたラテとブラッシュ。
螺旋監獄から出てきたばかりのラムとルーなんて、はなっからこの作戦のため……利用する為に俺が引き受けたのだ。
2人の命は契約魔法によって俺の右手に……力を貸してくれだなんて、従うほかない卑劣な命令と同じだ。
頭なんて下げたところで何にもならないけれど、それでもこうせずにはいられなかった。こうすることしかできなかった。
「──アタシは、もうずっと螺旋監獄から出ることはないと思ってた……」
「……ルー?」
俺が頭を下げてからしばらく続いた沈黙。それを最初に破ったのはルーだった。いつになく穏やかな声と口調に、俺はおもわず顔を上げていた。
「あそこは刑期を終えても、引き受け人が現れない限りは出られない仕組みだ。アタシの受刑態度はぶち込まれた奴らの中でも最悪だったらしいし、自覚もあった…………真っ当な生き方ってやつを選んだとして、それでもアタシを受け入れるやつが居なかったらって思ったら、怖かったからだ」
150年……ルーが刑期を終えてからの時間だ。もし、もし俺がルーの立場だったとして、真面目に改心し刑期を終え、それでも150年間誰も自分を受け入れてくれなかったら……想像しただけでも、とてつもない恐怖だ。
だってそこには希望がない。罰を受けて、罪を悔いて、改悛して尚許されないなんて、どうすればいいのか分からなくなってしまう……どん詰まりの闇だ。
それならば、自分がずっと囚われているのは、自分がまだ罪を悔いていないからだと、明確な理由があるから出られないと自分を誤魔化す方がずっと楽だ。
いつか、その気になった時に改心すれば自分は解放される。ただ自分の意思で、出る気がないからここに囚われているだけだ……と。
そんな葛藤を、ルーは今自分の口から打ち明けたのだ。
「恋人がアタシを螺旋監獄から出した理由も今ハッキリ分かった……ようは都合のいい即席の戦力が欲しかったんだろ」
「……はい。その通りです」
別に騙して引っ張り出したわけじゃない。けれど、利用する為に連れ出して、その人生を縛り付けた。それは動くことの無い事実で許されざる行為だし、恨まれて当然だ……。
「だったらアタシは、恋人が助け出そうとしている奴に感謝をしないといけないわけだ。そいつが居なかったら、アタシは今も……いや、この先もずっと、螺旋監獄でクソみたいな人生を過ごすところだったんだからな……だから、頼まれなくても協力するにきまってるだろ。アタシの恩人でもあるんだしよ」
ルーはそう言って俺に微笑んだ。思いもよらなかった言葉に、胸の奥にわだかまっていたズッシリとしたものが、フッと軽くなった気がした。
「あ、ありがとうございます……!!」
「まぁ、このイー・ルー様にまかせるんだな。アイビス以外ならなんとかしてやる」
「ぼ、僕だって邪悪なる弟子のためなら一肌脱ぐくらいわけないさ! この眼のことも、引き受け人になってくれたことも、返しきれない恩があるんだからね!」
すっかり口調が素に戻ったラムがそう言った。少なくともその言葉からは、怒りや恨みなんてものは一切感じられなかった。
「……ラムも、本当にありがとうな」
「えへへ、まぁ頼りにしてくれていいよ。アイビス以外はなんとかしてみせるからね!」
やはり、バンブルビーも言っていたがアビスはどうにもならないらしい。いい感じの雰囲気にも流されない驚異的な畏怖の象徴……それがアイビス、もといアビスなのだ。
「──私も、少し考えてみたんだけどね……もし、ヘザーが魔女狩りに捕まって、人形にされちゃったとしたら、たとえどんな事をしても、私はヘザーを助けると思う……辰守君がしてることって、きっとそういうことなんだよね?」
「ふふ、私も愛人達に何かあれば、何を置いても助けに行くわ。そういう性だもの」
ラテとブラッシュ……2人も最初に比べると幾分か肯定的というか、自主的に協力してくれる姿勢を感じる。段々と、胸のもやもやが晴れてきた。
「──さて、ここに集まった意味とか、皆の意思は伝わったかな? さっきから隠れてる2人は、結局どうするつもりなの?」
バンブルビーが、誰も居ない方を向きながらそう言った。視線の先は、テラスの端……いや、もっと向こう。屋上の……外?
「──うわー、なんで分かったのバンブルビー!? すごいねー!」
「……ご、ごめんなさい。盗み聞きするつもりは……ありました。ほんとごめんなさいすみません……」
屋上の胸壁をよじ登るようにして現れたのは、イタズラがバレた子供みたいに無邪気に驚くフーと、対照的に顔を真っ青にして頭を下げまくる櫻子だった──




