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224.「タバコと理由」


【夕張 ヒカリ】12月26日


──あいつが出ていった。


 エミリアが魔女狩りに殺されて、それから2日。たったの2日で、あいつはエミリアの仇討ちのために(レイヴン)に入ると部屋を出ていった。


 アタシはそれを止めることも、追いかけることも出来なかった。ただ、悲しくて悔しくて、補填できないものを欠損した事実に打ちのめされていた。


『私が死ねばよかった』


 カルタは泣きながらアタシにそう言った。けど、それは本当はアタシが言うべきセリフだった。


 ()()()、櫻子に命懸けで助けて貰った命でアタシは人間を殺した。魔獣が人間だって知らなかったなんて、ただの言い訳だ。

 魔獣に復讐しようだなんて思わずに、慎ましくただ“普通”に暮らす道をアタシは選ばなかったんだ。


 事務所でヒナヒメに襲われた時、ヒナヒメとアタシは戦いの末相打ちになる筈だった。急に現れた魔女がそれをぶち壊さなけりゃだ。

 ヒナヒメを殺して消えたあいつが誰かなんて、知らないしどうでもいい。ただ、()()()()()()()()()()()……。


 あの魔女が、アタシじゃなくてエミリアの所へ行っていたならば……エミリアは死ななかったんじゃないのか。エミリアにはまだ親父さんがいて、カルタがいて、未来があった。


 アタシには何も無い。両親も死んだ。櫻子も死んだ。人を殺してしまった。櫻子と瓜二つのあいつも……結局はアタシの元を去ってしまった。


 だからあれはカルタのセリフじゃない。


「──アタシが死ねばよかったんだ」


 急に広くなった部屋で、アタシはそう呟いた──





* * *




 12月27日 午前6時50分



「──おはよう夕張 ヒカリ。10分前出勤とは優秀だな」

「……いちいちフルネームで呼ぶんじゃねぇよ。八熊」

「お前こそ上司を呼び捨てにするな。八熊さんだ」


 事務所には、タバコを咥えてヴィヴィアンのデスクに腰掛ける八熊しかいなかった。相変わらずひでぇ顔色だが、多分アタシも今は人のことは言えない。あの日から3日、アタシは一睡も出来ていなかった。


 1月をじきに控えて、外はまだ薄暗い。それにくわえて事務所も証明を絞っているのか、目に映る景色が全部無機質なモノクロに見える。


「──吸うか?」

「……あぁ?」


 アタシが事務所の真ん中でぼうっと突っ立っていると、八熊がそう言ってシガーケースを手にぶら下げた。


「夕張 ヒカリ。もうお前、成人だろう」

「……だから、いちいちフルネームで呼ぶんじゃねぇよ」


 アタシはそう言いながらも、八熊の元に近寄って手を突き出した。八熊はシガーケースからタバコを1本取り出すと、アタシの手の上に置いた。

 アタシはそれを自分の口に運んで、咥えた。


「……逆だバカ」


 八熊がそう言ってアタシの口からタバコを引っこ抜くと、向きを逆さにしてまた突っ込んできた。初めてなんだから向きとか知らねぇよ。


「火つけるから吸え。吸わんと火がつかん」

「……ん」


 八熊が片手で器用にマッチに火を付けて、咥えたタバコにそっと近づけた。言われた通りに息を吸い込むと、ジジ……と小さな音を立ててタバコの先が赤く染まった。


「……ッゴホ!! ゲッホゲホ!!」

「どうだ……不味いだろ」


 喉の奥に何かがつっかえたみたいな感覚がして、アタシは盛大に蒸せた。口の中が煙臭い。コノヤロウ、なんてもん吸わせやがるんだ。


「……こほ、お、お前……こんなもん何で吸ってんだよ。今分かった。百害あって一利なしって、アレほんとだぜ。くそ」

「百害あっても、俺にとっては一利あるから吸ってるんだよ」

「……意味わかんねぇよ」

「そのうち分かるさ」


 そう言って八熊は新しいタバコに火をつけた。アタシは右手でつまんだタバコをしばらく睨みつけて、もう1回軽く吸い込んだ。


「……ッゲッホゲホ!?」

「その調子だ」


 しばらくの間、事務所にはアタシが盛大にむせ返る音が響いていた。




* * *




──8時をまわってもヴィヴィアンのやつは来なかったが、代わりに窓際から聞き慣れた声が聞こえた。


「……ご機嫌よう。ヒカリ、八熊」


 カノンだった。正直、もう会社には来ないと思っていた。それでいいし、そのほうがいいとさえ。もう、人殺しの仕事なんてするのは失うものが何も無いアタシだけでいい筈だ。


熱川(あたがわ) カノン。上司を呼び捨てにするな。八熊さんだ」

「……おう、重役出勤じゃねぇか成金……ゲホゲホ!」

「あらヒカリ、いつからそんなモノ(たしな)むようになりまして? 育ちが知れますの」

「けっ、どうせろくな育ち方してねぇよ……ゴッホゴホ!!」


 カノンは呆れたような顔をしてアタシの正面のソファに腰掛けた。化粧で隠してるつもりかもしれないけど、目の周りが腫れている。


「──で、櫻子は?」

「あいつは昨日の晩出てった。自分の家に帰ったんだろ……でなきゃ(レイヴン)だ」

「……詳しく聞いてませんの?」

「アタシにはもう関係ねぇよ」


 一時期“あいつ“に感じた櫻子はもういない。あれが何だったのかも今となっては知る(よし)もない。“あの約束”も……もう、どうでもよくなっちまった──


「……そういや、お前の方はどうなんだよ。イケメンの彼氏とはよろしくやってんのか?」

「ああ、それならもうフられましたの」

「……ゲッホゲホ!? あぁ? なんでだよ」


 気を逸らしたくて何気なく振った話だったのに、思わぬボディブローを食らった。ようやくタバコが慣れてきたと思ったのに、またむせちまったじゃねぇか。


「ここ最近、連絡が取れなかったんですの。今朝メッセージが届いていて『もう会えない。本当にすまない』と、それっきりですわ」

「……なんだよそれ。ひでぇ話だな」


 安藤とかいう男と知り合ってから、カノンは変わった。こいつはたぶん、ずっと恋愛に憧れててその機会を静かに待っていた。

 ゲーセンで会った男に一目惚れしたと言ってきた日から、化粧も服装も気合いが入り始めたし、傍から見ても“女”になったと感じた。


 だから、デートに誘ったって言ってきた時も、そこでやらかしたけどまだ相手は愛想を尽かしていないって分かった時も、アタシは我が事のように嬉しかった。

 応援してたんだぞ。くそ。


「……ま、終わったことを考えても仕方ありませんわ。(わたくし)はただ、自分で決めた職務に責任を持つのみですの」

「……お前もタバコ吸うか?」

「結構ですの」


 それから10分後。ようやくヴィヴィアンのバカが現れた。


「──うむ。おはよう諸君。今日は言うておきたいことがいくつかある。まず1つ目は……」

「遅刻してすみませんでしただろ。何いばってんだバカ」

「ぐぅ……!! バンビの分際で余計な事を……正論ゆえぐうの音も出ぬわ」

「今『ぐぅ……!!』って言ってただろうが。ぐうの音は出てんだよバカ」

「おい、夫婦(めおと)漫才とか見たかねぇんだよ。さっさと要件を言えヴィヴィアン」

「ヒカリに同意ですの。巻きでお願いしますわ」


 アタシとカノンの冷たい視線を感じ取ったのか、ヴィヴィアンはコホンと咳払いすると、大人しく本題に入った。



「まず1つ目じゃが、遅刻してすみませんでした! はい次2つ目。カルタじゃが、魔女協会(セラフ)で一時的に身柄を預かって貰うことになった。3つ目、エミリアの検死の目処が経ったゆえ通夜はおそらく明後日くらいじゃの。4つ目は……」

「まてまてまて、早すぎんだろボケ。ちょっと落ち着け」

「なんじゃヒカリ文句ばかり言いおって。巻きでお願いしますわ〜と言ったのはカノンじゃぞ」

「社長のいつものペースを考慮してそう言いましたが、もう少しゆっくりお願いしますわ」


 最初の以外、一つ一つの情報がデカすぎる。会社に復帰するなんてハナから思ってなかったが、カルタは魔女協会(セラフ)に身を置くことを決めたらしい。


 エミリアの検死の件は、全身が氷漬けになっていたから難航してると聞いていた。無論、普通の氷じゃないのが原因だったんだろうが、それも何とかなったみたいだった。


「では、4つ目を言うぞ」

 

 アタシとカノンが話の内容を咀嚼し終えたのを見計らって、ヴィヴィアンがそう言った。


「4つ目は、此方(こなた)魔女協会(セラフ)を抜けてこの会社を立ち上げた理由じゃ」

「理由だぁ? 今更何の話だよそれ」


 アタシは以外な内容に内心動揺していた。この話題は以前“あいつ“がヴィヴィアンにはぐらかされていたやつだ。どうして今になって……。


此方(こなた)がこの会社を立ち上げたのは、昔の同胞(はらから)であり、現在は魔女狩りに与しておる裏切りの魔女 ジューダス・メモリーを殺すためじゃ」


 ソファの向かいに座ったカノンは、眉をひそめて怪訝な顔をしていた。アタシもだ。こいつが人助けと金儲けのためにわざわざ会社を立ち上げるような奴ではないのは分かっていたけど、それでもこれは想像よりも斜め上だった。それも、とてつもなく悪い意味で──



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