223.「手合わせと月5万」
【馬場 櫻子】
──胸元に肉薄した刃を、既のところで切り払う。けれども、反撃する間もなく切り払った刃が再びわたしの喉元に迫る。
何となくだけど一連の動作を見る限り、適当に戦ってるんじゃなくてちゃんとした“型”みたいなものを感じる。さっきの一撃は、完全に切り払われた後を想定した動きだった。
だとしたら、この人は態度とか言動の割に真面目な闘いをする人だ。もっと喧嘩殺法みたいなのを想像していたのに。
「オラオラァ!! ちゃんと捌かねぇとバラバラになっちまうぜぇ!!」
「……っ!! くぁ!?」
イースさんの絶え間ない斬撃に、わたしのクロバネは防戦一方だった。それどころか、防御に徹しているのにイースさんの魔剣はそれをかいくぐってくる。あんな大きな魔剣を自在に操るなんて、どれほどの修練を詰んだのか想像もつかない。
(……硬質化した翼だけじゃ手数が足りない! だったら──)
ヴィヴィアン社長の見様見真似で、わたしはクロバネから剣を作り出した。社長がバブルガムさんと戦った時に使っていた2振りの剣……“キャンセレーション”を。
「ガハハ!! 器用な真似すんじゃねぇか櫻子ぉ!! 翼も合わせて四刀流かぁ!?」
わたしがクロバネに加えて魔剣を出しても、イースさんは怯むどころか心底楽しそうにそう言った。バンブルビーさんから聞いてはいたけど、戦闘狂にも程があるでしょ……。
わたしが剣を構えると、イースさんも剣を構えて飛びかかってきた。跳躍しての斬りかかりなんて、普通なら簡単に避けれそうなものだけどイースさんの場合はそうもいかない。
彼女には強靭で長い尻尾が生えている。それを地面に打ち付けることで、跳躍の軌道を操るという常人には絶対できない離れ技をやってのけるのだ。
それに尻尾の脅威はそれだけではない。大太刀型の魔剣はその大きさ故に本来なら剣筋が限られる。けれど、尻尾を軸にした3次元の動きによって予測不能な攻撃を繰り出すことに成功している。
きっとイースさんの剣術は、イースさん本人の為だけに編み出されたものだ。大胆不敵で隙がなく、超攻撃的な剣術……それに対してわたしは──
「ええぇぇい!!」
「……な、なにぃ!?」
金属の塊同士が激しくぶつかり合う音ともに、魔剣が宙を舞った。ビュンビュンと回転しながら飛んで行った魔剣が、ベンチで観戦していたハレ君の両脇に突き刺さる。
「──お、おい櫻子! 簡単に魔剣を手放すなよ! 死ぬかと思っただろ!!」
「ご、ごめんハレ君……ノリで魔剣を作るとこまでは出来たんだけど、よく考えたらわたし剣とか振ったことなかったよぅ〜」
そうなのだ。魔法の飲み込みの速さだけは社長のお墨付きだけれど、わたしは剣術なんててんで分からないズブの素人なのだ。そんなわたしが剣を二本も出したところで、ただ単に両手が塞がるということ以外の意味を成さなかった。
「ったく、アホみてぇな剣の構え方しやがってぇ!! あんまりにも隙だらけで逆に焦っただろうが!! くそ、興ざめだぁ!!」
「あ、い、イースさん! お手合わせありがとうございました……!!」
「……ふん、礼なんざいらねぇから酒を持ってこい!! 手が震えてきやがったぞ!!」
「え、えぇぇえ!?」
「大丈夫だ櫻子。禁断症状はいつものことだからな」
「そ、それ大丈夫じゃなくない?」
──復讐という行為が前向きなのか後ろ向きなのかは分からないが、昨晩ハレ君と手合わせしたわたしの気持ちはいくらか明るくなっていた。
だから今朝、朝食を食べている時にイースさんに手合わせをしようと誘われたわたしは、それを断らずに快諾した。結果はこのとおりイースさんに手も足も出なかったけれど、それでも魔力を使って身体を動かすのは楽しいと思えた。
ずっとスポーツとか身体を使ったことに苦手意識みたいなものがあったけれど、よく考えてみるとその理由は分からなかった。身体を使うことはこんなにも楽しいのに、どうして今までの人生でわたしはそれに気づけなかったのだろうか──
「お疲れ様。イース相手に頑張ったね」
ハレ君に酒を持ってこいと怒鳴るイースさんを背に、裏庭に設置されたベンチの方へ向かうとバンブルビーさんがそう言った。朝食でのイースさんとの会話は皆が聞いていたから、数人を除いたほとんどのメンバーが裏庭でわたし達の手合わせを観戦していたのだ。
「いえ、全然歯が立たなかったです。イースさん、身体強化の魔法しか使ってなかったのに……」
「あいつは身体強化と剣術だけでも充分驚異的だよ。並の魔女ならイース相手に一撃も耐えられない。それをまだ10代の櫻子が何度も凌いだんだから、もっと誇っていいと思うよ」
「……ありがとうございます」
バンブルビーさんの優しい声に、わたしは何だか照れてしまって顔を伏せた。鴉の先輩の中では、今のところ1番好感度が高い。綺麗で頼もしくて、カッコイイ人だ。
「バンブルビーの言う通りよ。櫻子ちゃん、次はイースのバカに一発入れてやってよね。私、応援してるわ!」
「あ、ありがとうございます。スカーレットさん」
バンブルビーさんが言っていたように、スカーレットさんがわたしに向けていた不穏な雰囲気はサッパリ無くなっていた。わたしに気になる人がいて、ハレ君の6人目の彼女になる可能性が無いと判断されたらしい。
そして、スカーレットさんとイースさんが仲が悪いというのもやっぱりそのとおりみたいだった。
「むはぁ、櫻子ちんは二刀流が使いてーのか? だったら私ちゃんが教えてあげちゃうんだけどー」
「え、いいんですか!?」
「むふふ、あたりめーだ! 可愛い妹ちゃんのためだからなー……月5万でどうだ!?」
「……バンブルビーさんに教えてもらいます」
バブルガムさんはダメだ。知れば知るほど好感度が下がっていく。良いところを強いて上げるならば、こんな人になるまい……と思わせてくれるところかな。
「──櫻子。剣なら5股眷属の彼かスノウに教わるといいよ。バンブルビーは剣を使わないから」
バンブルビーさんとは別のベンチに腰掛けていたアビスさんがそう言った。バンブルビーさんの方を見ると、彼女は自分の左肩を右手で指さした。
「俺の場合、片手を剣で塞ぐよりも開けといた方が都合がいいんだよ。アビスの言う通り、剣なんて数百年振ってないしね」
理由は知らないけれど、バンブルビーさんには左肩から下が無い。隻腕なのだ。けれど、それでもバンブルビーさんは鴉の中でもアビスさんの次くらいに強いらしい。
いったいどんな魔法を使うんだろうか。
「あのーサラッと俺の呼び方がとても酷かった気がするんですけどー……アビスさーん?」
わたし達がいるベンチとは反対側、石畳の稽古場を挟んだ向こうのベンチからハレ君から抗議の声が飛んできた。
「君、色んな格闘技と、それに剣術もかじってるでしょ。基礎を櫻子に教えてあげてよ5股眷属君」
「……はい」
「スノウも櫻子に教えを請われたらきちんと相手をするように」
「はい。アビス様」
アビスさんの口調は優しくて丁寧なのに、有無を言わせない謎の威圧感がある。あとハレ君の呼び方に関しては残念ながらフォロー出来そうにない。ホントの事だもの。
「よし、じゃあそろそろ私は行こうかな。あ、櫻子はとりあえず防衛班ね。明日の作戦にはまだ連れていけないから、5股の眷属君とみっちり鍛えておいて」
「え……あの、アビスさん!?」
そう言って、アビスさんは裏庭から立ち去ってしまった。朝食の時に昼前には城を出るみたいなことを言っていた気がするから、多分それだろう。
問題はそんなことではない。明日行われるという作戦……つまり魔女狩りの拠点襲撃に、わたしは同行出来ないとアビスさんは言ったのだ。
記憶を失ってる間のわたしは、その作戦に参加したいがために鴉に入る決意をしたはずだ。少なくともバブルガムさんの言い分ではそうだった。
今のわたしだってそうだ。わたしの友達を、エミリアちゃんを殺した奴らに復讐したい。その一心で、その一心のみでわたしは鴉に入ると決めたのだ。
だというのに、明日わたしは参加出来ない?
そんなふざけた話……だったらわたしは何のために今ここにいるっていうのよ──




