221.「紹介と復讐心」
【馬場 櫻子】
「──とりあえず、ここが櫻子の部屋ね。急なことだから家具はお古なんだけど、出来るだけ早く新しい物に変えるから我慢して欲しい。いいかな?」
「い、いえいえ! わたしにはお古で充分過ぎますから、新品とか、全然買ってもらわなくて結構です!!」
巨大な鴉城には50以上の部屋があり、その内の1階 西側の端から2番目の部屋がわたしにあてがわれた。
目算だけど12畳くらいのワンルームに、どでかクローゼットがついた部屋だった。
案内してくれたバンブルビーさんは、新しい家具を用意するなんて言ってくれたけれど、今部屋にあるベッドとかチェストも充分過ぎるくらい綺麗だった。
「別に気を使わなくてもいいよ。俺たちは血の繋がりこそ無いけど、みんな家族みたいなものだから……けど、そうだな。俺も含めて、皆のこと知らないと話しかけづらいよね。早く仲良くなるためにも、ざっとメンバー紹介でもしようか?」
「あ、はい! 是非お願いします!」
第一印象通り、バンブルビーさんは凄くまともな人だった。なんて言うか、優しくて頼りになる近所の綺麗なお姉さんって感じだ……うん。いるのかな? そんなお姉さん。
「まず、盟主のアビスは偉そうにしてるけどただの脳筋のバカだね。偏食で栄養がかたよってるせいかすぐにイラつくし、そのうえ頭痛持ち。取り柄というと世界最強ってことだけかな。ああ、あと加減を知らないバカだから、下手に怒らせると命に関わるよ」
「……紹介されたことによっていっそう近寄りがたくなったんですけど!?」
「大丈夫だよ。なんかアイツ、櫻子ちゃんのこと気に入ったみたいだし」
「えぇぇ……」
ローズさんからアイビスさん? アビスさん? は、強い魔女だっていうのは聞いていたけど、こんな爆弾みたいな人だとは言っていなかった。正直出来るだけ関わりたくないかな……。
「で、アビスにくっついてる無愛想なのがスノウ・ブラックマリア。こいつはちょっと複雑な経歴っていうか、デリケートな話だからおいおい話すよ。基本的にアビスとバブルガムと俺以外には塩対応だから、そこら辺はよろしくね」
「ま、またもや近寄りがたくなる情報なんですけど……」
そういえばたしかにあのスノウっていう人、さっきめちゃくちゃわたしのこと睨んでた気がする。絶対わたしからは話しかけられない。だって怖いもの。
「次はイース・バカラ。櫻子に『俺様と戦え〜』とか言ってたやつね」
「ああ、あのおっかない人ですか……ていうかあの人、なんで角と尻尾が生えてるんですか?」
「ああ、あれね。昔 鴉に入る前に魔力が暴走したんだよ。あの角とか尻尾はその時魔獣化しかけた名残りだね。ちなみにイースはアル中で、強そうな奴と見るといきなり斬りかかったりする戦闘バカだから気を付けてね。盗みも度々やって俺とかアビスにボコられて監禁されるから、顔を合わせる機会は少ないかもしれないけど」
「さっきから、聞けば聞くほど馴染める自信がなくなって来るんですけど……」
「大丈夫大丈夫。イースの奴、辰守君と婚約してから丸くなってきたし、お酒さえ飲ませておけばうるさいだけでそこまでの害はないから」
「ちょっと待ってくださいハレ君イースさんと婚約してるんですか!?」
「してるよ。イースだけじゃなくて、スカーレットとバブルガムとライラックと、あと主人のフーちゃんともね。今は5股だけど、俺の見立てではまだ増えそうだよ……というか、彼と知り合いなんだ?」
「高校の一つ下の友達です……ちょっと、わたしが知ってるハレ君か怪しくなって来ましたけど」
ぼっち同士硬い友情で結ばれていた筈のハレ君が、ほんのひと月知らない間にとんでもない事になっていた。どうやら彼は魔女の眷属になったみたいで、それも5股しているらしい。
わたしよりも1つ下なのに前に行きすぎじゃないだろうか……否、前というか斜め上を行きすぎじゃないだろうか。5股って……ハレ君。
「櫻子、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です……続けてください」
数少ない友人の斜め上の変化については、ひとまず胸の隅に閉まっておくことにする。でなきゃきっとこれ以降の話が入ってこない。
「じゃあ次は赤い髪のスカーレット・ホイスト。あの子もイースと同じで魔獣化しかけた名残りで角と尻尾が生えてるね。まぁ、昔イースと殺し合いしててお互い暴走したらしいんだけど、今は大丈夫だよ。魔獣化する前には俺が止めるから」
「……別に仲が良くなったわけではないんですね」
「ハハハ、ウンザリするほど仲悪いよ」
そう言って笑ったバンブルビーさんは、全然目が笑っていなかった。
「スカーレットはそうだね……イースとよく喧嘩して、部屋が死ぬほど汚くて、料理は死人が出るレベルの不味さだったんだけど、それを除けば基本的にいい子だよ。辰守君とくっついてからは、色々と改善されてるしね」
「わあ、なんかようやく話しかけても大丈夫そうな人が出てきましたね。けど、わたしスカーレットさんに怪訝な顔で凄いジロジロ見られた気がするんですけど……」
「ああ、それは多分櫻子が可愛いから警戒してたんだよ。辰守君の6人目の彼女になるんじゃないかってね。けどもう大丈夫だと思うよ。櫻子はヒカリちゃんって子が気になってるんでしょ?」
「そ、そうなんですかね……わたしもよく分からないんですけど……」
正直この話はあまり蒸し返さないでほしい。今は亡くなったエミリアちゃんの事とか、消えた私の記憶とか、鴉に入っちゃったこととか……もう既にいっぱいいっぱいなのだ。色んなことに整理が着くまで、深く考えるのはよそうと思う。
「次はそうだね、もう飛ばしてもいい気がするけど一応バブルガムも紹介しておこうか」
「あ、いえ結構です」
「うん。まあそうだよね」
バブルガムさんの事はよく知っている。とにかく総合して酷い人だ。これ以外なんの感想もない。期待もない。
「えっと、あと戦闘班で残ってるのは……ああ、ラミーだね。櫻子のことメスブタって言ってたあのちっこいの」
「……そ、そういえばあの人、ライラックさんじゃないんですか? めちゃくちゃ怖かったんですけど……」
「それがややこしいんだけど、あいつ二重人格なんだよ。細かい話は割愛するけど、昼間はドSのラミー、夜はドMのライラックって覚えおくといいよ」
「まともな人が全然いない!!」
ローズさんとかマゼンタさんが『鴉はいろいろ問題のある魔女が集まっている』みたいなことを言っていたけれど、まさかここまでぶっ飛んでるとは思わなかった。
ドSの人ともドMの人とも関わり方が分からないよ。
「で、戦闘班の最後が俺だね。改めて、バンブルビー・セブンブリッジだよ。城を空けがちなアビスに変わって、普段は俺が妹達のめんどうを見てるかな……いや、面倒事を処理してる、かな。はぁ……」
「苦労されてるんですね……」
終始凛としているというか、涼しい表情のバンブルビーさんが少し眉尻を下げてため息をついた。きっと日々の心労とか凄いんだろうな。異常な人が当たり前のこの組織では、きっとバンブルビーさんみたいなまともな人に問題とかストレスが集中するんだろう。なんだかねぎらってあげたくなる。
「次は防衛班の紹介ね。茶髪のラテ・ユーコンと、緑の髪のヘザー・カルキュレーション。ラテは転移魔法の使い手でヘザーと一緒に鴉の会計係を担当してくれてる。2人は付き合ってて、基本的にはいっつもニコイチかな……最近はそうでもないかもだけど」
「なるほど、喫茶店で知り合った時からそんな感じはしていましたけど、やっぱり付き合ってたんですね。ラテさんとヘザーさんは比較的話しかけやすそうです」
「うん。2人は結構まともだと思うよ。で、全然まともじゃないのがブラッシュ・ファンタドミノ……櫻子にセクハラしてた色魔ね」
「ああ、あの人も紹介は大丈夫です。なんかもうお腹いっぱいなんで」
「うん。あれが全てだよブラッシュは」
なんというか、第一印象からブラッシュさんはブレない人だ。“女狂い”その一言につきる。カルタちゃんも相当な女好きだとは思っていたけど、あの人は完全にそれを上回っている感じだ。なんていうか、触られたら妊娠させられそうな感じ。
「最後は、最近入った辰守君とご主人様のフーだね。フーは魔女狩りの実験体らしいんだけど、記憶をなくしてて素性がよく分からないんだよ。一度ブラッシュの尋問にもかけたんだけど、嘘は言ってなかったから取り敢えずは信頼できるよ。ほとんど同期みたいなものだし、仲良くしてあげて欲しいな」
「……はい。わかりました」
“同期”という言葉に、胸がチクリと傷んだ。何も分からないままこんな事になってしまったけど、ヒカリちゃん達は大丈夫なんだろうか。エミリアちゃんを失って……そのうえわたしも鴉に入ってしまった。
しかも、ここに連れてこられる前にヒカリちゃんに不穏な電話をしたまま放置してしまっているし。
一度会って話をした方がいいのかな……けど、わたしは怖いのだ。エミリアちゃんを亡くした事にショックを受けているのは本当だし、自分でも信じられないくらい復讐心に燃えている。
けど、この気持ちはまるで誰かの借り物みたいな違和感があって、それはきっと、わたしが失ってしまった25日分の記憶のせいなのだ。
全部忘れてしまった今のわたしが思っているよりも、きっとずっと、わたしはエミリアちゃんと仲が良くなっていて、それはヒカリちゃんとかカノンちゃんとかカルタちゃんもきっと同じで……けど、今のわたしはその“皆んな”とは確実に隔たりがある。
突然尋ねてきたバブルガムさんに、わたしが『何の話ですか?』と言った時、バブルガムさんは本当に怒った声音をしていた。あれはエミリアちゃんが亡くなってしまったのに、何をとぼけたことを言ってるんだという怒りだ。
もっともだし、まともな怒りだと思う。けど問題は、今だってわたしにとっては『何の話ですか?』の延長線上だということだ。覚えていない。わたしは……覚えていないのだ。
こんな有様で、ヒカリちゃん達に会うことなんて出来ない。
魔女狩りに襲われて、ナイフで刺されて、気を失って、気がついたらほぼひと月分の記憶がなくなっていて……エミリアちゃんの訃報を聞いた。わたしだけが置いてけぼりで、怖くて怖くて、本当ならずっと家に引きこもって泣いていたい。けど、燃え上がるこの気持ちがそれすらさせてくれない。
宙ぶらりんの今のわたしにとって確かなものは、この真っ黒な復讐心だけだ──




