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220.「櫻子と尋問②」


【馬場櫻子】


 自分でも意外だったヒカリちゃんへの想いに困惑するわたしをよそに、真実以外話す事が出来なくなるブラッシュさんの尋問は、未だ続いていた。


「さっきバブルガムに無理やり連れてこられたって言っていたけど、それは本当? 真実を聞かせて」

「本当です……初めは温泉街の喫茶店で勧誘されて、今日起きたら借金の取り立て人みたいに部屋の扉を叩いて……その後窓を壊して押し入ってきて……怖くて、逆らえなくて、ここまで着いてきました」

「ふふ、ですってアビス」


 役目を終えたブラッシュさんは、わたしのお尻を一揉みしてアビスさんにそう言った。流れるようなセクハラだった。


「バブルガム、その子を家に返して、壊した窓もヘザーかバンブルビーに頼むなりして修理して貰ってね。酷いとは思ってたけど、これはない」


「これはないな」

「これはねぇよなぁ!!」

「これはないわね」

「これはないのー?」

「フー、これはないだろ」


 どうやら、ブラッシュさんのおかげで形勢は完全にわたしに傾いたようだった。まあ、本当のことなんだから当たり前だけれども。


「むむむ、むはぁ! おいブラッシュ!! おめーの魔法バグってんじゃねーのか!? 昨日確かに櫻子ちんは(レイヴン)に入るって──」

「──バブルガム、質問に答えるまで魔力始動しないで。あなたの最近の隠し事を教えて?」

「むはぁ!? ちょ!?」


 ブラッシュさんに詰め寄ったバブルガムさんは、しまったという顔をして固まった。


「……わ、私ちゃんの……くっ、最近のぉ……隠し事は、ハレトの親父から……現金で、1億円……貰った……く、くそぉ……!!」


 バブルガムさんは、その場にへたりこんだ。悔しそうに、抵抗しようとしているのか額から汗が浮かんでいる。



「ふーん。1億円だって皆」

 玉座に座るアビスさんが、再び足を組みなおした。


「へぇ、そんなお金があったんだ。俺、バブルガムにいくら貸してたかな……後で日記を確認しなきゃね」

「おい、1億円ってどんくらいだ? 俺様前々からロマネ・コンティってやつを飲んでみたかったんだがよぉ!!」

「……たしか、私がバブルガムに貸してたお金が日本円にまとめると……1400とんで……いや、あの分はイースのバカに貸した分ね……」

「そういえば、会計の僕らにヘリックスから請求書が来ていたね。何百年か前にバブルガムに貸したお金みたいだけど……利子がすごいことになってたよ。まあでも、これで一安心だ」


 バブルガムさんが最近手に入れたという1億円は、わたしの話題を置き去りにして大いに場を盛り上げた。なにこれ、もう帰っていいの?


「──むふぁ、あ、あと……最近、ブラッシュと寝て……3万貰って……競艇で全部スった……ぐぬぬ」


 どうやら“最近の”隠し事は1つではなかったらしい。なんかあんまり聞きたくなかった内容だな。わたしのヒカリちゃんの件なんて可愛いもんじゃない。


「うわ、バブルガム……それ浮気じゃないんですか……さすがにこれは」

「おうハレト! こんなビッチビさっさと婚約破棄しちまえ!! ろくでもねぇやろうだぜぇ!!」

「ほんとよ、ハレト君がいるのにブラッシュなんかと浮気するなんて最低!! 浮気撲滅!!」


「むはぁ!!」

「……ぐっ」

「……うぅ」


 赤い髪の角のお姉さんがそう言うと、バブルガムさんと……何故かラテさんとヘザーさんも気まづそうに顔を逸らした。なんだなんだ、なんか怪しいぞあの二人。


「ふふ、薮をつついて蛇が出ちゃったわね。質問はこれで終了にしておくわ。てへぺろ」


 一方、ゴリゴリの当事者であるはずのブラッシュさんはどこ吹く風という感じで、まったく気にしている様子はなかった。


「むはぁ、ハレトぉ〜違うんだよ〜私ちゃん、どうしても前のレースは自信があって……何がなんでも、買わなきゃって……!!」

「でも全部スったんですよね?」

「むはは!! もうぼろ負けだったぞ!! かすりもしねー!!」

「最悪じゃねーか!!」


 ハレ君のツッコミが炸裂した。ていうか、ハレ君と(レイヴン)の関係がまだ把握出来ていないんだけど、どうなってるの? 婚約破棄がどうとか聞こえたけど、まさかそうなの?


「むはぁ、今はこの話は関係ねー!! 本題は櫻子ちんの話だろー!?」

「だから、それはもうブラッシュが証明したじゃないですか。無理やり拉致されたって。あと浮気の件も」

「むっはぁ!! だいたいハレト、おめーも3日前にヴィヴィ……櫻子ちんの会社の奴らが魔女狩りに襲撃された件は知ってんだろーが!! 昨日私ちゃんはその件で櫻子ちんのとこに行って、きっちりと勧誘したんだぞ!!」


──今、バブルガムさんはなんて言った? 『3日前魔女狩りに襲撃された』?


 わたしが温泉合宿中に襲撃されたのはつい昨日(・・)の筈だ。いや、もしかして丸2日わたしは気を失っていたの?

 日付を確認しようにも、スマートフォンはさっきご臨終したばかりだ。エントランスにも時計は無さそうだし……。


「あ、あの、今日って何日ですか?」


 誰にともなく、わたしはそう言った。ずっと黙っていたわたしが急に口を開いたからか、皆が静まり返ってわたしの方を見た。


「今日は12月27日だよ。もしかして大事な予定でもあったのかな」


 わたしの問いに答えてくれたのは、片腕のバンブルビーと呼ばれた人だった。この面々の中では、比較的まともそうな人だ。


──じゃなくて、じゃなくてだ。12月27日?? そんなはずはない。だって、皆で温泉合宿に行ったのは12月2日の筈だ。だから今日はまだ3日……ないし5日とかのはず。25日分の記憶が無いなんておかしいのだ。


「むはぁ、会社でクリスマス会した後、魔女狩りの奴らが櫻子ちん達を同時襲撃したんだろ。そんで……エミリアたんが殺られた。おめー、一昨日はホテルで絶対に復讐するって言ってたじゃねーか」


 ようやく収まりかけていた頭痛が、再びズキズキと痛み始めた。そんな話知らないはずなのに、エミリアちゃんが……やられた? そんな話、信じられない筈なのに……頭の奥底に、確かに黒い感情の残滓を感じる。まるで消えかけていた炎に再び薪を足したみたいに、段々とそれは大きくはっきりと輪郭を帯びた感情になった。


「……ほんとうに、エミリアちゃんが?」

「むはぁ……まじで覚えてねーのか。けど、マジだよ。エミリアたんは魔女狩りに殺された。全身氷漬けで、首をはねられてたって話だ」


 冗談じゃない。バブルガムさんが言ってるのは冗談じゃないって、他ならぬわたしの気持ちが訴えていた。そんな事知らないはずなのに、わたしは今確かにただならぬ復讐心を抱いている。

 エミリアちゃんが死んだなんて、信じられない。受け入れられない。けれど、どうしたってこの身を焦がすような復讐心が、わたしを現実へと駆り立てる。


「──わたし、(レイヴン)に入ります」


 気がつけば、そんな言葉が口をついて出た。


「むはぁ、ようやくその気になったか。いいよなボス、本人が入りてーって言ってんだから、断る理由がねーじゃんね?」

「うん。使い物になりそうなら……ね。スノウ」

「はい。アビス様」


 玉座のアビスさんが、傍らに控えていた黒髪の人に声をかけると、その瞬間にスノウと呼ばれた人が大鎌の魔剣をわたし目掛けて振りかざした。

 一瞬の出来事に意識がほとんど追いつかなかったけど合宿の成果か、わたしは反射的に魔力始動してクロバネで鎌を防いだ。身体を包むように広げた漆黒の翼をはためかせると、スノウさんが魔剣ごと大きく吹き飛んだ。いや、あれは自分で飛び退いたのか。


「へぇ。これはこれは……」

「……クロバネだと」


 アビスさんは興味深そうにそう言って、バンブルビーさんは驚いたようにわたしを見た。社長が言うにはこの魔法、物凄いレアらしいからそのせいだろう。


「むはは、すげーだろ。ヴィヴィアンとレイチェル以来の激レア魔法持ちだぞ。スノウみてーな劣化版でもねーしな」

「……」


 バブルガムさんがわたしのクロバネを手でバンバン叩いてそう言った。スノウさんは、ジトっとした目でわたしを睨んでいるように見える……なんでわたしを。


「うん。スノウの一撃を防げるなら力は申し分ないかな。いいよ。櫻子ちゃんだっけ、君の加入を認めます」

「……あ、ありがとうございます」


 わたしはクロバネを引っ込めて、アビスさんにお辞儀をした。その隙にまたブラッシュさんがわたしのお尻を触ってきたけど、節操とか知らないのかこの人。やだな。


「皆も新しく出来た妹に優しくしてあげてね。いじめたりしたらお星様を見ることになるよ」


 アビスさんはそう言い残すと、玉座から立ち上がってスノウさんと共にエントランスの階段を上がって行ってしまった。


「どうやら、ボスはいたく櫻子ちゃんのことを気に入ったみたいだね。珍しい」

「むはぁ、とか何とか言って、おめーも櫻子ちゃんのこと気になってんだろー? さっきすげー目で見てたぞ」


 片腕のバンブルビーさんは、無言でわたしとバブルガムさんの方へやってくると、バブルガムさんの頭に拳骨を落とした。


「見てねぇよ」

「むふぁっ!?」


(こ、この人も怖い人だ……)


 いやでも、クロバネ使った時確かにわたしのこと凄い見てたけどな。やっぱりレアだから?


「おぉいてめぇ!! 裏庭に来い、俺様と一勝負すんぞぉ!!」

「え、えぇぇ!?」


 青髪の角の人が、怒鳴りつけるようにそう言った。何だこの戦闘民族みたいな人は。怖すぎるんですけど!?


「イース、櫻子に絡むのはやめてあげて下さい。それよりも、バブルガムにロマネ・コンティ代を貰った方がいいんじゃないですか? 早くしないと借金の返済であっという間に1億円が消し飛びますよ」

「なにぃ!? おいバブルガムてめぇ!! ちょっと金を見せてみろ、なんもしねぇからよぉ!!」

「むはぁ!? ハレトおめー私ちゃんを売りやがったなぁ!?」

「バブルガムだって俺の事親父に売った上にブラッシュと援交したでしょうが!!」

「むふぅ、うるへー!! 金が欲しかったんだよ!!」


 アビスさんが消えた途端に魔女達が大騒ぎし始めた。つい勢いで(レイヴン)に入ると言ってしまったけど、この光景を見ると途端に冷静になってきた。どうしよう。学校とか……いや、27日ならもう冬休みか。家は、お母さんに連絡しなきゃ。窓の事も。


 けど、不安はあるけどやっぱりわたしは(レイヴン)に身を置くときめた。エミリアちゃん……まだ知り合ったばかり、ううん、わたしが記憶を無くしてしまっただけで、もう知り合って一月以上になるわたしの友達。その友達に酷いことをした奴らを、わたしは絶対に許したりなんか出来ない。絶対にだ。


 とにかく、そのためには早くここの皆と馴染んだ方がいいはず。なんでいるか分からないハレ君はもう友達だし、取り敢えずわたしと似たオーラを感じたライラックさん辺りから仲良くなってみよう。人見知りだけど、頑張るのよ櫻子!


「あ、あの、ライラックさん……これからよろしくお願いします」

「おい貴様、気安くこの私の名前を呼ぶな。あらん限りの畏怖と尊敬をもってラミー様と呼べ。このメスブタが」

「…………」


 やっぱり、ダメかもしれない──



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