219.「櫻子と尋問①」
【馬場櫻子】
──温泉街での合宿の甲斐あって、わたしは魔法をそれなりに使いこなせていた。それでも魔力始動して建物の上をビュンビュン飛び越えていくバブルガムさんの後を追いかけるのは、やっぱり楽ではなかった。
半ばヤケクソになりながら必死にバブルガムさんに追従して、わたしはようやく喫茶店 風見鶏に到着した。
「むはぁ、こっちこっち! 奥に転移魔法の魔法式があんだ。それ使って城まで行くからなー」
「は、はい……あれ、何かお店の内装変わりました?」
「むへ? ああ、そういやバンブルビーとヘザーが修繕したとか言ってたなー」
「修繕って、どこか壊れたりしたんですか?」
「むふぅ、他人事みてーに言いやがって。櫻子ちんが温泉饅頭なんて持ってくるからあんな悲しい争いがおこったんだからなー反省しろほんと!!」
「……え、ごめんなさい……?」
もはやどうしてわたしが謝っているのか自分でも分からないけど、バブルガムさんの『むはぁ、どうしようもねーなおめーは』みたいな顔を見ると自動的にそうなってしまった。我ながら情けない話だけれども。
「むはぁ、じゃあ今から魔法式発動するから私ちゃんのそばにいろよー? というかむしろ私ちゃんをおんぶしろ。それが一番安全だ!」
「え、この魔法式って危険なんですか?」
「むふふ、発動する時に魔法式からはみ出したりしたらその部分とはさよならだ!」
「怖すぎる!!」
床に施された円形の魔法式は、半径50~60cmと言ったところだろうか。2人くらいなら真ん中に寄ればきっちり収まりそうだけど、このバブルガムさんが急に『むはぁ! 温泉饅頭とか言ってたらおしくらまんじゅうしたくなってきたじゃんね!!』とか言ってわたしを臀部で魔法式の外へ押し出すかもしれない……。
この人のことはまだよく知らないけど、とにかく破天荒でヤバい人だっていうのはもう充分すぎるほどに味わっている。それを考えると、大人しくおんぶしてあげた方が危険は少ない……よね?
「で、ではどうぞ」
わたしは魔法式の前で屈んで、バブルガムさんに背を向けた。
「むはぁ、苦しゅうなーい!! うんうん、乗り心地は62点ってとこだなー!! 微妙!! むはは!!」
「……」
振り落としてやろうかなと思ったけど、思うだけに留めておくことにする。その後殺されかねないし。
それにしても、バブルガムさん着痩せするタイプなんだな……背中に結構な圧を感じる。乳の圧を……。
「むはぁ、じゃあいくぞー! 鴉城へレッツゴーだ!!」
背中のバブルガムさんがそう言って魔法式に手をかざすと、魔法式が光を放ち、わたし達を包み込んだ。
今更後悔してもどうしようもないけど、やっぱりどうにかして逃げればよかった。昨日の襲撃以降の記憶が曖昧で、わけも分からないままわたしは鴉の拠点に連れていかれる。
たまらなく怖い。どうしよう。助けてよ、ヒカリちゃん──
* * *
転移魔法式は、魔女協会同様に建物の部屋に繋がっていた。つまり、鴉城の一室に。わたしはそのまま城の中を背中に背負ったバブルガムさんに案内され、エントランスホールで待たされた。
しばらくすると、1人、また1人と魔女たちが集まってきてわたしを囲むように円形に整列した。喫茶店で知り合ったヘザーさんとか、ラテさんに、ブラッシュさん。ライラックさんは……どうやら前髪を切ったみたいでかなり雰囲気が違って見えた。
その他には、怖そうな青い髪の人と、なんだかジロジロとわたしを値踏みするように見回してくる赤い髪の人……この2人は頭に角が生えていて、おしりからは蛇とかトカゲみたいな尻尾が生えていた。わけが分からないの追加トッピングに血の気が引いていく。
その次に現れた人は……一目見て分かった。黒髪の人を脇に従えた、一際異質な雰囲気を纏った人。フェイスベールで顔は見えないけれど、この人がきっと鴉の盟主……四大魔女のアイビス・オールドメイドさんに違いない。
彼女もわたしを囲む列に参加して、魔法で作った椅子に腰掛けた。
最後に現れたのは、ヒカリちゃんみたいな綺麗な金髪の人と、灰色の髪をポニーテールにした片腕の人……そして──
「──え、櫻子?」
「……うそ、ハレくん?」
ハレ君だった。旧都の三龍軒という中華料理屋でアルバイトをしていて、わたしの高校生活での初めての友達。いったいどうして彼がこんなところに……そんな事を考える間もなく、バブルガムさんがパンッ! と手のひらを叩いて、“進行”を初めてしまった。
「むはぁ、というわけで! こちら、私ちゃんが勧誘した馬場 櫻子ちゃんでーす!!」
「……あ、あの、えっと……こんにちわ……?」
急に紹介されて、しどろもどろにそう言った。わたしを取り囲む視線が痛い。帰りたい。切実に。
胸の奥が苦しくなってきて、もはや吐き気すら覚えてきたところで、玉座みたいな立派な椅子に腰掛けていたアイビスさんと思われる人が足を組みなおした。
何でもない動作なのに、視線が吸い寄せられる。
「──初めまして。ここの盟主をやってるアビス・オールドメイドだよ。君はどうして鴉に入りたいのかな」
思っていたよりも、透き通った可愛らしい声だった。そのギャップに幾分かわたしは平静を取り戻せたみたいで、頭の中でぐちゃぐちゃになった状況を整理して、何とか言語化することが出来た。
「は、初めまして。あの、わたしがここに来たのはたしかにバブルガムさんに勧誘されたからなんですけど……その、手違いっていうか、まだわたしは鴉に入るとは決めていなくて……今日はその、半ば無理やり……」
「むはぁ!? ちょ、おめ、昨日と言ってることがちげーじゃねーか!! ヴィ……じゃなかった……会社辞めて魔女狩りに復讐するって言ってただろーが!?」
「ひぃぃ、だからそんな事言ってません〜!!」
ヒカリちゃんよりも小さいバブルガムさんに、首根っこを掴まれて地面に押し付けられる。た、助けてハレ君!!
「──ちょ、ちょっとバブルガム! 乱暴な真似はよしてください! どうせ俺の時みたいに勘違いで拉致して来たんじゃないですか!?」
わたしの心の叫びが通じたのか、ハレ君がそう言った。ありがたいけど、なんか普通に鴉に馴染んでる気がするのがやっぱり解せない。なんでなの?
「むはぁ、ハレトおめー私ちゃんがそんないい加減な女だと思ってんのか!? おーコラ!!」
「思ってますけど?」
「むはぁ!?」
バブルガムさんがショックのあまりわたしの首から手を離した。いいぞもっと言ってやれ!!
「けっ、どうせ酔って連れてきたんだろうがぁ!! つまんねぇことで俺様の貴重な時間を潰してんじゃねぇよこのデコッパチがぁ!!」
「アンタじゃないんだから……って言いたいところだけど、今回は同意ね。バブルガム、頻繁に出かけるのはいいけど他人様に迷惑かけちゃダメっていつも言ってるでしょ? まったく……」
「む、むふぅ、イースにスカーレット……オメーらまでぇ」
バブルガムさんはフラフラとよろめいた。いいよ、効いてる効いてる!!
「やれやれ、どうせ料理当番の周期を伸ばしたいとかそんな理由で無理やり勧誘したんだろう。元の場所に返してきなさい」
「むふぅ、そんな事、ないしぃ〜……」
灰色の髪の人に大図星を突かれたバブルガムさんは、とうとうわたしの背中に隠れ始めた。ていうか人を拾ってきた猫みたいに……いや、元の場所には返して欲しいんだけどさ。
「はいはい。皆でバブルガムを責めるのはよそうね」
「むはぁ、ぼ、ボスぅ!!」
劣勢のバブルガムさんだったけど、アビスさんがそう言うとわたしの背中からひょっこりと出てきた。
「バブルガムが酷いのなんて今に始まったことじゃないんだから。みんなしてリンゴは赤いんだって当たり前の事を言いあっても時間の無駄だよね」
「むふぅ、ボスぅ?」
「それはそうだな」
「それはそうだぜぇ!!」
「それはそうよね」
「それはそうなのー?」
「フー、それはそうなんだよ」
わたしとバブルガムさんを取り囲む面々が、口々にアビスさんに同意した。フルボッコである。
「そもそも、こういう時のためにブラッシュを監獄から引き取ったんだから、ブラッシュに任せようよ。それが一番手っ取り早いよね」
「ふふ、一目見た時から櫻子ちゃんとは初めてあった気がしなかったの。あなたの事をもっと知りたいわ」
喫茶店で知り合った淡いブルーの髪のブラッシュさんが、そう言って円から外れてわたしの元へやってきた。なんだか目が怖い。
「……えっと、なにを?」
「櫻子ちゃんは、犬派? 猫派?」
「え、どっちかって言うと猫派ですけど」
唐突に始まった謎の質問。これで何が分かるって言うんだろうか。
「好きなご飯はなに?」
「……三龍軒のマスターが作った炒飯です」
「ふふ、なんだか既視感ね」
三龍軒のマスターが作った炒飯……自分でも驚くほどさらりと答えたけれど、そうなんだ。たしかにめちゃくちゃ美味しかったよね。
「今、気になっている人はいる? もちろん恋愛対象として」
急に何をぶっ込んで来るんだこの人は……さっきから質問の意味もよく分からないし、わたしが何でも答えると思ったら大間違いだ。ていうか、気になっている人なんていないし──
「──気になってるのは、夕張 ヒカリちゃん……」
──────────ん?
「……え、ちょ、なんで!?」
「ふふ、ちゃんと効いてるわね。じゃあ本題、まずはあなたの素性を明かして」
「わ、わたしは……馬場 櫻子。17歳で、先祖返りの魔女。高校に通いながら、VCUっていう……魔獣駆除の会社で、働いています」
とんでもない。喋る気もないことが口を押し開けて出てくる。これは魔法だ、きっと彼女の質問に強制的に答える魔法……もしくは、彼女の言うことに従ってしまう魔法?
なんにせよまずい、何がまずいって、だって……わたし、ヒカリちゃんのこと気になってたの!?




