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218.「ドアスコープと取り立て人」


【馬場櫻子】


──目が覚めると、見慣れた天井。飾り気のない照明に、飾り気のない部屋。意識の覚醒に伴って、頭の奥に鈍い痛みを感じる。


「……あれ、今日って何曜日だっけ」

 ぼうっとした頭で昨日までの記憶の糸を辿る。たしか、昨日は──


「…………ッ!!」

 私はベッドから飛び起きた。手元にあったスマートフォンを手に取ると、電源が切れている。取り敢えず充電器を繋げて部屋を出た。早足で階段を降りて1階のリビングへ。


 壁にかけられた時計を確認すると、もう昼の12時を過ぎていた。私はだんだん酷くなってきた鈍痛に、頭を抱えながらコップに水をそそいだ。


(どうして自分の部屋にいるの? 昨日、魔女狩りの人に襲われた筈なのに……ヒカリちゃんは、皆は無事なの?)


 水を飲んでいくらか落ち着いた頭で、昨日の事を思い返そうとした。記憶を探ろうと考える度に、まるで傷口をえぐるように頭がズキズキと痛む。


──ピンポーン、ピンポーン。


 不意にインターホンが鳴った。わたしはよろめきながら玄関に向かって、ドアスコープを覗き込んだ。


(──うそ……なんで!?)


 ドアスコープの向こうには、機嫌の悪そうな顔をしたバブルガムさんが立っていた。


──ガンガンガンガン!!


「むはぁ、櫻子ちーん!! 今日から私ちゃんの妹分になんだろーが!! (おせ)ーから迎えに来てやったぞー!!」

「……ひっ!?」


 まるで借金の取り立て人がするみたいな乱暴なノックに、わたしは思わず身をこわばらせた。バブルガムさん、なんでわたしの家を知ってるの? っていうか、私を(レイヴン)に引き入れる件、まだ諦めてなかったの!?


「むふぅ、今声聞こえたぞ!! そこにいんだろおめー、さっさと開けろコラー!!」


 ガンガンガンガン!!!!


 さっきよりもいっそう強くなったノックと取り立て人感に、わたしは怖くなって(きびす)を返した。頭痛によろめきながら、急いで階段を駆け上がる。自分の部屋に入って充電器を刺しておいたスマートフォンを起動した。


 充電は6%……発信履歴から電話をかける。耳に押し当てたスピーカー部分から、しばらくの静寂の後呼び出しのコール音が流れた。


(……はやく、はやく繋がって!!)


 階下の玄関からは、未だに物凄い音が響いている。音というか、もはや扉を叩く衝撃が2階のこの部屋まで伝わってきていた。


『──もしもし』


 コール音が途切れて、聞き馴染んだ声がスピーカーから聞こえた。それだけで不安一色に染まっていた心に、安心感が溢れてくる。


「……っひ、ヒカリちゃん!! 助けて、バブルガムさんに連れていかれ──」


 そこまで言ったところで、わたしのスマートフォンか吹っ飛んだ。いや、正確には わたしごとスマートフォンが吹っ飛んだのだ。2階の部屋の窓から、バブルガムさんが猛烈な勢いで飛び込んで来たためだ。


「むはぁ、私ちゃん相手に居留守を使うからこうなるんだぞ! ったく、2日連続でおろしたてのおべべが無茶苦茶じゃねーか!!」

「……な、な、わたしの……部屋……わたしの、スマホが!?」


 窓枠ごと粉々になったガラスはベッドと部屋に降り注ぎ、拾い上げたスマートフォンは液晶がバキバキに割れてうんともすんとも言わなくなっていた。そしてそれらを引き起こした元凶のバブルガムさんは、部屋の真ん中で服に着いた窓の残骸をはらい落としている。


「むはぁ、壊れたもんは大丈夫だ。時が全てを解決してくれるからなー」

「そんな殺生な!! ていうか、こんなことしてヴィヴィアン社長が黙ってませんよ!?」

「むふぅ、ヴィヴィアンとの話はもう終わっただろーが。つーか櫻子ちんなんかおかしくね? 一昨日(おととい)は一緒に魔女狩りを根絶やしにするって息巻いてただろーが」

「……一昨日? 根絶やし?……あの、ごめんなさい。一体全体なんの話をしてるんですか?」


 何かがおかしい。わたしが先祖返りの魔女だったって事とか、魔獣駆除の会社に入社した事とか、最近はおかしな事だらけだったけれども、それにしたって“この状況”は何かがおかしい。致命的な噛み合わなさというか、バブルガムさんとわたしの間に大きな認識の隔たりを感じる。


「……何の話って、お前ふざけてんのか?」


 喫茶店でも聞いた、普段とはちがう低くてドスの効いた声だった。刺すような視線に射抜かれて、恐怖のあまり涙が込み上げてくる。


「……ふ、ふざけてません……ごめんなさい」

「むはぁ、まあいいや。着いてきな櫻子ちん。ホームに連れてってやるよ」


 バブルガムさんはそう言って、窓枠から外へ飛び出した。わたしは呆然と部屋を見渡す。窓の残骸でぐちゃぐちゃになった部屋、壊れて打ち捨てられたスマートフォン。

 どうしてこうなったという感情が頭の中いっぱいに広がったけれど、それを“わたしもこう成りかねない”という恐怖が上書きしていく。


「……なんで、皆窓から出入りするのよぅ……ひぐ」


 わたしは寝巻きの上から上着だけ羽織って、玄関からバブルガムさんを追った──



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