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21.「スマートフォンとブラックジョーク」


 【馬場櫻子】


──白い壁、白い天井、白い机に、白いティーカップ。


 どういった意図があって真っ白に統一されているのかは分からないけど、重苦しい雰囲気が充満するこの状況では、一切の汚れを寄せ付けない清廉な白の部屋は、かえって不気味に感じられた。


「……さっきの話だけどさ、みんなは知ってたの?」


 話というのは、先程ローズさんが言い残した『ヴィヴィアンを信用していいのか』の件だ。


 わたし達の会社の社長が、世界を守護する組織、魔女協会セラフの前盟主だったことをみんなは知っていたのか……という質問である。


「いや、ヴィヴィアンが普通の魔女じゃねえのは初めて見た時から分かってたが、聞いてねぇな。そんな話」


 ヒカリちゃんは服のポケットに両手を突っ込んで、もたれかかるように椅子に深く座っている。


わたくしも初耳ですの。その話が真実なら呼び捨てにしていいような相手ではありませんわね」

「呼び捨てにしてんのヒカリだけだけどね〜」


 クッキーをかじる熱川あたがわさんと鳳さんも同様の反応。


「まあ何にせよ、ここの連中の話を鵜呑みにする気はねぇけどな」

「あら、随分社長達のことを信頼してるんですのね」

「アタシは自分で見聞きしたことしか信じねぇ主義なんだよ」


 二人はそれっきり話すこともなく、白い部屋は再び重苦しい空気に包まれた。


「……ローズさん達、戻ってこないね」


──10分前。話の核心に迫るというところで、ローズさんは急に『……なにか騒がしいわね』とマゼンタさんを引き連れて部屋から出て行ってしまった。


 同じ部屋に居たわたしは特に何も聞こえたりしなかったけど、何かあったのだろうか。


「無理やり連れてきたかと思えば急にどっか行ったり、勝手な奴らだな」


 眉間にしわを寄せ、見るからに機嫌の悪いヒカリちゃんはフンッ、と鼻を鳴らした後、拳をテーブルに打ち付けた。


──ドゴォォンッ!!


 部屋中が震えるような轟音が響き渡り、わたしは思わずヒカリちゃんの方を見た。


「……いや、アタシじゃねぇぞ!」

「エントランスの方から聞こえましたわね」

「……うそだ、私のスマホが……」


 てっきりヒカリちゃんがテーブルを叩き割ったものだと思ったけどヒカリちゃんも驚いていた様で、どうやら冤罪だったみたいだ。


 熱川さんの言う通りなら、エントランスで何かあったようだけど、このままここに居ていいのだろうか。


 そして何やら震えているおおとりさんは、びっくりした拍子にスマートフォンを落として、画面が割れたらしい。


「……ちょっと行ってくる」


 そう言って立ち上がったのは、意外にも震えていた鳳さんだった。というか、よく見ると今も震えている。

 

 さっきからずっと眠そうな喋り方だった鳳さん、今は何と言うか淡々とした声音の中にも、静かな怒気を感じる。


「おい()カルタ、どこ行くんだ?」

「……私のスマホ、弁償させにいく」


 ヒカリちゃんが呆れたような顔をして聞くと、鳳さんはいつもより低い声で答えて、止める間も無く部屋から出て行ってしまった。


「ひ、ヒカリちゃん、鳳さん行っちゃったよ!?」


 鳳さんを見送りながらも依然椅子に深く腰掛けるヒカリちゃんにそう言って、ドアの方を指で指した。


「……まあ、バカルタのスマホはどうでもいいけど、ここに居てもどうせ暇だしな。ちょっと様子見に行くか」

「賛成ですわ。わたくしも行きますの」 

 

 わたしとしてはヒカリちゃん達に鳳さんを連れ戻すことを期待していたわけだけど、連れ戻す気はあまりなさそうで、むしろ部屋を抜け出す口実を見つけた様な雰囲気だ。


 勝手に部屋を出たりして、ローズさん達怒らないかな。


 わたしの心配をよそに、ヒカリちゃんと熱川さんはコンビニに行くような調子で部屋を後にした。



──廊下は、照明が消えていてやけに暗く、奥へゆくほどその闇を増していた。


 しかし、この廊下はたしかエントランスまでは長い一本道の筈だ。たとえ照明が消えていたとしてもエントランスから漏れる光くらいは見える筈なのだ。


 だから、途中に誰かがいるならシルエットで分かる筈なのだが、鳳さんの姿は視認できなかった。


 鳳さんが部屋を出てからわたし達が後を追うまで、さして時間はかからなかったけど、いったいどれだけの速さで廊下を駆け抜けたのだろう。


 廊下を進むにつれて段々と話し声のようなものが聞こえてきたが、エントランスと廊下の境目にある仰々しい扉が、わたし達の行く手を阻んでいた。

 

 わたしはこの扉のせいでエントランスからの光が遮断されていたのだと気づいたけど、確か部屋に連れて行かれた時はこんな扉は無かったような気がする。気のせいだろうか。


「……開きませんわね、この扉」


「向こうからなんか声がするし、この先に多分バカルタがいる筈なんだけどな」


 石とも金属ともいえない材質でできた扉は、固く閉ざされていて押しても引いてもビクともしない。


 しかしその向こうからは何やら騒がしい声が聞こえてくる。


「……ちょっとノックしてみるか」


 突然ヒカリちゃんがそう言ったかと思うと、ポケットに手を突っ込んだまま扉を思いっきり蹴った。というか、蹴り抜いた。


 物凄い轟音と共に扉がガラガラと崩れ去り、廊下の闇に光が差した。


「ちょっとヒカリ、脚でノックは行儀が悪いですわ。育ちが知れますの」

「いやいやいやいや!!! 脚でも何でも扉を壊しちゃまずいよヒカリちゃん!! 気でも触れたの!?」


 わたしはヒカリちゃんに寄りすがって肩をブンブン揺らしたけど、ヒカリちゃんはわたしのことなど意に介さず、視線は崩れた扉の向こうを見つめていた。


「……おい、あれ」


 ヒカリちゃんに言われて、扉の向こう側を見ると、エントランスにはしゃがみ込むローズさんとマゼンタさん、そしてそれを囲むように数十人の魔女と思われる女性達が立っていた。


 その大勢の視線が、扉を壊したわたし達の方に集まっている。


貴女(あなた)達! 今すぐ部屋に戻りなさい!」


 ローズさんの隣でしゃがんでいたマゼンタさんがわたし達に向かって叫んだ。


 わたしはただならぬ雰囲気を感じ、ローズさんのいう通りにヒカリちゃん達を連れて部屋に戻ろうとして、やめた──


 しゃがみ込むマゼンタさんのかたわらに、うつ伏せで倒れている鳳さんの姿を見つけてしまったからだ。


 ヒカリちゃんと熱川さんもどうやらそのことに気づいたらしく、わたしが固まっている間にエントランスの方へ飛び出して行った。


「おい、カルタ! 大丈夫か……!?」


 ヒカリちゃんと熱川さんは、ローズさん達の周りを囲むように立っていた魔女たちを押し除けて、倒れている鳳さんに駆け寄った。


 少し遅れてわたしも鳳さんの元へ辿り付いた。

 ヒカリちゃんが何度も鳳さんの名前を呼んでいて、熱川さんは側でしゃがみ込んで安否を確認している。


「……もう、死んで、ますの」


 鳳さんの首筋に手を当てた熱川さんが、真っ青な顔でぽつりと言った。


 心臓が、跳ねた。


 今、熱川さん何て言った?


 背中に、冷たい汗が伝うのを感じる。


 死んでますのって、死んでるってこと? 鳳さんが? さっきまで一緒にクッキーを食べてて、喋ってて、生きてたのに、そんな簡単に──


「──いや死んでないから! 今はふざけてる場合じゃないの! さっさと部屋に戻りなさい!」


 再びマゼンタさんが怒鳴って、わたしの肩が震えた。


──というか、今何て言った?


「……勝手に……殺すなし」


 視線を下にやると、鳳さんがぎこちなく身体を震わせながらそう言った。


 よく見ると怪我をした様子もない。


「一度、やってみたかったんですの。こう、首に手を当てて生死を確認するやつ」


 熱川さんは手で口元を隠して上品に微笑んだが、ブラックジョークにも程がある。心臓に悪いなんてものじゃなかった。


「もうっ、だからって殺さないで!」

「おい! 一体全体どうなってんだよ、説明しやがれ!」


 鳳さんの無事を確認したヒカリちゃんは、物凄い剣幕でマゼンタさんに詰め寄っている。


 しかし、マゼンタさんや周りの魔女は、わたし達に部屋に戻るように促すばかりで、まったく状況が把握できない。

 

「──むはぁ、あれあれあれー? まーた知らねー子が出てきちゃったぞー!?」


 混乱するわたし達の声を遮るように、エントランスに悪戯っぽい喋り方の声が響き渡った。


 エントランスに会した全員の視線が、声の方に吸い寄せられる。


 エントランスの入り口にあたる巨大な門のような扉。その扉が、先程ヒカリちゃんが蹴り壊した廊下の扉よろしく、粉々に破壊されている。


そして、その瓦礫の前に二人の魔女が立っていた。


 二人は、白を基調とした魔女協会セラフの制服とは対照的に、月の無い夜のような漆黒のローブを纏っている。


 二人の内、一人が目深に被ったフードを下ろした。


「むふふぅ、お初にお目にかかりまーす! 私ちゃん、レイヴン末席まっせきけがしに汚しまくっております。バブルガム・クロンダイクちゃんでーす! よろしくなー!」


──と、彼女は何やら可愛らしいキメポーズでそう名乗った。まるでアイドルか何かみたいだ。


 身長はおそらくヒカリちゃんよりも少し小さいくらいだろうか、もしかしたら150センチもないかもしれない。


 灰色の髪を銀色の髪留めでツインテールにしていて、前髪が短く整えられているため、つるんとしたおでこが可愛らしい。


「お、同じく、ラテ・ユーコンでーす……」


 バブルガムと名乗った灰色髪の後ろに隠れるように、もう一人の魔女がフードの奥からそう言った。


 彼女の身長もヒカリちゃんよりは低そうだけど、バブルガムさんよりは少しだけ高いように見える。


 目深に被ったフードのせいで顔はよく見えない。けど、顔なんかよりももっと気にすべきことがある。


 『レイヴンの末席を汚す──』


 確かにバブルガムさんは今そう言ったのだ。


 レイヴン、わたし達が先刻ローズさんに聞かされた話に出てきたばかりの名前だ。


 これがわたしと、魔女狩りを狩る魔女達、レイヴンとの運命の邂逅だった──

 

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