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217.「レイチェルと櫻子」


【レイチェル・ポーカー】12月26日


「──じゃあ、行くね。長い間お世話になりました」


 玄関を挟んで、私を見送るヒカリにそう言った。今日、私はヒカリの家を出て自分の家に帰る。馬場櫻子として住んでいたあの家に。


 昨晩ホテルで私たちの進む道は分かれた。ヒカリはヴィヴィアンの元に残り、そして私はエミリアの復讐のために(レイヴン)に入る。あまりにも掛け離れた道行きだ。もう一緒には居られない。


「……成金もバカルタも、アタシに任せろ。お前も、元気でな」


 気丈な事を言ったヒカリは、けれども私同様、昨晩も寝れなかったんだろう……泣き腫らして目が真っ赤になっていた。

 エキドナに負わされた怪我は魔女協会(セラフ)の魔女に治療してもらって完治している筈だけど、今のヒカリは治療する前よりも悪化しているようにさえ見える。それくらい雰囲気が憔悴していた。


 私はヒカリの頬をそっと撫でて、荷物を詰めたキャリーケースの取っ手を握った。このままだと意思が揺らいでしまいそうになる。ヒカリの傍で、彼女の傷が癒えるまで寄り添ってあげたいと思ってしまう。

 だからわたしはこれ以上何も言わずにヒカリに背を向けて歩き始めた。


「──なあ、もう櫻子とは会えないのか?」


 マンションの廊下に、靴も履かずに出てきたヒカリがそう言った。そしてそんなヒカリの目を見て、私は気づいてしまった。ヒカリが今言った“櫻子”というのは“わたし”じゃなくて本当に“馬場櫻子”の事なんだと。


 以前、螺旋監獄(ヘリックス)のことを訊ねに事務所を訪れた時、ヴィヴィアンは私に「悩みがあるなら1人で抱え込まずに誰かに打ち明けろ」と言った。そして、ヒカリにも同じ事を言っておけとも。思えばあの時から……もしかするとそのもっと前から、ヒカリはわたしが馬場櫻子から別の誰かになった事に気づいていたのかもしれない。


「……わたしにも分からないよ」


 そう言って、わたしはヒカリのマンションをあとにした。




* * *




「──あらぁ、もう帰って来たの? 冬休みなんだからもっと遊んでくればよかったのに〜櫻子の分の朝ごはん用意してないわよぉ?」


 家に帰ると、ちょうどお母さんが洗濯物を回収しに廊下に出てきていたところだった。いつも通りのおっとりとした口調で、いつも通りに優しい声だった。


「それよりも櫻子、今朝のニュース見たぁ? 辰守建設の社長さんが行方不明の息子さんを探すのに1億円の懸賞金をかけたんですって〜映画みたいよねぇ〜」

「……な、なんで? え??」


 私は固まっていた。いつも通りすぎるお母さんがいる……という異常事態に、脳がパニックを起こしていた。


「なんでって、自分の子供が行方不明になったら誰だって心配するわよぉ〜お母さんだって、櫻子が同じ目に遭ったら1億円払ってでも探すもの〜そんな大金持ってたらねぇ〜」


 硬直するわたしを尻目に、お母さんは洗面所に入ってテキパキと洗濯物を回収すると、再び廊下に出て今度はリビングの方に消えていってしまった。


「……は?」


 意味が分からない。どうしてお母さんが? わたしがレイチェル・ポーカーとしての記憶を取り戻した日、お母さんはこの家から姿を消した。姿だけじゃない、わたし以外の誰かがいた痕跡ごと消えたのだ。それなのに、今のこの家は全部が温泉街に行く前の日に戻っている。


 わたしは靴を脱いで、廊下を駆け抜けた。リビングへと繋がる扉を乱暴に押し開けて、お母さんの姿を探す。

 やっぱり居る──洗濯物をハンガーに通しながら、驚いたようにわたしを見ている。


 パニくるなわたし……こいつは、この女はわたしのお母さんじゃない。わたしの記憶をおかしくした奴らの協力者に違いない。ふんじばって、全部吐かせてやる!


「──廊下は走ったらアカンって、学校で習わへんかったんかぁ?」

「──ッ!?」


 聞き覚えのある関西弁が背後から聞こえたのと、わたしの首根っこに衝撃が走ったのはほとんど同時だった。


 薄れゆく記憶の中、お母さんの声が薄らと聞こえた。


「あらあらぁ、相変わらず見事なお手前ねぇ〜」

「せやろ? まぁ、なんと言ってもウチ、スーパーキャリアウーマンですから」





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