216.「公証人と刻印」
【辰守晴人】
仮釈放中のラムはまだ完全に自由という訳ではなかったらしいが、俺が拠点を確保出来た事を報告すると、あれよあれよと正式な釈放手続きが行われる事となった。
さすがにいくらなんでも性急過ぎやしないかとは思ったが、どうやらバンブルビーが手を回してくれたようだった。彼女には本当に頭が上がらない。
段取りが決まると、新住居となったタワーマンションに魔女が集結するのは早かった。
ちなみにバブルガムの奴はとっくに大金を抱えて城に帰ったので、今ここに居るのは俺とラムとバンブルビー、そしてハイドから来たヘリックスとケイトという魔女の5人だった。
「うむ。一通り確認させてもらったが、確かにここならばセイラム・スキーム、及びイー・ルーを監督する上での拠点に申し分無い。辰守晴人、ハイドの裁定人の名の元に、君をセイラム・スキームの引き受け人として認めよう」
マンションの内見やら権利書の確認等をテキパキと済ませたヘリックスは、にこやかにそう言った。恋愛脳を発揮している時以外は表情の乏しい人だと思っていたけど、綺麗に笑う人だ。
「はい。ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だとも。数百年間セイラムを投獄したのは、まさに今日この日のためだったのだから……一つ肩の荷がおりたよ。ありがとう辰守君」
ヘリックスの言葉を聞いて、彼女は本当に収監している魔女達の更生を心から望んでいるのだと悟った。きっとルーみたいに頑固な奴らがあと何人も居るんだろうに、俺は応援してるぞ。
「──それではこれより魔法契約の刻印を施します。魔眼の魔女 セイラム・スキーム。辰守晴人さん。手を出してください」
ヘリックスの日々の奮闘に心の中で賛辞を送っていると、メガネをかけていかにも真面目気質という見た目の彼女がそう言った。
彼女、ケイトはハイド所属の“公証人”。ハイドには“裁定人”だとか“案内人”だとか色々役職があるみたいだが、ケイトが担当する公証人の役割とは、俺みたいな“引き受け人”が螺旋監獄の囚人をきちんと監督するための魔法契約を結ぶことらしい。
俺とラムが言われた通りに手を差し出すと、ケイトはメガネをクイッと上げてから、左右の手で俺たちの手を握り魔法を発動させた。
すると、見る見るうちに手の甲に魔法式が浮かび上がってきた。どうやらこれが“刻印”らしい。
「ハイドの公証人 誓約の魔女の名の元に、ここに魔法契約を結びます。辰守氏にはセイラム・スキームの所有権、及び生涯にわたる監督責任が課されます。監督不可能となった際は、こちらの刻印に魔力を込めて厳正なる処分をお願いします」
「……あの、厳正なる処分っていうのは」
「端的に言いますと、この刻印に魔力を込めるとセイラム・スキーム氏が絶命します」
「……絶命」
「ラインハレト、間違ってもうっかり魔力込めたりしちゃダメだからね! 僕の命は君の手にかかってるんだからね!」
こんな魔法で生殺与奪を好きにするなんて、さすがにやり過ぎなんじゃないかと思う。思うが、同時に螺旋監獄に入っている魔女は、過去にそれほどの罪を犯したという事なんだと再認識した。
ほんの数日関わっただけだし、ラムが凶悪な魔女だと謳われた過去を俺は知らない。話を聞いて、想像することしか出来ない。ルーに至っては、怖くて過去の話を聞くことすら避けている自分がいる。
龍奈奪還のためにはなりふり構ってられない。2人を引き受けると決めたのは俺だが、自分の右手に刻まれた刻印を見ると、ひしひしと“重み“を感じずにはいられなかった。
龍奈を奪還した後も、俺は生涯この刻印の責任を背負って生きていくのだ。
「……大丈夫? もしかして重くなっちゃったかな」
俺の様子を見て何か感じ取ったのか、バンブルビーがそう言った。
「確かに重いですね……けど、背負います。もう決めたことですから」
「うん。男の子だね」
バンブルビーは優しく微笑んで俺の肩を叩いた。彼女の隻腕にも、ライラックとブラッシュの刻印が刻まれているのだろう。もしかしたら、彼女も俺と同じような重さを過去に感じたのかもしれない。いや……ともすれば今もずっとその重さを感じながら過ごしているのかもしれない。そんな彼女の笑顔は、俺に勇気を与えてくれた──
ともあれ、これで順番こそ前後したが俺は無事にラムを仲間に引き入れることに成功したわけだ。後は残ったルーの釈放手続きも取り急ぎ行えば、龍奈奪還作戦はもう時を待つのみ……。
前に進めているのか……ずっと不安ともどかしさに苛まれる日々だったが、今は自信を持って言える。確実に俺の手は、龍奈に近づいていると。
「ふふ、それにしても良かったね辰守君。立派な拠点が手に入ったみたいで」
「ええ、他人に用意してもらったものですけど、使えるものは使わせてもらいますよ」
「その意気だよラインハレト〜! 人生で大事なのはノリと勢いと見栄とハッタリだからね!」
「お前はその結果 螺旋監獄に入ってたんだろ」
「ぐっ、時には慎重さとかも大事かもね……」
正直ラムの言う事も一理あるとは思う。どれだけ計略を重ねても、事が全て上手くいくとは限らないし、逆に無理だろうと思うような事でも、勢いで押し切れば案外何とかなる事もあるにはある。要するに大事なのはバランスなのだ。
「さて、イー・ルーの引渡しはどうする? こちらとしては早い方が助かるのだが」
「だったら明日にでも引き受けますよ。今日中にラムとルーの出所祝いの準備をしておきます」
「僕の出所祝い!? わぁ〜楽しみだなぁ〜!!」
「悪いけどラムにも手伝って貰うぞ。人手と時間が限られてるからな」
「えへへ、そんなのいいよ〜監獄から出られただけで僕もう最高にハッピーなんだから〜!!」
「おい、いちいち引っ付くな。前々から思ってたけどお前ちょっと距離感バグってるぞ」
初めて会った日から片鱗はあったが、“セイラム”を演じていない時の素のコイツは妙に人懐っこ過ぎるというか、まるで家族とか恋人みたいな距離感なのだ。
そういう奴だから仕方ないと割り切るには、こいつはちょっと可愛すぎる。俺にはもう心に決めた人が5人もいるんだから、これ以上他の女にうつつを抜かすわけにはいかないというのに──
「素晴らしい……辰守君。セイラム・スキームとイー・ルー、2人の監督官としての務めはきっちり記録し、週に1度は書面にまとめて提出するように。出来るだけ細かく……そうだな、シナリオ長にしてくれれば大いに捗……助かるのだが」
「……それ、職権濫用なんじゃないんですか。別にヘリックスが期待しているような事は起きませんよ」
「で、ではせめてこの部屋に監視カメラを付けて、その録画データを私が見るというのは……」
「やめてください」
けんもほろろにヘリックスを一蹴したが、この女にはこれくらいキッパリ言わないとしつこいからな。どうせこれだけ跳ね除けても、次に会った時にはまた同じような事を言ってくるのだ。
「まあ、無理やりくっつけようとしなくても、なるようになると思うけどね。辰守君、天然ジゴロだし」
「なんですか天然ジゴロって……だいたい、俺が鴉の皆と婚約する事になったキッカケは、バンブルビーなんですからね。ラムとルーだってバンブルビーの紹介みたいなもんだし……」
「素晴らしい。さながら愛のキューピッドという訳だな。さすが売れっ子恋愛作家の七つ橋 ハチ……ぐぁっ!!」
目をキラキラと輝かせていたヘリックスが、急にバンブルビーに顔面を鷲掴みにされて奇声を発した。ミシミシと何かが軋む音が聞こえてくる。何かっていうか、頭蓋骨だろうけど。
「おい、この口か? 余計なことを言うのはこの口か?」
「……ぐっ、悪かった! つい口が滑って……もう言わないからっ、あいたたたたたたた!!!!」
俺の聞き間違いでなければ今ヘリックスは確かに“売れっ子恋愛作家”と言った。非常に気になる話題だが、今目の前でアイアンクローをキメられている彼女を見て尚踏み込んで行けるほど、俺は怖いもの知らずではなかった。




