213.「セイラムとデート①」
【辰守春人】12月26日
龍奈奪還のため、ブラッシュとラテの協力を取り付けることに成功した俺は次なる課題に直面していた。
それ即ち、ルーを引き取った後の居住スペースの確保である。それさえ何とかなれば、すぐにでもルーを螺旋監獄から引き取り龍奈奪還作戦の重要な戦力として確保出来るのだ。
「──というわけで、ちょっと城を離れて家の様子を確認してみたいんですけど」
「うん。辰守君のメンバー入りはアビスも認めたし、問題ないんじゃないかな。今日の業務が終わり次第行ってくるといいよ。こっちで護衛も用意しておくから」
補佐官としての朝一番の仕事。いつも通りバンブルビーの髪を結いながら、話はとんとん拍子にまとまった。
鴉に連れてこられてから少なくない時間を過ごしたが、ようやく外出の自由を取り戻せた。
バンブルビーの口ぶりからして“護衛”というのは彼女本人ではないのだろうけど、いったい誰をよこすつもりなんだろうか。少なくとも龍奈奪還作戦の事を知っているメンバーだとは思うんだけど……。
* * *
──新都の中央区……俺が通う高校や、商業施設がひしめく賑やかな街。フーと出会ったばかりの頃、フーと龍奈と3人で訪れたバーガーショップなんかもここにある。
そして今、そのバーガーショップに俺は“彼女”と訪れていた。護衛役としてバンブルビーが連れて来た魔女と……。
「──なんて邪悪な美味しさなんだい!! これがファーストフードってやつなんだねラインハレト!!」
「喜んで貰えて何よりだけどよ、あんまり騒ぐと店の人に怒られちまうぞ。ラム」
「でへへ、ごめんごめん! 500年ぶりくらいのシャバでちょっと舞い上がっちゃってたよ!! けどホントに美味しいなぁこのクアトロトロトロチーズバーガー!……うん。邪悪星3つ!!」
「でた邪悪星」
そう。護衛として選ばれた魔女は、螺旋監獄に絶賛服役中の魔女 セイラム・スキームだった。
「それにしても、刑期が残っててもこうやって外に出られるって、よっぽどの事だよな“模範囚”って。刑期満了でも出して貰えないルーとは正反対ってことか」
「そうとも! 僕は毎月反省文を出すのを欠かさなかったし、頼まれたら魔法式の講義もこころよく引き受けていたからね! こうやって“仮釈放”とかもされちゃうわけだよ!! さすが僕!!」
どうやらラムは日頃の受刑態度が良好だとヘリックスに判断され、“模範囚”扱いとなっているらしい。模範囚になると他の受刑者よりも色々と優遇措置があるらしく、それが今回の仮釈放に繋がったのだ。
まさか螺旋監獄の魔女を引き取るための準備段階で、螺旋監獄の魔女が護衛に着くとは思わなかった。バンブルビーも早く言ってくれればいいのに、ドライな感じに見えて結構イタズラっぽいところがあるんだよな。あの人。
「反省文ね。お前って基本マジメなのな……ていうかラム、角と尻尾はどこいったんだ?」
「ふっふふ〜やっと聞いてくれたねラインハレト。君とお出かけするって聞いて、急遽角と尻尾を身体に引っ込める魔法式を完成させたのさ! 目立っちゃダメってヘリックスにキツく言われてるからね!」
そう言ってラムは服の襟をズラしてみせた。見ると鎖骨と谷間の間辺りに、たしかに魔法式が刻まれている。身体に直接タトゥーとして入れるなんて、結構大胆なことするもんだ……そしてなんかえっちだ。
「へーそんな事も出来るんだな……まあ、それが無くても目立ってるとは思うけど」
バンブルビーに引き渡されたラムは、どうやら本当に螺旋監獄から出所したてほやほや状態だったらしく、身なりがかなり個性的だった。中世の貴族が着ていそうな服というか、実際中世の貴族の服なのかもしれないが……おそらくラムが螺旋監獄に収監される時に着ていた服そのままだった。
元々本人が着ていたものだし、ラム自身端正な顔立ちで派手な髪というのも相まって“めちゃくちゃクオリティの高いコスプレイヤー”みたいな見た目にはなっている。
「なんだいラインハレト、ひとのことそんなにジロジロ見て。僕どこかおかしいかい?」
「いや、とりあえず腹ごしらえだけでもと思ってたけど、先に服を調達しに行った方がいいと思ってな」
「ああ、たしかに。この服お気に入りだけどレイチェル・ポーカーの奴にやられてあちこちボロボロだからね。ヘリックスから報奨金も貰ってるし、お言葉に甘えてお店を案内して貰おうかな」
模範囚というのは伊達ではないらしく、さっきラムが言っていた魔法式の講義なんかはきちんと報酬が出ていたらしい。その報酬の一部で、あの派手なマントとかを購入していたんだとか。使い道はともかく立派なものである。同じプロの服役者としてイースにも見習ってほしいものだ。
「じゃあ、そうと決まれば早速モールに行くか。時間は有限だからな」
「……えへへ」
「ん、何笑ってんだよ?」
「いや……君が僕の引受人になってくれて本当に良かったと思ってね。こうやって外に出られたし、知らない世界も……君となら結構怖くないや」
「そうか。俺も引き受ける魔女がラムでよかったと思ってるから、お互い様だな」
500年も俗世から離れていれば、そこはもう異世界と何ら変わらない。莫大な未知にはそれに伴った恐怖が付きまとって然るべきだ。出所出来る喜びの反面、そういう不安も当然あったんだろう。
俺もほんの一月前に、人生で初めて他人に命を脅かされる経験をした。その元凶となった組織から未だに命を狙われている状況というのは、正直に言って心底怖い。だから、元四大魔女のラムが護衛についてくれて本当に安心しているのだ。
「そっか……君も僕と同じ気持ちなんだね。嬉しいなぁ、えへへ」
「……う、嬉しいのは分かったからさっさと行くぞ。服の調達が早く済んだら、ちょっとくらいは遊ばしてやるから」
「ほんとかい!? わぁい! 楽しみだなぁ〜!!」
ここ最近ラムと関わって分かった事だが、こいつは基本的に真面目で純粋な奴だ。螺旋監獄に収監されるに至った経緯も、めちゃくちゃ大雑把に言ってしまえばこいつが厨二病を拗らせていたせいだと言っても過言ではない。
そんな奴だから、嬉しい時はめいっぱい笑い、悲しい時は素直に泣く。だから屈託のない笑顔を向けられると、つい照れてしまうし、ほだされてしまう。
* * *
モールに到着した俺とラムは、まずは服を調達すべくアパレルコーナーが軒を連ねる1階フロアーを訪れた。ここはフーの服を選んだ時も一通り見て回ったから、ちょっとした懐かしさみたいなものを感じる。
「わ〜! すっごいね〜! こんなに沢山のお店と人間、500年前には考えられなかったよ!」
ラムは興味津々に周囲を見回しながらそう言った。ちょっと前までのフーを見てるみたいだ。
「……興奮する気持ちは分かるけど、言動にも注意しとけよ。お前が魔女だってことは悪いことじゃないけど、バレたらめんどくさい事になりかねんし」
「はいはいそれくらい言われなくても分かってるよ〜! あ! そこの人間のお嬢さん、この服は君が作ったのかい!? 邪悪星2つ!!」
「言ってる側からやめろこのバカ!」
俺はアパレルショップの店員さんに異次元の絡み方をするラムの頭にチョップを食らわせた。これはフーと買い物した時よりも疲れるかもな……。
「あの、こちらの服がお好きでしたら奥にも似たデザインの服がございますよ。よかったら店内も見てみてくださいね!」
ラムに突然邪悪星を2つ叩きつけられた店員さんが怯むことなくそう言った。カリスマショップ店員かよ。
「だってさラインハレト! ちょっとこのお店見てみてもいいかい?」
「ああ、俺も女物の服はよく分かんねぇし、自分が気に入ったやつを買えばいいと思うぜ。試着もできるから、気になったやつ取り敢えず着てみろよ」
「わかった! 僕の邪悪なるコーデを楽しみにしておいてよ!」
「へいへい、期待してるよ」
しばらくラムが店内を見て周り、時に服を手に取り、時に店員さんを呼び付けたりするのを、俺は店の外から遠巻きに見守っていた。さて、どんなキテレツな服を選んで来るのやら。
「──じゃじゃん!! どうだいラインハレト! これが僕の現代版邪悪コーデさ!!」
「……くそ、普通に可愛いのかよ」
俺の予想を裏切り、店から出てきたラムの格好は文句の付けようのない可愛さだった。
ラムが好んで着ていた短い丈のマントを思わせる、ファー付きの白いダブルブレストのケープコート。その下には細かいフリルがあしらわれた可愛らしいシャツに、少々丈の短い淡いピンクのチェックスカート。足元はルーズソックスにローファーと、全体的に方向性がまとまっている。
まあ、同じ店で全部買ったんだからそうなるんだろうけど。
「えへへ、可愛い? 可愛い? 邪悪星幾つだい?」
「……邪悪星3つだよこのやろー」
「わーい!! 嬉しいなぁ〜!!」
もはや邪悪とはなんぞやという気持ちだが、可愛いから細かいことは気にしないでおこう。本人も満足してるしな。
「ねぇねぇラインハレト!」
不意にラムが俺の腕をグイグイ引っ張ってきた。
「なんだよ」
「僕、服選ぶの結構早かったと思わないかい?」
「……分かったよ。じゃあゲーセンでも行くか」
「やったぁ〜! ゲーセンが何か分からないけど楽しみだなぁ〜!」
どうやら早く服の調達が済んだら遊べる、というのを結構楽しみにしていたらしい。実際10分か15分くらいしか服選びに時間掛かってないしな。
本来の俺の目的とは逸れるけど、一応今日はラムの仮釈放記念日なんだし、今後も協力してもらうことの前報酬と思って遊ばせてやろう。
「ねぇねぇラインハレト!」
ラムが掴んでいた腕に、自分の腕を回してそう言った。
「今度はなんだよ」
「デート、楽しいね」
俺の腕に引っ付いたラムが、上目遣いでそう言った。色々とツッコミたいところはあるが、可愛さの暴力に怯んで言葉が出ない。
まったく、この人たらしめ──




