211.「懺悔と甘い香り」
【辰守春人】
ラテとブラッシュが浮気をしている。俺がそう思うに至ったのは、今朝の出来事があったからだ。
〜回想〜
「──そういえば、例の喫茶店だけど修繕はもう済んだのかな」
朝食の最中、アビスが不意にそんな事を言い出した。
「おおむね完了だよ。昨日、俺とヘザーで朝方まで作業してたからね」
「壊すのは皆得意なのに、直すとなると僕とバンブルビーくらいしか出来ないからね。骨が折れるよ」
それぞれ思うところがあるのか、食事をしていた皆がバツの悪そうな顔をした。イース以外だけど。
「……あれ、朝方まで作業って……もしかしてバンブルビーとヘザー寝れてないんじゃないですか?」
「うん。寝てないけど、1日2日くらい寝なくてもどうってことないよ。ね、ヘザー」
「ああ、まったく問題ないとも。けど、強いていうなればラテと遠く離れた場所で過ごす時間は、やはり辛いものがあるのだけどね」
「……も、もう、ヘザーったら……」
歯の浮くようなセリフに、恥ずかしがるラテ。いつも通りのやり取りだと思ったけど、ラテの表情に違和感を感じた。
ただ恥ずかしがっているのではなく、その奥底にほんの少し、罪悪感みたいなものをかんじたような気がしたのだ。
(……いや、まてよ。そもそも、昨日ヘザーとラテが一緒に居なかったんだとしたら、“アレ”は誰と誰なんだ?)
「いくら身体が頑丈だからって、皆あんまり無理しすぎないでね。スノウも昨晩はどこか出かけていたみたいだし」
「も、申し訳ありませんアビス様、昨晩は……」
「別にいいよ。お前のことは信頼してるから」
マリアはアビスにそう言われると、ホッとしたように食事を再開した。
ヘザーとバンブルビー、それにマリアも昨晩は城にいなかった。フー、イース、スカーレット、ラミー様は俺の部屋で寝ていたし、アビスは……みんな怖がってるしさすがにないか……。
つまり、消去法でいくと考えられるのは、ブラッシュと……ラテ?
信じられないような内容だけど、でも嘘をついている感じでもなかったんだよな。ヴィヴィアンさん。
昨日、確かに彼女は俺にこう言ったんだ。
『……まったく、久方ぶりに古巣に顔を出してみれば、あちらこちらで盛りおって……』と。
つまり、俺とバブルガム以外にも、昨晩そういうことをしていた奴がいた筈なのだ。
(……ていうか、消去法でもうブラッシュとラテしかいねぇじゃねぇか……なんてこった)
「──どうしたのハレ? ご飯食べないの?」
「え、ああ……ちょっと考え事しててな。フーこそよく噛んで食べろよ」
〜回想終了〜
そして現在。俺はラテの私室を尋ねていた。バンブルビーに協力してもらって、ヘザーはこの部屋に寄り付かないように足止めしてもらっている。
「急にどうしたの晴人君? 話したいことがあるだなんて……」
キョトンとした表情のラテ。鴉のメンバーの中でも彼女にはこれといった害を与えられた記憶は無い。だから、こんな事を言うのは本当に忍びないのだが、俺の覚悟はもう決まっていた。
「──単刀直入に聞きますけど、ブラッシュと浮気してますよね」
もし俺の勘違いなら、誠心誠意謝って事情を説明しようと思っていた。そのうえで真剣に協力してくれるように頼もうと……しかし、ラテは目を見開いたまま固まってしまった。
明らかに動揺する彼女を見て、“勘違い”なんかじゃなかったということがハッキリと分かった。
「……ラテ、“この事”はまだ誰にも言っていません。ただ、黙っている代わりに1つお願いがあるんです」
「……」
ラテは放心しているのか、しばらく虚ろな瞳で黙り込んでいた。そして、瞳に涙を浮かべたかと思うと、大粒の涙をボロボロ流しながら、シャツのボタンを外し始めた。
「え、ちょ、ラテ!? なぜ急に服を脱ぎ出すんですか!?」
「……いいから……好きなようにしていいから……お願いだから、ヘザーには言わないで……」
「落ち着いてください! お願いっていうのはそういう事じゃなくて、今度の魔女狩りの拠点襲撃に俺がこっそり潜入できるように協力して欲しいって話なんです!」
「……?」
ラテは俺の言葉に頭が追いついていないのか、しばらく考えてから『……分かったわ』と、ただそう答えた。
これで協力の約束は取り付けられたわけだから、目標はクリアしたのだが、やはり人を脅すなんて気持ちのいいものじゃない。
そんな気持ちがあったせいか、気がついたら俺は『なにか事情があったんですか?』なんてことを口走っていた。
ラテはボロボロ涙を流したまま、まるで懺悔するようにブラッシュと今の関係になるに至った経緯を語った。
* * *
「──えへへ、春人君が私の紅茶気に入ってくれたなんて嬉しい。頑張って美味しい淹れかた教えるね!」
ラテの話を聞いたあと、俺はブラッシュではなくスカーレットの部屋を訪れていた。
『スカーレットの紅茶が凄く美味しかったんで、是非淹れかたを教わりたいです』なんて言ってである。
もちろん急に美味しい紅茶の淹れ方が知りたくなったわけではない。俺が知りたかったのは、美味しい紅茶の“隠し場所”についてだ。
「紅茶セットは確かベッドの下ですよね。教えてもらうんだし俺が取りますね」
俺はベッドの下に潜り込んだ。ちょうど中央辺りに大きなトレーが置いてあって、その上にこれまた一回り小さいトレーが置いてある。紅茶セットは小さいトレーにまとめられている。
紅茶セットを取り出すだけなら、小さいトレーだけ引っ張り出せばいいのだが、俺は下に敷いてある大きなトレーごと横にズラした。
(……やっぱりな)
案の定、ひと目では分かり辛いが床に細工がしてあった。そこにはクローゼットの壁よろしく、恐らく“階下”と繋がっているであろう小さな隠し扉があった。
少しだけ床の扉を開けてみると強烈な“甘い香り”が漂ってきた。
「春人君、大丈夫? もしかしてどこか引っかかっちゃった?」
「いえ、大丈夫です。問題ありません」
俺は扉とトレーを手早く戻して、ベッドの下から這い出た。スカーレットは、紅茶用に購入したのであろう可愛らしいデザインのカセットコンロでお湯を沸かそうとしている。
「スカーレット、ちょっとくらい散らかってもまた一緒に片付ければいいんですから、ちゃんと部屋使って下さいね」
俺は、何も知らないまま健気に紅茶を用意しているスカーレットを抱きしめた。自分でも急に大胆なことをしたもんだと少し驚いている。
分かっていてもこうなるんだから、恐ろしいまでの効能だ。
「は、はは、春人君!? 急にどうしたの!?」
「どうやらスカーレットが部屋を開けている間に、またネズミが悪さをしているみたいですから」
「そ、そうなんだ……もしかしてベッドの下にいたの?」
「ええ、その痕跡はありましたね。けど、俺が何とかしますから安心してください」
まったく、酷い奴だとは前々から思っていたけど、これはさすがに一言言ってやらねば気が済まない。
思い返せば、被害を受けていたのはヘザーとラテだけではない。俺やスカーレットやイースも、きっと気が付かないうちに巻き込まれていたのだ。
「──紅茶凄く美味しかったです。今度は俺がご馳走しますから、楽しみにしててくださいね」
スカーレットに紅茶の淹れ方をレクチャーしてもらった後、俺は彼女の部屋へと足を進めた。
ラテとヘザー、2人を手篭めにしているブラッシュの元へ──




