209.「潜入と捜索」
【辰守春人】
「むはぁ、ヴィヴィアンおめー、何百年もここには顔出さなかったくせに……いったいどういう風の吹き回しだ?」
乱れた服を整えたバブルガムが、手に剣を携えた幼女に向かってそう言った。
「ちと急を要する相談があっての……というのも、先刻此方の部下が魔女狩りに襲撃されたのじゃ」
「むへ!? 部下って、櫻子ちん達がか!?」
「左様。5人の部下全員が同時襲撃……あわや全滅の憂き目にあうところであったわ」
櫻子の名前を聞いて、驚いたと同時に以前聞いた話が繋がった。
“スーパーキャリアウーマン鈴國”の店でばったり櫻子と鉢合わせした折に、彼女は実は先祖返りの魔女で、今はとある組織に入っているという事を話していた。
そのとある組織の長こそが、今俺の目の前にいる幼女こと、ヴィヴィアン・ハーツだったのだ。
そしてなんと、この幼女の話によれば櫻子達が魔女狩りに襲撃されたという。
「あの、櫻子は無事なんですか?」
「なんじゃ坊、櫻子と知り合いか?」
「……友人です」
「ふむ、そうか……安心せい櫻子は無事じゃ」
俺はヴィヴィアンの言葉に胸をなでおろした。お互い忙しくて最近めっきり会うことは無かったけど、櫻子は高校生活で初めてできた友人なのだ。
だが──
「むはぁ、櫻子はって……もしかして誰か殺られたのか?」
バブルガムが、臆面もなく核心をついた。
「魔女協会から派遣されておったエミリアという魔女がおったじゃろ。あ奴が死んだ……首をもがれての」
「…………そうか、エミリアたんが……クソ」
「明日、魔女協会とハイドと共に詳しい調査をする予定じゃ。バブルガム、そなたもその後に合流してくれんか」
「むふぅ、それが要件ってわけか……私ちゃんはいいけど、いいのか? 苦労して集めた部下なんだろー?」
「構わん。魔女協会でも鴉でも、生き残った者には己で身の振り方を決める権利があろう。少なくとも部下を死なせた身としては、このまま此方の下で働けとはよう言えぬわ」
ヴィヴィアンはそう言うと、持っていた剣をボロボロと霧散させた。普通の魔剣が霧散する時とは随分様子が違う。赤黒い霧のように大気に溶けていった。
「むはぁ、話は分かった。明日も顔は出してやる……けど、私ちゃんとハレトのいちゃラブタイムをぶち壊してくれた件はどうやって詫びるつもりなんだ?」
「うむ。生憎金は持ち合わせておらんゆえ、これはもう死んで詫びるしかないのう」
「オメー不死身だろーが」
バブルガムはそう言って、いつの間にか生成した魔剣でヴィヴィアンの首を跳ねた。途端にヴィヴィアンの身体がさっき霧散させた剣のように、赤黒い霧となって消えていった。
「……な、何が起こったんですか今」
「むふぅ、今目の前にいたのはヴィヴィアンが魔法で作った分身みてーなもんだ。だからとっとと“本体”に帰れるよーに送ってやったんだよー」
“不殺卿”……不死身だとは聞いていたけど、いざ目の当たりにすると心臓に悪いなんてもんじゃない。
恋人が幼女の首を跳ねるなんて、下手すりゃトラウマもんだぞ。
まあ、もうこの場にいない人の事を考えるのはひとまず置いておこう。今考えないといけないことは、残された俺たち2人のことだろう。
「……えっと、それで今更なんですけど、俺がバブルガムを起こした用事っていうのがつまり……ヴィヴィアンさんが呼んでますよって事だったんですけど──」
完全に意味をはき違えて捉えていたバブルガムに、遅ればせながら説明する。俺も途中から流されそうになっていた手前、かなり気まずい。
「むはぁ、ヴィヴィアンのやろーが来た時点で察したわバカタレちゃんが! さっさと部屋に帰って寝ろ!」
「……バブルガムは?」
「むふぅ、私ちゃんは風呂入りてーし今日はここで寝る」
「そう……ですか」
バブルガムは拗ねたようにそっぽを向いたが、多分本当に拗ねているわけではない。きっとこれも彼女の強がりの一種……傷付いた時こそ、それを他人に悟らせまいと誤魔化して、人を遠ざける。
突然聞かされた見知った人の訃報……きっと俺が思っているよりもずっとショックだったに違いないのだ。ともすれば、バブルガム本人が思っている以上にも──
「あの、俺も今日はここで寝てもいいですか?」
「……むはぁ、悪ーけど今日はもうそういう気分じゃ──」
「そういうことはしませんから……ただ、バブルガムの隣で寝ちゃダメですか?」
バブルガムは少し考えた後、呆れたような表情で口を開いた。
「むはぁ、しょうがねー寂しん坊だな……まぁ、手ぇくらいなら握らせてやろーかな」
* * *
一日の始まりはバンブルビーの身だしなみを整える手伝いから始まる。
その後はみんなでイースが作った朝ごはんを食べて、ハイドへ視察……螺旋監獄ではルーにゼリーを振る舞い、ラムには魔法式の講習を受ける。
鴉に連れてこられてから、ようやく俺のスケジュールが安定してきたが、俺はきちんと前に進めているのだろうか。
龍奈を助けるという大前提を指針に行動しているが、具体的な解決策はと聞かれると、黙る他ないような状況だ。
「──あの、聞いてもいいですか?」
カウンセリングからの帰り道。何処かの廃墟に設置された魔法式に転移したところで、俺はバンブルビーにそう声をかけた。
「なにかな? 俺に答えられることならいいんだけど」
バンブルビーは今にも崩れそうな壁にもたれ掛かってそう言った。まるで俺に声をかけられるのを分かっていたみたいに、動揺も何も感じなかった。
「ぶっちゃけた話、バンブルビーは俺が龍奈を……魔女狩りの人形を助け出そうとしてること知ってますよね」
「うん知ってる。辰守君を連れ帰った時にいたあの子でしょ?」
「……じゃあ、知ってて俺にルーやラムと接触させたってことですよね」
「うん。君に必要だと思ったからね。入団祝いとは言ったけど、その指輪もそういう意味でプレゼントしたつもりだよ」
──やっぱり、バンブルビーは全てわかった上で、俺の利になるような行動を取っていたのだ。
彼女の立場を考えると、魔女狩りを助ける手助けをするなんて何のメリットもなければ、むしろデメリットでしかないはずなのに。
「どうして俺の手助けをしてくれるんですか?」
「妹達の大切なフィアンセだから……っていうのは理由の半分かな。もう半分は俺個人のエゴだよ」
「……バンブルビーの?」
「龍奈ちゃんって言ったっけ。俺もできれば“あいつ”に死んで欲しくないし、殺したくない。それだけだよ」
(……それって、俺を気遣ってくれてるのか? いや、それにしてはなんかニュアンスが──)
ひとつ、思い当たることがあった。鈴國に聞かされた龍奈の正体……というか、“身体”の本来の持ち主というのか……とにかくあの龍奈の身体はたしか、“ハナアワセヒバナ”という魔女の身体なのだ。
バンブルビーの今の話を聞く限り、もしかするとバンブルビーとハナアワセヒバナは面識があったのではないだろうか。
かつての知り合いが魔女狩りに捕まってドールにされる……可能性としては充分に有り得ることだ。
「……バンブルビー、あらためてお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。けど水くさいこと言うのはもう無しだよ。さっきも言ったけど俺のエゴもあるし、鴉に入った以上は辰守君は俺の“弟分”なんだから……存分に姉を頼りなさい」
バンブルビーはそう言って微笑んだ。こんな綺麗で頼りになるお姉さんなら誰だって欲しいだろう。
ともあれ、これでは俺の意思は固まった──
「あの、じゃあ早速なんですけど……」
「うん。なにかな?」
「今度の魔女狩りの拠点襲撃……俺もこっそり参加したいんですけど、協力してくれませんか?」
バンブルビーはいったいどこまで俺の考えを見通していたのか、もしかして俺がこう言う事も想定済みだったのかと思うほどに、彼女は即答した。
「難しいね」
「…………え」
意外な返答に、言葉が詰まった。
快諾してくれる流れだったじゃないですか……なんて言葉がうっかり口からこぼれるところだった。
「……快諾してくれる流れだったじゃないですか」ていうかうっかりこぼれちまったわ。
「ああ、ごめんね。無理とは言ってないんだよ。ただ“現状”では難しいだろうって話ね」
「……といいますと?」
バンブルビーは壁にもたれかかったまま話しを続けた。
「魔女狩りの拠点にはラテの転移魔法で移動するわけなんだけど、場所を知ってるのはアビスとラテだけなんだよね。つまり、こっそりついて行こうとかは不可能だと思ってもらいたい」
「……あ、そうか。転移魔法って使える本人がいたら魔法式使う必要ないんですもんね」
城にいくつも施された転移魔法の魔法式のせいで、すっかり転移魔法=魔法式みたいなイメージがついてしまっていたけど、あれはあくまで転移魔法が使えない“ラテ以外”がいつでも使えるようにという前提の話だったのだ。
襲撃当日にラテ本人が“送り迎え”するのだとしたら、当然魔法式なんてわざわざ使わないだろう。
「それに、よしんば辰守君が魔女狩りの拠点までたどり着けたとして、そこからどうやって龍奈ちゃんを探し出すのか……そもそも、そこに居るかどうかも分からないうえに、アビスを含めた他のメンバーにもバレないように行動しないといけないオマケつき」
「……難しい、ですね」
たしかに、バンブルビーの言う通りだ。龍奈を助けるために手段を選ばず強くなる気ではいたが、こと“潜入”“捜索”となると、この件に関しては選ぶ“手段”がそもそもない。
だからこそバンブルビーは『難しい』と言ったのだろう……けど、彼女はその前にこう付け加えていたはずだ。『現状では』と。
「つまりだよ辰守君。俺が何を言いたいかって言うと、君にはラテとブラッシュを何とかして協力させて欲しいんだよね」
「……なるほど。手段がなければ、引き込めばいいってことですね」
「そのとおり。こっちにラテがいればなんの憂いもなく魔女狩りの拠点に辿り着けるし、ブラッシュがいれば龍奈ちゃんの捜索も出来るよね」
「おお、なんだかいける気がしてきましたよ!!」
「問題はラテもブラッシュも、アビスを怒らせるリスクをとってまで俺と辰守君に協力する理由が全くないってことかな。『アビスに怒られるくらいならスカーレットの暗黒ご飯を食べた方がマシ』ってのが、鴉の妹達の共通認識だと思ってくれたらいいよ」
「ああ、なんだか無理な気がしてきました……」
「ふふ、情緒の温度差で風邪ひかないようにね……とはいえ、2人を引き込むのは龍奈ちゃん救出の大前提だからね。なにか妙案はないかな」
ラテとブラッシュ……この2人とは正直そこまで関わりがあるわけでは無い。恋人になったスカーレット達ならいざ知らず、俺個人の頼みのために危険を犯す義理も道理も無いだろう。だが──
「……ひとつだけ、考えがあると言えばあるんですけど……凄く倫理にもとるというか、下衆な手段なんですけど……」
「ゲスかろうが何だろうがとりあえず言ってごらんよ。きれるカードは全部きらなきゃね」
バンブルビーの言う通りだ。今の最優先事項は龍奈……俺がどんな目に合おうと、可能性があるならなんだってするべきだ。
「……実は、ブラッシュとラテ、両方の弱みを握れるかもしれないんです。その事を盾にお願いすれば、その……協力してくれるかなって」
「……なるほど。悪くないね……で、弱みってどんな?」
俺はひとつ深呼吸して、今朝方知ってしまった衝撃の事実を口にした。
「ラテが……ブラッシュと浮気してるみたいなんです──」




