208.「シェードランプと主導権」
【辰守春人】12月25日 午前1時
──バンブルビーの部屋の扉が木端微塵になったのが今朝のこと。
鴉に連れてこられてからというもの、1日だって平凡な日は無かったけど、それにしたって今日は密度の濃い日だった。
スカーレット、イース、バブルガム、ライラック、そしてフーに用意していたサプライズプレゼント作戦は見事にバレてしまい、結局夕方頃にメッセージとプレゼントは普通に渡した。
ちなみにプレゼントは、俺が書いた魔法式で作った指輪だ。もちろん、ラムの協力があってなんとか形になった魔法式だけど……それでも、皆思った以上に喜んでくれたと思う。
スカーレットなんて目に涙を浮かべて『ほんとうに嬉しい……大事にするね。指がちぎれても無くさないようにする』だなんて、ちょっと過剰過ぎるくらいだった。
その後は皆でイースが作った晩飯を食べて、酒を飲みながら俺の部屋でポーカーをした。
皆ものすごいレベルのインチキを使ううえに、バブルガムが金を賭けようと言い出したせいで終始大騒ぎだった。
そんなこんなでらんちき騒ぎが収まり、ようやく皆が寝静まった今……俺は1人、裏庭のベンチに腰掛けていた。
バンブルビーから貰ったラムの魔剣“カタストロフ”
この大剣を自在に操れるようになるために裏庭で修練と休憩を繰り返すのは、もはや日課のようになりつつある。
「──さすがにそろそろ日付も変わったか。もうひと踏ん張りしたら切り上げるとするかな」
誰に言ったでもないただの一人言。そのはずだった──
「──うむ。ではそれが終わったらバブルガムのやつを呼んできてくれるかの?」
突然の声に、俺はベンチから飛び退いて剣を構えた。剣の向かい合う先……声が聞こえた方に人影は無い。
(……なんだ!? どこから聞こえた!?)
「なかなかの反応速度じゃな。じゃが狙いが若干ズレておるぞ……此方はこっちじゃ」
しゃがれた声の方に改めて注意を向けると、ベンチの横に生えている木の枝がガサガサと揺れ動いた。
暗くて気づかなかったが、木の枝にカラスが居て、そいつがぴょんぴょん飛び跳ねていた。
突然現れた喋るカラス。以前までの俺ならきっとパニックに陥ってもおかしくないほどおかしな状況だが、最近の出来事に比べるともはや“大したことない”部類だろう。
俺は剣を指輪に戻して、カラスを見た。カラスも俺の方を良く見ようと、首を回して目をギョロギョロさせている。
「……はぁ、バブルガムのやつ、まさかカラスにまで金を借りてんのか?」
* * *
バブルガムを起こすべく、俺は忍び足で自室に向かった。無論寝ている皆を起こさないための配慮である。
まあ、愛すべき我が恋人達は一度眠りにつくとちょっとやそっとじゃ起きないのだが。
(……相変わず壮絶だな)
自室の扉を開けて中に入ると、5人の魔女が俺のベッドで寝ている。
以前イースの寝相の悪さに死にかけていたラミー様はもう懲りたのか、今日はベッドの一番端で眠っている……が、隣のフーに抱き枕代わりにされて随分苦しそうだ。
そうなのである。フーの奴も大概寝相が悪いのだ。
そしてその隣に目をやると、スカーレット、バブルガム、イースの順に横になっている。
恐らく仲の悪いイースとスカーレットの緩衝材として自然とバブルガムが間に入ったんだろうけど、厄介なことにバブルガムの身体にイースとスカーレット両方の尻尾が巻きついている。
(……これ、いつか死人が出るんじゃないか?)
俺は何度もイースの尻尾に締めあげられた事があるから分かるが、本気で締められると体の骨がバキバキに折れるほどあの尻尾は強力なのだ。
それが二本も小さな身体にグルグル巻きついているというのに、こんな安らかな顔で安眠できる意味がわからない。
「うぅ〜……私の酒……焼き殺す……むにゃむにゃ……」
イースがギリギリと歯ぎしりしながら寝言を呟いた。寝ていても恐ろしいしやかましい……あと、たまに一人称が私なのも少し気になるんだよな。
「ん、んんっ……ダメよ春人……こんな、イースの部屋で……むふふ……」
最近ハッキリしたことだがスカーレットはスケベである。そしてそれは寝ている時も例外ではないらしい。いったいなんの夢を見とるんじゃい。
「…………む、むふぅ……く、くるし……な、なにこれ苦し……」
夢のせいなのかなんなのか、2人の尻尾がギチギチと締め上げる力を強めたせいで、とうとうバブルガムが呻き始めた。
「バブルガム、起きてください……このままじゃ殺されますよ」
「……むふぁ〜……なんだぁ、くそ……私ちゃんの眠りを妨げるとは……離せこのバカタレちゃん共〜」
だいぶ眠りが浅くなっていたのか、あっさりと目覚めたバブルガムはうんざりしたような顔でそう言った。すると、あれだけ強く巻きついていた尻尾が、魔法のようにスルスルと解けた。
……いや、魔法のように、というか、おそらく魔法だ。彼女の魔力を電気信号にして身体を操作する魔法……あれでイースとスカーレットの尻尾を動かしたのだ。たぶん。
「バブルガム、夜分遅くに悪いんですけど……ちょっといいですか?」
「……むはぁ、仕方ねぇなぁ……さっさと済ませるぞー」
「え……はい」
バブルガムは面倒くさそうにベッドから下りると、さっさと部屋を出ていってしまった。慌てて後をついて行くが、どこへ行こうというのか。まだカラスの件は伝えてもいないのに。
俺の部屋は4階の階段前にあるが、バブルガムは階段を降りることなくそのまま廊下を突き進んで、突き当たりでようやく体の向きを変えた。
普段は2つに結ばれている髪が、月明かりに照らされながらふわりと廊下でひるがえる。
「……あの、バブルガム?」
「むはぁ、ねみーからさっさと入れー」
バブルガムはそう言って、自室の扉を押し開いた。どうやら何かおかしな事になっている。そう思いつつ、俺はとりあえず彼女の後に続いた。
部屋に入るなり、バブルガムは化粧台で髪を梳かしはじめた。寝ぼけてるのか、それとも実はカラスの事を察していておめかしをしているとか? カラスと会うのにわざわざ?
「むはぁ、ベッドで座って待ってろーめんどくせーからもうシャワーは無しだ」
「……は、はい」
言葉の意味は理解出来たが、意図が理解出来ない。しかし、バブルガムは眠そうなのか怒ってるのか、なんにせよ機嫌が良さそうには見えないから言葉が出なかった。
バブルガムのやつ、キレたらイースとかよりも怖いのだ。
言われた通りにバブルガムのベッドに腰掛けて待っていると、ものの数分でバブルガムがやってきた。
控えめなシェードランプの光が部屋をぼんやりと照らす。
バブルガムは髪を綺麗に整えて、薄らと化粧をしていた。普段は化粧をしていないのか、気づかないほどナチュラルメイクなのかは知らないが、少なくとも今は俺が見ても分かるくらいには変化があった。
……つまり、いつもよりもかなり可愛くなっていた。
(……普段から充分可愛いのに、反則だろ……これ)
思わず見惚れていると、バブルガムがニヤリと笑って俺の膝に跨ってきた。
そして俺の首に彼女の腕が回され、気がつけば唇を重ねていた。優しいキス。ゆっくりと唇が離れ、妖艶な瞳が俺を見つめる。
「むはぁ、なんだかんだ言って、シたくなったら私ちゃんを頼るんだ?」
バブルガムの右手がスルスルと俺のシャツのボタンを外していく。そして、左手は俺の右手を掴んで、彼女の胸にそっと押し当ててきた。非常に柔らかい……じゃなかった、非常にまずい。
これはもう、完全にさっき俺が起こしたのを“夜這い”か何かだと勘違いしているに違いない。よく考えたらそれも仕方の無い話だ。普通、あの時間に急にこっそり起こされて、要件が“カラスが呼んでる”と思い至るやつはいないだろうし。
「あ、あの……バブルガム、実は……つッ!?」
身体にピリッと電流が走った感覚……前のデートの時と同じ感覚だった。口は縫い付けられたように開かないのに、そのくせ彼女の胸に添えられた手だけは勝手に動いている。
「むは、ハレトはおっぱい好きだよなー。てか必死すぎー」
バブルガムの右手が俺のシャツの内側に入り込む。小さくて柔らかい手のひらが、腹の上をゆったりと旋回しながら徐々に胸の方へと上がってくる。くすぐったいのがほとんどだが、その中に少しだけ心地良さが混じっている。
(……ま、まずい。このままじゃバブルガムと……)
「むは、デケぇ身体ビクビクさせて、恥ずかしくねぇのかぁ?」
バブルガムの両手が俺の体を蹂躙する。段々と、くすぐったいと気持ちいいの割合が逆転していく。
「あぁ、ごめんごめん。恥ずかしくっても性欲に逆らえねーのか。男って理性よわよわでかわいそー。むはは!」
バブルガムが、再び俺の顔に顔を近ずけてくる。さっきみたいにキスされるのかと思ったが、バブルガムの唇は俺の耳元へ向かった。
「──ほんと犬みてぇ……ざっこ」
俺は魔力始動した。バブルガムの身体を操る魔法は、魔力始動すれば無効化できると本人が言っていたのを思い出したのだ。
「むふぁ!? ちょ、なに急に動いて……おい、どけハレト!」
さっきまでと立場が逆転した。バブルガムは今、ベッドの上で俺に組み伏せられている。
「……どいて欲しかったら、無理やりどかしたらどうなんですか。バブルガムの方が強いんでしょ?」
「ば、バカッ、身体強化で揉み合いなんてしたら私ちゃんのベッドがお釈迦になんだろーが……って、おい! なに勝手に触ってんだ!」
さっきバブルガムにやられたように、シャツの下に手を滑り込ませる。柔らかくてきめ細かい感触を、ゆっくりと指でなぞってやる。
「むふ、むはははは!! ちょ、やめろ! くすぐったい!! 手放せこら!……んっ、あっ!?」
へその少し下あたり……反応が少し違った所を、重点的に触ってみる。優しく撫でたり、指でつついてみたり、円を書くようになぞってみたりと。
そうすると、手を振りほどこうともがいていたバブルガムは段々と大人しくなった。
見ると、声を出さないように我慢しているのか、目をギュッと閉じて唇を噛んでいた。
「お腹撫でられておとなしくなるなんて、犬みたいですね」
「は、はれと……わか、わかったから、謝るから……んっ……離せぇ……」
思えば初対面の時からコイツには振り回されっぱなしだった。筋も道理も関係なく、何故か主導権を握っているのはバブルガム。
今なら分かる。きっとバブルガムは主導権を常に握って、強気な態度を取っていないとダメなのだ。それはきっと弱さを隠すための防衛本能のようなもので、普段のおちゃらけた態度なんかもそうなんだろう。
だったら今は、これまでの借りを返す絶好の機会ではないか。ちょっといじわるするくらい、バチは当たらないだろう。
「──おい坊。そなた使いも満足に出来ぬのか?」
ヒタリ、と……自分の首筋に冷たい感触を感じて心臓が跳ねた。恐る恐る振り返ると、そこには剣を俺の首筋に突きつけた幼女が立っていた。
なんで幼女が?
「むふぁ!? ヴィヴィアン、なんでオメーがここにいんだ!?」
「…………ヴィ、ヴィヴィアン?」
(……ってまさか──)
「……まったく、久方ぶりに古巣に顔を出してみれば、あちらこちらで盛りおって……もしや此方が去って鴉から兎に改名でもしたのかの?」
間違いない。俺の目の前にいるこの幼女……鴉の創設メンバーの1人にして“現四大魔女”。不殺卿ヴィヴィアン・ハーツだ──




