207.「不倫と万年筆」
【イース・バカラ】
12月24日 鴉城 ハレトの私室
『バンブルビーが晴人君を狙ってるかもしれない』
そんなふざけたことを言い出しやがったのは、スカーレットの奴だった。
何言ってんだこのバカ……と思ったが、思い当たる節が全くねぇわけでもなかったし、ちょっとは話を聞いてやることにした。
「──で、なんでバンブルビーのやつが?」
テーブルに置いた脚の向こう……スカーレットを睨みつけてそう言った。
この前ブチ切れてからずっと私のことを無視してやがったのに、急にこんな話を持ち出してなんのつもりなんだか。
「イースあんた……っていうかあんた達、気づいてないの?」
スカーレットが眉をひそめてそう言った。隣に座るバブルガムはクッキーを食いながら『むふぇ?』とか間抜けな声を出してやがる……気づいてないってなにがだ。
「むはぁ、あれか? 最近バンブルビーと晴人が朝から出かけてんの、あれ螺旋監獄に行ってんじゃなくて実は不倫してんのか!?」
「なにぃ!? そうなのかスカーレット!!」
バンブルビーのやつ、男にも女にも興味ねぇみたいな面して、こそこそハレトのこと狙ってやがったのか!?
「はぁ、呆れた。それくらい毎回オニキスに裏とってるに決まってるでしょ。ちゃんと視察に行ってるのは確認済よ」
「むはぁ、スカーレットおめぇナチュラルに重くね? 勝手に彼ピのスマホに位置情報アプリ入れるタイプの女じゃん」
「はぁ!? 意味わかんない、それなんでダメなの!?」
(スマホとかアプリとかはよくわかんねぇが、コイツがやべぇ奴なのは同意だぜ)
「やれやれ、嫉妬に狂ったトカゲか。フーはあんなふうになるなよ」
「んー、私はハレと皆が仲良くしてたら嬉しいよ? ハレも皆も好きだし!」
ベッドで寝っ転がって本を広げるラミーとフー。この2人は私らとは違って、ハレトがバンブルビーとデキてようがいまいがどうでもよさそうだ。まあラミーのやつはそもそもカンケーねぇしな。
「くっ、フーちゃんが眩しい……って、なんで私だけヤバい女みたいになってんのよ! 私が言いたいのは“指輪”よ!」
「……指輪だぁ!?」
「むはぁ……指輪?」
なんのことかさっぱりだが、まあ聞くだけ聞いてやろう。
「3日前から、晴人君が指輪をつけてるのよ……」
「むはぁ、3日前といやーちょうどハレトがバンブルビーの補佐官になった日だなー」
「な、バンブルビーがハレトにやったってのかよ……けどよ、だから何だって話じゃねぇか」
「いいなー指輪。私も結婚指輪ほしいなー」
ベッドで本を読みながら言ったフーの一言で、ピンときた。とりあえず落ち着くために酒を流し込む。
「っぷはぁ……おい、指輪ってそういうことなのかぁ!?」
「普通、異性に指輪を贈るってそういうことでしょ……絶対にバンブルビーは晴人君が好きなのよ! 間違いないわ……」
「むふぅ、バンブルビーのやつようやく吹っ切れたかと思ったら次は不倫かーあいかわらずこじらせてんなーあいつ」
「な、なんてこった……今あいつ、ハレトが補佐官になったから日中ほとんど一緒にいやがんだぞ!?」
「むはぁ、今はハレトがバンブルビーに服着せたりしてんだもんなー……きっと風呂で背中とかも流させてんだぞあいつ」
思ったよりもまずいことになってんじゃねぇかと、ようやく理解が追いついた。確かにハレトの野郎は基本的に嫌と言ってもちょっと脅せば大抵の事は受け入れやがるからな。
あんなすぐに人の顔面をボカボカ殴るバンブルビーなら、言いなりになっちまうに違ぇねぇじゃねぇか。
「……アホくさ。あの駄犬如きに黒鉄がなびくわけがないだろうが」
「んだとラミー! そもそもテメーが最初にバンブルビーとハレトがどうとか言い出したんだろうがコラ!!」
「ええいやかましい! そんなに気になるなら今から黒鉄の所へ行けばいいだろうが!! 私の部屋で叫ぶなこのアル中が!!」
「てめぇの部屋じゃなくて俺様の部屋だよボケ!!」
「いやアンタの部屋でもないわよ!! けどまあ、そうね……私ちょっと行ってくるわ」
スカーレットの言葉に、全員の視線が吸い寄せられた。
「むはぁ、私ちゃん、ハレトとバンブルビーが部屋でしっぽりしてるに1票」
「やめてよバブルガム!……私は、ハレト君を信じてるわ。でも一応確認はしなきゃだから……」
「ぷはぁ……俺様も行くぜ。もし不倫なんてしてやがったら半殺しだぁ!!」
「じゃあ私も行かなきゃ! ハレに回復魔法かけてあげないと! ラミーも行こうよ!!」
「やれやれ、この私がバカ共の引率をしてやるか」
かくして、私たちはバンブルビーの部屋へ向かうことになった──
* * *
「──ふふ、そんなに固くなっちゃって……ダメだよ焦っちゃ。落ち着いてゆっくり、ね」
「す、すみません……こういうことするの初めてなもんですから、どうしても力んじゃって」
「あっ、だめ……もっと優しくして? じゃないと壊れちゃう……」
バンブルビーの部屋の前に着くなり、聞こえてきた会話がこれだった。
スカーレットは血走った目でドアに耳をくっつけて、バブルガムのやろうは見えるはずねぇのに鍵穴を覗き込んでやがる。
フーはなにやらソワソワして喋りだしそうになってるが、それをラミーが止めている。
私は冷静だった。冷静に扉をたたっ斬ろうと“夢花火”に手をかけたところだった。
「──あぁ、ごめんなさいバンブルビー! 俺、なんて事を……バンブルビーの顔に……!!」
「……別にいいよ、もうそろそろ限界かなって思ってたしね……あ、服に垂れちゃった……」
「大変だ……すぐに拭くものを持ってきますね!」
「ふふ、焦らなくていいっ言ったのに……“本番”はまだこれからなんだから……」
バブルガムのやろうが、口パクで『しっぽり!!』と言ってドヤ顔してやがる。その顔目掛けて私が“夢花火”を抜いたのと、スカーレットのバカが“オールドタワー”を振りかぶったのはほとんど同時だった。
──ドガァンッー!!!!
バラバラになった扉が、すんでのところで魔剣を避けたバブルガムと一緒に部屋の中に飛び散った。私も刀を担いで部屋の中へ押し入る。
ハレトのやろう、この私というものがありながら──
「よぉハレト!! てめぇもうパンツは履いてるかぁ!?」
爆煙の向こう、ぼんやり見えるシルエットに向かって怒鳴った。後ろからスカーレットのやつが続いて入ってくる。
「大事にするって言ったのに大事にするって言ったのに大事にするって言ったのに大事にするって言ったのに大事にするって言ったのに大事にするって言ったのに大事にするって言ったのに……」
スカーレットは目が据わってやがる。こいつちゃんと“半殺し”で止めれんのか……“全殺し”しかねねぇ雰囲気だぞ。
「──これは、なんのつもりかなぁ。イース、スカーレット……説明してくれるよね?」
煙の中から出てきたのは、顔に黒い汚れをつけたバンブルビーだった。ありゃあ何だと考える前に『ええい、煙たい……』と、ラミーが煙を風魔法で消し飛ばす。
そうして部屋の全貌が明らかになったところで、私は全てを察した。
「だ、大丈夫ですかバブルガム!?……何故扉と一緒に吹っ飛んで……というか、なんのつもりですかイース、スカーレット!! もしかして今日は2人とも酔ってるんですか!?」
「酔ってない!! 私は晴人君とバンブルビーの不倫を止めに来たのよ!!」
「……ごめんなさいちょっと意味が分からないです」
「とりあえず、落ち着いて説明してくれるかな。何をどう勘違いしてそうなったのか」
「え……勘違い?」
──スカーレットはさっき私とハレトの部屋で話した“指輪”の件を、バンブルビーに伝えた。それに対するバンブルビーの言い分はこうだった。
「あの指輪、俺が辰守君にあげたのは確かだけど、ただの入団祝いだよ。そもそも指輪じゃなくて“指輪型の魔剣”だし」
「な、じゃあ、今部屋でハレト君としてたいやらしい会話はなんなのよ!?」
「……? 俺はただ、辰守君がクリスマスのメッセージカードを君たち恋人諸君に書きたいっていうから、紙とペンを貸してあげてただけなんだけど」
「そうですよスカーレット。その、サプライズで渡そうと思ってたので、この部屋を借りて書いてたんです。ただ、万年筆使うのとか……こ、恋人に手紙を書くのなんて初めてだったから、緊張してしまって……」
「そうそう、それでペン先折っちゃったんだよね。それでインクが跳ねて俺の顔に……まあ、もう何十年も使っててそろそろ限界だったからね。あのペン」
「ほんとすみません……“練習”段階で折っちゃって……」
顔にインクを付けたバンブルビー。ハンカチを持って固まってたハレト。机の上の壊れた万年筆と染み出したインク。私はこれを見た瞬間に、だいたいそういうことなんだろうと察しは着いていたが、スカーレットのバカは今頃追いついたらしい。
まあ、私のためにメッセージカードを書いてたってのは、正直予想外だったけど……。
「…………あ、あの……す、すみませんでした」
「ったく、バカが早とちりしやがってよ。すみませんで済んだら螺旋監獄は要らねぇんだよスカーレット」
「むはぁ、あたかもスカーレットだけが暴走したみてーな口ぶりだなーイース。無理あんぞそれ」
「うん。俺もこの前スカーレットの部屋の扉壊しちゃったから、その件はこれでおあいこね。イースは歯を食い縛ろうか」
今回はハレトが半殺しになることはなかった。
が、私が顔に特大のアザを作る羽目になったから、結果的にフーを連れてきたのは正解だった──




