206.「カタストロフと弟子」
【辰守春人】
「──いいかい。魔法は大きく3つに分けられる……なんて世間では言われがちだけど、もっと突き詰めると魔法は2つに分けられるのさ」
「ほう。というと?」
「ずばり、先天型と後天型さ!」
現在、俺はランチの時に作っておいたアップルパイをラムと一緒に食べながら、魔法学の講義を受けている。
そして、開始早々訳の分からない単語が出てきた。
「先生、さっぱり分かりません」
「超簡単に説明しよう! まず先天型とは親から引き継いだ魔法……つまりラインハレトで言うところの回復魔法とかのことだね!」
「……ふむ」
「で、後天型というのは、元々は無かったけど後から発現した魔法のことさ!」
「……ほう」
「ちなみに先天型は系譜型……後天型は起源型、願望型って呼ばれたりもするんだ!」
「……はあ」
別に一切ふざけている訳では無いが、俺がこれまで培ってきた勉強の分野とは畑が違いすぎて、静かに聞くので精一杯だ。
「ん〜、例えば親が火の魔法を使っていたとしようか。そしたらその子供は先天型の火の魔法と、その子供独自の後天型魔法が使える可能性があるわけだよ」
「なるほど、ようやく分かってきたぞ」
さすがバンブルビーをして『セイラムは魔法式に精通している』とまで言わしめただけはある。説明の仕方とか内容に説得力があるな。
「こういったことから、魔女同士で何世代も交配している貴族の魔女なんかは、強力な魔法を使えるやつが多いのさ!」
「へー。じゃあもしかして、赤魔法とか青魔法の比率とかもそれに関係してるんですか?」
「おお、まさにそのとおりさ!! ラインハレトなかなかこっちの才能あるねぇ!!」
「そ、そうか? 照れるなぁ……」
そう。俺は褒められて伸びる子である。この調子でお願いします先生!
「そもそも魔法の起源を辿っていけば、第1世代の魔女が使った魔法に突き当たるんだ。第1世代は親からの系譜、つまり先天型がないわけだから、総じて後天型魔法になるよね」
「そうですね先生」
「そして、さっきも言ったけど後天型は願望型とも言う。つまり、あんなこといいな、出来たらいいなーって思ったことが魔法になるやつのことさ! 第1世代の魔女達は自分が魔女だって気が付かない人がほとんどだったと思うんだ。そんな人達が常日頃思うことってどんなことだと思う? 大抵は、病気にかかりたくないなぁとか、もっと早く走れたらいいなーとか、そんなものだったと考えられるよね」
「……たしかに」
「肉体にまつわる赤魔法が圧倒的に多いのは、単に多くの人が一般的に思う『あんな夢こんな夢』の比率がそっち方面に偏ってたってことなのさ!」
正直、ここまでわかりやすい講義をされると一周まわって悔しさが込み上げてきた。
どうして牢屋にぶち込まれた時に、ラムじゃなくてイースと出会ってしまったのかと。あの、何でもかんでもとりあえず殴って教えるスタイル……思い出すとラムとのギャップでおかしくなりそうだ。
まあ、たしかにさんざん殴られはした。それでも、イースとはあそこでしか出会えないのだとしたら、やっぱり俺はイースと巡り合う道を選ぶだろうけどな…………と、心の中でイースにフォローを入れておこう。
「さて、じゃあそろそろ本題にはいろうじゃないか。僕が得意な“魔法式”は、魔女の体内で構成されている魔法発動のメカニズムを、特殊な文字や陣として式に起こす方法のことさ」
「……魔法陣書いて魔力込めたら、魔法が発動するってあれですよね先生」
「イエース!! 飲み込み早いね!!」
「えへへ、ありがとうございます」
ラムを見ていると危なっかしくてほっとけないと思う反面、今は凄い面倒見のよさというか、母性のようなものさえ感じる。
これが天然の求心力。カリスマと言えばいいのか……いや、どちらかと言うと人たらしと言った方が近いか──
なんにせよ、組織の長を務めるような人物は、常人にはないものを何かしら持っている。そういうことなんだろう。
「魔法式のいい所は、なんと言っても式に魔力さえ込めれば誰でも色んな魔法が使えるってこと。それも均一なクオリティでね。ちなみに悪いところも一緒」
「ああそうか……確かに魔法式を転写とかされたらあっという間にパクられちまうもんな」
「そう! だから取り扱いには細心の注意を払わないと、長年の研究成果があっという間に盗まれちゃうなんてことに……なるからね…………うぅ」
ラムはセリフがどんどん尻すぼみになって、ガックリと項垂れた。どうやら思い出したくないことを思い出してしまったようだ。
「……盗まれたのか」
「……たぶん、君のとこのボスにね」
これもきっと今朝の話のことだろう。アビスとレイチェル、そしてバンブルビーがラムを討伐しに行った際、俺が着けているこの“指輪”以外にもきっと“戦利品”があったはずだ。
例えば、ラムの魔法式の研究資料とか。
(まあ、昔のことをほじくり返しても仕方ないし、とりあえず別の話題に変えようか……いや、その前にこの際だから“これ”のことを聞いてみるか)
「で、どうやったらこの指輪みたいな便利グッズが作れるんだ?」
「……便利グッズ?……何その指輪……ってそれ僕の“カタストロフ”じゃないか!! なんで君が持ってるんだい!?」
「バンブルビーに貰った。てか、これカタストロフって言うのか……」
「くぅ、レイチェル・ポーカーから逃げる時に落としたとは思っていたけど……まさか鴉に回収されてたなんてぇ!!」
「まあまあ、完全に無くしたりするよりはよかったんじゃないか?」
「……むぐぐ、まぁたしかにね……それに君が持ってるなら、まあ良しとするさ……むぐぐ」
「めちゃくちゃ悔しそうじゃねぇか」
俺が自分で拾ったものとかなら全然ラムに返すんだが、あくまでもバンブルビーからの入団祝いのプレゼントだからな。入手の経緯を考えるといろいろ複雑だけど、やっぱりそう簡単にラムにくれてやるわけにはいかない。
「言っておくけど、そのカタストロフと同じのを作るのは相当難しいよ。僕だって何年もかかって組み上げた魔法式でようやく作れたんだからね」
「……じゃあ、俺みたいな素人が作るのは無理ってことか」
「というか、何で君はそんなものが作りたいんだい?」
「俺はほら、まだ魔剣が上手く作れねぇだろ? だから技術とか経験云々を省略して、魔法式で魔剣を作れたらいいなって思ったんだよ」
龍奈を助けるにあたって、一番シビアな問題は“時間”だ。フーを使って俺をおびき出して殺す……それがアイツの任務だった筈なのに、龍奈は俺とフーを逃がした。
単なる任務失敗で片付けられるほど、魔女狩りが甘い組織だとは思えない。失敗どころか裏切りだなんてもしバレたら──
だから一刻も早く龍奈を助け出さないといけない。けど、アイツが居る場所を探すのだって簡単じゃないだろうし、悠長に修行してる暇なんてないのだ。
「なるほど……確かにカタストロフみたいな高性能の邪悪なる魔剣はすぐには無理だろうけど、何の変哲もない魔剣を作る魔法式なら結構簡単に作れると思うよ?」
「……そうなのか?……じゃあそれを教えてくれラム、頼む!!」
ラムが言う高性能な魔剣と何の変哲もない魔剣の差が今ひとつ分からないが、俺にもできる可能性があるなら願ったり叶ったりの話だ。
「そこまで言うなら仕方ないね! 君を邪悪なる魔眼の魔女セイラム・スキームの最初の弟子にしてあげるよ!!」




