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205.「邪悪星と魔法学」


【辰守春人】


──元四大魔女のセイラム・スキームは、想像よりもずっと親しみやすく、博識で、そして聞き上手だった。


「──へー!! それで今に至るというわけなのかい!? ラインハレト、君は僕が出会った人間の中でも最高にクールだね!!」

「そ、そうか?……へへ、なんか照れるな」


 俺が(レイヴン)に所属していることを知ったセイラムは『なんで君みたいな子が!? 誰の眷属なんだい!? どんな魔法を受け継いだのさ!?』


……と、フーもびっくりの疑問符攻撃をかましてきた。順番に1つずつ説明していくと、彼女は『そんなことあるの!?』『……酷い、なんてことだい』『うぅ、無事でよかったねぇ……』というふうに、時に笑い、時に泣きながら、真剣に俺の話に耳を傾けてくれた。


 この数ヶ月で色々とあったけど、自分の数奇な現状を全部ひっくるめて打ち明けたのは、彼女が初めてだった。

 彼女には自然と心の内を打ち明けてしまう、不思議な安心感というか、暖かさがあった。


「ラインハレト。色々と大変なこともあるだろうけど、困ったことがあれば僕に相談しておくれよ」

「……ラム。ありがとうな」


 いつの間にか俺は彼女のことを“ラム”と呼ぶようになり、出会って一時間程だが、もうすっかり気の合う友人になっていた。

 こんないいやつが凶悪な魔女だったなんて、ここに入れられているのも何かの誤解だったんじゃないかとさえ思う。


「あ、そういえばそろそろランチにしようかと思っていたんだよ! ラインハレトも一緒に食べるかい?」

「いいのか? っていうか、よかったら俺が作ろうか。料理は得意なんだ」

「ほんとかい!? うわぁ、やったぁ!! 嬉しいなぁ〜!!」

「おいラム、あんまりでかい声出すとまたむせるぞ。ちょっと待ってろ。材料見てテキトーに作るから」


 ラムの部屋のキッチンを見てみると、デザインこそ違えど備品や食材の内容は殆どルーの部屋と変わらなかった。


(ふむ……ルーにはゼリーがえらくウケたからな。今回はもう少し凝ったデザートを用意しとくか)




* * *




「──お、美味しいッ!!」


 出来上がった料理を食べたラムは、そう言って俺の方に顔を向けた。


「こんな美味しい料理を食べたのなんて久しぶりだよ!! これが中華料理っていうやつかい!? 美味しすぎてどうにかなっちゃいそうだよ僕は!!」

「はは、大げさだな」

「大げさじゃないとも! 僕の邪悪なる専属料理人といい勝負だよ!! うん、邪悪星3つだね!!」

「……なんだよ邪悪星って」


 今回はデザートの方に手を掛けたかったから、速くかつ品数も増やせる中華にしてみた。自分の家にはないデカいコンロと中華鍋を使うと、やはりテンションが上がる。

 自分で言うのもなんだが、結構いい出来だったと思う。なんか星も3つ貰ったしな。


「……はふ、はふ……あ、熱い……!」

「おいおい、炒飯がこぼれてんぞ……」

「……ああ、ごめんよ。僕ちょっと目が悪くてあんまり手元が見えてないんだよ」

「そうだったのか? どれくらい悪いんだ?」


 そういえば、俺が部屋に入ってきた時も俺に全然気が付いてなかった。あれは単純に目が悪くて気づけなかったってことだったのか。


「どれくらいって、隣に座ってる君の顔も見えないよ。ほら……ここまで近付いてもまだ見えないし……」

「……ちょ、ラム……」


 スプーンを置いたラムが、急に俺の顔に自分の顔を近付けてきた。俺の太ももに両手をついて、じっと俺の顔を見つめている。


「う〜ん。ダメだね、あんまり近づき過ぎても今度は顔全体が見えないや」

「……ほとんど何も見えてねぇってことは伝わったよ」


 俺がそう言うと、ラムは満足したのかソファに座り直して食事を再開した。さっきテーブルに置いたスプーンさえ手探りで探しているから、スプーンを取って手渡してやる。


「ほらよ……これ日常生活に支障出まくってんじゃねぇのか?」

「まぁ、慣れれば案外大丈夫だけどね。それにこうなったのも自業自得だから……」

「……元々目が悪かったわけじゃないのか?」

「うん。君のとこのボスとやり合った時にね……ま、仕方ないさ。食べよ食べよ!!」


 ラムは気丈に笑って見せたが、やはり何処か寂しそうで、依然彼女のスプーンからはポロポロと炒飯がこぼれ落ちている。どうなんだろうか……怪我とかならいけるんじゃないのか?


 俺は本当に考え無しに、ラムの名前を呼んだ。


「おい、ラム」

「ん? なんだいラインハレト」

「ちょっと目閉じてろ」

「……? こうかい??」


 振り向いて素直に目を閉じたラムの顔に、俺は手のひらをかざした。ヘリックスが言っていた言葉を忘れたわけじゃなかったけど、俺は前回ここに来た時から気づいていた。


 俺はここで魔法が使えるということに。


 白い光がラムの顔を包む。目を閉じていてもさすがに光は感じたのだろう、ラムは驚いて身を強ばらせた。俺は構わずそのまま回復魔法を当て続ける。


「な、ななな、急になんだいラインハレト……今これ何をしてるんだい!?」

「……いいから、ほれ。ちょっと目開けてみろ」


 おっかなびっくり、ラムがゆっくりと瞼を持ち上げた。さっきまで灰色だった瞳は、彼女のメッシュと同じ紫色に染まっていた。


「…………み、見える……目が見えるよ……!」

 彼女の瞳が、しっかりと俺の像を映しているのを感じた。どうやら魔法はちゃんと効いてくれたらしい。


「よかったなラム。これで炒飯こぼさずに食えるぞ」

「……ラインハレトー!! 君はなんていいやつなんだぁぁぁ!!!!」

「あーもう、わかった……わかったら抱きつくな! 角が刺さってんだよ!!」


 よっぽど嬉しかったのか、ラムは猛烈な勢いで飛びついてきた。引き剥がそうとしたけど、胸の辺りが涙で湿るのを感じて、もう少しだけ胸を貸してやることにした。


「──ふう」

「……おちついたか?」

「ああ、おかげさまでね……ふふ、ほんとに見えてる。嬉しいなぁ」


 ラムは辺りをキョロキョロ見回して、嬉しそうにそう言った。何百年も悪くしていた目が治ったんだから、誰だって嬉しいだろう。


「ほれ、嬉しいのは分かるけど飯も食わないと冷めちまうぞ。中華は冷めると急に不味くなるからな」

「そ、それは大変じゃないか!! 早く食べようラインハレト!!」


 目がすっかり良くなったラムは、その後も炒飯をボロボロこぼしながら食った。普通にそそかっしいだけだったのかよ。





* * *





「──ヘリックスが迎えに来ねぇ」

「ラインハレトが来てからもう2時間以上は経ってるのにね。連絡手段とか無いのかい?」

「無い」

「……君、よくそれでこんな得体の知れない空間に来たね……僕なら泣いて抵抗するよ……」

「叫んだけど無理やり送り込まれたんだよ。ほぼ囚人扱いだろこれ」


 キッチンでラムと皿を洗いながら時計を眺める。前回ルーのカウンセリングをした時はだいたい1時間くらいで迎えに来たのに、今日は一向に迎えに来る気配がない。


 試しにドアに向かって名前を呼んでみたりしたけど何の意味もなかった。


「……ふふふ」

「ん、何笑ってんだよラム」

「えっ!? いや、ほら……僕の部屋にヘリックス以外が来るのなんてほんとに久しぶりだし、その……」

「……その?」

「……だから、もしヘリックスが迎えに来なかったら、今日はラインハレトと一緒に居れるのかなって……ヘリックス、君のこと忘れてたらいいのに……」


 胸が痛かった。俺は気楽にカウセリングに来たけど、ラムはずっとこの螺旋の塔に幽閉されているんだ。長い期間で人恋しさを麻痺させることは出来ても、きっと根本的には解消するものではないのだろう。

 だからこそ、こうやって久しぶりに他人の存在に触れて、彼女はこんなにも寂しそうな顔をしているんだ。


「あ、変なこと言ってごめんね……僕はよくてもラインハレトは困るよね! そうだ、僕が魔法式について教えてあげるよ! こう見えても僕、魔法学に関してはかなりのものだと自負しているのさ!」

「……それって短時間で習得できるようなもんなのか?」

「……え、いや……基本的な座学だけでも……それなりには……えへへ、やっぱり別のことにしようか! そうだ、一緒にお風呂でも──」

「じゃあ、完璧に教えて貰えるまで()()()()()()()()()()()()()。」

「……え?」


 ラムは俺の言葉の意味を理解しかねているのか、しばらくの間フリーズした。

 そして、たった今余計なことを言わなければもしかして一緒にお風呂に入れたのではないかという可能性に、俺は俺で混乱していた。


「……あ、あの、これからも僕のところに来てくれるのかい?」

「使えるもんはなんでも使って強くならないとだからな。魔法式はきっと役にたつだろうし、それに俺達もう友達だろ」

「び、びゃあああああああああ!!!! やっぱり君は良い奴だあぁぁ!!!!!」

「ああもう分かったから飛びつくなって、角が痛ぇよ」


 バンブルビーがこうなることを見越して俺をここに来させたのかはまだ分からない。

 けど、結果的に今日この日をもって、俺に元四大魔女の友達、兼、師匠が出来た──





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