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203.「天使と悪魔」


【辰守春人】


「──で、一体全体なにがどうなったら、私の部屋でイースが晴人君を襲うなんてことになるのかしら?」


 スカーレットの尻尾の先が、正座してそっぽを向いているイースの顔をグリグリと小突いた。

 その隣で正座する俺は、この状況を必死に打開しようと頭を回転させていたが、これといった妙案も浮かばず、むしろ浮かんでくるのは冷や汗ばかりという有様だった。


「あぁ!? 俺様は何も知らねーよ! ハレトがお前の部屋に入っていくの見かけたから、気になって問い詰めてただけだ!!」


(…………い、イースの奴、俺だけ売りやがった……!! やっぱイースだよちくちょう!!)


「はぁ? そんな話私が信じるとでも思ってんの!? なんで春人君があたしの部屋に勝手に入るのよ!」

「ふん、欲求不満なんじゃねぇのか? どうせお前の下着でも漁ってたんだろ。まったく嫌になるぜ、この城にはハレンチやろうしかいねぇのかよ……」

「はぁ……もういいわ、アンタと話してると一面氷漬けにしちゃいそう……さっさと出て行って!!」

「へいへい、言われなくてもこっちから出て行くっつぅんだよ……ったく、イライラしやがって。生理か?」

「……死ね!!!!」


 スカーレットが強烈な尻尾ビンタをお見舞いしたが、イースはそれをひょいと避けてさっさと部屋から出て行ってしまった。怒りにわなわな震えたスカーレットと、正座したまま滝汗を流す俺を残して。


「……晴人君」

「……は、はい……」


 ヤバい、ヤバい。この状況控えめに言ってヤバすぎるだろ。なんて言って言い訳すればいいんだ、正直に言ったら後でイースにしめられそうだし……かと言って下手な嘘は通用しないだろう。

 さすがのスカーレットも怒ってる筈だし、さっきの尻尾ビンタが瞬きした次の瞬間に飛んで来ても何も不思議ではない。


「……あの、紅茶でも飲む?」

「え……い…………頂きます」

「じゃあ、ちょっと待っててね。とびっきり美味しいのご馳走するから」


 スカーレットはそう言ってベッドの下から紅茶を取り出して、せっせとお茶の用意をし始める。俺は呆気に取られて、ただその様子を眺めていた。

(……スカーレットさん、もしかして怒ってらっしゃらない?)


「晴人君……」

「は、はい!?」

(や、やっぱりおこってらっしゃる!?)

「もう、いつまで正座してるの? ソファで待っててね」

「…………は、はい」





* * *




「いやぁ、この紅茶美味しいですね……なんというか、今まで飲んできた紅茶とは比べ物にならないです」

「そうでしょ!? やっぱり香りが違うのよねー香りが」


 スカーレットの絶品紅茶を頂きながら、隣に腰掛ける彼女の顔を盗み見る。どうやら怒っている感じはなさそうだけど……もしかして無かったことにしてくれるのか……家宅侵入罪の件。


「そういえばスカーレット、洗濯物はどうなりました? 順調に進んでますか?」

「朝から頑張ってようやく半分ってところかしらね。ブラッシュの魔法でささっとすすぎ洗いして、ラミーの魔法で乾燥かければもう終わるんだけど……なんかブラッシュが見当たらなくて」

「へー、そうなんですね……後でブラッシュ探すの手伝いますよ俺」

「ほんと? 助かるわ春人君……で、私の部屋で何してたの?」

「……っぶほっ!!!!」

「きゃぁっ!? だ、大丈夫!?」


 あまりにも突然の不意打ちで、思わず紅茶を吹き出してしまった。全然家宅侵入罪の件は無かったことになんてなってなかった。


「す、すす、すみません……ちょっと紅茶が気道に、すぐ拭きますから……ええっと、何か拭くもの………」

 できるだけ平静を装って、俺はズボンのポケットに入っていたハンカチでテーブルを拭いた。この間に何か言い訳を考えなければ……!!


「…………春人君」

「はい!? なんですかスカーレット、今日はほんといい天気ですよね!! 洗濯日和(せんたくびより)ですとも!!」

「ええ、そうね……じゃなくて、それ……」

「……それ?」


 スカーレットが指さした方を見る。俺の手だ。テーブルを拭く俺の手…………いや、これは──


(………………やれやれ、終わったな)


「……晴人君、なんで私の下着持ってるの?」


 ズボンのポケットに入っていたのはハンカチではなかった。さっきクローゼットでスカーレットの下着を漁っていた時のことだ……ブラッシュ達が入ってきて、俺は驚いた拍子に手に持っていたモノをズボンに突っ込んだ。

 そう、それはズバリ、スカーレットのピンクのショーツである!!


「……あ、洗って返します」

「え……」


 紅茶でびちゃびちゃになったショーツを見て、咄嗟に出たセリフだったがこれはよくない。よくないが過ぎる。完全に変態のそれである。


「えーっと、その……返さなくていいわよ?」

「ほんとすみません誤解なんです聞いてくださいこれにはわけがあるんですスカーレットォォ!!」

「ちょ、近い近い近い!! 待って春人君落ち着いて!?」

「……あ、ご、ごめんなさい……そうですね、こんな下着泥棒に近寄られたら不快の極みですよね。ほんとごめんなさい……どうか婚約解消だけはご勘弁を……」

「ち、ちが、だから落ち着いてってば……その、私さっきまで大量の洗濯物をもみ洗いしてたから……その……汗臭いかも……だから……」

「……え、あの……怒ってないんですか?」


 普通、自分の部屋に男が不法侵入していて、ポケットの中から自分の下着を取り出したらどういう対応をするだろうか。

 回し蹴りである。そんな野郎回し蹴りしてドロップキックである。少なくとも龍奈ならそうするはずだ。


 だというのに、このスカーレットの態度は一体全体どういう──


「その、確かにイースが嘘ついてなかったこととか含めて、いろいろとびっくりはしたけど……その、なんか嫌じゃない……っていうか……」

「………………????」

「わ、私の……下着がほしいなら、その……別に、盗らなくても、言ってくれれば……あげるのにっていうか…………」

「……そ、それは……どうも……?」


 スカーレットの思考回路がどうなってこうなっているのかがさっぱり分からないが、別に彼女が怒っていないならこれはもう何の問題も無いのでは? 


 というかそもそも盗ろうとして盗ったわけでもないしなこのパンツ。


「それで、その下着……もう、その……つ、使ったの!?」

「つか!?……使ってませんけど!?」


 なんだなんだ、いつまでこの下着の話をこする気なんだスカーレットは……だいたい怒ってないならもういいではないか! 天気の話とかしようよもうさあ!!


「あ、あれでしょ……あ、これブラッシュから聞いたんだけどね?!……その、男の子って溜まるんだってね!?」

「スカーレットさん!?」

「ほら! 最近私たちみんな晴人君の部屋で寝泊まりしてたからその、なんて言うんだっけ……じ、自家発電? 的なものが出来てないのよね!?」

「ス、スス、スカーレットさん!?」


 急に顔を真っ赤にしてなんて事を言い出すんだこの人は!? というかブラッシュの奴余計なことを吹き込みやがって……!!


「あ、あの!!」

「は、はい!?」


 何かしらの意を決したように、スカーレットが一際大きい声でそう言って、俺の方に向き直った。すごい汗である。お互いに。


「わ、私が……その、手伝いましょうか?」

「…………………………………………………はい?」


 今この人なんて言った? ワタシガテツダイマショウカ? 私が手伝いましょうか? 

……って何を? もしかしてナニを!?


「……あ、あの、スカーレット……ブラッシュにナニを……いや、何を吹き込まれたのかは知りませんが……あまり良くない意味のことなんで、そういうことは言わない方が……」

「い、意味ならちゃっと……ちゃ、ちゃんと分きゃ、わかってるから!!」

「…………めっちゃ噛んでますけど」

「めっちゃ噛んじゃったけどっ!!…………わ、分かって言ってるから!!」


 つまり、そういう意味だと理解した上でのワタシガテツダイマショウカってこと?

 どういうこと? そういうこと!?


 脳がこの状況に追いついていない。完全に処理落ちしている。けど、目の前のスカーレットが俺に向ける眼差しは真剣だ。その真剣さだけは理解できる。

 潤んだ瞳……きっと恥ずかしさとか、不安とか諸々押し込めた上での発言だったに違いない。


 頭の中で、天使と悪魔がせめぎ合っている。


「ふふ、据え膳食わぬはなんとやら……あれこれ考えずにここはパクッと頂いちゃうべきよ辰守君」

「ダメだダメだ! スカーレットとはまだ知り合って間もない……もっとお互いのことをよく知って、段階を踏んでからそういうことはするべきだよ辰守君!」

「笑止。恋愛には決まったルートもステップもないのよ。早々に体を重ねることはそんなにイケないことかしら? 誰かに迷惑かかるのかしら?」

「……う、そ、それは……」

「ふふ、奥手なのは単に気持ちいいことをまだ知らないからよ……ほーれ、べろちゅー光線ビームビー!!」

「……あ!?……んっ、ら、らめぇぇぇぇえええ!!」


────くそッ、天使が弱すぎて話にならんっ!!!!


「……晴人君」

「へっ、 あ、はい……?」


 ダメだ、あんまり黙ってるとスカーレットが泣き出しかねない雰囲気だぞ。いや、しかしもしかしたら気が変わったのかもしれない……とりあえずスカーレットの話を聞こうではないか……。


「その、私たちってもう付き合ってるんだよね」

「……少なくとも、俺はそのつもりです」

「じゃあ、晴人君と私がそういうことするのって、別におかしくないよね……」

「お、おかしくは……ないですね……」

「春人君はさ、私とそういうこと……まだしたくない? 私って他の皆よりも……魅力、ないのかな……」


──ハッキリ言うと、そういうことはまだしたくない。

……と、俺の理性は言っている。なぜなら俺の今の最優先事項は、龍奈を魔女狩りから助け出すことだからだ。スカーレットとは婚約までしたが、それは大前提として“生き延びるため”だ。


 もちろんスカーレットのことは好きだし、心底惚れている。こんな素敵な女性、好きになるなと言う方が無茶だ……だからこそ揺れている。理性でなく、もっと本能に近い感情は、きっと彼女とそういう関係に進むことを望んでいるのだ。


「……別に、スカーレットに問題があるわけじゃないんです…………ただ、俺自身の問題っていうか……」

「……そう、なんだ…………あの、もし晴人君がまだそういう経験が少なくて悩んでるなら、気にしないでね? 私も、その……まだしたことないし……」


(それは知ってます……イースがこの前言ってたし……)


 度々感じてはいたけれど、スカーレットはこの手の事に関してかなり積極的だ。初めてのキスもスカーレットからだったし、イースに抱きつかれていた現場を目撃された時は、自分も抱きついてきたりと……その度に俺のなけなしの理性が吹きとばされそうになっている。


 だから、頼むから、あまり挑発的なことを言うのはやめて欲しい。我ながら情けないが、俺は流される時は流される自信がある。


「…………ねぇ、晴人君……」


 押し黙ってしまった俺の手を、スカーレットの手がそっと包み込んだ。柔らかくて、とても暖かい。

 スカーレットはそのまま、俺の手の指をゆっくりと開いて、自分の手と交差させた。

 ピッタリと繋がれた手から視線を上げると、宝石のような朱色の瞳が、妖艶にこちらを見つめていた──


「──もう私の身体、晴人の好きにしてもいいんだからね……?」


 スカーレットのこの言葉を聞いた瞬間……何かが壊れる音がした。


「…………ッ!?」


 何かが壊れた音の方を見ると、地面に倒れた扉の上に、イースとバンブルビーとラミー様が三段重ねになっていた。


「……何してるの……3人とも……」

 ベッドからゆらりと立ち上がったスカーレットが、地面でサンドイッチになっている3人に、冷えきったトーンでそう言った。


「いやあ、何かイースからスカーレットと辰守君が2人きりでいやらしいことしてるって聞いてね……ほら、ちゃんと避妊するか姉として確認を……」

「わ、私は犬とトカゲがどんなふうにまぐわうのかと、興味が湧いたからついてきただけだ」

「くそ、後ろからグイグイ押しやがって……酒が割れちまったじゃねぇかもったいねぇ!!」


 うん。これまでの経験上きっとこういう展開なんだろうなと思っていた。思っていたさ。思っていたけどさぁ……。


「……く、ぎっ、くぅ、もう……最低っ!! みんな早く出てってよ!!」

「……す、スカーレット」

 意気消沈する俺とは違って、この状況にスカーレットはお怒りの様子だ。まあ当然と言えば当然である。それにしてもすごい形相……食いしばった歯から血が出そうな勢いだ。


「おいおいスカーレット、俺様達を追い出して何するつもりだテメェ……あぁ、そういえばさっき『私の身体、晴人の好きにしていいんだからね……』とか言ってやがったなぁ!?」

「うるっっさいわよ!! そうよ!! 晴人君とエッチなことしようとしてたわよ!! なんか文句ある!?」

「んな、も、文句って……俺様はただ、お前が急に(さか)りやがるから……」

「へーじゃあアンタはしたくないんだエッチなこと!! 別に!? 私はアンタじゃないからどうでもいいけど!! でもねぇ、アンタだって私じゃないんだから、他人の事に口出さないでくれる!? 私は晴人君のことが好きなの!! 好きな人とはずっと一緒にいたいし、エッチなことだってしたいのよ、この……バカァッッ!!!!」


──────静寂。


 ブチ切れたスカーレットの荒い息使いだけが、しばらく耳に届いていた。

 イースも、ラミー様も、バンブルビーでさえも、気まずそうに押し黙っている。どうすりゃいいんだこれ。


「──そう、つまり恋愛の在り方は人それぞれ……正解も不正解もないということよ」

 いつの間にかギャラリーに混ざっていたブラッシュがそう言った。


 いやお前が締めるんかい。

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