197.「視察と恋愛脳」
【辰守 春人】
鴉の構成員は大まかに2種類の役割が割り振られる。魔女狩りや凶悪な魔女を狩る“戦闘班”と、居住である鴉城がある島を守る“防衛班”の2つだ。
戦闘班は情報収集などのために城の外で活動する事が多く、逆に防衛班は基本的に城がある島から離れることは少ない。
ちょうど今みたいに戦闘班の面子が城に戻っている期間のみ、外へ出て喫茶店を経営したりして金策をするのだ。
ちなみに鴉城が襲撃されたことはここ数百年記録に無いらしい。まあ、そんな命知らずそうそういなくて当然だろうけど。
しかし、聞けばそんな命知らずも全くいなかったかと言うとそうでもないらしい。人間を支配したいと考える“至高主義”の軍勢が攻めてきた事もあれば、ブラッシュやラミー様の所属していた組織の元同僚が、単身で乗り込んできた事もあったとか……。
そして当然そういった輩は、ことごとく返り討ちにあって命を散らしたり、あるいは螺旋監獄にぶち込まれることになった──
「──だから、螺旋監獄には俺たちがぶち込んだろくでなし達がわんさかいてね、刑期を終えた後の釈放の権利とか、更生の協力の一環とかで定期的に視察に行かないといけないんだよ」
「はぁ、それはまた大変そうですね」
「うん。実際これがもう面倒でね……時間はかかるし、ストレスも溜まるし、正直誰かに代わってもらいたい業務ではあるよね」
「………つまり、そういうことですか」
「まあ、そういうことだね」
──かくして、俺はバンブルビーに連れられて螺旋監獄へ視察へ行くことになった。
* * *
「ようこそハイドへ。私は案内人のオニキスよ。普通にオニキスって呼んでくれていいわ」
そう名乗った彼女は、魔女だと言われても今ひとつぴんと来ないというか、なんというか普通の女性に見えた。
なんだろう、俺が知っている魔女達と比べて癖がないとでも言うのか……美人なのは変わりないけども。
「はじめまして。辰守春人です。最近眷属になったばかりのひよっこですが、どうぞお見知り置きを」
「ええ、こちらこそよろしくね。それにしても驚いた……あのバンブルビー・セブンブリッジが眷属を作るなんてね」
「残念、辰守君は俺の眷属じゃないよオニキス」
「あら、そうだったの?」
「聞けばもっと驚くだろうけど、その話は進みながらしよう」
俺が今居るこの場所……ハイドの拠点に来るのには相当な手間がかかった。鴉城の一室に施された転移魔法式でどこかよく分からない吹雪の山小屋に転移したかと思えば、そこから歩いて洞窟の中を進み、さらにその奥に施されていた魔法式を使って転移……みたいな事を数回繰り返してようやくこの“建物”がある場所へたどり着いたのだ。
だというのに、まだ進むというのか……確かにこの建物が監獄には見えないけど。いつになったら螺旋監獄に着くんだ。
「──ほんとに驚いた……まさかあのバブルガムとイースまで手懐けるなんてね。辰守君、あなた才能あるわよ!」
バンブルビーからことのあらましを聞いたオニキスが目を輝かせてそう言った。
「そうだろ。だから今日連れきたんだ。俺よりもよっぽどこの役割に向いてると思うよ」
「確かに、この数百年間でまだ試してなかったアプローチよね。ヘリックスも喜ぶんじゃないかしら」
「……あんまり期待されても困りますよ。まだ何するのかもよくわかってないですし」
オニキスの後ろについてひたすら廊下を進む。建物の規模は鴉城と遜色ないレベルで大きい。きっと多くの魔女が居るんだろうけど、まだオニキス以外の魔女の姿は目にしていない。
「はい着いた! ヘリックス、バンブルビーと新入りの素敵なゲストを連れてきたわよ!」
そう言ってオニキスが目の前の扉をノックした。
「入るがいい」扉の奥から声が聞こえた。
オニキスがドアノブを回して扉を開けると、中へ入るように促した。バンブルビーの後ろにくっついて、俺は緊張しつつも部屋の中へ踏み入った。
「よく来てくれたなバンブルビー……それに、君が新しく加入したメンバーか」
部屋の奥、テーブルに腰掛けた彼女が俺を見据えてそう言った。彼女がヘリックス……3桁を越える凶悪な魔女達を収監する監獄と、同じ名を冠する魔女。
黒と赤のツートンカラーの髪が目を引く容姿をしている。オニキスとはえらい違いである。
「ヘリックス、紹介しよう。彼は辰守春人。ある無所属の魔女の眷属で、うちの妹達の何人かのフィアンセだよ」
バンブルビーの紹介に合わせて軽くお辞儀をする。ラミー様の眷属になったことはややこしいから伏せるみたいである。それにしても──
「……その紹介の仕方何とかなりませんか」
「新人の5股眷属君とか?」
「ごめんなさい最初のでいいです」
我ながら言葉にすると酷い内容だな。事情をよく知らない人には間違いなく白い目を向けられるであろう内容である。
「ほう、なんと鴉の娘達を何人も手篭めに?」
「……いや、これには事情がありまして……」
「素晴らしい」
「……素晴ら、んんん?」
俺の混乱を尻目に、ヘリックスは物凄い早口で何やらぶつぶつ語り始めた。
「……ヘザー・カルキュレーションとラテ・ユーコンは恋仲、ブラッシュ・ファンタドミノは女にしか興味がなく、盟主殿とスノウ・ブラックマリアは人間嫌い……5股のうち1人は主の魔女であるとなれば──」
「あの、5股っていうのやめてくれません?」
「なんと、まさか紫雷、蒼炎、赫氷、傲慢の4人を口説き落としたのか!?」
「やだこの人全然話聞いてくれない!!」
なんだろう、知的な雰囲気だし実際ものすごい推理力で凄い人そうなのに、そこはかとなく鴉の魔女寄りのヤバさを感じるぞ。
「ごめんね辰守君。こいつ普段は大人しいんだけど救いようのない恋愛脳で、その手の事になると興奮しちゃうのよ」
「なるほど、動揺はしてますが迷惑はしてないのでお気になさらず」オニキスがやれやれといった様子で俺に頭を下げたので、慌ててそう言った。
「なにかこう、記録的なものはないのだろうか? 君と主の魔女や、鴉の魔女たちがくんずほぐれつな関係になるまでをつぶさに記した記録などは……!?」
「あ、ごめんなさいちょっと迷惑な感じになってきました」
「もう、ヘリックス落ち着いて。辰守君困っちゃうでしょ」
「いや、記録が無くてもいい……バンブルビー、お前が書いてくれればそれが1番いい! というかお前、新シリーズはいつになったら執筆……」
「黙れこのバカ!!」
完全に目がヤバいことになっていたヘリックスが、何か言いかけてバンブルビーにゲンコツを食らった。イースとスカーレットの喧嘩を止める時でも声を荒らげないバンブルビーが、顔を真っ赤にして怒るなんて相当だな。
「………………すまない。少々興奮してしまった……あー、視察だったな。行こうか……」
涙目で頭を抑えて、湿気たマッチのようになったヘリックスがそう言った。情緒が忙しい人だな。
* * *
「螺旋監獄は私の魔法でのみ侵入出来る異空間に存在している。従って私無しでは誰も出入りは出来ない」
「……異空間ですか、なんか怖いですね」
「案ずることはない。広大な荒野に囚人を収監する専用の塔が無数に乱立しているだけの空間だ」
「めちゃくちゃ不気味じゃないですかそれ」
「大丈夫だよ辰守君。すぐ慣れるから」
バンブルビーが俺の肩をポンと叩いた。励ますなら不気味という部分を否定して欲しかったのだが。
「では早速行くぞ。私がゲートを開けたら迷わず飛び込むように。底なし沼に沈んでいくような具合いでズルズルと異空間に引きずり込まれるので、ゆったりと身を任せるがいい。躊躇したりして万が一ゲートが閉じたら私も把握していない空間と空間の狭間で永劫さまよう羽目になるかもしれないので、それを踏まえたうえで落ち着いてかつ迅速にな」
「そんな無茶な……」
ダメだ、この人やっぱりヤバい人だ。バンブルビーも何故か目を合わせてくれないし、もしかしてこれが嫌で俺に押し付けようとしてるんじゃないのか。
「はぁっ!! “ヘリックスゲート”オープン!! さあ飛び込め!!」
「ちょ、まだ心の準備が……って、飛び込むも何も俺の足元に出してんじゃねぇか!!……やばい、飲み込まれる!! ば、
バンブルビー助けて!!」
「ごめんね辰守君。俺今日は体調悪いからパスで」
「そんな殺生な!!!!」
足元に現れたどす黒い空間にズブズブと飲み込まれていく恐怖と不快感の中、俺が最後に見たのは申し訳なさと安堵の表情が入り交じったバンブルビーのぎこち無い『いってらっしゃい』だった──
「……ぎゃああああ!! 死ぬぅぅうううう!!!」
「いつまでそうして暴れているつもりだ。もうとっくについたぞ」
「………………へ?」
底なし沼に飲まれたあと、まるでジェットコースターとバンジージャンプとメリーゴーランドをごっちゃにしたような感覚に包まれて、もう何が何だか分からなかったが、気がつくと俺は地面に仰向けになってじたばたともがいていた。
ヘリックスはそんな俺に呆れたように手を差し出す。
「あ、ありがとうございます。ここが……」
「ああ、ようこそ螺旋監獄へ。辰守春人──」




