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195.「手合わせとギア」


 【辰守晴人】


(レイヴン)城の裏庭……だだっ広い空間は石畳で舗装され、端の方には木で仕立てられた簡易なベンチとテーブルがあったりする。

 聞くところによると、この場所は昔から修練上みたいなものも兼ねているらしく、(レイヴン)の面々は暇があればここでちょっとした運動(・・)とかを行ったりするんだとか。

 

 そんな場所で、俺とフーは彼女……アビス・オールドメイドと向き合っていた。


「そんなに固くならないでいいよ。ちゃんと手加減するから」アビスは腕を組んだまま、いつでもどうぞ、と続けた。


──ほんの10分ほど前、帰還したアビスの言い分はこうだった。


(うち)に入るならどの程度の実力で何が出来るのか、私が把握しておかないといけないんだよね。なにせ()()()するのは私の仕事だから。ということで簡単な手合わせをしようか。今から」


 斯様(かよう)なわけで、俺は……というか、俺とフーはおそらく世界で最も強い生物と戦わなければならない状況に陥ってしまったのだ。


 しかし、戦うと言っても手合わせ……別に死ぬまでやり合うとかそういうものでもないだろうし、ちゃんと手加減もしてくれるみたいだ。せっかく生き延びるチャンスを得たのだから、ここで尻込みなんてしてられない。


──それに、実は自分の実力を最強の魔女にぶつけられるという機会に、ほんの少しだけ胸が高鳴っていたりするのだ。ほんとうに少しだけ。


「……いきます!」隣に並び立つフーと目を合わせ、お互いこくりと頷いてから俺たちは魔力を始動した。全身の血管に何か暖かいものが行き渡る感覚。力がみなぎってくる。


「フー、俺が先にアビスを引きつけるから、その隙に回り込んでくれ」

「うん、挟み撃ちだね!」フーはいつもの笑顔でそう言った。


 フーと2人で共闘するのは温泉街で魔女狩りに襲撃された時以来だ。フーはあの時初めて誰かと戦うという経験をしたはずだけれど、相手の魔女にも遅れをとってはいなかった。

 つまり、戦闘能力においてはかなりのポテンシャルを秘めていると思われる。


 そして、俺はそのフーの眷属だ。気合いを入れて、無防備に腕を組んでいるアビスにじりじりと距離を詰めていく。しかし、あと一歩踏み込めば攻撃の間合いに入るという所まで来ても、アビスは微動だにしなかった。


(……くそ、なめやがって)


 俺はフーがアビスの背後に回りこんだのを確認してから、一気に仕掛けた。とにかくこっちの攻撃を当てる……そして相手の攻撃は貰わない。それを意識して出来るだけコンパクトに、速く、鋭く!!


「…………ッ!!」フェイントを混ぜたジャブが届かなかった。完全に間合いだったのに外れた……いや、パンチに合わせて身を引かれた。


(見てから躱してやがる、化け物め!!)相手はアビス、分かってはいたけどレベルが違う。ほんの一撃を躱されただけで見えた力の片鱗、その片鱗すらがとてつもなく巨大に感じる。


──けど、だからって怖気付いたりしない。格上の相手にはここ最近、毎日ボコボコにされてきたんだ。今こそイースとの訓練の成果を発揮する時だ!


 俺はとにかく攻撃を繋いだ。アビスの意識がほんの一瞬フーから離れればそれでいい、そう思って遮二無二拳と脚を繰り出した。


「……ふーん、眷属にしてはいい動きだね。ちょっとお上品すぎるきらいはあるけど、ちゃんと攻撃にも形がある。体術だけで言えば、4級くらいの魔女ならうまくすれば倒せるかもしれないよ」

 アビスは俺の攻撃を最低限の動きで避けながらそう言った。まるで紅茶を飲んで休憩でもしてる時のような喋り方で。


(……くそっ、もっと速くだ!!!!……けど、これ以上出来るのか!?)


『──いいかぁ、大切なのはイメージだぁ!! 身体強化の魔法は“ギア”を切り替えるイメージで出力調整すりゃいいんだ!! 一級の身体強化魔法は二級の身体強化魔法よりも上げれるギアが多いってだけの話なんだよ!!』


 師匠が言っていた言葉が脳裏をよぎる。ギアを上げるという理屈は分かるが、どうもやり方が分からない。1段階上げるイメージとか言われても、生まれてこのかた物理的にギアをいじったこともないしな。


「──うん。だいたい動きは分かったから、私も少し手を出そうかな。ちょっとだけ()()()()()()()

 ひたすら俺の攻撃を避けることに徹していたアビスがそう言った瞬間、背筋に悪寒が走った。


 反射的に身体が距離を取ろうとして、後ろに飛び退いた……飛び退こうとしたのだが、地面を蹴った右脚の先をアビスの左

脚で踏み止められた。

 直後に殺気に満ち満ちた右のストレートが俺の顔面目掛けて飛んでくる。


(……やばい、あのパンチを食らったら──)

 顔面が弾け飛ぶかもしれない……と、死の連想をしたところでアビスの背後にフーの姿が見えた。


「ハレ!!」フーは既に拳を振りかぶってアビスのすぐ後ろに迫っている。きっとアビスの殺気を感じた時点で飛びかかって来ていたのだ。飛び退こうとした俺とは真逆に。


 背後から迫る脅威に、アビスは俺への攻撃をやめて即座に回避に回った。フーの拳が空を切る。


「悪い、助かった!」

「大丈夫! 一緒にやっつけよう!」


 再びフーと横並びになり、アビスを睨みつける。身体から放たれる魔力が、確かに先程よりも濃くなっている。

 恐らくこれが身体強化の魔法のギアを上げたということなんだろう。最初は感じていなかった殺気がそれを物語っている。


(……1段階上げる)

 イースはイメージが大事だと言った。けど、ギアがうんぬんとか言われても正直しっくりきていない。これは俺の意識の問題だ。

 今まさに目の前に居るお手本を見て、集中するんだ。肌に感じる刺すような魔力を、殺気を……思い出せ、魔女狩りのあの男を倒した、あの時の感覚を──


 大きく踏み込んだ足元、石畳に亀裂が走った。


「…………やるね、ハレト」


 俺が放った拳がアビスの面布を掠めた。離れた観客席から「むは!? マジか!!」と誰かの声が聞こえる。


 体内を流れる魔力、骨とそれを包む筋肉、身体を構成する細胞のひとつひとつまで……まさに全てが一段階強固なものへ進化したと思える程の全能感。

 これが身体強化魔法の真髄……その入口にようやく立てた。素晴らしい、等級によって上げれるギアの数が変わるとイースは言っていたけど、ならば俺はあと何段階ギアを上げれるんだ?


「うおぉぉおお!!!!」アドレナリンが湧き水のように溢れているのか、俺はそれなりに冷静なつもりだったが、気が付けば大声を上げながらアビスに猛攻を仕掛けていた。


「へぇ、今で3級くらいかな? まだ上がるの?」

 数秒前までよりも明らかに速くなった俺の攻撃を、尚も余裕そうに躱しながらアビスが言った。

 そんなもん知るか。俺だってまだ上があるなら上限いっぱいまで力を出し尽くしたいし、無論そのつもりで今も攻撃を続けている。


 ただ、あまりに急上昇した力を俺自身がまだ(ぎょ)しきれていない。

 自分で言うのもなんだが、今この瞬間も土壇場で発動した身体強化魔法で戦いの(てい)を保てているのは、幼少期から武道を(たしな)んでいたことで培われた運動神経と格闘センスあってのものだと思う。


 例えるなら三輪車しか乗ったことのない者が、いきなりコマを外して二輪で漕ぎ出したようなものなのだ。なんとか転けずに漕げてはいるが、さらに一段階上げる……つまり、バイクを運転しろなんて言われたらさすがに大事故になりかねない自信がある。


 だからまずはこのギアで新しい身体の使い方を迅速に覚える。踏み込みの力加減、フットワークのタイミングと距離の微調整、チグハグになっているもの制御しなくてはならない。


 取り敢えずコンパクトな動きを強く意識する。テンションが上がって直線的になっていた攻撃を引っ込める。多少泥臭い戦い方になってもいい、なんとか一発いれてフーへ繋ぐ!!


 アビスは俺がまだ身体強化のギアを上げれるか様子を見ている。俺はフェイントを織り交ぜた動きをしながら軽く握った右拳に魔力を集中……魔力を結晶化させる。

 魔剣修行の甲斐あって結晶化までは難なくできた。もちろん魔剣を作れるわけではないし、そもそも魔剣を作るつもりもない。


 俺は拳の中に出来た結晶を思い切り握り潰した。そのまま左フック……躱される。が、それは想定内。遠心力を生かしたまた身体を半回転させ右の裏拳……を打つと見せかけて、俺は握りつぶした結晶をアビスにブン投げた。


 僅か数十センチの距離からの粉々になった結晶の投擲(とうてき)……俺の今の力を考えると恐らく至近距離で散弾銃をぶっぱなされたようなものだ。

 にもかかわらず、アビスは咄嗟に俺の右手の下に身体を滑り込ませて投擲を回避した。

 だが、俺だってそんな簡単に当たるだなんて思っちゃいない。完全にヤマカンだったがアビスが屈んで躱すことを見越して足元を払う攻撃……と見せかけた変則の顔面への後ろ回し蹴りが炸裂した。


 今まで聞いたこともない、空気を切り裂くような音を発して放たれた俺の蹴りは、またしてもアビスの顔面には届かなかった。

 しかし、確かに蹴りは届かなかった筈なのに、アビスの面布の下半分がスッパリと切り裂かれて飛んで行った。


(……なんだ!? 風圧!? カマイタチか!?)自分が引き起こした謎の現象を咀嚼(そしゃく)仕切る前に、面布が覆い隠していたアビスの口元が目に入った。痛々しい大きな傷跡が走る口元……その口元が、ニヤリと形を変えた。


──次の瞬間、俺は何かに突き飛ばされて、直後に物凄い轟音が響き渡った。目の前には俺を庇うようにして覆い被さるバンブルビー。

 そしてその奥には、アビスがいつの間にか手にしていた十字架を2人がかりで受け止めるイースとスカーレットの姿があった。


「…………手合わせで殺そうとするな。このバカ」バンブルビーが振り向きざまに言ったその言葉で、ようやく自分が今死にかけたことを思い知った。


(…………反応すら、出来なかった)

 バンブルビーが……イースやスカーレットがいなかったら自分が死んだことすら気がつけなかったかもしれない。


「……アビス、てめぇ…………」スカーレットと共に自分の魔剣でアビスの魔剣を受け止めているイースが、いつになく低い声で、静かにそう言った。あれはかなり怒っている時の声だ。

 アビスは十字架の形をした魔剣を無造作に霧散させると、服に着いた砂埃を払った。


「ふふふ、ごめんごめん。顔ばっかり狙ってくるからつい……」剣呑な空気の中、アビスが飄々とした態度でそう言った。ついとはなんだ、つい殺しそうになったってか……怖すぎるわ!!


「……とにかく、手合わせはもうこの辺でいいよね。辰守君達の実力は把握出来たでしょ」バンブルビーがそう言った。

「そうだね。眷属の彼は戦闘のセンスはいい。正直言って異常なレベル」


 なんと……たった今うっかり殺されかけた相手にも、褒められると嬉しいものなのか。いや、相手があの四大魔女ってのが大きな要因だろうけど。


「で、フーだっけ。彼女、戦闘は向かないね。眷属の彼が3級相当の力を持ってるんだから、少なくとも能力自体はあるんだろうけど……実践に出せるレベルじゃないかな」

 思いのほか辛口採点をしたアビスが視線を斜め後ろに向けると、その先にはいつの間にか半透明の月のような球体に閉じ込められて、悲しげな顔を浮かべているフーがいた。


(……いつの間にあんな事に……)おそらくアビスの魔法なんだろうけど、しょぼくれてるフーを見る限り力技では抜け出せなかったみたいだな……どんな強度だよ…………。


「……で、結局晴人の班分けはどうなったんだよ」まだ怒りが収まりきっていない様子のイースがそう言った。スカーレットも言葉こそ発しないが不満げな態度でアビスを見ている。


「そうだね。フーは防衛班で……春人? は、バンブルビーの補佐官でもしてもらおうかな」

「……待った。班分けの話だったよね? なんで辰守君だけピンポイントで役割が決まってるわけ?」

(……それは俺も知りたいですバンブルビー)

「戦えない子は防衛班でしょ。フーは回復魔法でヒーラー要員だけど、彼は特にできることないじゃない」

「辰守君も回復魔法は使えるんだよ」

「いや二人もいらないし。ヒーラーは優秀な方がすればいい話だよね。違う?」

「だからって何で俺の補佐官って話になるんだよ」


 この二人、温厚そうに見えるだけでどっちも喧嘩っ早いし相当仲悪いぞ。イースとスカーレット超えもあるかもしれない。


 というか、センスあるとか言ってたのに“特にできることない”ときたか。眷属にしては、とかそういう意味だったのかな。普通にショックなんだが……。


「自分で言うのもなんだけれどね、私は盟主としてそれなりの慧眼があるつもりだよ。彼にはバンブルビーに押し付けてる雑多な業務の補助をこなすだけの手腕があると、この私の目がそう言っている」

「雑多な業務をお前が押し付けて来なければそもそも補佐官なんて要らないんだがな……」

「はいはい喧嘩腰はやめようね。ああ、ほら、あれ。もうそろそろ螺旋監獄(ヘリックス)の視察の時期でしょう。アレも面倒だし彼に引き継げばいいんじゃないかな」

「………………確かに」


 俺のポジションを巡って(レイヴン)のツートップが火花を散らしている。が、なんとなく俺にとってあまり都合が良くない方向に話が落ち着きそうだ。なんだよヘリックスの視察って……。


「むはぁ、どうでもいいけど……先にフーを出してやれよボス。さすがの私ちゃんもそろそろかわいそうになってきたぞ」


 バンブルビー達のように死にかけた俺を助けに入ることもなく、ベンチに腰かけてガムを噛んでいたバブルガムがそういった。

 見ると、フーは依然アビスの魔法に閉じ込められたまま。へたりこんでべそをかいていた。確かにあれはかわいそうだ。


「おいアイツ泣いてんじゃねぇか……やりすぎだろアビス」「晴人君にとどまらずフーちゃんまで監禁させてしまうなんて、自分が不甲斐ないわ……!!」

「……はぁ、新人イビリか。いやだねぇ」


 イース、スカーレット、バンブルビーがここぞとばかりにアビスを責め立てる。なんだろう、盟主との距離感というかパワーバランスというか、そういうものが今ひとつまだ捉えきれていない。これは怒られないのか?


「ああ、ごめんごめん。すっかり忘れていたね。いま魔法解くから……」3人の猛攻を特に気に止める様子もないアビスは、フーの方に振り返って手をかざした……が、何故かそのまま固まってしまった。


「…………あれ、というかなんでライラックが普通に顔出してるの? イメチェン?」


「いいから早く出してやれよ!!」

「いいから早く出してあげて!!」

「いいから早く出してやれ!!」


 3人がシンクロした──。

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