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193.「100円玉と覚めない現実」


【レイチェル・ポーカー】


 ホテルを飛び出したカルタを追って、ヒカリ、カノン、八熊の3人が部屋を出た後……最初に口を開いたのはバブルガムだった。


「──むはぁ、それで? エミリアたんを殺った奴らの情報はちゃんと貰えるんだろーな?」空気が読めないのか、あえて読まないのか……どちらの可能性も否めないバブルガムが誰にともなくそう言った。


「……はぁ、本来なら(レイヴン)のあんたに教えるような事じゃないけど、今回ばかりはね……ヘリックスも文句ないわね?」

「ああ、私としては今回の件に関してもとより(レイヴン)に報告するつもりだったからな。問題ない」

 2人の話があっという間にまとまると、マゼンタが咳払いをして話し始めた。


「まず、今回襲撃してきた魔女狩りの人数だけど……把握しているだけでも異端審問官とその人形(ドール)が各4人ずつの8人に、七罪原(プレアデス)の魔女2人を加えた計10人よ」

 10人、2人1組のワンチームで動くあいつらにしては以上な数字だ……しかも、七罪源(プレアデス)の魔女って──


「櫻子ちゃん達は10人の内、8人を撃退……2人を返り討ちにしてるわ。その2人っていうのがまたややこしいんだけど……」そこまで言ってマゼンタがヘリックスに目配せした。ややこしい話は苦手らしい。


「馬場櫻子が撃破した遺体を確認したところ、損傷は激しいが七罪源(プレアデス)の構成員、貪食の魔女エキドナである事が判明した」

 ヘリックスが所属するハイドは闘う力には乏しいけど、情報収集なんかに()けた魔女が集まっている。彼女たちが集めた荒くれ者のリストに()()()()はしっかりと載っていたらしい。


「むはぁ、七罪源(プレアデス)の残党が数百年ぶりに出てきておっちんだってわけか。てことは、もう1人の奴は強欲のグリンダだなー…………てか、櫻子ちん強くね!?」

 と、バブルガムが勘違いするのも無理はない話だった。七罪源(プレアデス)のメンバー7人の内、怠惰のバベリアと憤怒のイー・ルー、傲慢のライラック・ジンラミーはわたしが……そして嫉妬のレヴィ・リベールはセイラム討伐の折にホアンがしれっと監獄送りにしたはずだ。


 色欲のブラッシュ・ファンタドミノは誰が倒して監獄送りにしたのかは知らないけど、現在は(レイヴン)のメンバー……つまり、消去法で残った七罪源(プレアデス)のメンバーは貪食のエキドナと強欲のグリンダ・トワルとなるわけだ。


「もう1人の遺体……()()()()()()()()()魔女は強欲のグリンダではない。」

 そう、普通に考えたらね。ただ今回は普通ではなく異常事態だった。


「むはぁ、どういうことだ? 七罪源(プレアデス)に新メンバーでもいたのか?」

「エキドナだ」

「むは? それはさっき聞いたって、櫻子ちんが殺したのがエキドナだろ?」

「夕張ヒカリが殺した魔女もエキドナだったのだ。今エキドナの死体は二つある」


 ヘリックスは冗談を言うような性格では無い。それは500年近く付き合って来たバブルガムもよく知っている事だ。だからバブルガムは、突拍子もないこの話を驚いた様子だけど決して疑ってはいなかった。


「むはぁ、分身か分裂……それとも変身か?……個体差とかはあんのか?」

「はぁ、なんでそんなに受け入れ早いのよ……しかも鋭いし」マゼンタが少し複雑な表情でそう言った。バブルガムは普段アレなだけに、こういう真面目な一面を見たらマゼンタみたく思ってしまうのも仕方ない。ちょっと頼りになるっていうか、かっこいいよね。


「ずばり()()()()()()。馬場櫻子が倒した方は推定で一級の赤魔法を二つ、二級の青魔法を一つ持っていた。対して夕張ヒカリが倒した方は推定二級の赤魔法が二つと三級の青魔法を一つだ。ちなみに青魔法はそれぞれ火属性と水属性で完全に別のタイプだった」ヘリックスがそう言ってバブルガムを見据えた。


「むはぁ……そりゃあ厄介だなー」

「……どう厄介なの?」

「単純に分身、分裂する魔法で増えてんだとしたらスペックにここまでばらつきは出ねーはずだ。それにそんな簡単に増やせんなら10人じゃきかねー人数で来るだろうしな。つまり、可能性としてたけーのはテキトーな魔女を『エキドナ』に魔改造する手段……そういう魔法を持ってるってことだ。数百年ぶりに表立って動き始めたことを鑑みるに、これからどんどん手駒を増やすための『エキドナ化』を狙った襲撃が増えるかもしんねーぞ」


 魔女を別の魔女に変えてしまう魔法……そんな冗談みたいなことが有り得るのだろうか。無論ありえない……なんて事は言わない。実際わたしだって一時とはいえ馬場櫻子という別人になっていたわけだし。


「けどさバブルガム。そのエキドナ化を狙ってるならやっぱり殺さず捕獲のスタンスを崩すのはおかしくない? 今回の襲撃は確実に殺りにきてたよ」

「むはぁ、エキドナ化はまだ可能性の段階だからなー。それに殺した奴をエキドナに作り替えるって魔法かもしんねーだろ? ほいほい色んな魔法使えてたあたり、複数の魔女をキメラみたいにくっつけてるって線もあるしなー」


 なるほど、言われてみれば確かに生きてる事が前提なんてこっちの都合のいい解釈だ。複数の魔法に花合流の剣技、あながちバブルガムの推理は確信に迫っているのかもしれない──


「……つまり、下手な戦力での交戦はむしろ向こうの戦力増強に繋がる可能性があるってことね。正直一級魔法持ちの相手なんてそう簡単に出来るもんじゃないわよ……魔女協会(うち)でも支部長クラスじゃないと……」

「むはぁ、マゼンダ……おめーらは今まで通り弱っちぃ人間を守ってりゃいいんだよ。こういうのは私ちゃん達の仕事だからなー」

「……な、なにカッコつけてんのよ! それに、わ、私はマゼンダじゃなくてマゼンタだってば!!」前のめりに抗議するマゼンタだけど、バブルガムは全く気にする様子もない。


「──して、具体的にはどうするのじゃ? バビー、そなたの言う通り魔女狩り共がこれから旺盛(おうせい)になるのであれば、今の(レイヴン)で狩りきれるのかの?」

「むふぅ、どの口で言ってんだヴィヴィアン……余計な心配しなくてもこっちには今とんでもねー奴が居るんだ。魔女狩りの奴らの命ももう長くねー。新メンバーの櫻子ちんもいるしな!」

「あ、わたし(レイヴン)に入る流れになってるんだ……へぇ。別にいいけど」なんにせよこっちから話を持ちかける気だったし。


「むはぁ、一級魔法持ちのエキドナをぶっ殺した櫻子ちんなら誰も文句言わねーから安心しろ! それにいま(レイヴン)に入っとかねーと後悔する事になるかもしんねーぞ?」バブルガムは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

「……後悔?」

「むはぁ、実は近々魔女狩りの拠点をぶっ潰すんだよ。その中に居るかもじゃんね……エミリアたんの(かたき)





* * *





【鳳 カルタ】



────PLAY GAME!! コインの投入口に100円玉を滑り込ませる。もうすっかり日常動作に溶けこんだその儀式を終えれば、目の前のモニターが軽快な音楽と共に私を魔法の世界へと(いざな)ってくれる。


『カルタを見てると、お母さんあの人を思い出しちゃうの……ごめんね』

 数年前、まだ何とかまともに会話ができた頃にママから言われた言葉。本当は言われるまでもなくずっと前から分かっていた。

 ママが私と極力目を合わせないようにしていることや、1回だって一緒に写真を撮ったことがないこと、魔女と結婚した事が原因で離れた実家とずっと絶縁状態なこと……全部きっと、『あの人』を忘れられないから、今でもずっと、狂おしいほどに好きだからだということを、幼いながらに私は理解していた。


 私はどうやら『あの人』の血が濃いらしく、成長するにつれてママはどんどん私を遠ざけるようになった。欲しいと言った覚えもないのに買い与えられたゲームは、きっと私が1人でも遊べるようにという配慮だったんだろう。私も私でゲームにすがった。


 最初の頃はRPGに熱中していた。私じゃない誰かの物語をプレイしている時は寂しさを忘れることが出来たし、もしかしたら私もゲームのキャラクターみたいな魔法が使えるんじゃないかなんて、胸をときめかせたりもした。

 けれど、ある日プレイしていたゲーム……森で迷子になった女の子を探し出して村に連れ帰った時、母親が泣きながら女の子を抱きしめるシーンを見て、私は固まってしまった。RPGをやらなくなったのはそれからだった。


『──おい、あの子見ろよ! 裏ボスのキング山本相手にも完着だぞ!! 無敵じゃねぇか!!』『ありえねぇ、キング山本があっという間にふんどし一丁に……パネェ!! この子、いやこのお方こそが真のキング……!!』


 ダメージを与えると衣装が破れ、最終的に下着姿になった方が負け、という攻めた姿勢のゲーム”ストリップファイター”通称ストファイ……私がムテキングと呼ばれるようになった由縁でもあるゲームだ。


『……なんですかこのハレンチなゲーム、ドン引きです』

 なんて言って最初は眉をひそめていたエミリアさえも、このゲームにかかれば何度かプレイするうちに『やりました!! カルタ今の見てましたか?! スッポンポンにしてやりましたよ!!』と、あっという間に虜になっていた。


 私を鳳カルタではなくムテキングにしてくれた魔法のゲーム。エミリアと1番長く遊んだ思い出のゲーム。その新作の前に、私は今座っている。


『──誕生日はカルタの好きなことをしましょう。と言っても、どうせゲーム一択なんでしょうけど』ずっと遠くで、すぐ側で、エミリアの声が聞こえる。

「……はは、さすがエミリア。私のことよく分かってるね」


 聞き慣れた中毒性のあるBGM……クリスマスだって言うのにいつも通りの大勢のギャラリー。いつも通りの変わらない景色の筈なのに、全く知らない場所に迷い込んだような気持ちを感じている。


『聞きましたかカルタ! どうやらストファイの新作、過去作の裏ボスであるキング山本がプレイキャラクターに実装されるらしいですよ! 私、山本使いになります!』『知ってるよ〜まじ熱いよね〜エミちーがふんどし使うなら私は別の新キャラ極めるとするか〜』『キング山本をふんどしって呼ぶのやめてください!』


 ほんの1週間前の会話……エミリアとの虚ろな記憶と、ゲームセンターの曖昧な景色が、まるで混ぜないでほうっておいたコーヒーとミルクのように、中途半端に頭に漂っている。


「──おやおや? ムテキング氏ふんどしを使わないみたいですよ。今作屈指の強キャラと噂されているのに、なにゆえ?」「まぁ初見プレイだから、まずは様子見ってことなんじゃね? 相手のぴえんおじは恥ずかしげもなくふんどしをチョイスしてやがるぜ」


 店内の喧騒が妙に遠く感じる。目に見えないフィルターを何枚も通して見聞きしているようで、情報が停滞している。

 とりあえず、ふんどしはエミリアが使うって言ってたから前作から続けて出場してるキャラクターを選択。

 相手のぴえんおじさんはこのゲーセンでも上位のプレイヤーだ。まぁムテキング様の敵ではないんだけどね。


 LADY FIGHT!!


 いつもよりも遠くに聞こえる開戦のゴングを皮切りに、私の両手が機械的に動き始めた。いつも通り、何も変わらない動作。私に敵なんていない。私は百戦錬磨のムテキングだ。


「……これは、何かの作戦ですかな?」

「さぁ、舐めプしてんのか……あるいはふんどしの性能がぶっ壊れてんのか……」


 YOU LOSE


 モニターに映し出された文字、おそらく1年以上は私の画面に映ることのなかったその文字に、滞っていた思考がさらに鈍くなるのを感じた。


「おい1ラウンド目とられたぜ、あのムテキングが」「誰と戦ってもほぼPで勝つあのムテキング氏が……」


 ギャラリーがざわついている気がする。どうでもいい、新作だし操作感が少し違っただけ。次と3ラウンド目で勝てばいい。私はムテキングなんだ、私は──


 GAME OVER


「…………え?」真っ黒な画面に映し出された白い文字。どういうこと? 頭が追いつかない。GAME OVERって、ゲームオーバーってこと……? ゲームオーバーっていうのは………つまり──


『──全部終わりってことですよ。カルタ』


 私のすぐ隣から聞こえたその声にハッと振り向いた。けどそこには誰も居ない。誰も──


「…………エミ、リア」

 途端に、現実に引き戻された。さっきまでどこか遠く聞こえていた店内のBGMが、ガンガンと頭に響いている。ギャラリーの喧騒が、早鐘を打つ鼓動が、まるで夢から覚めたように急に輪郭を帯びだした。


──私が駆けつけた時、エミリアは死んでいた。何もかもが凍りついたあの場所で、首のないエミリアがへたりこんでいた。私は必死にエミリアの名前を叫んで、エミリアを探した。エミリアの頭を探して、探して、けれど見つからなくて……私は……


……私は、ずっと悪い夢の中にいるんだと思っていた。けど、違った。これは現実だ。現実だったんだ。覚めることの無い現実だ。


 エミリアは死んだんだ。


「……あ、ぁあ…………」喉の奥が苦しくなって、堪えきれずに声が漏れた。ぼろぼろと涙を流して、私は泣いた。大好きだった。愛していた。ずっと一緒に居たかった。悲鳴のような慟哭(どうこく)が止まらない。


 どうしてエミリアが死ななければならなかったのか。どうして私は間に合わなかったのか。どうしてあの日、あの時、エミリアを1人で帰らせてしまったのか。


 後悔と涙がとめどなく湧き上がってくる。やり直したい。私が死ねばよかった。エミリアの代わりに私が死ねばよかった。なんで、どうしてエミリアなの──


 不意に、震える肩に手のひらの感触を覚えた。


「…………エミ、リア?」涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、そこに居たのはヒカリだった。ヒカリは私の顔を見ると何か言いかけて、けれどすぐに唇をギュッと噛み締めた。


「……わ、わたしっ…………わたしが、死ねば……よかった……のに……」頭の中でぐちゃぐちゃに渦巻いていた感情が、嗚咽に混じって喉から漏れ出た。

「……ぅう……たいよ……エミリアに…………あいたいよ、ヒカリっ……」涙で潤んだ瞳のせいで、ヒカリがどんな顔をしているかは分からなかったけど、気がついたらヒカリが私を抱きしめていた……抱きしめられたまま、しばらく私は泣き続けた。

 背中に回された冷たい両手が震えているのを、密かに感じながら──





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