190.「ファーストキスとラストクリスマス④」
【レイチェル・ポーカー】
瓦礫の隙間から天井と夜空が覗いている。恐らく旧都のビル群の内の一つ、その一室。フロアが何階かは分からないけど多分低くはない位置……わたしはそこに埋まっていた。
ヒナヒメの凄まじい一撃により、わたしはとんでもない距離を吹き飛ばされた。新都の端、旧都寄りの位置にある事務所……その付近の生活道路から、旧都への境界線を余裕で超えてしまっている。
すぐ側に雷が落ちたような轟音が鼓膜を打ち、崩壊の鈍い衝撃が心臓を揺らす。たった今私が突き抜けてきた建物が倒壊して、崩れ去っていく。
いくら老朽化している旧都の建物とはいえ、かなりの数のビルをぶち抜いたからね。
「──クハハ! お前様まーだ生きてるのだ!? 気の毒なくらい頑丈なのだ!」
体にのしかかっていた巨大な瓦礫を片脚で蹴り飛ばして上体を起こすと、ヒナヒメがケタケタと楽しそうに笑っていた。先程の攻撃から察するに、どうやらヒナヒメも私と同様一級の肉体強化魔法持ち。
くわえてあの凶悪な触腕の魔法……現時点で鴉の幹部レベルには強い。完全に侮っていた。
はたしてこんなレベルの魔女が魔女狩りに居るなんてありえるの? もしかして別口なんじゃ……。
「……いやぁ、はは。めちゃくちゃ強いじゃんヒナヒメ。あなたほどの魔女がなんで魔女狩りなんかに?」
「それ、今から死ぬのに聞く意味あるのだ? 状況に合った質問できねー奴はバカだと思われるのだ。クハハ!」
ダメ元でカマをかけてみると、否定とも肯定とも取れない反応。まぁそれはいいとして……かなりムカつくなこの女。
「んー、充分状況に合った質問だったと思うけどね。どっちかって言うとさ、質問を質問で返す方がバカっぽくない? てかバカだよねー」
ヒナヒメの目元がピクリと微かに動いた。依然として気味の悪い笑顔のままだけど、殺気が明らかに増している。
「……クハ、状況に合った質問ってーのはこういう事なのだこのバカ。櫻子ちゃんちゃんと保険入ってるのだ?」
猛烈な勢いで二本の触腕が大口を開けて突っ込んでくる。左右から挟み込むような高速の軌道。恐らくまともに食らえばトマトを思いっきり挟み潰した様な事になるだろう。ちなみに死亡保険は入っていない。
しかし、私は避けようとはしなかった。というか、避けようが無かった。先程ここまで吹き飛ばされた際に左脚が食いちぎられていたからだ。
崩れ掛けの廃ビルの一室に、爆発するように肉片が四散した。
「────ッが!!?」
痛覚が通ってしまっていたのか、苦痛に声を漏らしたのはヒナヒメだった。
彼女の触腕は、私をトマトペーストにする直前に爆散したのだ。部屋中に飛び散った肉片達の中からわたしの右腕と左脚の肉片だけが瞬時にわたしの元へ還ってくる。
黒羽…………肉体操作の魔法と聞くとあまり危険な感じはしない。肉体を任意の形状、材質に変化させることが出来る魔法。鋼鉄の翼を生やしたり剣を作ったり他の生き物の形を模してみたり……どちらかと言うと脅威よりも便利が前に出ている魔法だと、馬場櫻子の時はそう思っていた。
けど発想次第では……わざわざ肉体を取り込んでくるような野蛮な相手次第では、あえて身体を食べさせて体内から攻撃することだって出来るのだ──
「……ひ、ヒメの……蛇を、お前ぇぇ……!」
先程までの薄ら笑いとは打って変わって、鬼のような形相になったヒナヒメが、日本刀型の魔剣を生成して飛びかかってきた。
瞬間、わたし達がいる空間が爆散する。
「キャンセレーション」
ヒナヒメの一撃をわたしの魔剣がしっかりと受け止めている。が、衝撃に足場が持たずにビルが崩壊……鍔迫り合いをお互いに斬りあげて外へ躍り出た。
「…………この、クソガキがァァァァ!!!!!」
視線は切らなかった。でも、ヒナヒメの魔剣が光ったと思った瞬間、わたしの身体は炎に包まれて吹き飛ばされていた。3つ目の魔法、それにこの技…………こいつ。
「──ちょっと勘弁してよー今着てた服先週買ったばっかりだったのにさぁ」
わたしの身体と服を焼いた炎は既に消え、クロバネで作った衣装が身を包む。双剣キャンセレーションを1つに合わせて長刀の魔剣キティに。
姿勢を落とし、必殺を生み出す捻りを腰に溜める。花合流の中でも最速の抜刀術、灼火牡丹の構えだ。
「…………」
自分と同じ技を使える女子高生を前に困惑しているであろうヒナヒメが、しかし動揺など感じさせないほどの流麗な動きで構えをとった。踏んできた場数がそうさせるのだろう、わたしが繰り出す技に応える最適の構え……つまり、同じく最速の抜刀術、灼火牡丹の構えで相対した。
「……お前様、何もんなのだ……」
「それ、今から死ぬのに聞く意味あるの? 状況に合った質問しなよ。例えばそうね────ヒナヒメあんた、ちゃんと保険入ってんの?」
互いの魔剣が眩く発光した。魔剣に凝縮した青魔法を瞬間的に爆発させ、その推進力をもって最速を生み出す抜刀術。威力は単純に身体強化のレベルと瞬間的に操作できる魔力の総量に比例する。
「「──灼火牡丹ッ!!!!」」
恐らく今年一番の冷え込みの夜、しんしんと降り始めた初雪を爆炎が消し飛ばした──
* * *
「──無事か馬場櫻子」
八熊の声を発するカラスがやってきたのは、ヒナヒメが死ぬのを見送ったほんのすぐ後だった。どうやら今陥っている状況をある程度は理解している様子だ。でなきゃここにいない。
「八熊、わたしはいいから今どういう状況なの!? 誰を助けにいけばいい!?」
「……察しの通り恐らく魔女狩りの同時襲撃だ。電波が通じんがヴィヴィが既にエミリア・テア・フランチェスカ・ヘルメスベルガーと鳳カルタの所へ、俺の本体は熱川カノンの所へ向かっている。馬場櫻子、お前は夕張ヒカリの所へ行け」
温泉外の時以来の同時襲撃。まだ一月も経たないうちに仕掛けてくるなんて……ヴィヴィアン達が後手に回っているのは恐らく襲撃直前に撃ち落とされたあのカラスが原因なんだろう。知らないうちにヴィヴィアンに監視されてたのは少し引っかかるけど、問題は魔女狩りにそれを潰されてるってことだ。
さすがにまだヒナヒメレベルの異端審問官と人形がいるとは考えにくいけど、それでも一刻を争う状況に変わりはない。
エミリア達の方は信じて任せる他ない、とりあえず一番危険なのは泥酔しているヒカリだ。あんな状態で襲われたら──
「わかった、そっちは頼んだよ八熊!」
「八熊さんな」
八熊に見られることも構わず、私は身体強化の魔法を全開で使って事務所へ跳躍した。
そして、わずか数十秒後。事務所に到着したわたしが目にしたものは、血まみれの少女と傍らに横たわる一人の遺体だった。
12月24日クリスマスイブ。この日が、わたし達VCUの運命を大きく狂わせる最初の日となった。
わたし達VCUのメンバーのうち一人が、魔女狩りの手によって惨殺されたからだ──




