188.「ファーストキスとラストクリスマス②」
【レイチェル・ポーカー】
12月24日
「あっはっは……やめ、やめて! お腹痛いッ……あっはっはっは!!!」
開会式から二時間後。クリスマスパーティーは大いに盛り上がっていた。
「おい櫻子! 笑ってねぇでこのバカなんとか……ちょ、どこ触ってんだ!!」
「あぁん、テン〜この前ははしたない所をお見せしてすみませんでしたわ〜……わらくし、もうしぇいしてますのよ〜?」
「カノンさん、猛省してる割にはかなり酔ってますね」
「うっひっひ〜! いけいけ〜全部脱がせろ〜い」
二時間前……前回の飲み会で懲りたヒカリはがんとしてお酒を受け付けなかったが、カノンは『今回はきちんと調整して飲みますの』なんて言って私と一緒にワインを飲んでいた。
そして、ものの三十分もすると一人でワインを一本飲みきり、エミリアの梅酒、カルタのビール、ちょっと高そうな老酒と、アルコールのスタンプラリーでもする勢いで色んなお酒を流し込んで行った。
そして現在カノンは『ちょっと飲みすぎだぞ、そろそろ水飲め』と心配していたヒカリを何故かテンくんだと勘違いして絡み付いているのだ。
「だーくそ!! てめぇはもう酒を飲むんじゃねぇ!!」
「ひどいですの〜もっとわらくしに、やしゃしくしてくらさい……ひっく、うえ……」だめだ、お酒でぐちゃぐちゃになったカノンが個人的にツボ過ぎる!! だってウィスタリアに顔が似すぎててもうさぁ!!
「あ〜!! ヒカリがカノンを泣かせた〜これは脱衣一枚じゃんね〜」
「勝手に変なルールを追加しないでくださいカルタ」
確かにそんなルール適用しだしたらいよいよ性夜の女子会になっちゃうもんね。怒られそうだから言わないけど。
「……くそ! 離れろナリキン……そうだ、プレゼントだ!! プレゼント交換すんぞ!! だから一回離れろ!!」恐らく魔力始動した状態で抱きつかれていたヒカリが、若干青ざめながらそう言った。ヒカリも魔力始動して振り払えばいいのに……身体強化の赤魔法使えてた筈だし。
「いやいや、その状態でプレゼント交換とか言っても通じないでしょ」もし通じたら脱衣一枚してもいいわ。
「……プレゼント交換……もう、そんな時間ですのね……」
「おぉ、カノンさん正気に戻ったみたいですね…………え、何で櫻子さん上脱いでるんですか?」
「……いや、ちょっと暑くてね」自分との賭けに負けたんだよ。
「バカ、だからって下着姿で居るやつがあるか……薄手の服持ってくるから待ってろ」
適当な言い訳を真に受けたヒカリがそう言ってクローゼットへ向かった。こういうとこ、口は悪いけどエミリア並に面倒みのいい子だよね。
「よーし、じゃあそろそろメインイベントといきますか!」ヒカリから受け取った服を着て、カノンも水を飲んで、いよいよプレゼント交換の準備は万端! はっきり言って超楽しみだ!
「はい、それでは皆さん用意したプレゼントを手に持って円を作って下さい。今から私が音楽を流しますから、タイミングを合わせて時計回りにプレゼントを回して行って下さい。音楽は自動で止まるように設定してますので、止まった時に手元にある物が自分のプレゼントになりますからね。よろしいでしょうか?」
「「「「はーい!!!!」」」」一同元気いっぱいにクリスマス大臣に返事をする。カノンも若干ふらついて目が据わってるけど、まあ大丈夫でしょ。
「それでは、スタートです!」円に加わったエミリアがスマートフォンを操作して音楽を流し始めた。最近あちらこちらで耳にする定番のクリスマスソングだ。
私たちはややぎこちない動きでプレゼントを左へ左へと回していく。可愛く梱包された様々な形や大きさのプレゼントが、手元に来ては離れていく。なんだか不思議なドキドキ……ああそっか。これが『ドキドキプレゼント交換』ってやつなんだね。きっと実際にやってみないとこの感動は味わえない。
「はい! ストップです!」
──感慨に浸っていると、スマートフォンから流れていた音楽がピタリと止まった。
「今手元にある物が自分のプレゼントです! それではテーブルに戻って、順番に開封しましょう! 僭越ながら一番手は私がいかせてもらいます!」テーブル席に戻って、エミリアがプレゼントの包装を丁寧に解いていく。とりあえず私が選んだプレゼントではないのは確かだけど、一体何が入っているんだろうか。
「……これは、『鳳夢蘭』と読むのでしょうか、あ、箱の中にお菓子が入っています!!」エミリアの手に渡ったプレゼントは、和風の紙箱に放送された和菓子のようだった。五千円相当ということはさぞかし有名なメーカーなんだろう。知らないけど。
「こ、これは! 櫻子さんですね!?」エミリアがお菓子を取り出して、驚いたようにそう言った。
「いや、私が選んだプレゼントじゃないけど……?」
「え? そうなんですか、だってほら……ここに櫻子さんの顔が──」差し出された和菓子を見る。透明のビニールに包装されたそれは、どら焼きだった。
「……な、なんでどら焼きに私の顔が!? 気持ち悪ッ!!」
どら焼きの表面に、私の顔写真と思われるものがプリントされていた。まったくカメラ目線じゃないわたしの顔が。
「へへ、いいだろそれ。好きな写真をどら焼きにプリントしてくれるんだぜ。五千円も使ったから10パターンの櫻子が楽しめるって寸法よ」
「やっぱりヒカリか!! 最近大人しいと思ったら何えげつないことしてくれてんの!?」
勝手に人の顔をどら焼きに印刷するなんてどういう神経してるんだコイツは!! 食べちゃうんでしょこれ!? ていうかあげちゃうんでしょこれ!?
「ホントはアタシが独り占めしたかったところだが、まぁなんだ……自分が貰って嬉しいもんをあげたらいいって言うからよ」ヒカリが照れたように頬をポリポリとかいた。仕草だけは可愛いけど盗撮写真どら焼きに貼り付けるとか、やってることはド変態ストーカーだよ!!
「うわ〜櫻子のこの顔やば〜! めちゃくちゃ目が半開きんなってんじゃん〜」
「あらーこれあれじゃありませんのー? いつか事務所でわらくしが撮った……ひっく」
カルタとカノンが見ていたどら焼きをひったくるように奪うと、そこにはスマホを耳に当てながら目が半開きになっている人生で一番不細工な瞬間の私が写っていた。
「櫻子がアタシに初モーニングコールしてくれた時の記念写真だな。実はナリキンから貰ってたんだよ」ヒカリは何故かドヤ顔で自分のスマホを私に見せつけるように差し出した。
「何待ち受けにしてんの!? ていうか消せって言われてたでしょうが!!」
「言われてたでしょうが?」ヒカリが首を傾げて片眉を吊り上げた。……おっと、まずい。
「け、消せって言ったでしょうが、って言ったの!!」
「ええ、確かにそう言ってましたね!! さあそろそろ次のプレゼント発表に移りましょう! ヒカリさん素敵なプレゼントをありがとうございます!!」まくし立てるようにプレゼント交換が進行した。ナイスサポートエミリア!!
「じゃあ次は私だね〜何が入ってんのかな〜」エミリアの左隣、カルタが包装袋のリボンを解いて中身を取り出した。
「お〜これはまさか……官能小説!!??」
「恋愛小説ですのー」
袋から取り出した4冊セットの本を高々と掲げ、カルタは興味津々に本のタイトルを見ている。どうやらカノンからのプレゼントらしい。顔面どら焼きと比べるのが失礼なくらいいいプレゼントだ。
「へ〜『過去にしか花は咲かない』ね〜……あ、来年映画化するんだ〜」本の帯には『来春映画化決定!!』とあり、どうやらかなり人気のある作品らしい。
「私おすすめの作家のぉ、七つ橋 ハチ先生の……人気シリーズですのよぉ、ぜひ読んでみて欲しいですわー」ろれつの回らないカノンが、しかししっかりとプレゼントの説明義務を果たした。
「いいじゃ〜ん! カノンありがとね〜エミち〜も読み終わったら貸したげるからさ〜一緒に映画見に行こ〜よ〜」
「私そのシリーズ読んだことありますよ。まぁ、映画は見に行ってもいいですけど……」みんなの手前か素直じゃないエミリア。私はもちろん、ヒカリもカノンもとっくに気づいてるんだけどね。
「それでは、次は私の番ですわねー……うーん、これは……機械? と何でしょうか……?」カノンが包装袋から取り出したのは、二つの箱だった。なんだろうあれ。
「リラクゼーションマシーン……と書いてありますわねー。マッシャージ機というやつですのー? それと、こちらは……入浴剤でしょうか」
「あ〜それ私が選んだプレゼントだ〜! すごいレビュー高いマッサージ器なんだかんね〜防水機能付きだからお風呂で使えるよ〜」ほう、カルタにしてはマトモというか、普通に素敵なプレゼントでちょっと拍子抜けというか……私もちょっと気になるな、マッサージ器。
「……なぁ、この入浴剤ぷるぷるローションがどうとか書いてあるけど大丈夫なのか?」
「うっひっひ〜マッサージ器に合わせて買ってみました〜」
「か、カルタ! 何てものを買ってきているんですか、もう!」
「ん〜? 見ての通りマッサージ器と入浴剤だよ〜? 使用方法は人それぞれだろうけど〜もしかしてなんかやらしい事連想しちゃったのかな〜」エミリアが強かにカルタの頭にチョップを落とした。それはよくない……これ以上頭がダメになったらどうするの。
「なんだかよく分かりませんけれどー、ありがとうございます。カルタ」まぁ、貰った本人はよく分かって居ないみたいだけど、嬉しそうだからいいよね。
「じゃあ次は私の番だね。何だろうなー楽しみだなー」満を持して私がプレゼントを開封する番だ。誰からのプレゼントかは消去法でもう分かっちゃってるけど、ワクワクする気持ちは未だ衰えていない。
皆よりも少し小ぶりな包装袋のリボンを解いて、中から長方形の箱を取り出した。箱にはオシャレな書体で『Dino』と印字されている。これって確か──
「あ〜Dinoじゃん〜! さすがエミち〜センスある〜」
「そうそれ! Dinoってこの間ヴィヴィアン達がCM撮ってたやつだよね!? オシャレ女子に人気のブランドだ!!」カルタも言ってるけどコレを選んでくれたのはエミリアだ。顔面どら焼きのヒカリとは違ってなんて素敵なプレゼント!
「えー素敵! めちゃかわな保湿セットだぁー!! リップの中にお花入ってるし! やばい! いい匂い!! ありがとうエミリアー!!」語彙力が急低下するくらい嬉しい。ガラスみたいに透き通ったリップの中に可愛らしい花が埋め込まれているデザイン……まるで宝石みたいだ。他にもハンドクリームと化粧水がセットまで付いていて、とにかく可愛らしい!
「ふふ、そんなに喜んでいただけるなら選んだかいがありましたね。乾燥する季節ですから、よかったら使って下さい」
「毎日使うよー! ほんとありがとうね!!」リップとハンドクリーム達を丁寧に箱に戻して、膝の上に置く。嬉しいな、大切に使わなきゃね。
「──ってこたぁ、アタシが持ってるこのプレゼントは櫻子が選んだやつってことか……日頃の行いだなぁ」最後の一人、ヒカリがそう言ってニヒルな笑みを浮かべた。物凄い悪人面してるけど本当に日頃の行いは良いと思う。口が悪いだけで。
「あの、頑張って選んだ物だからさ……ちゃんと使ってくれると嬉しい、かな……」4日前、モールを歩き回ってたまたま見つけたアレ。誰の手に渡ってもいいとは考えていたけれど、強いて言うならばヒカリのところに行って欲しいと思っていた。だからこの結果にはとても満足している。なればこそ、キチンと釘を刺しておかないと。
「へっ、せっかく櫻子が選んでくれたプレゼントを、アタシが無下にするわけねぇだろ?」カッコイイセリフを吐きながらリボンを解くヒカリ。そう言ってくれて私はニッコリだよ。
「お、コレは服だな……もしかして櫻子とおそろだったり──」
「まぁ、お揃いと言えばお揃いかもね」
手触りで衣類だと確信したヒカリが、袋から半分ほどブツを取り出したところでフリーズした。周りのみんなも何事かと視線を集中する。
「……こ、こいつは…………ッ!!?」
「あーCMさつえいのときのぉ……」
「櫻子〜恐ろしい娘じゃんね〜!!」
「わ、私どら焼きで良かった……」
ヒカリを始め、みんなが素晴らしいリアクションを披露してくれている。そう、私が選んだプレゼントは──
「『魔法少女プリティーチェリー』の変身セットだよ!!」
「な、なな…………なんだとぉおお!?」スポンサーのCM撮影の時、一度はヒカリが着たものの結局私に押し付けられたあの衣装。あの時の羞恥と屈辱……モールで大人用フリーサイズを発見した瞬間。あの時の感情がありありと蘇った。
誰でもいいから私と同じ思いを味わえ……その一心で購入に至った。
さあ受け取れヒカリ。不平不満何するものぞ、これが私のプレゼントだ!!




