187.「ファーストキスとラストクリスマス①」
【レイチェル・ポーカー】
──馬場櫻子という出自不明の人格から、自我に目覚めて今日で22日目。けれど、眠る度に駆け抜けた数年間の月日は、決して一夜の夢だなんて言い捨てる事の出来ない密度と現実味を帯びていた。
私の本当のお母さんが、悪い魔女に殺された時のことを鮮明に覚えている。
私が魔女だと分かった時。優しかった人達が別人になったように恐ろしい形相を浮かべて、私を殺そうとした事を鮮明に覚えている。
お母さんを殺した魔女への復讐心だけで旅を始めたこと。でも結局、ただの傭兵崩れの野盗にも適わずに殺されそうになったこと。
悔しくて悔しくて情けなくて……自ら命を絶とうと決断したこと。
自殺をたまたま通りかかったヴィヴィアンに止められて、初めてお酒を飲んで、初めてお母さん以外とキスをしたこと。
ヴィヴィアンの魔法が使えるようになって、改めてお母さんを殺した魔女への復讐を胸に誓ったこと。
数年間の放浪の果て、鴉の門を叩いたこと──
全部全部、何もかも鮮明に覚えている。明確に体感している。だからこそ……もう一度家族を失う悲しみを繰り返すのは嫌だった。その願いが通じたのか、連日飲み続けているアルコールの作用なのか、私は今日も夢を見ずに目が覚めた。
結局私は何なのだろう。五百年の人生、あまりに長い記憶の空白。復讐の旅は終わったのだろうか。確かなことは、本当の家族も新しい家族も失ってしまっているという歴史だけ。
どうして私の記憶が失われているのか、空っぽだった時は純粋にそれだけを考えていられたのに、たったの22日……それだけの時間で私はひどく臆病になった。否、臆病者だった事を思い出したんだ──
* * *
「パーティーの飾り付けねー知識としては知ってたけど、いざ自分でやってみると結構面倒で、でもなんか楽しいね」
VCUの事務所で色とりどりの画用紙を裁断しながら、私はエミリアことクリスマス大臣にそう言った。
「鴉にいた頃はパーティーとかしなかったんですか? レイチェルさんお城に住んでいたんですよね?」
「お城って言っても要塞みたいなもんだよ。華々しさの欠片もないし、当時は今みたいに贅沢って存在自体が希薄だったからね。まあ毎日ワイン飲んでご飯にはありつけれてたんだから、贅沢と言えば贅沢な暮らしだったのかな」
エミリアと二人きりになるとこうやってレイチェルの話ができる。常に馬場櫻子という役を演じている私としては、とても心地の良い時間だ。
「中世のヨーロッパは大変な時代だったんですね。カルタではとてもやっていけそうにありません」
「ヨーロッパ以外にも色んな所を転々としたけどね、確かにあの時代じゃどこもカルタには合わないかな」そう言うとエミリアはクスクス笑った。
アイビスが私をロードに任命した時以降、鴉はそれぞれ4人のロードがチームを率いて各国を渡り歩いたりしていた。定期的に城には帰ったりしていたけど、全員が一堂に会することは殆ど無かった。
「実は今日凄い楽しみにしてたんだよね。皆で集まってパーティーなんて、本当に初めてかもしれないからさ」
「でしたら、最高のクリスマスパーティーにしないとですね。私にお任せ下さい」エミリアは横断幕に向き合って、墨の着いた筆を構えている。気合いが入ってるのはいい事だと思うけどまさかそこまでするとは。横断幕とかモールで売ってんのね。
「そんなのどこに飾るつもりなの?」
「無論事務所の窓です。皆さん窓から出入りしますからね。パーティー会場の入口付近に設置するのがセオリーでしょう」なるほどなるほど……なんだろう。言ってることはマトモっぽいんだけどな。色々おかしいよね。
「ちなみになんて書くの?」
「ふふ、聞きたいですか?」エミリアがいたずらっぽく答える。
「うんうん聞きたい聞きたい」
「いいでしょう……『聖夜の女子会!〜第一回ドキドキプレゼント交換大作戦!!プレゼンティッド バイ クリスマス大臣〜』です!!」
「いやいや長い長い」本気かこの子、たまに真剣な顔でおかしなこと言うよねエミリア。しかも長いだけじゃなくて……ダサ、うん何も言うまい。
プレゼンティッドバイクリスマス大臣ってなに?
「それ、大丈夫なのエミリア?」
「ええ、心配には及びません……と言いたいところですが、確かに日本語は書く方は不慣れなので、ここはカルタが帰ってきてから任せることにします。どうせカルタはヒカリさんの買い出しについて行っているだけですから、何か仕事を与えてあげないと。あと字も綺麗ですし」
私が言った『大丈夫なの?』はもちろん『そのクソダサ横断幕ビルの外から色んな人に見られるわけだけども大丈夫? いけてる?』という意味だったわけだけども、それを曲解した上に、ナチュラルにカルタに対して酷い。けどカルタをフォローは出来ない。なぜなら同意見だからだ。
「じゃあ私達はそれ以外の飾り付けをさっさと終わらせちゃおうか。早くしないと皆帰ってきちゃうからね」
数十分前、事務所に勢揃いした私たちはエミリア以外ジャンケンで役割分担を決めた。その結果私はエミリアと事務所の飾り付け。ヒカリとカルタは飲み物の買い出し。カノンは食べ物の買い出しとなったわけである。
「大船に乗った気持ちで任せて下さいレイチェルさん。完璧な飾り付けをしてみせますよクリスマス大臣として!」
この時点でなんとなく察しはついていたけど、エミリアは飾り付けのセンスも壊滅的だった──
* * *
「えー、本日はー、お忙しい中ー、このようなー、恥ずかしい催しにお集まり頂きー、誠にー誠にー、ありがとうございますー」
テカテカと光るターキーレッグをマイク替わりに、私のウグイス嬢風開会のスピーチが始まる。クスクス笑うカノンとヒカリ、エミリアにしばかれて頭にコブを作ったカルタ。悔しそうに口を尖らせるエミリア。クリスマス会は始まる前から既に波乱に満ちていた。
「さ、櫻子さん、恥ずかし催しだなんて語弊を生むような言い方は不服です!」堪えきれなくなったエリアが抗議した。
「エミリア仕方ねぇよ……なんつっても性なる夜だからな」
「ええ、ドキドキ好感大作戦ですものね。仕方ありませんの」
ヒカリとカノンは笑いを堪えるようにそう言った。
「そうそう、仕方ないじゃん〜過ぎたことは水に流そうよエミち〜……あ痛ッ!?」恐らく『反省』というページが辞書から破り取られているカルタが再びエミリアにしばかれた。今のはカルタが悪い……けど、この件に関してはぶっちゃけエミリアも悪いと思う。
私は視線を問題のブツに写した。『性夜の女子会!〜第一回ドキドキ好感大作戦Byエミリア〜』事務所内の壁にデカデカと貼り付けられた横断幕にはそう書かれている。何度観ても酷い。
「痛いなぁ〜ちょっと字を間違えちゃっただけじゃ〜ん」
「字の間違え方が酷すぎるし、プレゼントの部分も抜けてるじゃないですか!! なんですかこの淫らな会は!?」
「いやね〜? ドキドキ〜の部分まで書いた時に、ちょっとスペース配分間違えたなって気づいたんだよ〜そんでプレゼントの部分となんたらかんたらクリスマス大臣の部分いらんくね〜って思って略したわけ〜」略し方も酷い。
「だからってクリスマス大臣をバリバリ個人名にしないで下さいッ!! 私が主催する変態パーティーみたいになってるじゃないですか!!」
かような経緯があって、さすがにコレを表に飾る訳にはいかないと事務所内に貼り付けたわけだ。多分エミリアにもクリスマス大臣の意地があるんだろうけど、もはや飾らない方が良かったのではと思う。私は見てて面白いけどね。
「もういいです、こんな事で目くじらを立てていてはカルタとはやって行けません…… あと櫻子さん、普通に進行して下さい」歳の割にはやっぱり大人なエミリアに促されて、私はターキーマイクを持ち直した。
「よーし、それじゃあ堅苦しい挨拶は抜きにしてパーティーを始めたいと思うけど、今日のパーティーに着いてクリスマス大臣から一言だけ貰っちゃおうかなー」ターキーをエミリアに向けて私はにこりと笑った。エミリアは少し動揺したものの、直ぐに微笑み返してコメントをくれた。
「皆さん、めいいっぱい楽しんで最高のクリスマスパーティーにしましょう」
私はターキーを自分の元に戻して、皆を見渡した。
「皆聞いたよね? クリスマス大臣の言うことはぁああ!?」
「「「「「ぜったぁーーーーい!!!!!」」」」」




