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184.「水と二日酔い①」


【レイチェル・ポーカー】


──深い深い闇の中。微かに感じた小さな気配が段々と輪郭を帯びて、それがけたたましいベルの音だと気づいた時……私の意識は覚醒した。


「………………あったま、いったぁ……」

 見慣れた天井。見慣れた照明。そして心臓の鼓動に合わせて頭を通り抜ける鈍痛……。

 そうだ、たしか昨日500年ぶりの飲み会で夜中まで皆と飲んでて……あー、思い出せないや。てか頭痛いし身体痛いし……とりあえず水飲みたい……。


 昨晩の記憶の欠片を集めるのは後回しだ。今はソファから身体を起こしてキッチンに水を飲みに行こう……てか、重いよバブルガム〜。

 三人がけのソファの右端に腰掛けるようにして眠るヒカリ……に膝枕されるような形で私は眠っていた。そしてさらに私の上に、バブルガムがだらしなく絡みついているのだ。そりゃ身体も痛くなるわけだよ。


 部屋を見渡すと、テーブルには大量の空のグラスやお酒の空き瓶が散乱していて、その奥のベッドではエミリアとカルタが仲睦まじく眠っているみたいだった。バブルガムもこんな狭いソファじゃなくてあっちに行ってくれれば良かったものを……あれかな、もしかして空気読んだって事なのかな……。


「……って、ダメだ、ホントに頭痛い……ごめん、痛いからごめん……」力を振り絞って身体をゴロリと回転させる。すると当然上に寝ていたバブルガムごとソファの下へ落下する。今度はバブルガムが私の下敷きになったけど「むふぁっ……」と小さく呻いただけで起きる気配は全くない。

 落下の衝撃で頭が粉々になりそうな痛みを、バブルガムの胸を揉んでやり過ごす。なんだろう、柔らかいものを触ってる時って痛みが和らぐ気がする……。


 のろのろと立ち上がってキッチンへ向かう。壁に手を付いて一歩ずつ、ゆっくり……頭……痛い〜〜〜ッ!!


「…………ップはァ!!」水が食道を通り過ぎて胃の中へ溜まるのをダイレクトに感じる。ふふ……これだよ。この『二度とお酒は飲みません。許し下さい』というレベルの二日酔い……これも500年ぶりだとなんだか感慨深いよね………………嘘です。もう二度と飲みませんから勘弁して下さい……。


「──大丈夫ですか?」

 数秒なのか、数分なのか、キッチンの壁にもたれかかりながら目を瞑っていると、そう声を掛けられた。

「……おはようエミリア……見ての通り余裕だよ」さっきまでベッドで眠っていたはずのエミリアが心配そうな顔で私を見ていた。

「見ての通りというなら、かなりしんどそうですけど……」

「そう言うエミリアは、二日酔いとか大丈夫? あんまり覚えてないけど、結構飲んでなかった?」見たところ顔色も良さそうだし、他人を気づかう余裕もあるみたい……お酒強いんだね、エミリア。


「私は二次会以降はお水を頂いてましたから。レイチェルさん達は二次会も相当飲んでましたからね……ヒカリさんも、吐いちゃったりしてましたし……」

「…………二次会? ヒカリ吐いたの? ダメだ……なんも思い出せないや、ふふふ」笑い事じゃありませんよ……とエミリアの呆れ声を聞きながら、私はベランダへ向かった。外の空気吸いたいのだ。


「……あー、寒い……けど、気持ちいぃ〜」まだ暗い冬の早朝に、アルコールを含んだ呼気が白い煙となって溶けてゆく。こめかみを冷たい風が撫でると、頭痛が少し和らぐ様な気がした。

「二日酔いってしんどそうですよね……昔父もよくそんな風に外で頭を冷やしていました」

「そういえば、エミリアはドイツで暮らしてたんだもんね。あっちはここよりももっと寒いでしょ〜……今はお父さんとは?」魔女協会(セラフ)の軟禁からようやく解放されたエミリアは、会おうと思えば父親にも会える筈だ。けど──


「父とは、事件以降連絡をとっていないんです。魔女協会(セラフ)に居た間も父から手紙が届いていたんですけど……どんな恨み言が書き連ねてあるのかと思うと怖くて、一通も封を切れませんでした」エミリアは少し困ったような顔ではにかんだ。

 事件……お父さんの再婚相手の連れ子にケガをさせて、犬を殺してしまったという件。幼い時分にそんな体験をしてしまったら、エミリアのように思うのも無理はないだろう。


「手紙、そろそろ見てみてもいいんじゃない? 恨み言なんて書いてないよ、なんて無責任な事は言えないけど……今は傍にカルタがいるんだから、ちょっとだけ頑張っちゃいなよ」

「……そうですね。来週……クリスマス明けにでも、見てみようかと思います。」

「ふーん……クリスマス明けになると何かあるのかなー? お姉さん気になるなー?」エミリアの顔見てたら嫌でも察しは付くんだけど、いじりたくなるのを抑える理由にはならないのだ。


「………………絶対誰にも言っちゃダメですよ?……その、クリスマスに……カルタに告白するつもりです……」エミリアは顔を耳まで真っ赤にしてそう言った。ふふ、やっぱりそうだったかぁ……可愛いなぁもう!! 

「大丈夫、絶対誰にも言わないよ。私、応援してるからね!」

「それは、ありがとうございます……あ、そういえばなんですけど、レイチェルさんの方はどうなんですか?」

「……どうって、何が?」二日酔いのせいなのか、エミリアの言いたいことが分からなくて、きっと酷く間抜けな顔をしてしまったに違いない。でもほんと何のことだ。


「何がって、ほら……昨晩の追憶の話ですよ。何か新しい情報はありましたか?」言われてようやく思い至った。エミリアが言っているのは、毎晩眠る度に思い出す数年分の記憶……私が(レイヴン)に所属していた頃の追体験の話だと。そうだ、目が覚めた時から妙な違和感を感じていたのはそれだったんだ──


「……私、昨日夢を見てない」

「え、それってつまり、記憶の追体験をしていないってことですか?」ズバリその通りである。連日の追憶が昨晩は無かった。夢を見ずに目が覚めたのだ。一体なぜ? たまたま?……それとももしかしてお酒が原因とか?

「うん。理由は私にも分からないんだけど……」

「なるほど、お酒のせいとかでしょうか……これは調べてみないといけませんね」相変わらず冷静な子だ。私より私のことを気にしてくれてるじゃん。つくづくカルタにはもったいないね。

「まぁ、でもちょっと安心っていうか……ホッとしてる部分もあるんだよね。追憶の続きももちろん気になるけど……」あと何日もすれば、あのジューダスが何人もの家族を手にかけたなんていう信じ難い過去に追いついてしまう。私はそれが怖かった。だから一時的なものかどうかも分からないけど、取り敢えず一日分の猶予が伸びた気がして、私はホッとしているのだ。


「……そうですね。今はとりあえず目先の事を考えましょう」エミリアが私を気遣うようにそう言って微笑んだ。

「目先の事っていうと?」

「皆さんを起こして家に返す事ですよ。今日も学校ですから急いで準備をしに帰らないと……」

「ははは、エミリアは真面目だなぁ。今日はもうサボっちゃおうよ〜」現在午前6時、今から帰って準備するとなるとエミリやカルタはかなり大変なんじゃないだろうか。そもそもヒカリとか絶対に起きないよ。昨日吐いてたらしいし。


「ダメですよレイチェルさん……カノンさんの話、聞きたくないんですか?」

……カノンの話?……って──


「──皆おきろー!! 朝が来たよーー!!」

 

 カノンの昨日のデートの話、聞きたくないわけがない!!






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