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182.「ネグリジェと生傷」


【辰守晴人】


「──ふざけんな!! ハレトはそこの金髪の眷属だ、お前の眷属なわけねぇだろうがぁ!!」一番最初に静寂を打ち払ったのはイースだった。しかも至極真っ当な反論で。


「イースの言う通りよ。魔女が眷属を一人しか作れないように、眷属も主人以外の魔女と契約は出来ないはずだわ」そうなのか、初めて知ったけどまぁそうだよな……ということはやはり、これはラミー様の嘘──


「嘘では無い。私とこの駄犬の間には確かに繋がりがある。信じ難い話だが、この駄犬は複数の魔女と契約が可能な特殊体質か何かなのだろうさ」

「そんな話、はいそうですかって信じると思うの? 苦し紛れの言い逃れにしか聞こえないよ」バンブルビーが冷めた目でラミー様を見据えた。まあ、証拠も何もないしな。確かに昨日血を飲んでしまった気はするけど、俺本人にもよく分からんし。

「──昨晩のアレは見物だったなぁ……黒鉄(くろがね)の魔女が男に赤面させられる所などそうそう見れるものではない」


…………………………あ、これたぶん真実(マジ)だ。


『あ、いや……ちょっと変な言い方ですけど、バンブルビー、今ちゃんと笑ったなと思って』昨晩俺がバンブルビーにそう言った後、あまりに一瞬の出来事だったから見間違えたのかと思っていたが、バンブルビーが照れたように赤面した気がしたのだ。


 あの時あの場所にいたのは意識のないフー、そして俺とバンブルビーだけ。ラミー様が知っているはずがないのだ……俺とリンクでもしていない限りは。


「………………」チラリとバンブルビーの方を見ると、彼女は表情を変えず、涼しい顔のままでラミー様を見据えたままだった……ただ、顔が真っ赤になってるけど。


「ちょ、ちょっとハレ君!? なに!? 昨日ライラックと何かしたの!? いや、それよりもバンブルビーとも何かあったの!? ま、まさか、ふ、ふふ、不倫ッ!?」

「おいバンブルビー!! い、いくらお前でもハレトはやんねぇからな!!」

「ハレ、不倫はダメだよ!? 泥沼で痴情のもつれで、法廷で争う姿勢になっちゃうよ!?」

バンブルビーの顔を見て、ラミー様の言葉が真実だと悟ったスカーレットとイースがそれぞれ俺とバンブルビーに詰め寄ってくる。フーもフーで、昼ドラで得た偏った知識のせいで勝手にパニックになっている。状況が忙しすぎる!


「お、落ち着いて下さい!! そして首を離してくださいスカーレット!!」

「わ、わわ、私は落ち着いてるわよ!! なに!? 首と胴体を離せばいいの!?」

「なにその怖い解釈!! ちょ、バンブルビー、と、止めてください!」テンパリにテンパったスカーレットに首を掴まれながら凄い力で揺さぶられ、命の危機を感じた俺はバンブルビーに助けを求めた。


「……やめろ」「あいだッ!?」気まづそうに近づいて来たバンブルビーが、スカーレットの頭にゲンコツを落とした。なんか止め方雑だな。ただ、ゲンコツの鈍い音で騒がしかった部屋が一旦落ち着いた。


「ぷぷ、まあそう睨むなバンブルビー。私もライラックの深層意識で漂うのに飽き飽きしていたところでな、日が昇っている間私が表に出ることを認めるなら、夜はライラックに身体を譲ってやろうではないか。無論これまで通り(レイヴン)には手を貸してやる。どうだ、悪い話ではないだろう?」

 悪い話ではないのか? 正直俺としてはラミー様に出てこられると困るというか、犬になるというか……。


「……仕方ないね。断ってもどうせ勝手に出てきちゃうんだろうし……でも昼間は戦闘班で活動してもらうよ。ペアはもちろん俺だ」なんと、あのバンブルビー相手に意見を押し通してしまった。さすがラミー様……なんてこった。


「ふん、決まりだな。では早速だが、私の新しい部屋はここにするぞ。眷属の物は私の物だからな」


……おっとぉ?


「おいパッツン!! お前の部屋ならもうあんだろうがぁ!!」

「黙れ酒カス女、あのつまらん本まみれの部屋を言っているならあれはライラックの部屋だ。私の部屋ではない」


 凄まじい、はやくもラミー様節が炸裂している。イースが言葉通り爆発寸前って顔してるけど大丈夫なのかこれ。


「えっと、ハレはフーの眷属? ってやつだから、私とハレの部屋でもあるんだよね、じゃあ三人部屋ってこと!?」

「不本意ながらそうなるな……まぁ、正確には二人と一匹部屋だが」

 あ、俺眷属になっても犬認識なんすね。ていうか、フーは結構普通に受け入れるんだ……なんか意外。


「勝手に話進めてんじゃねぇよ!! 本妻の俺様がハレとこの部屋に住むに決まってんだろうが!!」

「ちょ、何勝手に本妻とか言い出してんのよアンタは! 酔ってんの!?」

「シラフだよボケェ!! 第五夫人は黙って部屋の掃除でもしてこい!!」

 スカーレットが「だ、第五ッ!?」と呟いてよろめいた。なんか既に色々決まってたらしい……イースの中だけで。


「ねぇ、さっきから気になってたんだけどこの人達は皆ハレのことが好きなの? 付き合ってるの?」

「うっ、そ、そうだった……まさにその話をしたかったんだよ俺は。フー、聞いてくれ。実は──」


「──私は断じて犬に寵愛をくれてやるつもりはないからな。そいつは私がある程度自由に過ごすための安全装置、兼、犬奴隷だ……不承不承、形式的に婚姻を結んでやろうとは思うがな。ライラックが」

「へー! 結婚するんだ!?」


「俺様とハレトは相思相愛だぁ、その他のザコ共と違ってなぁ!! ガッハッハッ!!」

「えー、あなたも結婚するの!?」

「あ、あの、私も一応……ていうか、いや! 私もハレト君とは婚約してますから!!」

「すごい! 重婚だ!! 泥沼だ!!」


……今日真っ先にフーに伝えなければいけない、一番大切な話をようやく切り出せそうだったのに……もうダメだ、俺には収集をつけられる気がしない。俺はバンブルビーの方にSOSの視線を送った。バンブルビーは珍しく露骨に疲れたような顔をして、大きなため息を吐いた。




* * *




「じゃあ、改めてフーちゃんに一人ずつ自己紹介していってくれるかな。端から順番に」


 バンブルビーの鶴の一声で、てんやわんやの顔合わせは何とか無事に済ますことが出来た。フーも皆の顔と名前をすぐに覚えていたし、なんだかんだ上手く付き合って行けそうな気がする。なにせあのラミー様とも普通に会話できてたし……。


「……と、ここだな」(レイヴン)城、三階の角部屋……マリアの部屋の前に俺は立っている。

 先日俺を殺そうとやってきたマリアを龍奈と二人で返り討ちにしたわけだが、形式的にはマリアの方に大義名分はありそうなわけだし、一応これから仲間になる奴なんだから見舞いくらいはしておいた方がいいと思ったのだ。


 バンブルビーの話では特殊な魔力欠乏でしばらくは目覚めないらしいけど『見舞いに行った』という事実を残しておくのが重要だ。そもそも意識がある時に見舞いなんて行ったら今度こそ殺されかねん。


「俺だー。入るぞー」一応ノックして、適当に声をかけてからマリアの部屋の扉を開けた。壊れた窓から吹き抜ける風が頬を撫でる。そういえばあの窓突き破って投げ飛ばされたんだっけ……。

「……ふむ、改めて見ると案外物多いな」本人が気を失っている時に部屋をじろじろ見るのはどうかと思うが、部屋に入ると目に入るんだから仕方ない。不可抗力だ。

 マリアの部屋は、雑貨と言うよりは本や何かの資料みたいなものが多かった。部屋の隅に置いてあるチェストには、デキャンタとグラスが置いてあったりもする。なるほど、酒も飲むのか。だから何だと言う話だが。


 にしても──

「………………やりすぎたかな」ベッドに仰向けで横たわるマリアの姿を見て、つい声が漏れた。

 冬にしては薄いシーツを胸元まで掛けたマリアは、その名の通り雪のように真っ白な肌にいくつもの生傷を作っていた。

 目を凝らして見ないと分からないくらいの微かな胸の上下で、彼女の呼吸を確かめる。いけ好かない奴だけど、これだけ弱った姿を見るとやっぱり気の毒だな。


「……うわ、すげえ風」壊れた窓からかなり強い風が吹き込んで、マリアの部屋を駆け回った。テーブルの上に置いてあった数枚の紙がパラパラと宙を舞って、地面に散らばる。

 落ちた紙を拾い集めてテーブルに戻そうとした時、ふと一冊の薄い本が目に入った。というのも、表紙に日本語で文字が書いてあったからだ。


『1575年8月・レイチェル・ポーカー』

「……レイチェルって、確か四大魔女の……ラミー様を監獄送りにした人じゃ……」自然と本へ延びた手を、俺は咄嗟に引っ込めた。さすがに勝手に人様の部屋の本を見るのはダメだろう、イースじゃあるまいし。プライバシーというものがこの世にはあるからな。


 俺は気を取り直して、散らばった紙を綺麗に整えてテーブルに戻した。これでよし、でもさすがにあの窓簡易的にでも塞いどかないとな。いくら魔女とはいえ、怪我人の部屋に真冬の風がガンガン吹き込むのはよろしくないだろう……なんて思うのは、未だに人間感覚の俺だけなのだろうか。いや、寒いもんは寒いだろ。


──とかなんとか考えている間に、再び強い風が吹き込んでマリアの身体を覆っていたシーツがめくれてしまった。やっぱ塞いどかないとダメだな、ダンボールとガムテープとかでいけるか? 幸い俺の新しい家具を梱包していた大きめのダンボールが大量にあるわけだが。


 俺はシーツくらい直してやろうとマリアの傍へ近づいた。一緒に真冬の噴水で凍えたよしみだしな。


「……うーん、これは──」

 シーツをかけようとして、マリアが中々際どい格好をしている事に気が付いてしまった。この服、ネグリジェというのだろうか。かなりスケスケの黒い生地の合間から、真っ白な肌が覗いている。 

 そして、その露出した真っ白な肌をも、無数の痛々しい生傷が蹂躙していた。


「……まぁ、ついでだからな、ついで」俺はマリアの身体へ手を伸ばした。無論寝込みを襲おうとかそんなわけではない。ボゥッと、手の平が暖かい光を発する……マリアの身体をくまなくなぞるように光を移動させていくと、光が通り過ぎた後には傷一つない純白の肌だけが残る。


 五分ほどだろうか、そこそこ入念にマリアの外傷を治療した。シーツを元の位置に掛けて、ちょっとした達成感を感じつつ彼女の顔を見下ろす。心なしか顔色が良くなったような気がする。呼吸も先程までよりもしっかりとしているし……。


「──ん、タツモリ…………?」


 そして、目覚めないはずの女が目覚めてしまった──













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