180.「現場監督と弾劾裁判」
【バンブルビー・セブンブリッジ】
──ブラッシュを駆り出した大規模捜索で、とうとう辰守君とバブルガムが島には居ないことが判明してから数時間後。バブルガムが単身でひょっこり帰ってきた。
「おや現場監督さん、お早いおかえりだったね」城の転移部屋、待ち構えていた俺と目が合うとバブルガムは露骨にうげっ! という顔をした。
「むはぁ、ただいまー……」
「はい、逃げない」目を逸らしながらそそくさと部屋を出ようとしたバブルガムの首根っこを引っつかむ。素直に謝れば少しは手加減してあげようと思ってたのに。このバカ。
「むはぁ! 違げーんだよバンブルビー! これには深ーい訳があってだな!?」
「これって言うのはどれの事かな。現場監督が現場にいない件? 食料庫荒らし? それとも辰守君の逃亡幇助のことかな?」
首を掴む手にぎりぎりと力を入れていくと、バブルガムのうなじに一筋の汗が伝う。
「むふぇ〜……は、ハレトだ!! ハレトのバカが私ちゃんを誘惑して、やりたくもねー食料庫荒らしを──」
「あのキャンディ美味しかったでしょう」
「むはぁ! めちゃくちゃ美味かったな!!……あ」
しまった! という顔をしてももう遅い。見当はついていたけど、案の定辰守君はこのバカに巻き込まれて島を出たのだろう。問題は──
「で、辰守君は?」
「むふぁ? 先に帰ってんだろ?」嘘や誤魔化しを吐いている目ではなかった。ブラッシュでなくとも500年以上一緒にいればそれくらいわかる。それにしても……クソ、やっかいだな。
「辰守君はまだ帰って来てないよ。この部屋、昼過ぎからラテと交代でずっと見張ってたからね」
スカーレットのタレコミで二人がいないと発覚してすぐ……バブルガムの部屋から島の案内をするだなんていう書置きが見つかった。
けどバブルガムが島の案内なんて何の得にもならない事するはずが無い。
だからその時点でブラッシュの広域感知魔法を使い、島を洗ってラテと交代で張り込みをしていたのだ。
2人が島の外に居たっていう現場を押さえないと、見苦しい言い訳をされるのが関の山だしな。
「むはわわ、は、ハレトのやつどうやって……てゆーか、コレ普通にまずいんじゃ……」
幸い現状の酷さを理解するだけの判断力はかろうじて持ち合わせてくれているらしい。欲を言えば事が起こる前……というか、起こす前に気づいて欲しいところだけど。
「まぁ、やった事は仕方ない。ブラッシュを連れて行けばまだ充分見つけ出せるよ。だから、今のところかなりまずい状況ってわけでもない──」
あんまり酷く責めるのも疲れるというか、気の毒だから、軽くフォローを入れようと思ってそう言った。その直後──
「ば、バンブルビー! あ、あの、スノウが……い、いない!の……」部屋に駆け込んで来たのは、前髪で顔は見えないが、恐らく青ざめた表情のライラックだった。
「……これは、かなりマズイかもね」
* * *
【2時間後】
「彼女、フーちゃんだっけ……具合はどう?」おおよそ地下牢獄とは思えないほど優美な部屋で、彼はベッドで眠る主人をただ心配そうに見守っていた。
「……あ、おかげさまでかなり顔色は良くなったみたいです。まだ意識は戻りませんけど……スノウの方は、大丈夫なんですか?」辰守君は少しバツが悪そうに一瞬だけ俺の顔を見て、すぐに目を伏せてそう言った。
「その子はただの魔力欠乏だから明日の朝には目を覚ますと思うよ。ただ、君の話にあった通りなら急に暴れだしたりする可能性もゼロじゃないからね。ここで我慢して欲しい……スノウは部屋で寝かしてるよ。あいつもまあ、色々複雑な奴だから気が向いたら見舞いにでも行ってあげてね」
フーちゃんが突然人が変わったようになり、辰守君を背後から刺したという件……それを考慮したうえで、彼女にはイース御用達の地下牢に寝てもらっている。スノウはアイビスが戻ってくるまでは恐らく目覚めないだろう。自分の限界なんて分かってただろうに……ヤケに辰守君に執着して、何か思うところがあったのか。
「すみません、色々と無理を聞いてもらって。俺、自分勝手でした……本当にすみません」椅子から立ち上がって深々と頭を下げる辰守君。バブルガムのやつもこの10分の1でもいいから殊勝な態度をとってはくれないものだろうか。無理か。
「さっきも言ったけど、命の危機だったんだから仕方ないよ。それに、謝るのはこっちだ。バブルガムとスノウの暴走をちゃんと抑えられなかった俺に責任がある。すまなかったね」稀にこういう少し大きめの問題が起こったりすると、どうしても考えてしまう。あの頃のアイビスなら、レイチェルなら、もっと皆を上手く纏められたんじゃないかって。
「──そんな、その……俺なんかが言っても失礼っていうか、何様だよって感じですけど、バンブルビーはほんとによくやってると思います! あの暴虐武人のイースもバンブルビーの言うことは聞くし、スカーレットとの喧嘩の仲裁だって……それにラミー様から助けてくれた事もありましたし、さっきだってフーの爆弾を取ってくれて、ここに俺たちを連れ帰ってくれたじゃないですか! だから、その……えーと」
……参ったな。なんとなくだけど、スカーレット達が好きになる理由とか、妙に放っておけない理由が分かった気がする……この子、レイチェルに少し似ているんだ。自分より他人の心配ばっかりするところとか、口が達者な訳でもないくせに、必死で誰かを励まそうとしたりするところとか……少しだけ似てる。
「……ごめんなさい、上手く言えなくて……」
「大丈夫。 ちゃんと伝わってるよ」そう言うと、ほんの少し辰守君が驚いたような顔をした。
「……どうしたの、何か変だったかな?」おかしなことでも言ってしまったのだろうか。
「あ、いや……ちょっと変な言い方ですけど、バンブルビー、今ちゃんと笑ったなと思って」
「…………あー、俺ちょっと城に戻ってイース達に状況報告して来るよ。あんまり放って置いたらここまで押し掛けかねないしね」
……ちょっと、露骨だったか。返事も聞かずに牢屋を出てしまった……いや、でも……ほんとに参ったな。こんな気持ちの時、どうやって落ち着くんだっけ──
* * *
「……むはわわわ、なんだってぇぇッ!?」
「だから、今回の罰として1ヶ月牢屋行きね」
地下牢から城に戻ると、エントランスホールにて我等が鴉の戦闘部隊幹部にして『辰守君の部屋を作ろうの会』の現場監督こと、バブルガム・クロンダイクの弾劾裁判が行われているところだった。
参加した各々の主張としては──
「こんのクソデコがぁ!! 消し炭だ! 消し炭の刑だてめぇはぁぁあ!!」
とか
「ほんとに酷いわ。ハレ君をまた死ぬような目に遭わせて……1ヶ月の懲罰房行きを主張します!」
とか
「私も広域魔法で疲れちゃったし……これは身体で癒して貰わないと今後の業務に差し支えるわ」
とか
「き、喫茶店の、修繕作業……残り、や、やってもらうの」
であったりしたわけで、当然の如く裁判長に任命された俺は、ほとんど消去法でバブルガムに罰を言い渡した。
「喫茶店の修繕も本当はやってもらいたいところだけど、
バブルガムがやったら修繕どころか崩壊するでしょ。だからせめて1ヶ月間は牢屋で大人しくしててよ。それくらいはできるよね?」目に涙を浮かべて肩を震わせるバブルガムに、しかし周りは冷たい視線を放った。まあ、因果応報だな。
「……むはぁ、わ、わかったよ……」俯いたバブルガムが、絞り出すようにそう言った。
「けっ、ようやく観念しやがったか!! 俺様の部屋に穴まで開けやがってよぉ!!」
「はぁ!? あれはハレくんと私の部屋だし、穴開けたのはアンタでしょ!」
「ス、スカーレット、ちゃっかり……2人の部屋に、し、しようとしてるの……あ、あの部屋は、私とハルの、愛の巣……なの」
「てめぇらふざけんな!! まとめて炭クズにすんぞ!!」
この愉快な仲間たち、少し目を離すとすぐこれだ。もう少し仲良く出来ないもんかな。
「むっはぁ!! オメーら好き勝手言いやがって!! 私ちゃんのことを全く敬ってねーことはよーく分かった!!」今分かったのかそれ。ていうか全然反省してないなこいつ。
「誰が牢屋なんか入るか!! こんな胸糞わりーとこ居てらんねーもう家出だ!!」言いながらガンガン地団駄踏むもんだから、エントランスの床にヒビが入った。
「おいバブルガム……」
「むはぁ! 止めるなバンブルビー!!」
「いや、別に止めないけど床にヒビ入れるのやめてくれないかな。直すの面倒だから」むはぁ!? と、ショックを受けたような顔をするバブルガム。セイラムから頂戴したこの館、ただでさえ築500年以上経っているんだ。いくら魔法で補修を重ねているとはいえ無茶をされては困る。
「ちょっとバブルガム……」
「むはぁ! 止めるなスカーレット!!」
「いや、別に止めはしないけど、これ以上人様に迷惑掛けちゃダメよ? 貯金もマイナスらしいし、外でお金とかせびらないでよね」再び、むはぁ!? とショックを受けた様子のバブルガム。まあたしかに、スカーレットの言う通り釘を刺して置かないと、このバカは誰彼構わず取り憑いて金やら飯やら搾取しかねない。いや、釘刺しててもするんだろうけど。
「ねぇ、バブルガム……」
「おめーは喋りかけんな! 妊娠する!!」ブラッシュがやれやれというふうに両手をあげた。これも因果応報だな。
「おぉいバブルガム……」
「むはぁ!! イース、止めるな! 絶対止めるなよ!!」うん。止めて欲しい時に言うやつだなこれ。
「言われなくても誰が止めるかバーカ!! 外行くんだったら帰りに酒買って帰ってこいよ!! この食料庫荒らしがぁ!!」
バブルガムがそろそろ半泣きになっている。まぁイースにだけは食料庫荒らしとか言われたくないだろうし、仕方ないな。
「あ、あの、バブルガム……」
「むはぁ!! 止めて!! 私ちゃんを止めてよライラック!! お願い!!」もはや矜恃も恥もかなぐり捨てた必死の懇願だった。
「き、気をつけて……行って、らっしゃい……なの」
「むふぅぅ……こ、この姉不幸者共がぁ……びえぇぇぇ!!!!」
──こうしてバブルガムは家出した。まぁどうせ明日になったら何食わぬ顔で戻って来るんだろうけどな。




