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179.「家出と乾杯」


【レイチェル・ポーカー】


 12月18日。放課後が始まった頃には既に沈みつつあった太陽は、あっという間に地平線の彼方へ失せて、空が夜の帳を降ろした。


「……とまぁ、駆け足になったけど私たちがよく行くところの案内はこんなものかな」時刻は午後18時を少し過ぎた頃。ヒカリと私によって行われたヒナヒメ街案内大作戦が終了した。

「ったく、メンドクセーことさせやがってよ」パーカーのポケットに手を突っ込んだヒカリが気だるそうにそう言った。

「んー? 別に嫌なら先に帰っててよかったんだよ?」

「アタシが櫻子を一人にするわけないだろ」さすが公認ストーカー。

「クハハ! おかげさまで美味い店にいっぱい巡り会えたのだ! ありがとうなのだ!!」ヒナヒメは両手に案内の道中で買い込んだ大量のお土産をぶら下げながら満足気に笑った。無論あれは全部食べ物だ。私が言うのもなんだけど食いしん坊すぎるでしょ。


「んー、そろそろカノンのデートが始まった頃かな。別に一緒に行けるわけではないけど、そっちも凄い気になってるんだよね」今日のお昼時、校舎の屋上で根掘り葉掘り聞いたところ、確かこれくらいの時間から高級中華でデートするということらしかった。


「けっ、成金のことだからどうせ、『端から端までメニュー全部出してくださります〜?』とか言ってつまんねぇ話でもしてんだぜ」

「はは、さすがのカノンちゃんでもそんなことしないでしょー」

「クハハ! ヒメならするけどな!!」確かにこの子はやりかねない気がする。

「でよぉ、『あらぁ、わたくしちょっと酔っ払ってしまいましたの〜』とか何とか言って……」

「……とか何とか言って?」ノリノリで悪意全開のモノマネをしていたヒカリが急に口ごもった。

「……その、あれだ。まぁ……な?」な? じゃないよ。恥ずかしくなるなら最初から言わなきゃいいのに。可愛いんだから。


「ていうか、そもそもカノンちゃんまだお酒飲める歳じゃないじゃない。あるわけないよそんなこと」

「いや、アタシ達は16で成人だから飲めるだろ」

「え!? そうなの!? 聞いてないよそんなこと!!」アタシ達はってことは、魔女に限ってはということなんだろうけど、そうなの!?


「な、なんでそんなに食いつくんだよ怖ぇな。割と常識だから知ってると思ってた」私の圧に若干たじろぎ気味のヒカリがそう言った。

「えー知らないよそんなことー! てか、じゃあなんで皆お酒飲んでないの!? 誰一人としてお酒飲んでるところ見たことないんだけど!?」

「……いや、だって別に美味いと思わねぇし。なんか変な味する」

 このお子ちゃまめ!!……しかし、あれだな。そうなってくるとさっきのヒカリの話もあながちバカにできないっていうか──


「ヒカリ、今日はお酒買って帰るからね。とことん飲むよ」

「いや、アタシはジュースでいいよ……ていうか櫻子お前酒……」

「あっそう、じゃあ初めての飲み会の相手はエミリアにしようかな」

「ず、ずりぃぞその言い方……いいよ、ちょっとだけなら付き合う」観念したようにヒカリがそう言った。こんなこと言ってるけどヒカリもそのうちお酒無しじゃやってられなくなるんだから!

「ヒメも朝まで付き合うのだー!」

「ヒナヒメちゃんは大人しく帰りましょうねー」


 女子高生という概念に徹しすぎて当然のように飲酒を控えてたけど、よくよく考えたら別に勝手に買って飲んでもよかったんだよね。夢の中での追憶ではほとんど毎晩飲んでたからっていうのもあるかもしれないけど、やっぱりあの楽しさは現実で味わってこそだ。


「そうだ、エリミアとカルタにも声掛けないと!」


 今夜は500年ぶりの飲み会だ!!




* * *



 『魔女協会認定魔女登録証 』VCUに入ってから何日か後に私の手元に届いたこのカード。これこそがお酒を合法的に手に入れるために欠かせない重要なカードであった。


「──このカード、魔獣災害の時に軍警の人とかに見せるためだけの物だと思ってたよ」カードには不安げな私(櫻子)の顔写真……更新とか出来ないのかなこれ。

「実際そんな普段使いはしねぇからな。スマホの契約する時とかに身分証代わりにはなるけど」

「まあでも確かに、私達って皆20歳前後とかで成長止まっちゃうわけだから、今の世の中ではこういう物も必要だよね」


「……てか、酒買いすぎじゃねぇか? 何日分買い込んでんだよそれ」ヒカリが会計済みの買い物カゴを、引きつった目で見ている。

「え? 今日一日分だけど」ビールに酎ハイ、ワインに日本酒、梅酒にブランデー。お酒コーナーで気になったものをとりあえず買い物カゴに詰め込んだ。ちなみに、カクテルも気になったんだけど、それはまた今度カクテルパーティーでもする時に取っておくことにした。


「いやぁ、ぜってぇ飲みきれねぇからなそれ」呆れ顔のヒカリ。

「いやぁ、ぜってぇ沢山買っててよかったーって思うから」お酒を買い物袋に移す私。

「むはぁ、飲んでる最中に酒切らすのが一番シラケるからなー」私が買ったお酒を物色するバブルガム。


……バブルガム!?


「チビデコてめぇ、こんなとこで何してんだ!!」ホントだよ何してんのこの子。

「むふぅ、よくぞ聞いてくれたなヒカリーン!! (ウチ)のヤツらときたらもうひでーんだ!! あ、話すと長くなるからとりあえず飲みながら話すねー」

「待てコラなんでお前も一緒に飲む流れになってんだよ! お断りだボケ!」多分第一印象が最悪だったせいだろうけど、ヒカリはバブルガムに露骨に敵意を抱いている。元から喧嘩っ早い性格してるのもあるけど、バブルガムとは相性悪そうだなー。

「むはぁ、何故だか私ちゃんも嫌われたもんだなー……別に力ずくでオメーらの家に上がり込んで酒独り占めしてもいいんだぞ?」諸々そういうところだよバカ。


「まぁまぁ、ヒカリ。これからせっかく楽しい酒盛りが始まるんだから切った張ったはまた今度にしようよ。バブルガムも、入れてあげるから気に入らないとすぐに威圧的な態度とるのやめようね」私的には新旧の友人と一緒にお酒を飲めるならそうしたい。これを機にヒカリ達とのわだかまりも幾分かマシになるかもだしね。


「チッ、仕方ねぇな。櫻子がそう言うなら……」

「むはぁ、何で櫻子ちんは急にタメ口なの? 別にいいけど」

「よし、じゃあさっさとパーティ会場に行こうか!」

「アタシん家な」


【30分後】


「えー本日はーお忙しい中ー、このような狭苦しい場所にお集まり頂きー、誠にー誠にーありがとうございますー」ワインボトルをマイク替わりに、ウグイス嬢風の挨拶が始まる。やってんの私だけど。

 なんと急な呼び掛けにもかかわらず、記念すべき500年ぶりの飲み会には、絶賛デート中であろうカノン以外の全員が集まってくれた。

「狭苦しくて悪かったな」何だかんだでわがままを受け入れてくれるヒカリに、

「あはは〜今日の櫻子のテンションなんかやばくな〜い?」わざわざ家から据え置きのゲーム機を持ってきたカルタに、

「むはぁ、オメーらのおつまみのセンス……私ちゃん嫌いじゃねーぞ!!」何故か無一文で(レイヴン)を飛び出して来たというバブルガムに、

「……すみません、もう何からツッコんだらいいのか分からないんですけど」当たり前のようにカルタとニコイチでやってきたエミリア。総勢5人の魔女が酒盛りをしにこの部屋に集まっているのだ。


「えー、それではー皆様ーお酒の準備はーよろしいでしょうかー」私は無論このマイク替わりにしているワインだ。産地とかどうでもいいから見てないけど、赤のフルボディ。

「準備よろしいですよー」ヒカリはアルコール度数少なめの酎ハイ、ぷち酔いのレモン。

「飲み会か〜皆酔った勢いで私にエロいことしてもいいんだよ〜うへへ」下卑たおっさんみたいなこと言ってるカルタはビール、ユウヒハイパードライ。

「むはぁ! 早く乾杯! もう待ちきれねーぞ私ちゃんわー!」バブルガムは日本酒、夢幻ノ愛(むげんのあい)。ちなみに一升瓶。

「私がしっかりしないと、私がしっかりしないと……」エミリアは梅酒、百花之魁(ひゃっかのさきがけ)のソーダ割り。

 各々が気になるお酒だとか好きなお酒をきちんと持っているのを確認して、私はワインを掲げた。


「皆様ー、これから私がー乾杯はー? と聞きますのでーそれに対しーイッキなりーと答えーその後ー手元のグラスー、瓶ー、缶の中身を一、一息に飲み干して下さいーよろしいですねー?」

「あの、一気飲みは危険なのでやめた方がいいと思います! あと、その喋り方やめてください」エミリアが少し困ったような顔でそう言った。私はエミリアににっこりとほほ笑みかける。

「あー、そうだね。確かに一気飲みは危ないかも……ということで皆ー!! 乾杯はぁ〜〜〜……!?」

「え、ちょ……レ、櫻子さん!?」

「「「「──イッキなりぃぃ〜〜〜ッ!!!!!」」」」エミリア以外の全員が示し合わせたかのようにお酒を掲げて、グイグイと飲み始める。エミリアも遅れて「……い、イッキなりー!?」と困惑したようにお酒を口に運んだ。


 少しの間、5人の喉をお酒が通り過ぎていく小さな音だけが部屋の中に響いた。

「──っぷはぁ!! もう、たまんなぁい!!」ほんの5、6秒程で、私のワインボトルが空になった。非常に勿体ない飲み方だとは思うけど、500年ぶりだから勘弁して欲しい……そしてめちゃくちゃ美味しい!!

「……ん、げっほ、ごほ!! うぇー、後味がなんか気持ち悪ぃ……」何だかんだでぷち酔いを空けたヒカリ、まさかほんとに全部飲むとは。

「〜〜ぷはぁ!! ユウヒィ〜ハイプァ〜ドゥラァァアイッ!!」口の周りに泡を付けたカルタはCMのナレーションのモノマネをするという小ネタまでやってのける。なかなかやるね、カルタ。

「……うわ、梅酒って美味しいですね」エミリアは純粋にお酒の味を気に入ったらしい。

「……んぐ、んぐ、んーー」バブルガムは一人だけまだ飲んでいる最中だ。まぁ、一升瓶だから当たり前だけど。ていうか、そもそもあれはさすがに一気飲みできるようなもんじゃないしね。

「……お、おい、チビデコお前、そろそろやめとけよ……さすがにそれは無理だろ!」

「いや〜でももう半分くらい飲んでるよ〜」

「日本酒って結構キツいんですよね? 大丈夫なんでしょうか……」

 たった今一気飲みしたばかりの皆が、それ故にバブルガムの挑戦を心から心配しているようだった。ヒカリでさえ、というか、なんならヒカリが一番不安そうな顔をしている。


「……?」皆が見守るなか、バブルガムが私の方を横目で見ながら、指先で一升瓶の底の部分をスっと横に凪いだ……ああ、なるほどね。

「──キャンセレーション」魔剣の一閃が一升瓶の底部分を切り飛ばした。すると当然、一升瓶のお酒が止めどなくバブルガムの口へ流れ込む。

「「「……っ!!??」」」

 ほんの2、3秒……私以外の3人が驚愕の目線で見守る中、一升瓶の中身は一滴も余すことなくバブルガムの小さな身体へ収まった。

「……むはぁ! お嬢ちゃんたち、イッキはこうやってやるんだゼッ!!」キメ顔でピースサインをするバブルガムを拍手が包み込んだ。


「す、すげぇなお前! どうなってんだ!?」

「これは、今宵(こよい)新たな(キング)が誕生しちゃったね……イッキングがッ!!」

「……イッキング、なんか語呂悪くないですか!? でも凄いです!!」興奮した3人がバブルガム、もといイッキングの周りでやんのやんのと騒いでいる。イッキングも満更でもない感じだ。


「ふふ、この調子だと今夜は楽しく飲めそうで安心したよ。そういえば、イッキングはなんで家出なんてしたわけ?」自然にここまで着いてきたけど、理由をまだ聞いていなかった。

「むふぅ、それがさぁーひでーんだよアイツら!! 私ちゃんがちょーっとオチャメしただけで、牢屋に閉じ込めようとしたんだぞー!?」バブルガムがピスタチオを殻ごと指で粉砕した。もったいない……。


「ちなみに〜オチャメって何やらかしたん〜? 覗き〜? 下着泥〜?」

「そんなわけないでしょう、カルタじゃあるまいし」うん。エミリアはカルタに覗かれて下着盗まれたことがあるのかな?


「むはぁ、ほんっと些細なことなんだからなー! これこれこうで〜」バブルガムが事の次第を話し始めた。酒の肴にちょうどいいじゃない。


【5分後】


「「「「……それはオチャメじゃすまない」」」」これが話を聞いた上での私たちの総意だった。私はバブルガムの()()を分かっていたけど、それでも今の話は酷い。酷いが過ぎる。

「むは!? なんでオメーら全員もれなく引いてんだ!? 私ちゃんの話しちゃんと聞いてたか!?」

「ちゃんと聞いてたからドン引いてるんだよ」

「勘違いで人間を拉致監禁して、ペットにするからって結婚迫って、そんで部屋の壁に穴開けて菓子盗み食いして、今度は監禁してた奴を勝手に逃がして……しかも捕まえようとしたやつは意識不明の重症って、牢屋ですんだの喜んだ方がいいんじゃねぇか?」私もそう思う。ていうかハレくん大丈夫なの? 思ったよりかなり大変な事になってそうだけど。


「むはぁ、牢屋なんかに入ったら他のサブヒロイン共にハレトが何されるか分かんねーじゃんかー!! てーか部屋に穴開けたのは私ちゃんじゃなくてイースだし!!」

「100歩譲って(レイヴン)飛び出したまではまだいいけど、誰かに寄生する前提でこの街に来てるのがまた怖いよね」どうやらヴィヴィアンとか私たちをアテにしていたらしい。そして実際今ここでタダ酒にありつきながら愚痴を皆に聞いてもらってるんだから恐ろしい話である。


「むふぅ、私ちゃんだってこんな事してもしょーがねーのは分かってるし、明日になったらちゃんと帰るよ!!」

「泊まってくつもりではあるんだな」バブルガムの行動や言動にヒカリはもはや動じなくなっている。早くも打ち解けたというか、耐性ができたのかな。


「まあ、愚痴なら私がいくらでも聞きますから、とりあえず今日のところは楽しみませんか? きっと今日会えたのも何かの縁ですし」エミリアが、既に何杯目かも分からない梅酒のソーダ割りを飲みながらそう言った。基本的、根本的にいい子である。

「むはぁ〜ん! エミリアたんいい子だな〜! ヴィヴィアンのとこなんか辞めて私ちゃんの妹になりなよー!」

「お気持ちだけ頂いておきますね」懸命な判断である。

「よーし! 嫌なことはお酒で吹き飛ばしちゃおうよ!! 乾杯はぁ〜!?」


「「「「「イッキなりーーーっ!!!!!!」」」」」




──────とまぁ、翌日の朝になって思い出せるのは、皆だいたいこのあたりまでだった。


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