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178.「カノンとデート⑥」


【熱川藤乃もといウィスタリア・クレイジ─エイト】


「……ナハハ、それでその時ワタシがレイチェルに何て言ったか分かるカ?」

「………………愛でしょ」

「そう!愛ダヨ!! デ、その時以来何故かレイチェルが朝の修練にナカナカ来なくなってナ〜」

「……ちょっとホアン、昔話なら今度聞いてやるからちょっと黙ってなさいよ! 向こうの会話が聞こえないでしょ!」


 酔っ払いのホアンの相手をしつつ、二つ隣の席に耳を済ませる。


『ふふ、それでぇ、その時ヒカリったら何て言ったと思いますのぉ?』


……なんか、こっちと似たような事言ってるんだけど。ていうか、カノン!? いくらなんでも飲みすぎよ! オ─ダ─ミスで通った白老虎(バイラオフー)にハマっちゃった辺りからノンストップで良くない方向にデ─トが進んでるわよ!?


 テンくんもそれなりにお酒は飲んでるみたいだけど、別に酔っ払ってる感じはしない。ただ、酔ったカノンと絶え間なく出てくるメニュ─にはかなり困惑してるわね。


 そういえばオ─ルフルコ─スとかいう頭悪いオ─ダ─が二つ通ってるとか言ってたけど、たしかにフ─ロンがずっとカノンの席ともう一席に絶え間なく料理を運んでいる。


……もう一席、パ─テ─ションのせいで姿は見えないし、一人で来てるのか声も聞こえないけど、この店に来てるってことは魔女なのよね。よくオ─ルフルコ─スとか出されてキレないものね。後で顔くらい拝んでやろうかしら。


「おいフ─ロン、酒が切れたヨ〜……うん。そう、愛ダヨ……ああ、あとついでに……」

「アンタまだ飲むの? 体壊すわよ」


 魔水晶を鷲掴みに何かぶつぶつ言っているホアンを見て、思わずため息が漏れる。これが人生にこれといった目的のない独身魔女の姿、か。私も18年前に深夜と出会ってなかったらこうなってたかもしれないのよね。こっわ。


「ウィスタリア、オマエも変わったナ」ホアンが私の肩にもたれ掛かりながらそう言った。酒臭い。

「……まぁ、ね。500年前とはもう何もかも違うんだから、誰だって変わるわよ」あの頃、私とホアンがまだ(レイヴン)にいた頃の事は、最近ではもう思い出すことも少ない。


「……変われないやつもイル。バンブルビ─もバブルガムも、アイツらはまだ500年前から抜け出せないでイルからナ」

「そういえば、あの頃もよく集まって飲んだっけね。私とアンタと、バンブルビ─とレイチェルと、たまにエリス……ああ、あとあのアホ女も」


 アイビスの無理難題やらヘリックスの協力要請、ルクラブとかト─ラスとか手のかかる妹達の相手でヘトヘトになって……でもその後に集まって飲むお酒は、もしかしたら、そうね、今よりも美味しかったかもしれない。


「……アホ女と言えば……カノン、今ヴィヴィアンのとこで働いてるのよね」

「ホントか!? イヤ─長生きはしてみるもんダナ─! まさかよりによってオマエの娘があのアホ女と……ナッハッハ!」声でかいわよ。まあ、なんかカノンのとこも盛り上がってるみたいだから大丈夫だろうけど。


「あ─、そういえばこの前本部にバブルガムが来てたらしいヨ」

「はぁ? あのチビがなんでまた」

「久しぶりにロ─ズ達の顔を見たくナッタとか言ってたカナ?」

「んなアホな……いや、でもバブルガムとマゼンタって昔付き合ってたんだったかしら?」500年前の記憶をス─プを底からかき混ぜるようにして探る。

「いや、アレはマゼンタの片思いダヨ。こっぴどくフラれてオシマイネ」

「あ─、そうだったわね。でもあれ、マゼンタが(レイヴン)から魔女協会(セラフ)に移りやすいようにワザとあんなフリ方したんでしょ。あのチビ、あれで変に気を回すやつだったもんね」


 (レイヴン)分裂……というか、残ったメンバ─なんてほんの数人だからほとんど解散みたいなもんだけど。


「ナハハ、実際今の(レイヴン)は結構苦労してるみたいダ! ワタシから言わせれば魔女協会(セラフ)からも抜けたオマエが一番正解だったと思うがナ! (レイヴン)出身で唯一の成功者ダヨ!」

「……まあ、そうなのかもね」


 私だってあの時の事について思うところが無いわけでない。けど、レイチェル達が死んだ事はもう変えようのない事実だわ。アイビスはおかしくなって、バブルガムは復讐に囚われて、バンブルビ─も──


 私には今カノンと深夜がいる。大切なものの傍が私の居場所よ。きっと誰だってそう、大切なものの傍こそが自分が居るべき場所になるのよ。だからレイチェル達を失って尚、(レイヴン)に囚われるアイツらの事は不憫だと思う。


 きっと私みたいに時間が経って、別の誰かを大切なものに置き換えるなんてことが出来ない奴らなのだ。レイチェル達はアイツらとってそれ程に、替えのきかない大切なものだったのね。


「……と、ちょっと失礼するヨ」私の肩に持たれていたホアンがおもむろに立ち上がった。

 トイレかしら、かなり飲んでるものね。ホアンを見送って再び二つ隣の席に耳を傾ける。私としたことがいつの間にかホアンのペ─スに載せられて、昔語りに花が咲いてしまったわ。気づけばホアンの事言えないくらいお酒も飲んじゃってるし、本懐を忘れちゃダメよ私!


『これで最後アルヨ〜崑崙宮(こんろんきゅう)自慢の杏仁豆腐ネ』

 どうやらあの二人、地獄のフルコ─スもほとんど食べきったみたいね。デ─トもそろそろお開きかしら?


『──これは私からのサ─ビスダヨ若人(わこうど)達!!』


……何やってんのよあの酔っ払い。


……何やってんのよあの酔っ払い!!


 トイレ行ったのかと思ったらナチュラルに絡みに行ってんじゃないわよバカ!! どんだけ酔ってんの!?


ハラハラする私をよそにカノン達とホアンの会話は弾みまくっている。私だってカノンと飲みたいのに……くぅ!!


『杏仁豆腐は愛ですの〜』


……それにしても、ちょっとあれは酔いすぎよね。テンくんも若干どころかかなり困ってるんじゃ……カノンの初デ─トが台無しにならないためにも親としてなんとかしてあげたいけど、どうしようもないわね、この状況は……。


 そして、カノンの痴態は留まるところを知らなかった。


『テ─ン〜! あの時のことおぼえてますの〜? あの、はじめてあった日、ひっく、てんが私のこと見目麗しいお嬢しゃま〜って言った時から、わたくしテンのこと好きでしたの〜』


……まずい、全力で止めてあげたい。もう行くところまで行っちゃってるけど、今からでも止めてあげたい。カノンのあんな姿、これ以上忍びなくて見てられない……まぁ、パ─テ─ションで姿は見えないんだけど。


「ちょっと! フ─ロン!! あのテ─ブルなんとかしなさいよ!!」


 魔水晶に手を当ててフ─ロンと交信する。もうあのバカしか頼れる奴はいないわ! 不本意だけど。

「止めるのはいいアルケド、首領(ボス)が逆ギレしたらちゃんとワタシのこと助けるヨ!?」

「分かったからさっさと行きなさい!!」


 なんかもうカノンも泣き出してるみたいだし、これ以上は娘の名誉のためにもテンくんに見せる訳には……!


『ちょっとオマエら!? まだ他のお客さんも居るのにやかましいアルヨ!! 首領(ボス)も仕事する気ないならシャンハイに帰るヨロシ!!』


 おお、いいわよフ─ロン!! 言ったれ言ったれ!!


『フ─ロン……オマエにワタシの愛を食らわせてやるヨ』『……あ、ワタシちょっとファミィのところ手伝って来るネ! あ─忙しいアル!』フ─ロンがパタパタと走り去っ行く。


「いや、弱すぎんでしょ!?  もうちょっと粘りなさいよねこのバカ!!」

「いや、やっぱり首領(ボス)は怖いアル……げ、追いかけてキタヨ!? ちょ、助ケ……ああああぁぁ!!」


 うるさっ!! つい魔水晶から手を離しちゃったわ。まぁ、とりあえずテ─ブルからホアンは引き離せたわね。アンタの犠牲は忘れないわ。


 と、ここでテンくんがカノンに水を勧めているわね。いい判断よ!

『ん〜……あんに、どぉふは、たいよぅこうの代わりにぁ、なりましぇんの……』

 それにしても、かなりカノンの知能指数が下がってるわね。これはそろそろリバ─スするという合図……なんとかしないと……!


……と思ってたらテンくんがトイレに行こうって言ってくれてるわ!! ナイス!! ナイスよテンくん!! ただ、カノンがもうぐちゃぐちゃで椅子から立てそうに無いのが……。

『あ─、許せカノン。嫌だったら後でいくらでも怒ってくれ』


 イケメンのお姫様抱っこ来たああああああ!!!! こういうのが見たかったのよ!! 深夜にバレたら全治半年くらいにはなりそうだけど、私的にはグッドよ!!


 それに、これはもしやチャンスでは!? 私はテンくんが角を曲がってトイレへ向かったのを確認してから厨房へ向かった。

「ほら、ホアン! 吊り天井固めしてる場合じゃないわよ!」フ─ロンにプロレス技をかけている酔っ払いに声をかけて、手短に指示を出す。


「テンくんがテ─ブルに戻ってる間にカノンを回収するから、ちょっとだけ時間稼いどいて!」

「ん─、別にいいケド、カノンを回収したらテンが一人になるんじゃナイカ?」酔っ払ってる割にはまだ頭回ってるわね。


「私がトイレでカノンと入れ替わるわ。終わり良ければ全て良し! カノンの代わりに私が今日のデ─トを綺麗に締めて挽回すんのよ!!」

「まぁ、確かに服を交換して髪さえ切れば正直見分けつきませんね」この店で唯一マトモなファミィもこう言ってるし、いけるはずよ!!




* * *



 トイレで力尽きていたカノンから服をひっぺがして、魔剣で束ねた髪をバッサリ切った。幸いカノンの髪型はおカッパに近いボブだから編み込みとかさえ真似しとけばほとんどバレないわ。私なら魔法で髪くらいすぐに伸ばせるし。


「よし、ちょっと我慢しなさいよ」下着姿のカノンの顔をトイレの便器に近づけて、私は喉の奥に指を突っ込んだ。こうしとかないと、私の服を着せた後に大変な事になる可能性大なのだ。


「フ─ロン、外は大丈夫ね? 今から入れ替わるからアンタはカノンに服着せてバックヤ─ドに連れて行きなさい」テ─ブルからひったくってきた魔水晶でフ─ロンに指示を飛ばす。ホント便利よねこれ。



──そして、とうとう私は彼の前にやってきた。


「こ、コホン……お、おまたせしましたの……テン」


 作戦通りホアンはテンくんの相手をしていてくれたみたい。旅館の女将モ─ドに口調を切り替えて、テンくんの隣の席へ座る。

「カノン! 大丈夫そうだな、よかった」


 言いながら水を差し出すテンくん。気の利くイケメンね。

「……どうも」水を飲見ながら、テンくんの顔を盗み見る。見れば見るほどイケメンね、深夜といい勝負だわ。



──そうしてカノンのフリをしたままボロが出ないよう、さっさとお開きの流れに話を持っていき、私はようやく崑崙宮(こんろんきゅう)から出ることができた。なんとかなりそうね。


「改めて、今日は誘ってくれてありがとうな……で、カノンさえ良ければ、今度は俺から誘ってもいいか?」

 以外にもテンくんがそんなことを言ったものだから、私は少し面食らってしまう。

「……も、もちろんですの。でも……その、幻滅……しませんでしたの? 私ったら、先程はとんでもない醜態を……」カノンのフリをした私は、伏し目がちにそう言った。あんまり顔直視されるとバレるかもしれないわ。ホクロの位置とかは違うわけだし。

「……確かに、今日俺の中のカノンのイメ─ジは粉々に砕け散ったな」

 まあ、そうよね……私も娘のあんな姿、結構ダメ─ジ大きかったもの。

「……う、本当に申し訳ありませんの」

「でも、それでも好きだよ」

「………………え?」………………え?


「なんだろうな、上手く言えないんだけど……俺、カノンの根っこの部分に惹かれてるんだ。だから、多少悪酔いしようが、なんかのはずみでお嬢様じゃ無くなろうが、俺の気持ちは変わらないよ」

 本来私に向けて言ったセリフでないことなんて千も承知だけど、そんな真剣な目で見つめて言われたら……その、さすがに照れるっていうか……!!


「……て、テン」


 どうしよう、テンくんの目から顔を逸らせないじゃない! ヤバいわよね、ヤバいわよねこの流れ!? 私には深夜がいるし……ていうか、そもそもこういうセリフとか行動とか諸々全部カノンにしてくれないと……いや、テンくんは私のことカノンだと思い込んでるから仕方ないんだけど……あ、ちょっと待って、ストップ! ダメ、待って! キスはダメよ!!?



──気がついたら、私の手は真っ赤に染まっていた。


「……コラ! 愛モそのへんにしとくヨ!!」そう言ったホアンに頭をぶん殴られて我に返ると、目の前には私に組み伏せられて血だらけになったテンくん……。


……終わった。なにしてんの私……。


「……はぁ、はぁ……わ、わたしったら、何を……」被ったお酒で、急速に頭が冷えてくる。完全にやってしまった。

「大丈夫カ? この女、極度に照れると人をぶん殴るクセがあるんダヨ」ホアンがガラスの破片を拾いながらそう言った。そう、残念ながらそうなのだ。そのせいで『可愛い』だの『綺麗』だの言ってくる深夜を出会った当時は何度ボコボコにしたかも分からない。もうある程度耐性ついたと思ってたのに……さっきのアレは破壊力がありすぎた……。


──ごめんね、カノン。結局私が台無しにしちゃった……。情けなくて涙が込み上げてくる。


「……あ───、大丈夫です。まだ好きです」


 見ると、テンくんはボロボロになった顔で微笑んでいた。


「ナッハッハッ!! 終わり良ければ全てヨシ!! ダナ!!」


──全くもって終わりはよろしくなかったけれど、それでもテンくんは『今度は水族館でも行こう』と笑って去っていった。ほんと、いい人を見つけたのね。


「それじゃ、カノン連れて私も帰るわ。お代はいくらかしら?」


「ん? お代ならさっき男の方に貰ったアルヨ?」


「いやいい子すぎでしょ!!!!」



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