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17.「シャンデリアとレイド戦」


 【馬場櫻子】


──気がつくとそこは、真っ白な空間だった。


 床も、壁も、天井も、余すところなく真っ白な部屋に、わたしは居た。


 正確には、わたし達(・・・・)は居た、だ。


 状況を整理したい。確か、わたしはオフィスに居て、ヒカリちゃんに手を伸ばしたところまでは覚えている。


 覚えているも何も、それはつい今しがた起こったことなのだ。


 ヒカリちゃんの手に触れる直前、マゼンタさんのかざした紙から発する眩い光に身体が包まれて、意識が一瞬真っ白になった気がした。


 その直後、体感で僅か数秒程して、わたしは手を伸ばした体制のまま、気がつけばここに居る。


 足元には、真っ白な床に倒れるヒカリちゃん達。意識はあるようだけど、目が朦朧としていて起き上がることは出来なさそうだ。


「さて、転移魔法は楽しめたかしら? まあ、初めての時って大概、その子達みたいにへばっちゃうんだけどね」


 わたしがヒカリちゃんの無事を確かめようとした瞬間、遮るように声が聞こえた。


 この奇怪な現象を起こした張本人、マゼンタ・スコパさんだ。


 彼女は手に持っていた紙、いや、よく見るとカードだ。

 そのカードを丁寧に懐にしまって、こっちに近づいて来た。


「転移……魔法?」

「そう、地点Aから地点Bへ、ふざけた名前の会社から、魔女協会セラフの本部へひとっ飛び。便利な魔法でしょ?」


 つまり、にわかには信じがたいことだけど、もしマゼンタさんの言った通りなら、わたし達はたった今、この真っ白な部屋にテレポーテーションしたということだ。


「ほら起きなさいお嬢ちゃんたち。まだ勤務中なんだから寝てちゃダメでしょ?」


 呆然とするわたしを尻目に、マゼンタさんが右手を前に突き出し、何かを持ち上げるように腕を軽く上げた。

 

 すると、地面に横たわっていたヒカリちゃん達がフワリと宙に浮いた。


……魔法だ!


 魔女なんだから魔法を使うのは当たり前なんだけど、やっぱりいざ魔法を目の当たりにすると驚かずにはいられない。


 ヒカリちゃん達は宙に浮いたまま、直立の体制になり地面にゆっくりと降ろされた。


「……う、くそ、気持ち悪ぃ」

「……転移魔法、二度と御免ですの」

「……か、回線が切れてる、レイド戦だったのに……」


 浮いている間になんとか喋れるようになった三人は、よろめきながらも何とか地面に自立した。


「ヒカリちゃん、熱川あたがわさんに、おおとりさんも、みんな大丈夫!?」


 わたしはよろめくヒカリちゃんの肩を支えながら、マゼンタさんの方を見た。

 こんなやり方で無理やり連れて来て、一体わたし達に何のようがあると言うんだろうか。


 それに、何故だか分からないけど、わたしだけ特に体調に変化はない。

 三人がこんなにフラフラなんだから、わたしがしっかりしないといけないんだ。

 

「あら、そんなに睨まなくてもいいでしょ? ただの魔力酔い。すぐに耐性がつくわ」

「一体、これからわたし達をどうするつもりですか?」

「知りたかったらついてらっしゃい。もっとも、来ないと家にも帰れないけどね」


 マゼンタさんはそう言うと、赤毛のロングヘアーをたなびかせて白い壁に取り付けられた扉を開いて歩き出した。


「こうなったら仕方ねぇ。櫻、子アタシの後ろにいろ。守るから」


 ヒカリちゃんはわたしの手を握ってそう言うと、マゼンタさんの通った扉へ向かって歩き出した。


 自分だって顔色最悪のくせに、なんでヒカリちゃんはこんなに格好いいんだろう。


 わたしの心臓の鼓動がやけに速いのは、急にこんな訳の分からないことに巻き込まれた不安からなのか、それとも──

 


* * *



──白い部屋を出で数メートル歩くと、そこから長く急な上り階段になっていて、出口にたどり着く頃にはヒカリちゃんや熱川さん達は完全に回復していた。


 薄暗い階段を抜けると、急に大きな空間が現れた。


 何と表現したらいいか、わたしの眼前には映画なんかで見たことがある、お城の中みたいな光景が広がっている。


 煌びやかで巨大なシャンデリアがぶら下がるエントランスに、その両脇には細かい彫刻が施された左右の大きな上り階段。


 エントランスの反対側にはこれまた立派な彫刻が施された扉がある。扉、というよりはもはや門と言った方がいい大きさだけど。


 そして、この空間のどこを見てもやはり、白い石とも金属とも分からない物で出来ている。

 真っ白なお城という感じだ。


「ようこそ魔女協会セラフへ。歓迎するわ」


 白い空間に圧倒されて、声も出せずに立ちすくんでいると、エントランスを優しい声が包んだ。


 いつの間に現れたのか、エントランスの中央に白い髪の女性と、隣にマゼンタさんが立っていた。

 白い髪の女性は、なんだか妙に見覚えがある気がする。


「随分と強引な歓迎ですのね。育ちが知れますわ」


 一番先に口を開いたのは熱川さんだった。

 会社のオフィスに居た時とは違って、もはや敵意を隠す気が感じられない喋り方だった。


「……ねえ、マゼンタ。もしかしなくてもあの子達、なんだか怒ってない?」

「さあ、気のせいじゃないの?」

「あなた、きちんとあの子たちに説明してここまで連れて来たのよね?」

「ちゃんと言ったわよ。魔女狩りのことで話があるからって。ちゃんと全員連れて来たんだから文句はないでしょ」


 何か問題があったのか、優しい声の白髪の人とマゼンタさんが何やら言い合いを始めた。

 

「あのさ〜こっちは急にこんなとこ連れてこられてわけ分かんないんですけど、まじ説明しろし〜てか何でここ圏外なんだし」


 鳳さんがスマートフォンを頭上に掲げてぐるぐる回しながらそう言った。

 たぶんそんなことしても電波は拾えない。気持ちは分かるけど。


「……なるほど、おおよそ把握てまきたわ。まずは名乗らせてもらおうかしら。私はローズ・ダウト。魔女協会セラフの現盟主……まあ、最高責任者というやつね」

「最高、責任者……」


 わたしはぽつりと呟いて、思い出した。このローズという人、たまにテレビのニュースなんかで顔が映っているのだ。

 テレビで見た時は頭に冠のような物を被っていたり、服も装飾の多い豪華なドレスだったりしていたせいかすぐに気づかなかった。


「さて、どこから説明したものかしら。馬場櫻子さん、あなた魔女のことはどのくらい教えてもらったのかしら?」

「あの、わたし昨日自分が魔女だって言われたばっかりなんです。今日も会社に来たと思ったら、急にここに連れて来られたので、正直何も分かってないんですけど……」

「まあ、うちのマゼンタが強引に……あの子に代わって謝らせて。本当にごめんなさい」


 ローズさんは物腰の柔らかい雰囲気でそう言い、本当に申し訳なさそうな顔をしてわたし達に向かって頭を下げた。


「そ、そんな、やめてください! 一瞬のことでびっくりしましたけど、わたしは何ともなかったですから!」


 誰かにこんなに深々と頭を下げられたことは生まれて初めてだったから、わたしはかなり狼狽した。

 後ろで鳳さんが『私のレイド戦は無事じゃなかったぞ』と小声でボヤいている。

 というか、さっきから言ってるレイドセンって何なんだろう、ゲームか何かなのだろうか。


「ふふ、優しい子なのね。マゼンタにも見習ってほしいわ」

「ふん、悪かったわね優しくなくて」


 マゼンタさんはいじけたようにそっぽを向いた。なんだろう、このやり取りだけでローズさんとはとても仲が良さそうに見える。


「じゃあ櫻子さんにも分かるように一から説明させてもらうわ。でも、その前にまず座れる部屋に移動しましょうか。お詫びにもならないけど秘蔵の紅茶とクッキーをご馳走するわ」


 ヒカリちゃん達の顔を窺うと、みんな毒気を抜かれたような顔で互いに頷き合った。


 何故こんな所に連れて来られたのかちゃんと説明してくれるみたいだし、ローズさんも凄くいい人そうだ。


 わたし達は促されるままローズさんの後に続き、エントランスを後にした──


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