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176.「カノンとデート④」

【熱川藤乃もといウィスタリア・クレジ─エイト】


 カノンが家を出た後、旅館のことはとりあえず深夜に任せて大急ぎで私服に着替えた。カノンは目的地までバスで向かうはずだから、バス停までの徒歩10分の間に十分追いつける。


 カノンがバスに乗った事を確認して、建物の屋根伝いに尾行する。日もすっかり落ちたこの時間なら誰にも気づかれない。カノンが煌坂(きらさか)通りの時計台前で下車したのを確認。どうやらここが逢い引き相手との待ち合わせ場所らしい。うちの娘に粉をかけた奴は一体どんな奴かと目をこらす。


『──こんばんは。おまたせしましたの……テン』身体強化一級の聴力なら、例え100メ─トル離れていようが娘の声を聞き逃すことはない。テンと呼ばれた銀髪の男……アイツか。


「……ふん、いい男じゃない」思わず言葉にしてしまうくらいには、カノンの逢い引き相手は整った容姿だった。さすが私の娘ね。見る目があるわ。


『……悪い! なんていうか……あまりにカノンが、その……綺麗だから、一瞬脳みそが固まってた』


……ふ─ん。なかなかやるわね。カノンは『お上手ですわね』なんて言ってるけど耳の先が真っ赤になっている。

 あれは極度に照れている証拠だわ。イケメンの割には女慣れしていない感じも点数高いし、これはなかなか……なかなか良いじゃない。ただ──


「激マブって……なによ」

 ちょっと首を傾げたけど、どうやら『凄く良い』という意味合いの言葉らしい。

 人間の言葉ってちょっと目を離すと新しい語彙が増えていくのがめんどうなのよね。激マブ……激マブね。


『さて、寒い中立ち話もなんですし、早速お店に案内しますの』


 どうやらお店を予約してあるらしい。口ぶりからしてどうやら今回のデ─トはカノンから誘ったのかしら? いつの間にか大人になって──


 それにしても何処のお店に行くのかしら。初デ─トなんだからそれなりのお店を予約してあるんでしょうけれど……。


崑崙宮(こんろんきゅう)というお店ですの。お母様に連れられて何度かお食事に言ったことがありますけれど、激マブですのよ?』


──な、なんですって!? いや、ダメでしょあの店は! 確かにファミィの作る料理は絶品だしお店もオシャレだけど、それ以外がマトモじゃない!!

 フ─ロンは純粋にバカだし、万が一ホアンが店に顔だしてたりしたら酔っ払って最悪な絡みをするに違いないわ!!


 カノンの10歳の誕生日に「適当なコ─ス料理をお願い」とフ─ロンに予約を入れたら、オ─ルフルコ─スとかいうメニュ─が片端から出てくるという頭の悪い事件が起こった事を思い出す。まさかね……。


 私の心配をよそに、カノン達は崑崙宮(こんろんきゅう)へ向かって歩き始めてしまった。大きなため息が白い煙になって夜の空気に溶けていく。


 仕方ないわね。とりあえず先回りしてお店の中から監視しないと。



「──私よ。ウィスタリア」


 門の前、魔力を流せば店の中のフ─ロンへと音声が繋がる魔水晶に手を当てる。『魔女御用達』を謳う店ならではのシステムね。


「あれ─ウィスタリア仕事サボって飲みに来たアルか? 今日はカノンお嬢も予約入れてるけど、もしかして二人で来たアル

?」

「いいからさっさと開けなさい。ぶっ飛ばすわよ」


 門を抜けて店の中へ入る。ちょうど厨房からフ─ロンとファミィが出てきた。


「久しぶりねアンタ達。急で悪いけど席一つ使わせなさい」

「別にいいアルけど、ワタシ何が何だか分からないネ」

「──どうせ、カノンちゃんのデ─トのモニタリングでもしに来たんでしょう。今日は既にお客様も入ってますし、オ─ルフルコ─スが二つも通ってますから急にこられても簡単な料理とドリンクくらいしか出せませんよ」


 察しが悪いを極めてるフ─ロンと、察しが良すぎるファミィ。コイツら足して二で割れないのかしら。ていうか今オ─ルフルコ─スって言ったわよね。


「別に構わないわ。分かってると思うけど私が居ることカノンにバラしたらアンタをフルコ─スの一品に加えてやるからね」

「わ、分かったアル〜!! あ、お嬢がもう来たアルヨ!! 早く向こうの右端の席に座るアル!!」


 慌てて促された席に駆け込んでパ─テ─ションをずいっと引き寄せる。ちらっと二つ隣の席、反対側の角の席に予約席のプレ─トが立ってたのが見えたんだけどなんでこんな近くに案内すんのよあのバカ!!


「──ん〜ウィスタリア〜? なんでこんなとこにいるんダ〜」


 さ、最悪だ。なんでここにいるんだは私のセリフよ。なんでアンタこんなとこで酒飲んでんのよ──


「……ホアン、時間が無いの。とにかく今から絶対に声を出さないで。私がここに居ると知られたらまずいの! 分かる!? ていうか分かって!!」

「は〜? なんでワタシがそんなコト……」

「愛よ!!」

「愛ダト!?」あ─もう早く静かにして!

「そうよ愛よ! 愛のためにとにかくしばらく黙ってて!!」


 ホアンは一瞬だけ真面目な顔になると、一升瓶をあおって音をたてないように静かにテ─ブルに置いた。よし、急場はしのげそうだわ。


 と、ここでカノン達が店に入ってきた。危ないところね、フ─ロンのバカがボロを出さないといいけど。


 しばらく息を潜めて様子を伺っていると、案の定二つ隣の席にカノン達が着席した。お互いの席にパ─テ─ションがあるから騒がない限りバレることはなさそうね。


(わたくし)はプ─アル茶を』

『俺はとりあえず生で』


 へぇ、お酒飲める子なの。つまりは成人しているわけだ……これ、カノンが魔女だからセ─フだけど、普通の女子高生ならちょっとグレ─なんじゃないの? 深夜にはとても見せられないわね。


『あら、テンお酒いける口でして? でしたらフ─ロン、私にも何かアルコ─ルを』


……な、なんですって!? うちの子がお酒を!!? 

──大人になったのね、カノン……ていうか、まだ私ともお酒飲み交わしてないんだけど、先越されちゃうのね……。


「……愛ダナ」隣で『夢幻ノ愛』とかいう酒を飲んでるホアンがボソッと呟いた。

意味わかんないしシャンハイ支部に帰れ。そんで夢幻(ゆめまぼろし)の愛って、愛全否定してない?


 とりあえず、一度気持ちを落ち着けて私もお酒でも飲もう。カノン達と席は別でも、タイミングを合わせて乾杯すれば実質一緒に飲んだって事になるわよね? 深夜には悪いけどこの機を逃すことは母親として出来ないわ。

 カレンダ─にメモしとかないと、12月18日カノン初飲酒記念日……と。


「ちょっとフ─ロン、こっちにも何かお酒持ってきなさい」


 テ─ブルの隅に置かれている魔水晶に魔力を込めて、小声で注文する。魔女しか使えないけど便利よねコレ。


「何飲むアル? おすすめは白老虎(バイラオフー)ネ」

「……ちょっと、おすすめはドラゴンハイボ─ルじゃなかったの?」

 確かさっきカノンにはそう勧めていたはずだけど。


「それは()()()へのオススメって話アルヨ?」

「………………白老虎(バイラオフー)持ってきなさい」


【数分後】


──どうやらあのテンという青年はあのミナトの出身らしい。私も実際に行ったことは無いけれど、どういう所かは知っている。

 あんな所で育った子がよくもまぁこんな好青年に育ったものよね……まだ若いのに沢山辛い思いもしてきたみたいだし。


 態度は見えないけれど、言動や声色からしてまずカノンを騙してどうこうしようなんて輩でないことは確か。

 

『妹は今どき珍しく魔女嫌いで、まあ俺も出来ることなら関わりたくはない』


──問題はこれね。この口ぶりからして、カノンはおそらく自身が魔女である事を黙っている。テンくんに悪気はないとはいえ、面と向かって人格否定されたような気持ちになってるんじゃ……娘が今どんな顔をしているのか、パ─テ─ションで見えなくてもそれくらい分かる。


『その、実は私……』きっと短い時間で言うべきか言わざるべきか悩みに悩んだはずのカノンが、おそらくは自分が魔女だと打ち明けようとしたまさにその瞬間──


『おまたせしましたネ〜ドラゴンハイボ─ルと白老虎(バイラオフー)でございますアルヨ〜』


 とんでもないタイミングでフ─ロンがドリンクを持ってきた。しかもオ─ダ─間違えてんのよバカ。テンくんが頼んだのは生ビ─ルよ! 紹興酒は私の!! 


 結局、カノンの告白は中断され、白老虎(バイラオフー)はテンくんが飲む事にしたようで、私は慌ててホアンから夢幻ノ愛をひったくった。


『乾杯』


──ここまではまだよかった。まだよかったほうだったの。


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