172.「自撮りとワタリガラス」
【安藤テン】
新都の南区に建つマンションの一室……同僚の平田と桐崎が臨時の拠点として生活しているこの部屋に、俺達は集まっていた。目的はもちろん平田が受けたという枢機卿からの勅令……つまりはヴィヴィアン・ハ─ツの組織をぶっ潰すというヤバい作戦のためだ。
参加メンバ─は俺とオルカ以外に、姉狐と虎邸ペア。それにレオナルドとシャ─ロットのペア。そして枢機卿のお抱え魔女だという3人の魔女、エキドナ。轟さん達はどうやら別の任務が割り当てられたらしく、今回は別行動。残念な気持ちもあるけど、本来俺たち魔女狩りは単独行動がデフォルトだから今回みたいに合同作戦をするって方がイレギュラ─だし。
「いいか、今日は……いや、今日も遊びで集まったわけじゃないからな。お前らぜったいに馬鹿騒ぎしたりするなよ。特に全員」──なんて怖い顔して言っていた平田だったが、その甲斐なくさっそく騒ぎが起き始めた。
「……て、てめぇ、今なんて言った?」信じられない物を見るような目でエキドナを見た平田がそう言った。俺たちの目線もつられてエキドナに集まる。
「だから、情報収集のためにあの魔女共が通ってる学校にヒメも転入したって言ったのだ! 生JKなのだ!」タ─ゲット達と同じ高校の制服を身に纏ったエキドナがそう言ってドヤ顔を披露した。
「……」平田は眉間を手で押さえて項垂れている。本人は不本意だろうが唯一のツッコミ担当である平田が黙るとは、エキドナ……恐ろしい女!!
「え─と、ダ─リンとわたくしが立てた計画をめちゃくちゃにするなんて、あなた死にたいんですか? 死にたいんですね?」桐崎が黒い杭を片手にぶら下げてエキドナに詰め寄る。やれ! やるのだ! と横からはやしたてているのは、セ─ラ─服を着ていない二人のエキドナだ。なんだこの状況。
「まあ聞くのだ。ヒメはお前様達だけじゃ不殺卿は手に余るからということで助けに来てやったのだぞ? 手助けして怒られる筋合いはないのだ」セ─ラ─服のエキドナが桐崎の手に握られた杭を指でなぞりながらそう言った。
「手助け? 足手纏いの間違いです。ダ─リンとわたくしの計画通りに進めれば……」「皆殺しなのだ」
──ほんの一瞬、部屋の空気が凍りついたような気がした。実際に凍り付くわけはないのだが、本当に体感温度が2、3度下がったのではないかと錯覚するほどに、エキドナの発した一言が俺たちを釘付けにした。
「……な、何を……皆殺し?」憤りながらも冷静然と振る舞っていた桐崎が、もう動揺を隠せていない。
「クハハ、お前様達の考えた作戦……ゴ─レム撒いて監視して、行動パタ─ン把握して同時各個撃破。確かに悪くはないのだ。でもちょ───っと……いや、か─な─り─……ヴィヴィアン・ハ─ツを舐めすぎなのだ」「ヴィヴィアン・ハ─ツが化け物なのは知っている。だから奴を相手にしないためにわざわざゴ─レムで行動パタ─ンを調べるんだろうが」黙っていた平田が口を開いた。
「お前様、つい最近自分の部下が魔女狩りに襲われたばっかりなのに、あの女がなんの対策も立てていないと思ってるのだ?」エキドナが不敵に笑いながら、テ─ブルに置いてあったカバンからスマホを取り出した。
「ほれ、見てみるのだ」スマホの画面を俺たちの方へ向けるエキドナ。「……?」おそらく全員の頭にクエスチョンマ─クが浮かんだはずだ。画面にはおそらく学校で撮られたであろう、エキドナと灰色の髪の女の子の自撮りが映し出されている。
「──エミリア・テア・フランチェスカ・ヘルメスベルガ─……タ─ゲットの内の一人ですね」姉狐がそういったおかげで、一緒に写っている人物のことは分かった。だが、未だにこのツ─ショット写メを見せられている意味がよく分からない。
「こっちも見てみるのだ」エキドナが画面をスクロ─ルすると、別の写真が映し出された。今度はさっきのエミリアという魔女と、黒髪の眠たそうな目をした女の子がじゃれている写真だ。マニアにはそれなりの値段で売れそうだなって事しか感想がない。
「黒髪の子は鳳カルタですね」と姉狐。「その二人強かったよね〜」レオナルドは呑気な口調でシャ─ロットにそう言った「特にエミリアちゃんの方ね」シャ─ロットはくすくす笑いながら答える。
温泉街での一件。俺とオルカがゲ─センで息抜きしてる間に起きた事に関しては、まだ正確な情報は把握していない。そのうち詳しい情報共有が平田からあるんだろうけど、なんか蚊帳の外って感じだ。自業自得なんだけど。
「──で、結局何が言いたいんだよ」しばらく黙っていた平田が少しイラついた様子でそう言った。確かにこの写真、だからなんだって話である。
「クハハ! これだから自分の目で確認しないとダメなのだ! コレ、明らかにおかしいと思わね─のだ?」エキドナが画面を指さしてそう言った。おそらく校舎の屋上だろう場所でじゃれ合う二人の魔女……その背後に写りこんだ小さな黒い影。
「……鳥じゃん」「鳥だな」オルカと俺はその黒い影を見てそう言った。画面に写りこんでいるのは明らかに翼を広げて飛んでいる鳥だ。
「こっちもよく見るのだ」エキドナが画面をスクロ─ルすると、先程の自撮りに画面が戻った。よく見ると教室の窓の向こう、木の枝に鳥が止まっている。
「カラス……ですね」「まあ、よく分かったわねユウくん! えら─い!」虎邸の頭を姉狐がわしわしなでた。
「そう、カラスなのだ。おいツッコミ、このカラスの種類分かるのだ?」「……分かるか。カラス博士じゃね─んだぞ。てか誰がツッコミだよ」平田はツッコミだろ。と思うが怒られそうだから黙っておく。
「これはワタリガラスなのだ。写真で見てもいまいちピンとこね─が、実際に見たら違和感を感じるくらいにはデカいカラスなのだ」「お前は野鳥観察のためにわざわざ潜入してんのか?」「野鳥に限らず全部この目で観察するため……が正解なのだ。このカラスはこの新都には生息していない、いるはずのね─鳥なのだ」言ってる意味分かるのだ? と、エキドナが平田を見据えた。俺にはよく分からん。
「……ゴ─レム」平田がボソッと呟いて、俺はハッとした。ようやくエキドナが言わんとしていることが分かった。
「不殺卿の魔法は不死の不死身体質、一級の身体強化、それと肉体を自在に操る黒羽なのだ。クロバネを使えば自分の体をカラスにして監視ゴ─レムの代わりにするくらいわけね─のだ」エキドナはスマホをカバンに戻して、わかったのだ? と微笑した。
「僕達よりも先に監視ゴ─レムを放ってたなんて、もし気づけなかったら……」「作戦失敗……悪くて皆殺しだったかも」レオナルドとシャ─ロットが顔を見合せてそう言った。確かに、鴉クラスの魔女に事前に存在が露見した状態で戦うなんて、自殺とほとんど変わらない。ゾッとしない話だ。
「……悪かったな、エキドナ。で、どうしたらいいと思う?」平田のエキドナを見る目が明らかに変わった。今までの厄介者を見る目から、頼りになる仲間を見る目に。実際エキドナの気づきがなければ大惨事になっていた可能性が高いし、俺を含めた平田以外の皆もエキドナに対するを認識を改めた様子だ。
「監視用ゴ─レム以外に対ゴ─レム用ゴ─レムを追加で投入するのだ。不殺卿のゴ─レムもどきはリアタイで細かい情報共有できね─はずだから破壊しても気付かれるまではタイムラグがあるのだ」「つまり、そのタイムラグの間に奇襲を終わらせるってことだな?」
「一応ヒメ達もそれぞれ厄介な奴はマ─クしとくのだ。不殺卿、不殺卿の眷属、あとタ─ゲットの中で一番強そうなやつ。それぞれヒメが相手してやるから焦らず確実に殺すのだ」セ─ラ─服のエキドナがそう言うと、ソファでお菓子を食っている二人のエキドナがヒラヒラと手を振った。
「お前ら、今の話に何か質問、異論あるか? なければこれで通すが……ないな」平田が俺たちの顔を見やって確認する。
「なぁ平田、俺達まだタ─ゲットの資料貰ってないんだけど……ほら、温泉街の時は遅れていったから」
「ああ、分かってる。前の資料も急ごしらえだったから大したもんでもなかったが、もう処分したから新しいのを渡す」そう言って平田は引き出しから資料を取り出して俺に手渡した。
「お前の担当だ。大丈夫だろうが、よしんば奇襲に失敗しても相性がいいからやれる筈だ。頼んだぞ」「……推定三級〜二級氷魔法か。確かにこれなら大丈夫そうだな」俺は受け取った資料をパラパラめくった。顔写真は付いてないが、名前を見る限りさっきエキドナと自撮りしてた子だ。俺とオルカが担当する魔女の名前を改めて確認する。
エミリア・テア・フランチェスカ・ヘルメスベルガ─。妹とさして歳の変わらない若い魔女だ。面識なんて勿論ない。資料の奥の彼女の事を考えそうになって、思い止まった。
今回の任務を乗り切ればしばらく組織からも距離を取れる。恨みのない魔女を追いかけ回す事も考えなくていい。オルカを学校に通わせてやりたい。カノンと二人で遊びに行ったりして、普通の生活を手に入れられるかもしれない……いや、手に入れる。そのために俺は魔女狩りに入って、あの日死んでしまったオルカを生き返らせて貰ったんだ。
『こんばんわ。まだ起きてまして? 明日の夕方頃にデ─トしませんこと? 急な話ですので都合が悪ければ断ってくれても構いませんの』
カノンからメ─ルが届いたのは、ちょうど作戦会議を終えて家に着いた頃だった──




