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171.「ヒナヒメ サキとあんこ缶」


 【レイチェル・ポーカー】


「──おはようアイビス、またその本と睨めっこしてるの?」


「……ああ、おはようレイチェル。実は公式を一つ解読できてね、つい興がのってしまった。いつの間に朝になってたんだか」


「……嘘でしょ、本読んで徹夜とか信じられない……だいたい、セイラムを監獄に入れてからもう5年も経つのにいったいその本いつまで読んでるの?」


「一通り目は通したんだけどね、解読出来た割合でいうとまだ二割にも満たないんだ。まだまだ先は長いよ。ふふ」

  

 5年前……セイラムを監獄に入れたあと、アイビスは人間達の事を殆どオニキスに任せて真っ先に屋敷に向かった。盟主として現場を見届ける責任がどうとか言っていたけど、実際には別の目的があったらしい。その目的というのが、今も熱心に目を通していた……セイラムが長年かけて書き溜めた数十冊の研究書『邪悪なる魔法式の探求〜深淵よりきたる黒き漆黒の闇〜』だったのだ。


 セイラムが魔法式に精通している事は有名な話だったし、討伐の話を請け負った時からアイビスは研究成果を奪うつもりだったんだろう。抜け目ないというかなんというか……まあ、その研究書は蓋を開けてみると高度な魔法式の羅列で、わたしにはちんぷんかんぷんだったけど。アイビスは何が楽しいやら日夜熟読して解読に励んでいる。

 

「熱心なのはいいけどちゃんと寝ないと身体壊すよ。アイビスがシャキッとしてないと他の妹達に示しがつかないんだから……それと、朝ご飯ももう出来上がる頃だろうからさっさと支度してよね」


「これは耳が痛いね。ちなみに今朝の当番誰だっけ?」


「えーと、今朝はルクラブだったかな」


「なるほど、それは期待できるね」アイビスが本をパタンと閉じてそう言った。


「ほんとにね、今回こそ食べ物の原型とどめてたらいいけど……」


 しかし、言ってるそばから既に妙な焦げ臭さをわたしの鼻は感じ取っていた──





* * *





「──最近の櫻子はたるんでますの」


 校舎の屋上に着くなりそんな恐ろしい事を言ったのは、ウィスタリアの一人娘、カノンだった。わたしはさっき購買で買ったパンの袋を地面に落とし、自分の身体をあちこち見回した。


「……うそ、わたしそんなに太った?」


「いや、太ってねぇ。櫻子の体重はしっかりアタシが把握してるからな」


 なにそれこわい。


「身体の事じゃありませんの。生活態度の方ですわ……自覚ありませんの?」眼帯で隠れていない方の片眉を吊り上げてカノンが言った。


「昨日もヒカリと一緒にガッコーサボタージュしてたもんね〜二人で何してたん〜二人でナニしてたん〜? ぁ痛ッ!?」いやらしい目をしたカルタにエミリアのチョップが無言で炸裂した。ナイスエミリア。


「別に、無性に中華が食べたくなったから中華食べに行ってただけだよ? お店閉まってたから実際食べたのはハンバーガーとラーメンだったけどね」


 昨日は火花を探しに三龍軒に行って、その後鈴国と出会ってハンバーガーとカップ麺をご馳走してもらったのだ。しかし、言っても問題ないところだけ抜粋したらただの食いしん坊みたいになったな。


わたくしもこの間のことがありますからあまり強くは言いませんけれど……いいですこと櫻子、それとカルタ、学生の本分は学業にありですのよ」


「そうだね、肝に銘じておくよカノン。極力サボらないようにする。もうすぐ冬休みだしね」


 わたしが落としたパンを拾いながらそう言うと、カノンはニコリと微笑んでお重を広げ始めた。ほんと、ウィスタリアの娘とは思えないくらい真面目な子だな。これが突然変異か……。


「てかカノン〜櫻子はともかくなんでちゃっかり私ん名前も入ってたんだし〜」もはや定位置となったエミリアの隣に腰掛けたカルタが、そう不満の声を漏らした。


「それはカルタが学業から最も遠いところにいるからですよ」とエミリア。

「エミち〜ひど〜い!」言いながらエミリアにセクハラしようとしてチョップに沈んだカルタ。それを見て皆んなで笑いだし、屋上には六人・・の笑い声が広がった。


ーーあれ、なんか一人多くない?

 

「──クハハハ! 昼間っから賑やかなのだ!」


 聞き慣れない声の出どころを探していると、声の主がわたしの上から降ってきた。いや、降ってきたと言っても空から落ちてきたわけではない。おそらく屋上への出入り口になっている建物の、そのさらに上……非常用の高架水槽なんかが置いてある場所から飛び降りてきたのだ。


 日本とどこかのハーフなのだろうか、桜色のツーサイドアップ。右手にフランスパン、左手に業務用のあんこ缶を持ったその女は、わたし達と同じ制服を着ていた。


「……あの、どちら様?」


 飛び降りてきた女の子がわたしとヒカリの方をガン見してるけど、わたしにはこの子が誰か全く分からなかった。少なくとも同じクラスでは無い筈だ、たぶん。


「ん〜? お前様、人に名前を尋ねる時はまず食い物を差し出すって教わらなかったのだ!?」


「ごめん、そのバージョンは知らないわ……あ、これジャムパンだけど」わたしが購買で買ったパンを一つ差し出すと、ピンク頭は右手のフランスパンを脇に抱えてひったくるように受け取った。


「よろしいのだ! 昨日付けでここに転校してきたヒメの名前は火縄姫咲(ひなひめさき)なのだ! 呼び方は可愛けりゃ何でもいーのだ! で、お前様達の名前は何と言うのだ?」


「わたし櫻子、よろしくねーサキちゃん」


「アタシはヒカリだ、これもらうぞヒナヒメ」そう言って、わたしはさっき渡したジャムパンを、ヒカリはあんこの缶をサキから奪い取った。サキはポカンとしている。


「おい! お前様達ヒメの食いもんに何するのだ!?」サキが目を吊り上げてそう言った。


「人に名前を聞く時は食べ物を差し出すもんなでしょ? 今わたしとヒカリに名前たずねたじゃない」わたしは取り返したジャムパンをひらひらさせながらそう言った。


 サキは何やら悔しそうに空になった両の拳を握りしめ、ぶるぶると震えている。なに? 爆発するの今から。


「……それはそうなのだ!!」サキは花が咲いたみたいにパッと笑って、脇に抱えていたフランスパンを器用に指で回しはじめた。フランスパンが縦回転している様なんてわたしは初めて見た。どうやら切り替えの早い子らしい。


「自己紹介も終わったことだし、お前様達もこれからよろしく頼むのだ櫻子、ヒカリ!」


「うん、よろしくはいいんだけど……皆んなはいつの間にこの子と仲良くなったの?」わたしとヒカリ以外の皆んなの反応を見る限り、既にサキとは打ち解けているみたいだ。屋上で一緒にお昼を囲むくらいには。


「昨日、櫻子とヒカリがサボタージュしてる間にですの。サキは昨日エミリアのクラスに転入してきたばかりですよの」カノンがレジャーシートにお重を広げながら言った。

「私も最近転入してきたこともありましたから、ヒナヒメさんとすぐに仲良くなりまして」……で、今に至ると。なるほどである。面倒みのいいエミリアの事だから、この若干癖のあるサキと仲良くなるというのはむしろ必然とすら思える。


「へえ、じゃあサキは一年生なんだね。ちなみにわたし達が魔女だって知ってるの?」


「それは昨日聞いたのだ! 生で見るのは初めてだからちょっぴり感動なのだ!」キラキラと目を輝かせるヒナ。


「ってこたぁ、ヒナヒメは人間パンピーか。屋上上がってきてんじゃねぇよ」ヒカリが購買で買ったアンパンにサキからむしり取ったあんこをトッピングしながらそう言った。相変わらずズバズバ言うなぁ。


「ヒカリさん、流石にそんな言い方は……」エミリアが困ったような顔でそう言った。カルタの口にウインナーを運んでいる手が止まり、カルタはずっと口を開けたまま固まっている。実に間抜けな絵である。

 

「エミリア、屋上ここでの飯は有事の際に移動が楽だからって理由で許可が降りてんだ。人間(パンピー)入れちまったら筋が通らねぇだろ」ヒカリはエミリアに鋭い目線を向けた。とりあえず人間をパンピーっていうのやめなさい。


「まあ、それはそうですけど……」

 

 言葉は乱暴だがヒカリが正論を吐いたため、エミリアはしゅんとしてウインナーをお弁当に戻した。しかしカルタは鳥の雛よろしく口を開けたままだ。もう自分で食べなよ。


「クハハハ! 人間とか魔女とか細けー事気にしなくてもいいのだ! 別に誰も文句言ってこないのだ!」押し黙ってしまったエミリアとは対照的に、当のサキ本人はあっけらかんと笑っている。このテキトーさ、なんかバブルガムみたいな既視感を感じる。


「ま、わたしもそう思うけどね。サキが一緒に食べたいなら別にそれでいいんじゃない?」


「飯はみんなで食った方が美味いもんな! 櫻子!」ヒカリは私の方を見てニカッと笑った。眉間の皺はどこへいった。

   

「えぇ、ヒカリさん……」エミリアはヒカリの変わり身の速さに戸惑っているようだ。他の皆んなは、もう慣れましたよこの感じ……といった表情だ。


「クハハ! なんでもいいけどさっさと飯を食うのだ! そんで放課後ヒメに街を案内するのだ!」サキがいただきまーすとフランスパンに齧り付いた。


「ずぅすぅしい野郎だなてめぇ! あいにくアタシ達はそんな暇じゃねぇんだよ」ヒカリが今度は購買で買ったツナパンにあんこをトッピングしながらそう言った。美味しいのかそれ。


「じゃあ、今日空いてるからわたしが街の案内するね。まあ、わたしもそれほどこの街に詳しいわけでもないんだけど」それでもいいなら……と付け足すと、サキは「問題ナッシンなのだ!」とグッドサインをわたしに向けた。


「ま、とりあえず今日は駅周辺から案内してやるよ。帰りに電車もバスも近い方が都合いいだろ?」直前に自分が言い放った言葉をすっかり無かったことにしたヒカリがそう言って、エミリアがそれをやれやれといった顔で見ている。


わたくしもご一緒したいところですけど、今日は先約がありますのでまたの機会に誘って欲しいですの」とカノン。


「先約って、お家の旅館のお手伝いとかですかカノンさん?」エミリアが聞くとカルタもそれに便乗した。「ノンノン、ナリキングはきっと〜ゲーセンの魅力に取り憑かれちゃったんだよ〜」「そんな、カルタじゃあるまいし」心の中のツッコミがエミリアとシンクロする。


「いえ、今日はテンとお食事の約束がありますの。ゲーセンではありませんわ」おしとやかに重箱の高級和牛をつついていたカノンがそう言った。


「「その話もっと詳しく!!!」」


 とりあえず今日のランチの話題はこれに決まった。





 






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