表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

171/304

169.「キスと昇天」


 【レイチェル・ポーカー】  


──言い訳させてほしい。最初はいい感じだったのだ。いや、最初から中盤までは……いやいやいや、最初から終盤までずっといい感じだったのだ。ほんとに。


「……あぁーもう! セイラムどこ!!」


 感情に任せて右手に持った魔剣を地面に叩きつけると、地面が割れてけたたましい音が闇夜をつんざいた。


 地下から出た後、セイラムに追撃をかけた私は絶好調だった。なにせ魔力が回復してたし。それに引き換えセイラムは絶不調だった。なにせ魔力が枯渇してたしね?


 まあ、セイラムも苦し紛れに魔獣化を進行させて、それなりに抵抗はしていた。攻撃もそれなりにくらいもした。まあ治るから避けなかっただけだけど。


……とにかく、本当にいいところまでは追い詰めたのだ。あとほんの少しで殺せるってところで、あの女……逃げやがったのだ。アイビスを殺すまではどうとか言ってたくせに、臆面もなく魔眼で逃げたのだ。普通逃げるとか思わないじゃん? はい、誰にしてるか分からない言い訳終了!


「……どうしよ、これ怒られるやつじゃない?」


 セイラムが瞬間移動の魔眼で逃げた後には、アイツの魔剣だけがぽつりと残っていた。途方に暮れたわたしは取り敢えず魔剣を拾って辺りを散策した。けどぜんっぜん見つからないのだ。


 アイビスとバンブルビーが必死の思いでわたしにセイラム討伐の任を繋いでくれたのに、これでは合わせる顔がない。というか、そろそろアイビスとバンブルビーが地上に出てきてもおかしくない時間じゃない? もしかしてわたしが思ってる以上にアイビス達が瀕死だったりするのだろうか。すぐに追って来られても都合が悪いから、バンブルビーの分の魔石は持ってきてしまったのだけど……。


 一度悪い方に考えが傾いてしまうと、段々とその傾斜が急になって物凄く不安になってきた。とにかくセイラムの事は一旦おいといて、アイビスとバンブルビーの所に戻ろう。二人の無事を確認してから、三人で探した方がいい。なんなら先に捕まってた人たちを解放した方がいいかも。


 わたしはアイビス達がいるであろう大穴の方へ向かって走りだした。




* * *


 


 再び地下に舞い戻ると、すぐに二つの人影が目に入った。湧き上がる安堵と不安の波が胸に押し寄せる。二つの人影の内、一つは地面に倒れていた。


「アイビス! 大丈夫!?」


 わたしは彼女の側まで一足飛びに駆け寄ってそう言った。目の前には目を閉じたまま地面に仰向けになったバンブルビーと、それを見守るように膝を突いていたアイビス。


「ああ、レイチェル。バンブルビーは大丈夫。結構酷かったんだけど治療済みだよ。今は眠ってるだけだから安心して」


「……そっか、よかったぁ。くすねた魔石全部持っていっちゃってたから心配してたんだ」


 わたしは懐から三つの魔石を取り出してアイビスに手渡した。セイラムから奪った時点で一つは既に魔力が空っぽだったけど、今はもう一つからも魔力を感じない。わたしの中に全部戻ったんだろう。


「……うん、これならバンブルビーもすぐに目を覚ますかもしれないね。よかった……それで、セイラムは?」


「それが、そのですね……逃げられちゃいました。ごめんなさい」


「……そう、まあなんとかなるよ。バンブルビーが起きてから、レイチェルと二人で手分けして探せば……うん、多分大丈夫じゃないかな」


 絶対に怒られると思っていたのに、意外にもアイビスは穏やかな口調でそう言った。地下空洞に反射する青い炎と、吹き抜けになった天井から射す月光に照らされたアイビスの顔は青白く光って見えた。ほんと、身震いする程の美人である。


「確かに結構な重症のはずだし、そんな遠くまではすぐに逃げれないよね……ていうか、今ちゃっかりわたしとバンブルビーに捜索押し付けようとしてたでしょ! ちゃんとアイビスも協力してよねー!」


 わたしはアイビスの背中をこづいた。ほんの少し手のひらを背中にぶつけただけだった。なのに──

 

「……え、やだ、そんなに強く押してないじゃん! もう、大丈……夫……?」


 アイビスはグラリと身体を傾けて地面に倒れ込んだ。ふざけてるのかと思ったのはほんの一瞬……アイビスの背中に触れた手のひらにはべったりと血が付いていた。


「……うそ、なんで……アイビス!?」


 前のめりに倒れ込んだアイビスを抱き起こすと、身体にじんわりと血が滲んできた。酷い怪我だ、早く治さないとこのままじゃ……。


「……普段、魔力切れになんて……ならないから、なんだか……新鮮、だね」


「新鮮って、何呑気な事言ってるのよ! ちょっとでいいから魔力を振り絞って治癒魔法を……そうだ、魔石から魔力を!」


「……それ……私、使えない……みたい」


「……!!」


 なんとなく察してはいたけど、どうやらそうらしい。三つの魔石はわたしとアイビスとバンブルビー、それぞれ三人から吸い上げたもので、本人しか魔石から魔力を吸収出来ないんだ! わたしはもちろんバンブルビーも既に魔力が戻り始めてる。つまり、消去法で考えるとアイビスの魔石はセイラムから奪った時点で既に空っぽだったやつ……。


「……ちょっと揺れるけど我慢してね。絶対に助けるから!!」


 魔石がダメならと、わたしはアイビスを抱えて跳躍した。月光が射す大穴を飛び越えて地上へ辿り着く。地下と違ってここなら魔力の自然回復が見込める。何とか治癒魔法を使うだけの魔力が回復してくれれば──


「……レイチェル」


 わたしがアイビスの身体の傷を確認しようとすると、アイビスがわたしの手を掴んだ。アイビスの手は、氷のように冷たく感じた。


「……レイチェル……私が死んだら、後のことは……ヴィヴィアンに……なんだかんだ、しっかりしてるから……」


「え、縁起でもないこと言わないでよ!! 絶対死んじゃダメだからね!? 絶対に死なせないから!!」


「……レ……チェル」


「アイビス!! アイビス!?」


 わたしはアイビスの手を握って必死に声を掛け続けた。けど、名前を呼ぶごとに段々とアイビスの冷たい手から力が失われていくばかりだった。


「……たし……最後……おねがい……」


 唇の隙間から、途切れ途切れに聞こえてくるその声に、わたしは耳を近づけた。


「……ス……して……れな……かなぁ」


 か細い呼吸の間を縫うようにこぼれ出たその言葉を、わたしは必至に聞きとろうとした。台風が吹き荒れているような頭で、必死に考えた。


『キスしてくれないかなぁ』


──これだ、と思い至った瞬間、ぐちゃぐちゃになっていた頭が鮮明に冴え渡った。キス……キスだ。そうだよキス、キスすればいいんじゃん!!


 わたしはアイビスに覆いかぶさるように、けれども極力傷ついた身体に触れないように、四つん這いに跨った。アイビスの顔を覗き込むと、結び目が解けた髪が彼女の顔に垂れた。両膝と左手に体重を預けて、垂れ下がった髪を右耳にかける……そして──


「……ん」

 

 アイビスの唇に自分の唇を重ねた。ふわりと漂っていた花のような香りが、舌から伝わる鉄臭い血の味で掻き消える。わたしの舌が口内を蹂躙しても、アイビスはされるがままにそれを受け入れる。わたしもわたしで必死にアイビスの唇をむさぼった。


──乱れた呼吸のままゆっくりと唇を離し、上体を起こして呼吸を整える。アイビスはいつの間にか眼を閉じていて、微かな呼吸だけが命の灯りを示していた。

    

 心臓が早鐘を打つ音、口の中に広がる血の味、頭のてっぺんから足の先まで広がる全能感……図らずもかつてヴィヴィアンと()()()()()と現状が重なった。


「……お願い、アイビス。死なないで」


 わたしは両手をアイビスの胸にかざし、意識を手のひらに集中させた。どうかお願い、うまくいって!!


──ポウ……と、両手に柔らかい光が灯った。

 

「……!!」


 自分の魔法ちからの事だから、本能的に上手くいくとは思っていたけど、いざできてしまうとやはり多少驚いてしまうものだ。


『キスした相手の魔法をコピーする』それがわたしの()()()魔法。


 黒羽も不死身体質(アンデッドボディ)も一級の身体強化も、全てヴィヴィアンと初めて出会った時にコピーした魔法であり、本来わたしが持ち得るはずの無いものだ。


 そして、今……わたしは新たにアイビスの魔法をもコピーした。レイヴンの中でも彼女しか使えなかった一級治癒魔法『天使の梯子(エンジェルスラダー)

 

 アイビス本人が使えないなら、わたしがコピーして使えばいいじゃんという発想である。至極単純である……が、実際テンパリ過ぎててアイビスがキスとか言い出さなかったら多分思い至らなかっただろう。けど本当に怖かったのだ……アイビスを喪うことが──


「……アイビス、目を覚まして。お願い……!」

 

 治癒魔法が発動してからものの数秒で目に見える範囲の傷は消え去った。けど完治したかどうかとか、力加減も今ひとつ分からない……という事で取り敢えず目一杯の魔力を注いだ。


「……」


 閉じていたアイビスの瞼が微かに動いて、そしてゆっくりと持ち上がった。うつろな瞳がユラユラと揺れ動いて、そして、わたしの顔を捉えた。


「アイビス!! よかった……間に合って、具合は? 具合はどう!? 大丈夫!?」


 わたしは再び覆いかぶさるようにしてアイビスの頬に手を当てた。アイビスは微かに微笑んで、ゆっくりとわたしの手を掴んだ。とても暖かい手だった。


「──ああ、レイチェルのキス。すごく……良かったよ。危うく昇天するところだったね」


「もう、誰がキスの具合を聞いてるのよ……ばか」


 生気を取り戻したアイビスにほっと一息つくと、自然と笑みがこぼれた。死の淵から這い上がってきて、開口一番冗談を言うなんてアイビスらしい。


「……けど、ちょっと小慣れた感じだったのが、なんかショックだったかな……」


「だ、だからキスの話はもういいってば!!」


 


 

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ